第52話 凶星
■魔界、『遺跡』内部
広大なドーム状の空間、全面を走る幾何学模様が淡い光を放ち、物音ひとつしない静謐な場所。
その中心部……床からわずかに浮かぶホライゾンゲートから巨大な影が現れ、『ズンッ!』と重い音と共に降り立った。
巨大な影……アズーは周囲を見回し、ここが魔界の『遺跡』である事を確認する。
「到着した、間違いなく魔界の遺跡だ。周囲に動くものは無し、差し当たり危険はない」
その声を聞き、彼の背中に乗っていたリューカは床に飛び降りた。
EOSを纏う彼女は、3メートル近いアズーの背から難なく着地する。
「確かに、キョーコのシャシンで見た場所だな」
リューカもアズーと同じように周囲を見回し、ドーム状の空間とそこに刻まれた光を放つ幾何学模様が記憶にある写真のものと合致することを確認する。
ひとしきり周囲を眺めた彼女は、床の上に散乱する数多の白骨に目を向けた。
リューカは近くの白骨死体に近付き、床に片膝をつく。
その白骨が纏う鎧は錆が浮きボロボロになってしまっているが、間違いなく王国軍の鎧だ。
そして、その白骨の傍らに1本の短剣が落ちていた。
鎧と同じく風化してボロボロになっているが、よく見れば細緻な彫金が施された、いずれ名のある鍛冶師が鍛えたのであろう業物だ。
この白骨が持ち主なのか……、千切れた腰のベルトに同じ彫金の鞘が括り付けられていた。
この短剣を使い自決したのだろうか?
そんな考えがリューカの脳裏を過ったが、今となっては何があったのか知る術は無い。
そして、この場で過去の出来事を詳らかにすることは重要ではない。
リューカはその鞘をベルトから外し、短剣を収め、それを胸に当て祈る。
「急ぎの使命がある故、葬送を略儀にて行う事を許されよ。だが、貴官等の勇気と王国への献身は、このリューカ・アルゼー・ウィクトーリアがしかと見届けた。この短剣を持ち帰り、貴官等の事を長く語り継ぐことを約束する。願わくば、憩いの汀にて安らかにあらん事を」
暫しそのまま祈りを捧げ、その後おもむろに立ち上がったリューカにアズーが声をかけた。
「リューカ殿、これを見てもらえるか」
アズーが指差す先、そこには真新しい白骨死体がある。
明らかに人間のモノと違う形状、そして何より下顎から伸びる大きな牙には見覚えがあった。
「これは……魔王か。良かった、少なくともコータローは魔王相手には……あッ、ス、スマン」
意図しなかった事とはいえ、魔王の死を喜ぶような言動をしてしまい、アズーに頭を下げるリューカ。
対してアズーは全く声色を変えずに、いつも通りの落ち着いた様子で答えた。
「気遣いは無用に願う。今は利害の一致により共闘しているが、貴女方にとって我々魔族は侵略者なのだからな」
「侵略者か……。この世界が荒廃しているが故に、別の世界に攻め入った……という話だったな。外は一体どうなっているんだ?」
「案内しよう、こっちだ」
アズーは一言答えると、リューカを先導して歩き出した。
壁の一部に通路が口を開けており、緩やかな上り坂が続いている。
通路は非常に広く、日本で見た『車』が余裕で通れるスペースがあった。
そして、ただ只管に長く、先が見えない。
先程まで居たドーム状の空間と同じく、周囲に刻まれた幾何学模様が淡い光を放っているのだが、この通路内ではリューカ達の周囲しか光っていない。
2人が歩を進めれば、それに合わせて光が遷移する。
まるで暗闇の中に、リューカとアズーだけがポツリと浮かんでいるようだった。
暫くの間黙々と歩いていると、EOSのセンサーが空気の流れを検知した。
「む? 風か?」
アズーの横から顔を出し行く手を確認すると、遠くに小さな光が見える。
「日光……? 出口か?」
「ああ、そうだ。しかし、外に出るのは日没を待ってからだ」
アズーの言葉にリューカは首を傾げた。
「何故だ? 時間が限られているのだ、日中の内に周囲の確認くらいはするべきだろう?」
アズーは首を横に振り、答える。
「いや、日中は行動できない、探索等の活動は夜間に行う。『魔界が荒廃している理由』に繋がる話なのだが……とりあえず出口まで進もう。見てもらいたいモノがある」
「あ、ああ。分かった」
再び歩を進め、出入り口の輪郭がはっきり見えたころ、アズーは後続するリューカを振り返った。
「口で説明するより、実際に見てもらった方が早い。決して体を外に出さず、外の様子を覗き見てくれ」
「随分と慎重だな……。まあいい、言われた通りにしてみよう」
そう言うとリューカは通路の壁に背中を張り付け、慎重に外を窺う。
差し込む日光……、その逆光に目が慣れ、またEOSが自動的に光量を調整し、リューカの目に魔界の光景が飛び込んでくる。
「これが……魔界か」
彼女の瞳に映るのは、どこまでも果てしなく広がる赤い荒野だった。
赤味を帯びた砂、それと同じ色の岩、遥か彼方に稜線を連ねる山々も赤い地肌を晒している。
それ以外は何もない。
草木も水も、生命の鼓動を感じさせるものが何一つとして存在しない。
アズーはこの世界を『荒廃している』と言った……、確かにこれはそう語る他無いだろう。
リューカが眼前の光景に息を呑んでいると、背後に控えるアズーが声をかけた。
「空だ。太陽を見てほしい」
「太陽? ああ、この世界も太陽がふた…………何だ、あれは!?」
アズーの言葉に従い上空に視線を移したリューカ。
天空に浮かぶ二つの光に、自身の世界と同じく太陽が二つあるのだと思いかけ……そして驚愕に目を見開く。
一つは太陽で間違いない、だがもう片方の光を放つ星は、あまりにも異様だった。
中心部に先程まで目にしていたような幾何学模様が刻まれた球体があり、その周囲を白く薄いヴェールのような物が覆っている。
まるで、天空から地上を睥睨する『眼』だ。
そこまで観察し、リューカはその『眼』が自身で光を放っているのではなく、太陽の光を受けて輝いているのだと気付く。
明らかに太陽ではない、それどころか自然界に存在する天体ですらない。
彼女が驚いていると、薄く白いヴェール……眼球の白目に見える部分がその濃度を変え、キラキラと輝き出す。
その光景を見たアズーが、畏れを含んだ声でリューカに語りかけた。
「狙いはここではないようだな……。よく見ておくと良い……あれが、この世界の一切を焼き払い不毛の大地へと至らしめた、天より降り来たる『死の光』だ」
アズーの言葉が終わると同時、天の『眼』から地上に向かって直視できないほどの膨大な光の奔流が放たれる。
その光は彼方に連なる山々のさらに向こうへと落ち……そして、文字通り天まで焦がさんとする恐ろしく巨大な炎の柱が立ち上った。
赤い大地を尚赤く染め上げ、空をすら真っ赤に焦がす冗談のような火炎。
暫くして、地震のような振動と、大地の唸りのような轟音が響いてきた。
「な……んだ、アレはッ!? 一体何なんだッ!!」
自身の目で見たものが信じられず、理解が追い付かず、リューカは声を荒げる。
対してアズーは、いつもと変わらない調子でそれに答えた。
「かつては私も、アレが何なのか分らなかった。ただ天より地を見おろし、死を降り撒く恐るべきモノとしか思っていなかった。だが、今なら分かる。エイジ・セリザワと、日本において知識を得た今なら……」
アズーは天空の『眼』を見上げる。
「アレは、ヒトの手によって創られた人造の星。日本において『人工衛星』と呼ばれていたモノだ」
「ジンコウ……エイセイ…………? ヒトが創った……星!?」
リューカは慄きながら呟く。
眼前に広がる果ての無い赤い荒野は、あの『眼』が……人造の星が世界を焼き払った結果なのだと理解した……いや、理解せざるを得なかった。
――――ここは、禍津星に灼き滅ぼされた大地。
天空にあの星がある限り、この世界に『未来』は無いのだ……と。




