第51話 最期を待つ人
『ホライゾンゲート活性反応終息。EOS試作2号機の信号は順調に世界間通路を進んでいます』
統合情報端末越しにHQからの報告を聞き、渡良瀬中佐は安堵の表情を見せた。
「まずは、何とかなったようだな。さて……」
一転、キリリと表情を引き締めると、近くの隊員を呼ぶ。
「新藤大尉、後の指揮を任せる。引き続き周囲の警戒と負傷者の手当て、そして官邸、及び国防省との通信回復を試みてくれ。それと、車の用意を頼む」
命令されたCTRaSの副長、新藤大尉は首を傾げる。
「は、了解しました……。しかし、車ですか? 一体どちらへ?」
「少し国防省のお偉方とやりあって来る。若い者に任せっきりというのは性に合わんからな、時間稼ぎくらいはして見せるさ」
事情を理解した新藤大尉だが、『ならば』と続けて口を開く。
「夜明けまで待って、長野から新幹線に乗ったほうが早いのでは? 流石に朝までには周囲の停電も回復しているでしょうし」
「いや、敵の別動隊が潜伏している可能性がある、公共の交通機関は避けたい。その点、車なら空いている道を選んで行けるし、上手くすれば敵を釣れるだろう」
「……了解しました、正面玄関に車を用意させます。それと、1個分隊を護衛につけます」
新藤大尉の復唱を確認すると、渡良瀬中佐はリューカとアズーの見送りに集った隊員達に号令を発する。
「総員、それぞれの持ち場に戻れ! それから芹沢技官! 君達研究班は休息を取るように!」
隊員達は一斉に行動を開始した。
白衣姿の京子も、ふらつきながらその場を後にする。
尤も、途中で見かねた女性隊員が肩を貸していたが。
その様子を見た後、渡良瀬中佐はゲートルームを振り返り、一人呟いた。
「……無事に戻れよ」
■世界間通路内
アズーを抱え(抱える、というのは些か無理のある表現だが)、BSブースターを噴かし、夜空の只中のような空間を突っ切るリューカ。
その視界……EOSのHMDに表示される周囲の環境データは定まることなく、常に……そして激しくその数値を増減させていた。
未だ確認しきれない部分はあるものの、その数値の乱高下が『ここは生身の人間が居るべき場所ではない』という事実を語っている。
「こんな所を『結界』頼りに渡りきったのか……。私は運が良かったようだな」
心底からの思いを口にするリューカ。
「この環境に耐えるEOSというのは……何と言うか、やはり凄まじいな。それに……アズーよ、魔族は生身でもこの環境にも耐えることが出来るのだろう? 全く、何を食べればそう頑丈になれるんだ?」
「我らが種族……決まった名称は持たない故、君達に合わせて『魔族』としようか……。とにかく、我らの頑健さは摂取している食料に起因するものではない。魔界の食料事情は劣悪だ、その日の糧を得られない事も珍しく無いのだからな」
周囲には常に不協和音が満ちているが、2人は無線で声を交わしているため、互いの声はハッキリと、クリアに聞こえていた。
アズーは更に言葉を続ける。
「いや、食料だけではない。物資も、土地も、何もかもが足りていない。しかし、危険には事欠かない……魔界とはそのような世界だ」
「……それが、トーラスに攻め入る理由か?」
リューカが問う。
長らく不明であった魔族が侵攻してくる理由、その核心に触れる話題に自然と声色が低くなった。
「……そうだ。だが、魔界がそのように荒廃しているのにも理由がある」
一瞬言い淀み、その上でリューカの問いを肯定したアズー。
その間は罪悪感故のものか、或いはもっと他の感情なのか……。
何れにせよ、リューカにはアズーを責める気は無い。
戦場での因縁を外に持ち出す気は毛頭なかった。
それが、トーラスの戦士の習いだ。
「その理由とは?」
「……それは、言葉では説明しにくい。いや、言って信用してもらえる自信がない。魔界にて改めて説明しよう、向こうに到着すれば嫌でも目にするモノだからな。それよりも、方角に問題はないか?」
アズーは常に理知的な喋り方をするため、『問えば答えが返って来る』とどこかで思い込んでいたリューカは、彼が説明に窮したことを意外に思った。
若干肩透かしを食ったような心持ちになりながらも、リューカは答える。
「正直、自信が無い。キョーコが言っていたコータローの反応も酷く弱々しくてな、瞬間的にしか拾えん」
するとアズーは、夜空の星を思わせる無数の光の中から一つの光を指さす。
「あれを目指してくれ」
「わかるのか?」
「帰巣本能と言うべきか。感覚的に判別できる」
リューカはアズーが指差した光を見定めると、BSブースターの出力を全開にする。
「よし、一気に行くぞッ!」
2人は、目指す光に吸い込まれるように消えていった。
■魔界、詳細位置不明
「…………なんだ?」
目を閉じ体を休めていた甲太郎は、何かが光った気がして目を開いた。
だが、目に入るのはもう見慣れた、薄暗い洞窟内の風景。
完全な暗闇ではなく、光を放つ苔のような植物が自生し、最低限の光量は確保されていた。
手足を投げ出し、洞窟の壁に深く背を預けながら、彼はため息を吐き出した。
見えた光は苔が放つ淡いものではなく、もっと鮮烈な、確かな光だった……気がしたのだが。
「気のせいか……。まずいな、幻覚でも見え始めたか?」
巨大ラプテイルに負わされた脇腹の負傷……その鈍痛に眉を顰めつつ、甲太郎は独りごちる。
医薬品を含む手持ちの物資はとうに底をつき(尤も、元々日本国内での任務に従事していた彼は、最低限の医薬品しか持ち合わせていない)、脇腹の負傷は日を追うごとに悪化している。
まだ何とか動くことができ、『彼等』の助力によって永らえてはいるものの、このままではジリ貧だった。
かと言って、下手に動くことは出来ない。
この洞窟から外に出ることは出来ない。
――――――日の光を浴びることが出来ない。
つまり、バッテリーをほぼ消耗したEOSの再充電の手立てがない。
それでは、あの地下構造物の内部で口を開くホライゾンゲートに飛び込んでも、トーラスに……或いは日本に流れ着く前に命を落とすだろう。
EOSが記録していた世界と世界の狭間の過酷な環境……。
何の対策も無しに飛び込めば、それは死を意味すると、データが如実に物語っている。
手詰まりだった。
デス・フロム・アバーブ――――、天から死が降るこの世界で、彼はただ静かに、最期の時を待ち続けていた。




