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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第5話 ハーツ・アンド・マインズ

■異界、トーラス王国、コルドール村


 甲太郎が異界に漂着してから一ヶ月が経過した。

 この世界に流れ着いた初日、強盗から助けた人物であるグレイ爺さんと身振り手振りでどうにかコミュニケーションを試みた結果、最低限ではあるがなんとか意思の疎通を図ることが出来た。

 『こちら』の言葉が分からない事、ここが何処なのか分からない事、近くの人里に行きたい事等、全身を使ってアピールしたところ、グレイ爺さんは首を縦に振ると、自身の家があるこのコルドール村に案内してくれたのだ。


 そのまま、石造りの家が建ち並ぶ、まるっきり中世ヨーロッパの農村の様な風景の中、一回り大きな家に連れられて行くと、豊かな髭を(たくわ)えた老人に引き合わされた。

 バルド・ベッカーと名乗るその人物は、村の子供に読み書きや、希望者には剣術を教えているという、言わば寺子屋の先生だった。


 それから、ベッカー先生の家に下宿しながら、言葉や読み書きを学ぶ日々が始まった。


 ……どう見ても10歳前後の村の子供たちに混じって、日本で言えば初等教育、下手をすれば『知育』レベルの勉強をしている自分の姿に、若干泣きたくなる甲太郎(こうたろう)(19歳、高校休学中、軍属)だったが、右も左も……、言葉すらも分からない異界では、出来ることなど無いに等しい。

 まずはこの世界の言語の習得、それから帰還のための情報収集を行う、そう今後の指針を定めると、只管(ひたすら)勉学に打ち込んだ。


 午前中は子供たちと肩を並べて言語と読み書きを習い、お昼以降は村の農作業などの手伝い(子供たちも午後は家の手伝いをするそうだ)、夕暮れからは剣の稽古……、そんな生活を続け、3週間経つ頃には、片言ながら会話が成立するようになっていた。


 フランス外人部隊が軍事訓練と仏語習得を4ヶ月間で行うことから考えれば、凄まじい習得スピードだ。

 もちろん、甲太郎の努力による所が大きいが、その努力を支えたのがEOS(エーオース)である。

 電気インフラが存在しないこの村では、夜間の明かりは『火』……、つまりランタンや暖炉の炎に頼るのだが、もちろん油も薪もタダではないため、夜は皆、夕食を済ませたら早々に寝てしまう。

 そこで甲太郎は真夜中に一人、誰にも見られないよう気を配りながらEOSを装着して自習を行った。

 EOSの暗視モードであれば月明かり、或いは星明りだけでも十分に文字を読むことが出来る。

 ちなみに、EOSのバッテリーは数ヶ月は持つ蓄電容量がある、さらに太陽光である程度自家発電が可能な設計になっているため、戦闘を控えればそうそうバッテリー切れに陥る心配は無い。


 そんな努力もあり、驚異的なスピードで言語を習得し、真面目に村の仕事を手伝う甲太郎。

 彫りの深い顔立ちの村人の中にあって、明らかに民族が違うと分かる『薄い』顔立ち、黒髪黒目、さらには都市迷彩の戦闘服に防弾ベストと、怪しさ満点の甲太郎に初めは警戒の色を見せていた村人たちも、徐々に好意的に接してくれるようになっていった。

 村の皆と朗らかに挨拶を交わす度に、『日々の努力が報われているなぁ』と感慨深いものが胸にこみ上げてくる甲太郎だった。

 

 閑話休題。 

 

 そして現在――――。

 

 「おうコータロー、今日は酒場で晩飯にするぞ、ついて来い!」

 「ヘ? 酒場ですか?」


 夕刻の剣の稽古が終わるや否や、ベッカー先生が酒場に行くと言い出し、状況が飲み込めない甲太郎は間の抜けた返事をしてしまう。


 「なに、月に一度の楽しみというやつじゃ、お前さんも早う支度せい」


 ベッカー先生はそう言い残すと、さっさと自室に引っ込んでしまう。

 甲太郎も、先生が『晩飯は酒場で』と言った以上、ついて行かなければ夕食を食いっぱぐれてしまうため、汗を吸い、土で汚れた稽古着を着替えるために、あてがわれている部屋に戻った。



■トーラス王国、コルドール村、酒場『命の杯』

 

 酒場に入ると店内は熱気で満ちていた。

 殆どのテーブルが客で埋まり、皆それぞれに騒ぎながら杯を傾けている。


 「本当に良いんですか? 俺、お金なんて持ってませんよ?」

 「ワシが払うから安心せい。それに、お前さんにはそろそろ勉強以外の事も教えんとな……。おう、女将!」


 甲太郎の疑問に答えながら、ベッカー先生は酒場の女将さんを呼ぶ。


 「はいよ! ベッカーさんもコータローもいらっしゃい。あそこの席が空いてるよ!」

 「うむ、邪魔するぞ」


 恰幅のいい女将さんが指し示したテーブルに着く二人。


 「『勉強以外の事』ですか、一体どういう……?」


 甲太郎が尋ねると、ベッカー先生は呆れ顔で答える。


 「言葉も地理もカネの価値も、暮らしてゆく上で必要な知識を一切合財なーんも知らん。お前さんが自分の事を話したがらんからワシも深くは聞かんが、異国から来たとはいえモノを知らなさ過ぎじゃろう」

 「うぐッ……、その、面目ないです」


 甲太郎が『ぐぅの音も出ない』といった風に身を縮こまらせていると、他のテーブルへの配膳を終えた女将さんがやってくる。


 「待たせたね。今日のメニューはサウラスの香草焼き、山菜の炒め物、豆と魚肉のシチュー、後はいつものチーズとパン。どうする?」

 「注文する前にな、それぞれいくらになる?」


 甲太郎に向かって(あご)をしゃくりながら、先生は女将さんに値段を問う。

 どうやら実地で貨幣価値を教えようという腹積(はらづ)もりのようだ。


 「香草焼きが一人前20スート、炒め物が8スート、シチューが15スート。チーズとパンはいつも通り、1個3スートさね」

 「うむ、では香草焼きとシチューをそれぞれ2人前、チーズとパンも2個づつ頼むぞい。それともちろん酒もな」


 『スート』というのが通貨単位のようだ、だが、それより何より……。


 「あ、俺お酒飲めないんで、お茶か何かでお願いします」


 甲太郎が割って入る。

 するとまた、ベッカー先生は呆れ顔になる。


 「なんじゃ、お前さん確か19と言っとったじゃろ。大の男が酒も飲めんとは情けないのう」

 「19歳だから飲めないんですよ」


 異界で『お酒はハタチになってから』も何もないのだが、日本に帰還すれば()に入り(さい)に入り報告を求められるだろう。

 その際に『飲酒しました』などと報告すれば、色々な所から大目玉を食らうのは火を見るより明らかだ。

 非常によろしくない。


 「んん? よく分からんが、飲めんと言っとるモンに無理強いしてもつまらんだけじゃしな……。では女将、それで頼む」

 「あいよ、少し待ってな! それと、酒は10スート、お茶は6スートになるからね!」


 注文をとり終えた女将さんは、厨房で働く旦那さんにオーダーを伝えに行く。

 厨房といっても壁で仕切られているわけではなく、甲太郎たちのテーブルから、幾つも並んだ窯や湯気を立てる大鍋、それらの前で忙しそうに立ち働く旦那さん……、店の主人の姿を見ることが出来た。


 「さて、本題じゃ」


 そう言うと、ベッカー先生は腰の巾着袋から数枚のコインを取り出しテーブルに並べ置く。


 「この小さい銅貨が1スート、大きい銅貨が一枚で10スート、こっちの銀貨が一枚で100スート。今は持ち合わせておらんが、この上に金貨があってな、それは1枚で1000スートじゃ」


 そこで一旦言葉を切ると、彼は甲太郎に問う。


 「さて、今しがたの注文じゃが……、全部でいくらになると思う?」

 「98スートでしょう」


 甲太郎が反射的に答えると、ベッカー先生は口の端を吊り上げて笑う。


 「やはり、お前さんはモノは知らんが頭は良い。一月足らずで大陸共通語を覚えた事といい、今の算術といい、何処の出かは知らんが元々結構な教育を受けとるんじゃろ?」

 「……まあ、それなりに」


 父の件があり高校は休学中だが、小中9年間の義務教育は修了しているし、国防軍の訓練にも座学カリキュラムは有る……が、そこまで詳しく話すわけにもいかず、甲太郎は控えめに肯定するに留める。


 「今の計算を頭の中だけで出来るのは、商人か軍人、或いは貴族くらいのもんじゃて。お、来おったな!」


 女将さんが料理をお盆に載せてやって来る。


 「はいよ、お待ちどう! 熱いから気をつけなよ!」


 飲み物と料理を配膳し終えると、女将さんは他の客からの呼び声に答え、別のテーブルへと向かう。


 「さて、話は後回しじゃ。食うぞ!」


 そう言うと、彼は拳を胸に当てて黙祷を始める……、この世界における食前のお祈りだ。

 甲太郎もそれに(なら)う……。

 先生宅で初めて食事をした際に『いただきます』といつも通りに食べ始めたところ、酷く可哀想な子を見るような目でガン見された苦い記憶が脳裏を過ぎった。

 

 (それにしても、とんでもない所に来ちゃったなぁ……)


 香草焼きを食べながら甲太郎は思う。

 今まさに咀嚼(そしゃく)しているサウラスの香草焼きだが、『サウラス』とはこの世界に広く生息している大型爬虫類……早い話が恐竜である。

 草食性のものをサウラス、雑食及び肉食性のものをラプテイルと呼んでいる。

 サウラスは基本的に温厚でよく家畜として飼われており、その肉が食卓に上ることも珍しくない。

 他方ラプテイルは獰猛(どうもう)な種が多く、人里の近くで目撃されれば王国軍による討伐隊が組まれるという。


 ちなみに、コルドール村にも家畜化されたサウラスが居り、始めて見た時には甲太郎のテンションは最高潮に達したものだ。


 さらに、この異界が地球と決定的に違う点がもう一つ……。


 「おーい、母ちゃん! 窯の火が消えちまった!」


 酒場の主人が女将さんを呼ぶ、厨房を見ると確かに火の消えた窯が一つ。

 女将さんは窯に新しい薪を放りこむと、おもむろに掌をかざす……、すると『ゴウッ』という音と共に炎が巻き起こる。


 ――――ミスティック。

 女将さんのように炎を起こすものや、冷気や雷を起こすもの、ヒーリングに千里眼等々、種類は様々で力の大小も個人差があるものの、殆ど全ての人、そして一部の動物が扱うことが出来る、()わば超能力。


 世界は『エーテル』で満ちており、それを(かて)にして行使される奇跡……、書物にはそう記されている。


 甲太郎から見れば異常極まりない力だが、異界の人々にとってはサウラスやラプテイルと同じく、当たり前に存在するものだ。

 先ほどから酒場を後にする際に、女将さんに手持ちのランタンに火を点けてもらっている客が何人か。

 火起こしが億劫(おっくう)な時には炎を起こす術者から火種を買う。

 食料を長期保存したい時には冷気を起こす術者を頼る。

 コルドール村のような内陸でも、海の魚を食べることが出来るのはこのおかげだ。


 ちなみに、ベッカー先生のミスティックは手を触れずに物を動かす……、所謂(いわゆる)サイコキネシスで、小物程度を動かすのが精々だと以前話してくれた。


 ともあれ、そういった見たことも無い動植物と、異質な力を頼みに暮らす人々、そして何より中天から光を注ぐ二つの太陽を見るたびに、自身が置かれた状況の荒唐無稽さに、甲太郎は頭を抱えたくなるのだ。

 

 だが、この異界に漂着して一ヶ月あまり、住民たちとのコミュニケーションの問題もほぼ解決できた。

 そろそろ日本への帰還のために、本格的に動くべきだろう。


 唯一の家族である姉の顔を思い浮かべながら、甲太郎は考えを巡らせる。

 情報を集めるためにはやはり大きな町に移動したほうが良いだろう、そうなると差し当たっての問題は、その旅費と町での滞在費。

 農作業の手伝い以外にも、何か稼ぐ手段は無いだろうか?

 行き先はやはり首都……、王都が良いだろうか?


 頭の中で今後の方針を組み立てる甲太郎。

 そんな彼の元に、期せずして日本への帰還……、次元の壁を越えるヒントが舞い込む事になる。


 それは、この異界の国家『トーラス王国』が300年間抱え続けてきた、ある問題に深く関わる事柄であった。


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