第44話 友人として
燃え盛る炎に照らし出される異形。
正式名称M5A3『ハーディマン』、アメリカが開発したアサルトフレーム……、所謂パワードスーツである。
大きく膨らんだ首の無い胴体、そこから直接手足が生えたシルエット、そしてその胴体に刻まれたスリットから覗く、巨大な1つ目。
ギョロギョロと忙しなく動く単眼は、そのインパクトからギリシャ神話の怪物を想起させ、正式名称のハーディマンよりも『サイクロプス』というニックネームの方が広く認知されていた。
世界で初めて実用化された戦闘用パワードスーツであり、実戦投入後、特に市街地や山岳部等においてその真価を遺憾なく発揮し、瞬く間に『局地戦のセオリー』を塗り替えた恐るべき兵器、その数6機。
重機関銃と多目的ロケットランチャーで武装した怪物達は一斉に、研究棟に向けて前進を始める。
■研究棟5階、対テロ即応特務隊現地司令室
「総員戦闘準備! 屋外の警備班は距離を取り伏兵を警戒しろ! 間違ってもサイクロプスの前に出るなよ、開けた場所で敵う相手じゃないッ!! それと施設1階の隔壁を閉鎖ッ!!」
渡良瀬中佐が矢継ぎ早に命令を下す。
オペレーターの中から疑問の声が挙がる。
「隔壁って、あれは防災用ですよ!?」
「相手は米軍です! 応戦するんですかッ!?」
「防災用でも多少は時間を稼げる! その間に施設内部の部隊展開を完了しろッ!! それに、相手が米軍だろうと何だろうと、現に攻撃を受けているんだ! 反撃しなければ――――――ッ!?」
そこまで答えた渡良瀬中佐の脳裏に、ふいに一つの疑問が浮かんだ。
(いや……、連中は本当に米軍なのか?)
21世紀も半ばを過ぎた現在においても、日米同盟は健在だ。
実の所、水面下では芹沢博士に由来する日本保有の技術情報に関して、二国間で摩擦が存在する。
しかし、世界規模で対テロ戦争が行われ、同盟の重要性が増している今、大っぴらに同盟関係に傷をつける選択肢を、アメリカ……ホワイトハウスが選ぶだろうか?
本当に相手がアメリカであり、この研究所に残された芹沢博士の研究が欲しいのならば、外交ルートを通して日本に圧力をかければ良い。
それでもアメリカに対する悪感情は生まれるだろうが、人命が失われ、致命的な破局が訪れるよりは遥かにマシだ。
さらに、手段の合法・非合法を問わないのであれば、日本政府内の関係部署にエージェントを潜り込ませるなり、通信の傍受や盗聴をするなり、いくらでも採れる手段はあるはずだ。
人的諜報においても、電子的諜報においても、アメリカは一枚も二枚も上手なのだから。
そして、一度疑念が生まれると、次々に不自然な所に思い至る。
まるで号砲の様に守衛所を吹き飛ばした事、監視カメラの存在を知ってか知らずか不用意に姿を見せた事、戦闘戦術フォーメーションが曖昧な事……。
『米軍らしく無い』のだ。
「中佐?」
オペレーターの一人が、突然黙り込んだ渡良瀬中佐に声をかけた。
「……とにかく、連中が固まって行動している今がチャンスだ! 奴等が正面玄関の隔壁を破ってエントリーしたら、84ミリ無反動砲の攻撃を集中させる! 屋内での運用だ、限定空間用砲弾を使えッ!!」
戸惑いの色を見せていたオペレーター達も、渡良瀬中佐の命令を受け、弾かれた様に各々の職務を遂行し始める。
「ディスプレイに1階見取り図と各種情報を表示します!」
「105及び107分隊、配置に就きました! 101、102分隊も間もなく展開完了します!!」
「サイクロプス6機、1階正面玄関の隔壁に取り付きました!!」
壁に掛けられた大型ディスプレイに1階の間取りが表示される。
そこに、全隊員が持つ統合情報端末から送られてくる位置情報やバイタル情報が反映された。
さらに、監視カメラの映像を元にサイクロプス6機の位置も表示される。
オペレーターの報告通り、6個の光点が正面玄関の隔壁に集中していた。
「101及び102分隊、配置に就きました! 攻撃準備完了ッ!!」
105と107分隊は玄関正面から研究棟を貫通するように伸びる廊下の一番奥から、そして101と102分隊はエントランスホールの左右から、それぞれ隔壁を破って突入してくるサイクロプスを狙う。
「射撃のタイミングはこちらで指示する! チャンスは1度だ、良く狙えッ!!」
階下から隔壁を破壊しているのだろう、『メキッ! バキン!!』という音が響いて来る、そして、ディスプレイに表示されているサイクロプスを示す光点が、1機また1機と施設内に入って来た。
「よし、今だッ! 撃――――」
『ズドンッ!!』
渡良瀬中佐が射撃命令を下そうとしたその時、爆発音と衝撃が研究棟を大きく震わせた。
「当施設1階で爆発! エントランスホール全体に被害が及んでいますッ!!」
「101及び102分隊通信途絶! 深刻な被害が出ていますッ!!」
オペレーターが次々に報告する、それに合わせ、ディスプレイ上の101分隊と102分隊の表示が明滅し、各分隊員のステータス表示が青色の『健在』からオレンジの『負傷』、そして赤の『死亡』へと切り替わってゆく。
「なんだ!? 爆発は一度だけだったぞ! 被害範囲が広すぎる!!」
「該当フロアにおいて、急激な気圧変化と室温の上昇が観測されています、これは……」
オペレーターの報告、渡良瀬中佐は大型ディスプレイを凝視し、叫ぶ。
「熱圧力弾かッ!!」
熱圧力弾……、かつて燃料気化爆弾と呼ばれた兵器だ。
大気中に噴霧された燃料に着火し、広範囲に爆発の熱と衝撃波による被害を齎す。
さらに、急激な気圧の変化を引き起こし、内臓器官にすらダメージを負わせる兵器である。
燃料気化爆弾との最大の違いは、使用する燃料の違いだろう。
燃料気化爆弾が液体燃料を使用するのに対し、熱圧力弾は固体燃料を使用する。
そのため、熱圧力弾は小型化が容易であり、歩兵が携行できるようなランチャーでも運用することが可能だった。
「105と107を下がらせろ! 他の部隊はNBC防護服を着用後、各階で再度防衛線を構築ッ!!」
「しかし、そんな事をしている余裕は――――」
「生身で立ち向かっても被害が拡大するだけだッ! 何もしないよりはマシだ、急げッ!!」
渡良瀬中佐の命令が飛ぶ、その時無線に割り込んでくる声があった。
『渡良瀬中佐、意見具申します。サイクロプスへの攻撃を中止して下さい』
「芹沢技官!? 無事か? 攻撃を中止しろとはどういう事だ?」
『はい、こちらは無事です。連中、我々研究班が居る倉庫には注意を払っていません。それと、こちらでも監視カメラの映像を確認しましたが……、この画像を見て下さい』
壁の大型ディスプレイに、背後から撮影されたサイクロプスの画像が表示される。
サイクロプスの背中には、大きな円筒形の金属ケースが括り付けられていた。
「これは……?」
怪訝な表情を浮かべる渡良瀬中佐。
京子は淡々と、簡潔に答えた。
『恐らく爆薬でしょう。先程、躊躇なく熱圧力弾を使用した事から、連中の目的は芹沢博士の研究データの奪取ではなく、この施設の破壊だと推測します』
「何らかの証拠の隠滅……、という訳か」
芹沢博士への資金援助のデータや提供した物資そのもの……、それらが明るみになれば、当たり前の話ではあるが犯人はテロ幇助の罪に問われる。
それも、アサルトフレームすら有する部隊を動かせる程の人物、或いは組織であれば、体面を繕うために強硬策に打って出る可能性は……無いとは言えないだろう。
襲撃者が『何を』隠滅したいのかは不明だが、京子が解析するために残されたデータ群や、そもそも持ち出すことが出来ない物証など、この研究所に残されている物は数多い。
その中に、襲撃されるに足る『爆弾』が紛れていても、何ら不思議ではない。
『下手に銃火器で攻撃すれば誘爆しかねません。全ての部隊を下がらせ……、ウィクトーリアさんの……EOSの投入を提案します』
京子の提案に、渡良瀬中佐は目を見開いて驚く。
「正気か!? 彼女は『こちら』での戦闘経験は皆無なんだぞッ!!」
『熱圧力弾があれで打ち止めとも思えません。それに、中佐もお分かりのはずです、この場でサイクロプスに対抗し得るのはEOSしかありません』
渡瀬中佐はかぶりを振って京子の言葉を否定する。
「しかしだな、そもそも彼女は部外者だ! それを曲げて、彼女には既にS作戦への協力を要請している、その上こんな事に巻き込む訳には――――」
『チューサ殿、少しよろしいか?』
渡良瀬中佐の言葉に、京子とは別の声が割り込んだ。
「その声、ウィクトーリアさんですか!?」
『はい、キョーコと一緒にこのムセン? を聞いていました。相手が何者かは私には分かりませんが、このまま手をこまねいてS作戦自体が実行不可能になってしまっては元も子もありません。ここは私に任せて頂けませんか?』
「許可出来ません。先程も申し上げた通り、この件に関しては貴女は部外者だ、だから――――」
『私はもう、部外者ではありません』
再度リューカの声が割り込み、その凛とした声色に渡良瀬中佐は思わず息を呑んだ。
『この国には『同じカマのメシを食べた仲』という言葉があるそうですね、良い言葉です……。僅か数日の間ではありますが、ここで寝食を共にした皆さんを、私は友人だと思っています……。なのに、こんな時だけ頭数に入れてもらえないのは些か寂しいのですよ』
再度、京子が無線に割り込んでくる。
『確かに彼女にはこの世界での戦闘経験がありません、そこは私がバックアップして補います! お願いします、出撃の許可をッ!!』
渡良瀬中佐は、壁の大型ディスプレイを見る。
6個の光点がゆっくりと移動し、エレベーターホールに近付きつつあった。
迷っている暇はない。
「…………わかった、出撃を許可する。しかし、危険だと判断したら、すぐに撤退するように!」
『『ありがとうございますッ!!』』
リューカと京子の声が綺麗に重なって響いた。
■倉庫内
渡良瀬中佐との無線通信を切り、京子は隣に居るリューカを見た。
「中佐も言っていたけど、こんな事に巻き込んでごめんなさい」
対するリューカは、軽く笑って答えた。
「気にしないで下さい、キョーコ。本音を言えば、いよいよコータローを助けに行くという時に、いきなりやって来て邪魔をされて、腹に据えかねているのですよ」
「……おーけぃ。ここでEOSの状態とか敵の動きとか、全部情報を集めて貴女を支援するわ、思いっきり暴れてきちゃって!」
グッと親指を立てる京子。
リューカにはその行為の意図が分からなかったが、何となく『頑張って来い!』と、送り出されているように思えた。
リューカは左腕の起動ドライバを口元に寄せ、変身のためのコマンドワードを高らかに叫ぶ。
「EOS起動! 変身ッ!!」
彼女の体を陽炎が包み込み、白地に赤いラインを引いた異形の戦闘服が現れる。
最新鋭の兵器が蠢く不正規戦の只中に、今、異界の勇者が舞い降りる――――。




