第43話 剣
リューカに供与される白いEOSが届いてから、京子が語った通り目まぐるしい日々が始まった。
戦闘サポートAIの音声やHMDのユーザーインターフェースを大陸共通語、及び大陸共通語を著わす文字へ置き替える作業から始まり、リューカのモーションデータを使用した各駆動部の最適化、そして官邸から出された条件の通り、ほぼ全ての内部機構のブラックボックス化等……、その作業をリューカの習熟訓練と並行して行うという前代未聞の作業体制が組まれていた。
京子が示した5日の期限内でEOSを『使える』ようにし、尚且つリューカに最低限の訓練を施すには、前代未聞であろうが無茶であろうが、それを成す必要があったのだ。
そんな状況の中でもリューカは甲太郎の身を案じ、どうしても気が逸ってしまう。
しかし、京子を始め彼女に協力してくれる人々が文字通り不眠不休で尽力する姿を見て、その焦りを胸の奥にしまい込み、着実に訓練をこなしてゆく。
そして、EOSが届いてから4日目の朝を迎えた。
■旧暁製薬生命工学研究所、大型倉庫
「何とか間に合ったわね」
届いたばかりの物資を前に、京子が呟いた。
隣に立っているリューカが続けて口を開く。
「これが、後から届くと言っていたEOS用の装備ですか?」
「そうよ。今回の作戦用に新規で組み上げた物だから、流石に少しスケジュールが押しちゃったけど……。相模原のスタッフに感謝しないとね」
そう言いながら、京子は金属製の箱の蓋を開く。
その中に入っていたのはEOSのウェポンコンテナ、なのだが……。
「コータローの物とは、随分と形が違うようですが……?」
甲太郎のEOSが装備していた物は、立方体のいかにも『箱』といった見た目だったが、今リューカ達の目の前にあるそれは緩やかな曲線を描き、先端に行くほどに細くなってゆく……、剣の鞘ような外見をしていた。
それも、非常に幅広で、巨大な剣の鞘だ。
見ようによっては航空機の主翼のようにも見えた。
「あれは本当に『コンテナ』だからね。でも、この装備はワールド・トラフィックスの中で行動できるように、特殊な機能を付けてるのよ。さて……、早速こいつのテストをするわよ!」
「わかりました」
そう答えると、リューカは『左手首』に装着した起動ドライバを口元に寄せ、コマンドワードを呟き白いEOSを身に纏う。
この数日で何度も繰り返してきた動作は淀みなく、『変身』は瞬時に完了した。
「それじゃあ、腰のベルトの左右にある接続部にこれを装着して」
リューカは一つ頷くと、剣の鞘を腰部に接続する。
<新規のユニットが接続されました。情報を確認中……、完了。接続を確立、使用可能です>
EOSの戦闘サポートAIが、新装備の使用が可能になったことを告げる。
「どう? 妙な警告は出てない?」
「ええ、大丈夫です」
リューカの返事を聞いた京子は、次にEOSの状態をモニターしている部下に確認する。
「そっちはどう?」
「問題なしです」
京子は満足そうに頷くと、リューカに向き直る。
「じゃあ使い方を教えるわ、よく聞いてね。まず、武器の取り出しと格納! やり方は簡単、手をそのコンテナのセンサー……、黒い部分に翳してみて」
言われた通りにするリューカ、するとコンテナの一部が『ガシャリ』と展開し、中から『柄』がせり出してくる。
「そのまま引き抜いて良いわよ」
その柄を握り慎重に引き抜くと、姿を現したのは全長130センチ程の両刃の直剣……、所謂ロングソードだった。
「貴女が身に着けていた剣の鞘を元にしてそのサイズにしたんだけど、持ってみた感じはどう? 使いにくくない?」
「大丈夫です。しかし……、剣の鞘のようだと思いましたが、本当に鞘だったんですね」
リューカの言葉に、京子はすまなそうな表情を浮かべる。
「こっちの事情で申し訳ないんだけど、上から銃の携帯は禁止って言われてるのよ。まあ、技術の流出を警戒しての事なんだけどね。同じ理由でそのEOSにも整備性を犠牲にして、下手に弄れないよう対策をしてるわ」
「『銃』というと、コータローが持っていた火を噴く武器ですよね? 私には使いこなせるとは思えないので、寧ろ剣のみの方がありがたいです」
「ありがと。一応、取り合えずって感じだけど飛び道具も用意してあるわ。音声コマンドでAIに『武器選択』って命令して。剣ともう一つ、『スローイングダガー』って言う表示があるはずよ。口頭でスローイングダガーを選択後、さっきと同じようにコンテナに手を翳して頂戴」
言われた通りにするリューカ。
すると、今度は全長15センチ程の簡素なナイフが現れる。
鍔は無く、刃と持ち手がほぼ面一になったデザインは、このナイフが投擲用の物であることを物語っていた。
「剣の方はヒートマチェットと同じく、刀身を赤熱化して相手を溶断出来る……つまりはヒートソードなんだけど、それは何の変哲も無い鋼鉄製の投げナイフよ。まあ、EOSのパワーで投擲すれば、貴女が着ていた鎧くらいなら紙みたいに貫けるわ。試しにあの訓練標的に投げてみて」
京子が指差す先、20メートル程の距離に人型の的が設置されていた。
投擲武器や飛び道具の類全般が苦手なリューカであったが、物は試しと的の頭部を狙い、力を籠めてスローイングダガーを投げる。
次の瞬間、『ズダンッ!』という弾丸の着弾音もかくやという鈍い音と共に、スローイングダガーが的の頭部に深く突き刺さった。
これに驚いたのはリューカ自身だ、よもや命中するとは思っていなかった。
投擲したフォームのまま固まるリューカに、京子が軽く笑いながら話しかけた。
「物の投擲時に照準補正がかかるようにしたんだけど、上手く機能してるようね」
「……何と言うか、自分の体が自分の物ではないような、妙な感覚です」
「甲太郎も最初はそんな事言ってたわ。じきに慣れる……、慣れるけど、それまではEOS装着時には細心の注意を払って頂戴。大怪我をしかねないし、させかねないから」
「肝に命じておきます」
神妙な表情で頷くリューカ。
その様子を見た京子は、胸の前で『パン』と手を打ち鳴らす。
「さて、ここからが本番よ。そのコンテナの最大の目玉機能を説明するわ。これが一番複雑だから、よーく聞いてね」
「はいッ!」
『目玉機能』の説明を始める京子。
語られた内容は難解なものだったが、それを何とか理解したリューカは、あまりの内容に驚愕した。
■旧暁製薬生命工学研究所、研究棟5階、対テロ即応特務隊現地司令室
日付が変わり、午前2時。
現地司令室の扉が開き、渡良瀬中佐が姿を見せる。
「あれ? 中佐、お休みにならないんですか?」
当直のオペレーターが声をかけた。
「ああ……。前回の作戦が失敗したのは、私の事前チェックの甘さが原因だからな。S作戦実施前に、『やり過ぎだ』と言われるくらいには、各工程に異常がないかチェックをしておきたいのさ」
「あれは……、仕方ないですよ」
「今度こそ、『仕方ない』では済まされないからな。私の事は気にしなくて良い、仕事を続けてくれ」
そう言いながら、渡良瀬中佐は自身の席に着き、持っていた書類を机上に広げた。
暫くの間、渡良瀬中佐が書類をめくる音と、数名のオペレーターがノートPCを操作する音だけが響く。
すると突然、室内の固定電話がけたたましい着信音を奏で始めた。
この施設が対テロ即応特務隊に接収される以前に使用されていた、民間通信会社の回線だ。
今では敷地内に駐車している指揮通信車を仲介し、戦術データリンクでやり取りしているため使用されていない。
オペレーターの一人が訝しみながら電話に出る。
「はい、暁製薬生命工学研究所です……。は? あの、もしもし? もしもし!?」
「どうした?」
不穏な空気を感じ取り、オペレータに尋ねる渡良瀬中佐。
「それが……、国防省からだったんですが、名乗った直後に切れてしまって……」
「国防省? 民間の回線でか? 君、データリンクで国防省を呼び出してくれ」
別のオペレーターにそう命じる渡良瀬中佐だったが、その命令の直後、異変は起こった。
『バツン』という音が響き、部屋の灯りが全て消える。
「なんだ? 停電か!?」
数秒後、自家発電機が作動し灯りが戻った。
しかし……。
「中佐! 街の灯りが!!」
監視カメラの画像を確認していたオペレーターが声を上げ、壁に掛けられた大型ディスプレイに監視カメラの映像が表示される。
そこには、所々に灯りが映し出されていた……、だが、これはおかしい。
いつもなら、街の輪郭が分かるほどに灯りが溢れているはずだ。
所々の灯りは、病院や企業等の自家発電設備が機能している施設の物だろう。
つまり、非常に広範囲な停電が起こっていた。
さらに、国防省との通信を命じられたオペレーターが報告する。
「国防省と繋がりません!」
渡良瀬中佐の顔から血の気が引いてゆく。
彼の背筋に悪寒が走った。
「敷地内の部隊とのデータリンクは生きているか!? 館内放送も使って総員に通達! 現在、当施設は襲撃を受けている! 警戒レベルを引き上げ――――」
その時、『ドンッ!』という轟音が響き、振動が建物全体を震わせた。
再度、監視カメラを確認していたオペレーターが叫ぶように報告する。
「正面ゲートの守衛所が爆発、炎上していますッ!!」
大型ディスプレイの画像が切り替わる。
映ったのは、炎上する守衛所の映像。
「守衛所に詰めていた隊員は!?」
「通信途絶! バイタルのテレメートも確認できませんッ!!」
「中佐! 映像をッ!!」
その声に、室内にいた全員の視線がディスプレイに集中する。
炎の灯りに照らされ、蠢く物があった。
「あれは…………」
3メートル近い全高、首は無く、大きく膨れ上がった胴体の前面に、巨大な一つ目と見紛うカメラアイが取り付けられ、それが『ギョロギョロ』と忙しなく周囲を窺っている。
「『サイクロプス』だとッ!? 米軍のアサルトフレームが、なんでこんな所にッ!!?」
渡良瀬中佐が叫ぶ。
ギリシャ神話の単眼巨人の名で呼ばれた鈍色の巨人は、研究棟を見定めると、その瞳に血のような赤い赤い光を灯した。




