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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第41話 ガールズトーク

 『ミスティック使用後の体調の変化を調べる』という名目の身体検査を終えたリューカは、医務室の窓から夕陽を眺めていた。

 この世界に来て初めて目覚めた場所……、白一色だった医務室は西日が差し込み茜色に染まっている。

 初め『太陽が一つしかないッ!?』と驚いたリューカだったが、ふと、『トーラスに流れ着いたコータローも二つの太陽を見て、今の私と同じように驚いたのだろうか?』と思い至り、妙な共感が生まれた。


 異世界ニホン……、何もかもが違う場所。

 この世界にリューカの事を『知る』者は居ない。

 彼女の生まれや育ち、何を思い何を成して来たのかを知る者は居ない。

 それは即ち、この世界に彼女の存在の立脚点が無いという事であり、自身が何者であるのかを証明する(すべ)が無いという事だ。


 己の存在、その土台が揺らぐ感覚……、そうそう味わえるモノではないだろう。

 胸の中に不安が湧き上がる。


 だが、その不安を抱えて尚……、ニホンの夕暮れは美しかった。

 地平線に沈みゆく太陽と、茜色の西日が描き出す光と影のコントラスト。

 その陰翳礼讃(いんえいらいさん)は、電気の灯りが存在せず、炎の灯りの中に色濃い闇が同居するリューカの世界と同質のモノだ。


 (そうか、夕暮れは何処の世界でも美しいものなんだな……)


 リューカがそんな事を思っていると、医務室に京子が入って来た。


 「待たせちゃったわね。検査はどうだった? 気分が悪いとか、体がだるいとかは無い?」


 「大丈夫です、問題は――――」


 『ありません』と言おうとしたが、言葉が続かなかった。

 リューカは京子の顔をじっと見つめる。


 「ん? 私の顔に何か付いてる?」


 京子は特に変わった様子は見せず、そんな事を聞いてくる。


 「ああ、いえ。検査の結果は『問題なし』だそうです」


 「よかった。……外の景色を見てたの?」


 「はい。夕陽が綺麗だなと思いまして……」


 リューカの答えに、京子はすまなそうな表情を浮かべる。


 「ゴメンね、色々あって貴女をこの施設から出す訳にはいかないの。こんな状況じゃなかったら、外に出て街の案内とかしたかったんだけど……」


 「いえ、私もここに遊びに来たわけではありませんので、そのような気遣いは無用です」


 「そう……、ありがと。代わりと言っちゃ何だけど、渡良瀬(わたらせ)中佐……、ここの一番偉い人から許可をもらったの。この施設内でなら自由にしてくれて構わないわ。ただ、立ち入り禁止の区画があるから、それは後で説明するわね」


 そう言うと、京子は『パン』と胸の前で両手を合わせる。


 「さて、そろそろ晩御飯よ。まる2日眠ってて、目が覚めてからもまだ何も食べてないでしょう? 食堂に案内するわ、一緒に食べましょ」


 「その……、良いのですか?」


 「ん? ああ、リューカちゃんの血液サンプルの検査結果でね、特にアレルゲンも無いし、こっちの食べ物も問題なく食べられるって聞いてるわ、安心して」


 「いえ、そうではなく、私が一緒に行っても問題無いのですか?」


 リューカがそう尋ねると、京子は笑って答える。


 「問題なんてないない、気の遣い過ぎ! それにね、この国には『同じ釜の飯を食べた仲』っていう言葉があるの。一緒にご飯を食べるほど仲が良い……、つまり友人ってこと。ほらほら、国防軍の隊員なんて大食らいばっかりなんだから、早く行かないと食いっぱぐれちゃうわ!」


 京子はそう言うと、リューカの手を取って彼女を引っ張ってゆく。


 「ありがとう、キョーコ」


 「気にしない気にしない!」


 リューカの感謝の言葉に、京子の明るい声が返ってくる。

 先刻、医務室に入って来た京子の顔を見た時、その目が赤くなってるように見えたのは、部屋に差し込む西日の所為(せい)だったのだろう。


 そんな事を思いながら、リューカは手を引かれるまま食堂に向かった。



■■■


 旧暁製薬生命工学研究所、その一階に社員食堂がある。

 一度に100名近い人数を収容可能なその食堂を、現在は対テロ即応特務隊(CTRaS)がそのまま同じ目的で使用していた。

 通常の駐屯地であれば、給食などの一部庶務事業を民間業者に委託していたりもするのだが、まさかこの場所に民間人を入れるわけにはいかない。

 ここで食事を作っているのは出入りの業者ではなく、CTRaS内で持ち回りになっている給養(きゅうよう)班の隊員達だ。


 ちなみに、この研究施設の持ち主である暁製薬株式会社の現状だが……、先行き不透明な状態となっていた。

 先の突入作戦時に流された『化学薬品の漏出事故の発生、国防陸軍の災害出動』という欺瞞(ぎまん)情報は、作戦の失敗……、芹沢栄治博士及び甲太郎両名の異界への漂流という事態を受け、施設の接収が長期に及ぶ事が確定した段階で『災害出動した部隊が『偶然』秘匿された地下研究所を発見し、そこで『偶然』芹沢栄治博士の潜伏の痕跡を発見した』という新たな情報が上書きされる事となった。


 これに伴い、芹沢シンパであった経営陣は全員が逮捕・起訴され、刷新された新経営陣によって舵取りが行われたものの、信用の失墜と株価の下落は急速に、留まる所を知らず、気の早い者達の口からは同業他社とのM&Aの話まで出始めている。


 芹沢栄治博士(テロリスト)に係わる大手製薬会社の醜聞(しゅうぶん)……、広範な影響が予測されたため、秘密裏に事を進めようとした官邸始め関係各部署の目論見は見事に外れた格好だ。


 ……ともかく今現在、リューカの目の前に広がる食堂はCTRaSの隊員達でごった返しているのだった。


 京子に習い列に並び、料理の乗ったトレーを受け取って空いているテーブルにつく。

 王国軍では各小隊ごとにそれぞれ食事を作っていたため、リューカにとっては新鮮な体験だった。


 新鮮と言えば、トレーに乗っている料理もそうだ。

 トーラスでは見たことの無い料理がリューカの目の前に並んでいる。


 「これがご飯、このスープが味噌汁、こっちは鳥の照焼きと付け合わせの野菜……」


 京子が指差しながら簡単に料理の説明をする。


 「それからこれがカボチャっていう野菜の煮物……、あら? バナナがあるわね。きっと『消化に良いものを』って気を利かせてくれたのね」


 リューカのトレーには、皮を剝かれ一口大に切られたバナナが盛り付けられた小鉢があった。

 京子の言う通り、給養班の隊員がリューカが目覚めたことを聞きつけ、わざわざ用意してくれたものだ。


 「それと、リューカちゃんの食器は……、ナイフとフォークになってるわね。……一応、念のために聞くけど使い方は分かる?」


 用意されたナイフとフォークを繁々と眺めながら、リューカは答えた。


 「ええ、大丈夫です。……しかし、驚きました。ニホンは何もかもが違っているのに、トーラスと似たような物も使っているのですね」


 「もしかしたら、食事なんかの生活に密着する部分って、世界が変わってもそんなに違いは無いのかもね。……それじゃ、頂きましょうか!」


 そう言うと、京子は胸の前で両手を合わせ、それから二本のスティック……、箸で器用に料理を食べ始める。

 リューカも胸に握り拳を当てて食前のお祈りを済ませると、鳥の照焼きをフォークに刺し、口に運んだ。


 そして、彼女の動きが止まった。


 「リューカちゃん大丈夫? もしかして口に合わなかった?」


 リューカはふるふると首を横に振りながら、口の中のものを飲み込む。


 「いえその、複雑な味がして……。美味しいです」


 暫く、互いの世界の食べ物や生活習慣などの話をしながら食事をしていると、食堂内に『では、次のニュースです』という声が響いた。

 誰かが壁掛け式大型テレビの電源を入れたようだ。


 「キョーコ、あれも『ぱそこん』ですか?」


 「いいえ、あれは『テレビ』っていう物で、遠く離れた所から送られてくる映像や音を再生する装置よ。まあ、パソコンでも同じことは出来るんだけどね」


 リューカはテレビに見入る。

 テレビそのものも興味の尽きない物だったが、彼女が気になったのはテレビに映し出される映像と、流れてくる音声だった。


 『ベルギーの首都ブリュッセルにおいて開かれている欧州理事会は、深刻化する難民問題への対応で意見の統一を図ることが出来ず、紛糾しています。また、理事会の開催に合わせ発生した、ドイツ・バイエルン州での暴動は依然として続いています。現地特派員の宮嶋さんに繋がっています……。宮嶋さん、そちらはどんな状況ですか?』


 何やら原稿を読み上げていた男性の映像から、どこかの街の映像に切り替わる。

 その街の殆どの建物は半ば破壊され、多くの人々が道端に倒れ血を流し、兵士と思われる揃いの装備の人々が、コータローが使っていた物と同じ火を噴く武器……、『銃』を構えて進軍してゆく。


 『はい、現地の宮嶋です。投入されたドイツ連邦軍の働きにより事態は鎮静化に向かっていますが、散発的な戦闘が続いています。近年EUでは難民問題に起因する暴動やテロが多発しており、EU加盟国の一部は国境封鎖及び非常事態宣言も辞さない構えを見せています。EUの屋台骨である、域内通過の自由を保障するシェンゲン協定が破綻しかねない状況に……』


 ヘルメットをかぶり、マイクを持った人物が瓦礫(がれき)の街をバックに喋り始める。

 話の内容は殆ど分からなかったが、映し出されている映像が『戦場』のモノであると、リューカは直感的に理解した。

 

 「キョーコ、これは……」


 「ヨーロッパっていう、遠く離れた場所の出来事よ。ここのところ、こんな話題ばっかりね」


 事も無げに答える京子。

 リューカは暫くの間、ニュース映像を食い入るように見つめていた。



■旧暁製薬生命工学研究所、2階浴場


 「晩御飯の後はお風呂よ! 日本には『裸の付き合い』って言葉があってね、おおざっぱに言うと、一緒にお風呂に入ったら友達って事よ」


 「はあ……、友人になる方法がたくさんあるのですね。良い事です」


 ……そんなやり取りがあり、二人は大浴場にやって来ていた。

 この浴場も、元を正せば暁製薬の社員用のモノだ。


 京子と共に脱衣所で服を脱ぎ、浴場に足を踏み入れるリューカ。


 「おお……!」


 目の前に広がる光景に、リューカは思わず感嘆の声を漏らした。

 彼女が暮らす王宮サン・リーベルの絢爛(けんらん)な浴場とは比べるべくもない。

 しかし、しっかりした作りで清潔に保たれた目の前の空間は、王宮の浴場とは違った方向性で『快適さ』が追及されたものだと理解できた。


 「初めて見る物も多いでしょ、説明するわ」


 そう言う京子に習い、見よう見まねで軽く体を流すと、二人は湯船に()かる。

 今、浴場は二人だけの貸し切り状態だ。

 リューカは周囲をきょろきょろと見回しながら、京子に話しかけた。


 「しかし、こちらの世界は凄いですね。能力(ミスティック)こそ無いものの、そんな事は問題にならず、(むし)ろ我が国よりも便利で快適に暮らすことが出来る。叶うならば、これらのモノを国に持って帰りたいくらいです」


  そんなリューカの言葉に、京子は少し困った顔をする。


 「うーん……。個人的には、そういう事はして欲しくないかなぁ」


 「何故です?」


 「この世界のモノや制度を貴女の世界に持ち込むって事は、二つの世界を平準化するって事よ。『暮らしが快適になった』だけで済めば良いんだけど、負の面も持ち込む事になりかねない。さっきテレビで見たでしょ? この世界も色々と問題を抱えているわ」


 リューカの脳裏に、先程目にした『戦場』の光景が蘇る。

 それと同時に、一つの疑問が生まれた。


 「私は、そこが不思議でならないんです。あのような遠く離れた場所の出来事を知り、遠く離れた人同士で会話ができる術があれば、争いなど無くなりそうなものですが……」


 リューカの言葉を聞き、京子は苦笑した。


 「そうね……。もしかしたら、お互いの距離が縮んだ事で、相手の『受け入れられない部分』もハッキリ見える様になっちゃったのかもね……。意思疎通が出来るって事と、相手を受け入れ理解するって事は、別の事だから」


 「そういうものでしょうか……」


 そう言いながら、リューカの脳裏に魔王と対峙した時の事が思い浮かぶ。

 魔王と言葉を交わし理解したのは、リューカ達を滅ぼし、リューカ達の世界を手に入れようとする、魔族の確固たる意志だった。


 「だから、お互いを理解できるよう努力しなきゃいけないって事ね……。それから話を戻すけど、二つの世界を平準化するって事は、貴方達の世界だからこそあり得る可能性を潰すことになるんじゃないかしら」


 「私の世界だからこそ……?」


 「せっかく『ミスティック』なんて素敵な力があるんだもの。違う世界だからこその可能性、違う世界の人間だからこそ目指せる地平線があると思う。よその世界の真似をするより、そういったモノを大事にしてほしいかな。まあ、確証のある話じゃないんだけどね」


 リューカは、湯船のお湯に映る自身の顔を見つめた。

 『違う世界だからこそ』という京子の言葉が、彼女の胸に()み込んでいくようだった。


 「……それに何より時間が無い。貴女とアズー君のお陰で甲太郎救出の目途はついた。可能な限り早急に、貴方達を元の世界に戻してあげるわ」


 続けて放たれた京子の言葉に、リューカは目を見開く。


 「待って下さいッ! 私はコータローを助けるために世界を越えたのです! ここで引き下がるわけにはいきませんッ!!」


 「その事は本当にありがたいと思ってる。けどね、私達も軍人なの。まあ私は、兵器開発担当の研究職なんだけど……。ともかく、これ以上貴方達を巻き込むわけにはいかないの。甲太郎の救出は、私達国防軍の仕事よ」


 京子の答えに、しかしリューカは引き下がらない。


 「コータローの救出は、私が私自身で定めた『使命』でもあります。キョーコの助力が得られないのなら、独力で魔界に(おもむ)くのみ!」


 リューカの言葉を聞き、今度は京子が驚いた表情を浮かべる。


 「……ねえリューカちゃん。なんで甲太郎のためにそこまでしてくれるの? 甲太郎が貴女を助けたって言っていたけど、恩義を感じるにしても明らかに過剰よ?」


 「そ、それはッ…………」


 京子の問いは、かつてルーカス将軍や甲太郎自身からぶつけられた疑問と同質のモノ。

 以前は何のかんのと理由をこじつけていたが、今、彼女の胸中に広がるのは、世界の狭間……、ワールド・トラフィックスの中で思い至った一つの感情だった。


 湯船に浸かっていて尚、白磁のようだったリューカの頬が紅く染まる。

 同性の京子ですら背筋が『ゾクリ』とする色っぽさだ。

 京子は目を丸くし、そして唇の端を吊り上げ『ニタリ』と笑った。


 「……おーけぃ、理解」


 「な、な、な、何を理解したと言うのですッ!?」


 慌てふためくリューカは、既に顔全体が真っ赤だ。


 「甲太郎の事呼び捨てだし、『おや?』と思ってはいたんだけど……。いやー、あの朴念仁(ぼくねんじん)がねぇ……。こんなカワイイ()を捕まえるなんて、隅に置けないわねぇ」


 「うぐぐぐ……」


 リューカは鼻まで湯に漬かり、口からぶくぶくと泡を吐いた。

 その様子を見ていた京子は、ふと真顔に戻る。


 「……けど、ごめんなさい。貴方達の事を応援することは出来ない。甲太郎を助けたら、あのゲートは恐らく……」


 閉じることになる。

 京子は、その最後の言葉を口にすることが出来ない。

 しかし、リューカは『そんな事は百も承知』と言った風に胸を張った。


 「だから何だと言うのですか? 例え避けられない別れが待っていようと、それは行動を起こさない理由にはなりません。いつか何処かで今を振り返った時、『私はこういう決断をしたのだ』と、胸を張って生きて行きたいのです」


 (まぶ)しいほどに凛々しく、真っ直ぐな彼女の姿に、京子は見入ってしまう。

 そして、呆れたような笑みを浮かべた。


 「まいったわね……。ウチの馬鹿父にも、貴女の強さの百分の一でもあれば、こんな事にはならなかったかも」


 「これは私の勝手な言い分ですが……、私はコータローと出会えて良かったと思っています」


 京子は額に手を当てて天井を仰いだ。


 「あ~あ、お医者様でも草津の湯でも……って、説得なんて無理じゃない、もう!」


 「?」


 京子の言葉の意味は分からなかったが、次に京子が口にした言葉に、リューカは大きく頷いた。


 「頼っちゃっても……、良い?」


 「勿論です!」


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