第40話 良心
暴走する長道博士が、警備班に『恐る恐る』と言った感じで取り押さえられてから数分……、博士はようやく落ち着きを取り戻していた。
現在室内に居るのは京子、リューカ、アズー、そして長道博士の4人だ。
警備班の隊員2名には、廊下で待機してもらっている。
「長道博士……。分野は違えど、同じ研究者として逸る気持ちは理解できます。ですが、女として言わせてもらえれば、完全にアウトでした」
「ハイ」
京子のお説教に長道博士が答える。
彼は今、床に敷かれた座布団の上で正座していた。
用意されたその座布団は、彼へのせめてもの温情か、厚手でクッションが効いた割と豪華な物だ。
「『ギリギリアウト』とかカスりもしない、パーフェクトなアウトですよ? 一発退場レベルです」
「ハイ」
落ち着いて、自身の言動がいかに『アレ』だったか自覚したのだろう、長道博士は背筋を伸ばし……、その様はお白州の場に引っ立てられた罪人のようだ。
「あのな、芹沢君。すまんが……」
長道博士が何事か話し始めると、京子の背後にいるリューカが『ビクリ』と体を震わせた。
軽くトラウマになっているらしい。
京子はリューカに同情するが、同時に『この程度で済んでよかった』とも思う。
この世界の歴史において……、つまり同じ世界の人間同士ですら、異民族、異なる宗教等、そのファーストコンタクトは往々にして不幸な結果に終わることが多いのだ。
相手が異世界人だと言うのなら、何をかいわんやである。
「長道博士、発言の際は挙手をお願いします」
「ハイッ!」
存外素直に右手を上げ、挙手する博士。
「どうぞ」
「芹沢君、この案件に関しても、是非にウィクトーリア君の話を聞きたいのだが」
そう言いながら、長道博士は白衣のポケットから丸めた書類の束を取り出し、京子に手渡す。
相当急いで用意したのか、その書類には皺が寄ってしまっている。
ちなみに、京子が仲介しリューカと長道博士はどうにか自己紹介を済ませていた。
アズーに関してはリューカが寝ている間に先に対面を済ませており、ヘッドセット型翻訳装置を作る際には長道博士も協力している。
「これは……、『犬属』ですか」
以前、国家安全保障会議において報告されていた『地球外生命体』。
生命工学分野の案件は長道博士の管轄になっていたため、京子はその存在を失念していた。
「もちろん確認します……、ですが。女の子に写真とは言え生き物の死骸を見せるのは……、ちょっと」
長道博士から渡された犬属の画像。
それは、国家安全保障会議での報告の際に使われた、甲太郎が射殺した死骸の写真だった。
京子が『どうしたものか』と悩んでいると、リューカが口を開く。
「よく分かりませんが……。この身は軍人であれば、生き物の亡骸程度で狼狽えはしません」
「うーん……。まあ、そういう事なら……、この生き物に見覚えはある?」
そう言いながら、京子は件の写真をリューカに見せる。
リューカはその写真を一瞥すると、すぐに答えた。
「これはガルールですね。トーラス……、いえ、アルカディア大陸全域に広く生息する四つ足の生物です。まあ……、これは下半身しかありませんが」
「『ガルール』? とにかく、これはリューカちゃんの世界の生物で間違いないのね?」
京子の確認に頷いて答えるリューカ。
すると、長道博士が複雑な表情でぶつぶつと呟き始める。
「やはりな、ウィクトーリア君の血液サンプルから犬属……、いや、ガルールか。ともかく、同じ変異ミトコンドリアが検出されてな、同じ世界の存在であるとは思っていたが、うーむ……」
「博士、何か疑問が?」
「うむ、件の変異ミトコンドリアだが、地球産のモノとほぼ同じ機能を持っているのだがな……。更にもう一つ、『ゲート』から漏れ出てくる大気、正確には大気組成中の未知の成分に晒されると活性化することが分かっている。それが何であるのかは未だ分らんが、とにかく、体内で我々地球人とは異なる生命活動が行われている事から、異世界人は地球人とは異なる内臓器官を持つか、或いは外見上の差異があるものと推測していたのだが……」
長道博士の言葉を聞き、京子は首を傾げた。
「差異、ですか……。彼女はMRIでの検査でも、外見上も、我々との相違は確認されませんでした。まあ、非常に整った容姿だとは思いますが、それは関係ないでしょうし……。ねえリューカちゃん、違う世界の人間の相違点って思い当たることはある?」
急に話を振られたリューカは、暫く顎に手を当てて考えこんだが、ふいに思い出したことがあった。
「そういえば、コータローはこの世界には能力が無いと言っていましたが……」
「『ミスティック』? ああ、確か大陸共通語の翻訳対照表にもあったけど、結局意味は不明のままだったのよね。ねえ、そのミスティックっていうのは、具体的にはどんなモノなの?」
「炎を熾したり冷気を出したり……、効果は人によって様々ですが、大気中のエーテルを取り込んで己の体力と共に行使する『異能』です。ちなみに私は結界を張ることが出来ます」
自身の胸に手を当て、『えへん!』と得意げに語るリューカ。
しかし、それを聞いた京子と長道博士は二人そろって顔色を変えた。
「異能って、それって超能力ってこと!?」
「『大気中のエーテルを取り込んで』とな!?」
そして二人は顔を見合わせ、互いに頷き合うと、リューカに能力を使ってみる様に頼み込んだ。
「構いませんよ。それでは……」
二つ返事で請け合い、リューカは右手を突き出し集中する。
……しかし。
「あ、あれ?」
能力が発動しない。
結界が発動すれば、同時に体力が削られて行く感覚があるのだが今回はそれが無かった。
「どうしたの?」
尋ねる京子に、リューカは首をひねりながら答える。
「その、結界が発動しません……。今までこんな事は無かったのですが……」
その時、長道博士が『ポン』と手を打った。
「ああ! 『エーテル』とやらがゲートから漏れ出てくる未知の成分ならば、ここでミスティックを使えんのは道理だ。空調も独立系にして完全に遮断しているからな。ゲートルームに行かんと」
■旧暁製薬生命工学研究所、地下『ゲートルーム』
リューカの能力を検証するべく、慌ただしく準備が進められた、現在ゲートルームには複数の人物が詰めている。
リューカ、京子、長道博士、そして観測機器を扱う研究班の職員が数名だ。
リューカ以外の人物は、念のため全員NBC防護服を着こんでいる。
手持無沙汰のリューカは周囲を見回し、そして京子に尋ねた。
「キョーコ、周囲の透明な筒は何ですか?」
観測機器のチェックをしていた京子は手を止め、バツが悪そうに答える。
「ああ……、ごめんなさいね。見ていて気分の良いものじゃないでしょ? 布でもかけておけばよかったわね。これは……、いえ、彼等は芹沢栄治の罪の一つ。人体実験の被験者達よ」
「これが……、人間!?」
「今からでも隠そうか?」
「大丈夫です。ただ、驚きました……、人間をこんな風にしてしまえるなんて……」
「そうね、恐ろしい事よ。……さて、準備完了! それじゃリューカちゃん、お願いね」
「わかりました!」
そう答えると、リューカは再度右手を突き出し集中する。
今度は無事結界が発動し、彼女は自身の体力が削れて行くのを感じた。
「成功しました。今、私の周囲に結界が展開しています」
京子は一つ頷くと、観測機材を操作している職員に声をかける。
「どう? 何か彼女の周りに変化はあった?」
「非常に僅かなモノですが、彼女を中心に半径1メートル程度、頭上方向にも同程度の葉巻型の空間に探査波の位相のズレが見られます。光の屈折率も若干変化がありますが、肉眼では分らないレベルですね」
職員の答えの通り、肉眼では彼女の周囲に変化は見られない。
次に京子は白衣のポケットからゴムボールを取り出した。
「じゃあ、次はこのボールを投げるわね。見ての通り、柔らかいから安心して」
京子は手にしたゴムボールを『ぐにゃり』と潰して見せてから、リューカめがけてアンダースローで投げつけた。
そのボールはリューカにぶつかる直前で、何かに阻まれた様に突如軌道を変え、床に落ちる。
『おお』と、周囲の職員から驚きの声が上がる。
長道博士も目を丸くしていた。
「じゃあ、次は実際に触れてみるわね。その……、触っても大丈夫よね?」
「殴りつけたりせず、ただ触れるだけならば問題はありません」
京子は両手を突き出し、慎重にリューカに近付いてゆく。
そして、ボールが軌道を変えたポイントで不可視の何かに阻まれた、それ以上リューカに近付くことが出来ない。
「わ! ホントに何かある!!」
そう感嘆の声を上げ、京子は『見えない何か』をペタペタと触りながら、リューカの周囲を回る。
更には思いっきり押したり、軽く叩いたり、終いには結界に手をつきながら足だけ後退りして、引き戸のつっかえ棒のような姿勢になったりした。
傍から見れば良く出来たパントマイムだが、立ち会っている全員がパントマイムや手品の類ではない、本物の超常を目の当たりにしている事を理解していた。
「凄いとしか言いようがないわね……。ねえ、火を熾したり冷気を出したりって言っていたけど、ミスティックって他にはどんなことが出来るの?」
京子の問いに、リューカは立てた人差し指を顎に当てつつ答えた。
「能力は人によって違うので本当に色々です。遠くを見通したり、傷を癒したり、触れずに物を動かしたり、雷を起こしたり……」
「ちょっと待ってくれ! 雷だとッ!?」
「ぴぃッ!?」
突然叫んだ長道博士と、驚き身を竦めるリューカ。
「おうッ! スマン!! しかし芹沢君、これは……ッ」
「まさか……、そんな……」
長道博士の問いに答えられず、京子はただ茫然と、周囲に立ち並ぶ20基の培養槽を凝視した。
■■■
ゲートルームに一人立つ長道博士。
彼は培養槽の一つ、その中に浮かぶ『人間であったモノ』を見ていた。
観察するような眼差しには時折、怒りや悲しみの感情が混じる。
そんな彼に、ゲートルームに入ってきた京子が駆け寄る。
「長道博士、確認が取れました。やはりこの20基の培養槽から電力が供給されています」
ミスティックの検証が終了した後、リューカを『ミスティック使用後の健康状態を確認するため』と医務室に送った京子達は、培養槽とその中の被験者を再調査した。
その結果は想像した通りのものであり、同時に受け入れ難いものでもあった。
「この被験者達が発電機代わりだったとはな……。生命維持のために電力を供給されているとばかり思っていたが、盲点だった」
長道博士は深く嘆息する。
「ウィクトーリア君は『ミスティックは人によって違う』と言っていた。恐らく、変異ミトコンドリアを『調整』し、雷の能力を無理に発現するようにしたんだろう。この有様はその副作用か……」
「……我が父親の事ながら、正直に言って……、胸クソ悪いです」
そう吐き捨てる京子。
唇を噛み締め、握った拳が震えている事がNBC防護服越しにも見て取れた。
そんな様子を横目に見た長道博士はおもむろに口を開く。
「独力で並行世界の存在を立証し、独力でそこに至る道を拓き、独力でミスティックなるモノのメカニズムを解明し、そして独力で『こんな物』を創り上げる……。芹沢栄治という男の才能は、本物だったという事だな」
京子は驚いて長道博士を見る。
彼は昔気質の人物で、研究者が持つべき倫理観や規範と言ったものに厳しい人物だった。
そんな長道博士の口から、父を認めるような発言が飛び出したのが信じられなかった。
京子の視線に気づいた長道博士は、ぷいっと顔を逸らした。
その様を見て、京子は『気を遣われている』事に気付く。
「その、ありがとうございます。気を遣って頂いて……」
「事実を述べたまでだ、礼を言われる筋合いなんぞありゃあせん。それにな、私はお前さんに辛い事を告げねばならん…………。彼奴の死亡が確定した」
京子は目を見開く。
「では、あの鞄の血痕は、やはり……」
「うむ。まあ、検査結果は昨日の時点で出ていたんだがな、万が一があってはいかん。今まで何度も再検査していた。その上で、あの血痕は芹沢栄治の血で間違いなく、血痕の付着パターンから予測される出血量は間違いなく致死量であり、何よりウィクトーリア君とアズー君は、彼奴が甲太郎君に頭を撃ち抜かれて死亡したと証言しとる。これらの事から、私は芹沢栄治が死亡したと判断した。先程、官邸にも報告しておいたよ」
「そう、ですか……。そうですか……」
俯く京子、長道博士は言葉を続ける。
「全く、道を踏み外しさえしなければな。得難い才能を……、惜しい男を亡くしたものだ。……だがな芹沢君、悲しんでいる暇はないぞ。我々にはまだやるべき事があるのだからな。甲太郎君を救わねば、この事件は終わらんぞ」
「……はい、分かっています」
「ウィクトーリア君の事は君に任せる、私は嫌われてしまったようだからな。さて、私は部屋に戻ってアズー君の相手でもしようか」
そう言うと、長道博士は身を翻して去ってゆく。
京子は深く頭を下げ、その背中を見送る。
京子は思う。
道を踏み外した父は多くの不幸をばら撒いた。
そして、長道博士の言う『得難い才能』が、被害の拡大を後押しした。
だから、才能の如何ではなく、長道博士のような『良心ある研究者』が技術の発展に寄与してくれれば、こんな悲劇は起こらず、社会はより良くなっていくのではないか、と。
長道博士の背中が扉の向こうに消え、ゲートルームに一人残った京子は両手で顔を覆い、声を押し殺して…………。
少しだけ泣いた。




