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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第36話 残された者達

■魔界、詳細位置不明


 無数の光が(またた)く世界の狭間を漂った末、一つの光にぶつかった次の瞬間、甲太郎は重力の支配下に放り出された。

 ずきずきと痛む脇腹に顔を(しか)めつつ、彼は素早く周囲を見回す。


 かなり広い空間、半径200メートルほどの半球状のフロア。

 地下なのか窓が一つもない、しかし、EOS(エーオース)の暗視機能に頼らずとも周囲を目視できる光量はあった。

 フロアの床、壁、そして天井(半球状の空間のため、壁と天井の境目は分らないが)……、その全ての面に刻まれた幾何学(きかがく)模様を描く線が光を放っていた。


 炎の灯りでもなく、蛍光灯……電気の灯りでもない、強いて言えば蛍が放つ光のような柔らかな灯りに照らし出された光景は、明らかに暁製薬の地下研究施設の物ではない。


 (どうやら、魔界で間違いなさそうだな……)


 甲太郎は足元に転がっているモノを見て、そう結論を下す。

 彼の足元に転がっていたのは……、人骨。

 それも、王国軍の鎧を身に纏った人骨だった。


 相応の年月が経過し風化したのか、人骨共々その鎧は激しく損傷し表面には錆が浮いていたが、つい先ほどまで同じものを目にしていたのだ、間違えようは無い。


 改めて周囲を見れば、(おびただ)しい数の人骨が散乱していた。


 「つまり、この人達が過去に王国が送り込んだ調査隊か……。戻らない訳だ」


 恐らくは、『往路』の時点で衰弱死したのだろう。

 よしんば生きてこの世界に辿り着けたのだとしても、『復路』を耐える体力も気力も残っていなかったはずだ。


 自然と、甲太郎は両手を合わせて黙祷する。

 その時、静謐(せいひつ)な空間に、『ゴソリ』と何かが動く音が響いた。


 「……魔王」


 『グルル』と喉を鳴らしながら、再生を完了し立ち上がった魔王が甲太郎を睨む。

 拳を握りしめ、甲太郎に向かい一歩踏み出す魔王。

 対して甲太郎は、予備のヒートマチェットを抜くと、それを構え魔王に対峙する。


 その様子を、未だ口を開いたままの『門』が、その身に映し出していた。



■異界、トーラス王国、ヘレネア山中腹


 アーベルは、銀髪の少女が飛び込んだ『魔界の門』をただ茫然と見つめていた。

 よりにもよって、最も行かせてはならない人物を行かせてしまった……、止めることが出来なかった。


 『もしも負傷しておらず、この体が思う通りに動いていたら止められただろうか』、そう思いかけて、アーベルは首を横に振った。

 彼女は『我が儘を通す』と言った……、彼女の頑固さは筋金入りだ、元よりアーベルの制止など聞き入れなかっただろう。


 だが、そんな事とは別に、止めることなど出来なかっただろう。


 『門』に飛び込む直前に彼女が見せた表情。

 幼い頃から一緒に居たアーベルも、恐らくはフランも……、かつて見たことの無い、華やかな笑顔だったのだから。


 アーベルが呆けていると、俄かに周囲の兵士がざわつき出す。

 見回すと、周囲を囲む盛り土を乗り越えて近付いてくる一団があった。

 先頭に居るルーカス将軍と、それに続く銀鎧を身に纏ったフランを見て、アーベルは本隊が到着したのだと理解した。


 二人は巨大ラプテイルの(むくろ)に驚いているようだったが、アーベルの姿を認めると、真っ直ぐに向かってきた。


 「アーベル! 負傷しているのですか?!」


 救護要員に支えられたアーベルの姿を見て、フランはすぐさま治癒(ヒーリング)能力(ミスティック)を発動する。

 フランの額には、既に大粒の汗が浮かんでいた、ルーカス将軍も同様だ。

 その様子から、本隊が魔族の残党と戦っていたことが(うかが)えた。


 だが、疲労など一切感じさせない確かな口調で、ルーカス将軍はアーベルに状況の説明を求めた。


 「クルス十士長(じゅっしちょう)、こちらの状況はどうなっている? 戦闘は終わっているようだが……、待て。何故貴官が聖剣を持っている? 姫様と……、コータロー君は何処だ?」


 アーベルが持つ聖剣に気付いた将軍が、不穏な空気を感じ取り、眉間に皺を寄せながら問い質す。

 アーベルは頭の中で状況を整理しつつ、ゆっくりと、しかししっかりとした口調で報告を始めた。


 魔王と共に白衣の男が待ち受けていた事、コータローが頭を吹き飛ばした魔王が蘇った事、クリーチャー化した巨大ラプテイルが現れた事……。


 将軍はただ静かにアーベルの報告に耳を傾けていたが、魔王を道連れに魔界に渡ったコータローをリューカが追って行ったと聞くと、驚きと共に目を見開いた。


 「なんだとッ!?」


 驚いたのはフランも同様で、アーベルの傷を癒しながら、視線を『魔界の門』に向ける。


 「姫様が……、あの『門』に!?」


 将軍とフランが絶句していると、アーベルがおもむろに口を開いた。


 「姫様は『コータローを助けて必ず戻る』と仰っていました。だから……、待ちます。ここで姫様の、いや……『二人』の帰りを待ちます。待たせて下さい、お願いします!」


 そう言うと、アーベルは将軍に深く頭を下げる。

 アーベルの治癒を終えたフランも、揃って将軍に頭を下げた。


 「私からもお願いします」


 『うぅむ』と唸りながら将軍は目を閉じる。

 ひとしきり思案した後、ルーカス将軍は目を開き、二人に向かって首を縦に振った。


 「わかった。貴官らは討伐軍1番隊の人員と共に『魔界の門』の監視にあたれ。他の部隊も幾つか回そう」


 将軍の判断に表情を緩めるアーベルとフランだったが、ルーカス将軍は険しい表情のまま言葉を続ける。


 「しかし、『いつまでも』という訳にはいかん、期限を設ける。……ひと月だ。戦後の残務処理にその程度はかかるだろうからな。だが、それを過ぎても姫様とコータローが戻らない場合は『魔界の門』を閉じ、この件を私から陛下にご報告申し上げる」


 「それはッ!?」


 将軍の言葉に、アーベルとフランは驚く。

 ルーカス将軍は『私から陛下に報告する』と言った、つまり、リューカの身に何かあった場合は、自身が批判の矢面に立つと言っているのだ。


 「将軍! 姫様を止められなかったのは自分の責任です! その役目は自分の――――」


 「勘違いするなよ、クルス十士長」


 「ッ!?」


 将軍の重々しい声に、アーベルは息を呑む。


 「貴官らは私的なものではあるが、恐れ多くも陛下より直々に姫様の護衛を命じられている。作戦上別行動を取っていたギャレット十士長はともかく、クルス十士長の責任が問われるのは当然の事だ……。だがな、事は王族の生死に係る大事(だいじ)、その責は一介の十士長が負いきれる物ではない」


 将軍の正論に、アーベルは押し黙る事しか出来ない。


 「それにな、私にも将軍として、一軍を預かる者としての責任があるのだ。話は以上だ。すぐに1番隊の人員を集め『門』の監視を始めろ」


 そう命じるとルーカス将軍は周囲を見回し、付近に居た兵士の一人に声をかけた。


 「アードラ要塞のダストン守備隊長に伝令! 内容は『魔王を魔界に押し返すことに成功した、要塞守備隊は敵残存戦力の掃討に移れ』だ」


 命じられた兵士は敬礼で応えると、すぐに行動を始める。

 残務処理のため、ルーカス将軍もその場を立ち去ろうとしたが、最初にアーベルを支えていた救護要員が口を開いた。


 「将軍。実は姫様から、あの白衣の男の遺体を埋葬するよう仰せつかっておりまして……、本隊から何人かお貸し頂けませんか?」


 「む……、分かった。すぐに手配しよう」


 そう答えながら、ルーカス将軍は(くだん)の亡骸を見る。


 (コータロー君は使命を果たしたわけか……。姫様と共に無事に戻って……、いや、せめて姫様がお戻りになり、『彼は無事に元の世界に戻った』との報告を聞ければ良いのだが)


 次に、1番隊を呼び集めるために動き出したアーベルとフランを見る。


 (万が一……、万が一にも姫様がお戻りにならなかった場合。私の首一つで済ませることが出来れば良いが……)


 もしかしたら、今回の戦いが『最後のご奉公』になるかもしれないと思いながら、ルーカス将軍は青く抜けるような空を見上げた。



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