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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第35話 事件の終わりと彷徨の始まり・再

■ヘレネア山中腹、魔族本陣


 辺りは妙な静けさに包まれていた。

 つい今しがたまで戦闘が……、それも魔族との決戦が行われていたとは思えない静寂だ。

 魔王を魔界の門の向こうに押し返し、後は『門』を閉じるだけ……。

 ルーカス将軍率いる本隊や、もう一つの分隊はまだ戦闘を続けている可能性はあるが、大勢(たいぜい)は既に決した。


 しかし、生き残った者達に『勝利した』という実感はない。


 ありえない速さで腐り落ちている巨大なラプテイルを倒したのも、魔王を道連れに『門』に飛び込んだのも、異形の黒い鎧を纏った異邦人なのだから。


 殺しても蘇る魔王を相手に、リューカの分隊は30名近い戦死者を出していた。

 敵の異常性を(かんが)みれば、これでも被害は軽微と言って良いだろう。


 「……救護要員は負傷者の手当て! 動ける者は周囲の索敵! 決して単独で動くなよ!」


 場を支配する静けさを引き裂くようにリューカの命令が飛び、生き残った王国軍兵士達はそれぞれに動き始める。

 リューカはその様子を確認すると、魔界の門に目を向けた。


 「大ばか者め……ッ!」


 魔界の門を睨み、その向こうへ消えた黒髪黒目の異邦人の姿を思い浮かべながら、リューカは誰にともなく呟いた。

 そこへ、救護要員の一人に付き添われながら、アーベルがぎこちない歩みで近付いてくる。


 「姫様、ご無事ですか?」


 開口一番、リューカの身を案じるアーベル。

 そのセリフを聞いたリューカは若干呆れた表情になった。


 「全く、無事でないのはお前の方だろう……。だがまあ、他人(ひと)の心配が出来るのであれば大丈夫か」


 リューカはそう言うと、アーベルに聖剣の柄を向ける。


 「姫様、何を……?」


 向けられた聖剣の柄を見、そこからリューカの顔に視線を移し、アーベルが問う。

 リューカはその問いに、『さも当然』といった風に答えた。


 「隊の指揮を任せる。私が魔界の門に飛び込んだら、聖剣で門を閉じよ」


 「な……ッ! コータローを追うおつもりですか!? アイツは『元の世界に戻るために魔界の門を調べたい』と言っていたではありませんか! 魔界に渡る事も考えの内にあったはず、追う必要はありません!!」


 リューカに詰め寄ろうとするアーベルを、介添えしている救護要員が止める。

 王国軍でも随一の治癒(ヒーリング)能力を持つフランが居れば、もう普通に歩き回れるくらいには回復していただろうが、彼女は別行動中だ。


 リューカは一旦聖剣を下ろし、話の流れを切って全く関係ない質問を投げかけた。


 「なあアーベル、なぜあの時手を抜いた? 勇者を選定する剣技大会……、あの決勝の時だ」


 「そ、それは……。いや、今はそのような――――」


 いきなり話を変えたリューカの意図に戸惑いつつ、アーベルは抗弁しようとするが、リューカは更に畳みかけた。


 「父上だろう?」


 「――――――ッ!!」


 息を呑み、そのまま沈黙するアーベル。

 しかし、その沈黙がリューカの言葉が真実であることを、何よりも雄弁に語っていた。


 「やはりな……。このような小手先の技で無理を通そうとすれば、不興を買うのは道理だろうに。父上も、早くこの事に気付いて下されば良いのだが……」


 「姫様、私は……」


 「お前を責めるつもりはないよ、アーベル。むしろ、詫びねばならないのは私だ。父上がつまらん企みにお前を巻き込んだ事、罪に思う」


 リューカの謝罪の言葉にアーベルは慌てる。


 「そんなッ! 姫様が謝罪する必要はありません!」


 必死に言い募るアーベルを真っ直ぐに見据え、リューカは答える。


 「お前は間違っていない。父上の命令を一介の軍人が断れるはずもない。……コータローの事もそうだ。状況はどうあれ、あいつ自身は私の助けなど必要としていないだろう」


 リューカの脳裏に、甲太郎の最後の姿が思い浮かぶ。

 見慣れない所作の敬礼ではあったが、彼女はそれを『綺麗だ』と思った。

 体中がうす汚れ、胸甲には亀裂が入った酷い姿だったが、それでも美しいと思ったのだ。


 何も恐れず、何も思い残すところもなく、一切の未練が無いからこそ、あれ程綺麗に別れる事が出来たのだろう。


 そしてリューカは、その事が無性に腹立たしかった。

 甲太郎は全て自分で背負い込み、一言も弱音を吐かなかった。

 むしろ、限界であっただろう彼に、リューカは(すが)ってしまったのだ。


 魔王を遮り、目の前に立った甲太郎の背中を思い出すと、彼女の心はチクリチクリと棘で突かれたように痛んだ。


 「本当に、自分の弱さが嫌という程身に染みたよ。だが、このままにしてはおけん。あんな背中を見せられて、弱いままでいられるものか」


 そう言うと、リューカは自嘲気味に首を横に振る。


 「此度(こたび)の戦い、私は最初から最後まで役立たずだった。だから、コータローを助けることくらい、自分の手で成し遂げたいんだよ。自分で言ったことでもあるしな……、『王国軍人ならば、仲間を見捨てるな』と」


 「役立たずなどと、とんでもない! 姫様が魔王を押さえてくれていたからこそ、我々は死なずに済んだのです。それに、再度申し上げますが、コータローを追う必要はありません。過去、魔界の門に入り、戻った者は居ないのですよ!」


 必死に食い下がるアーベル、その顔を真っ直ぐに見据えながら、リューカは笑った。


 「最後にコータローを見た時、アイツの胸甲に亀裂が入っていた。それに、歩き方がぎこちなかった……。恐らく負傷していたんだろう、あんな状態で魔王と共に魔界へ渡ったなどと、無事で済むとは思えん。それに何より、このままでは私が納得できないんだよ。コータローの事も、この聖剣が誰の手にあるべきなのかと言うことも。さっきも言っただろう? お前は正しい。……だからこれは、私の我が(まま)だ」


 「――――ッ!」


 柔らかな笑みを浮かべながら決意表明するリューカに、アーベルは二の句が継げない。

 そんなアーベルの目の前まで移動すると、リューカは彼が持つ剣に目を止める。

 アーベルは、巨大ラプテイルの死体から回収したヒートマチェットを持っていた。


 「お前が持っている剣、コータローの物だな? それは私が借り受ける、代わりにこの聖剣を持て。……元のお前の剣は、コータローが魔王の頭を撃ち抜いた時に共に砕けてしまったからな」


 リューカはアーベルの手からひったくる様にヒートマチェットを取り上げると、これもまた無理矢理に聖剣を握らせた。


 「ルーカス将軍の本隊ともう一つの分隊は、まだ魔族の残党と戦闘を行っているかもしれん。魔界の門を閉じ周囲の探索を済ませたら、まず本隊と合流しろ。私の事は心配いらん。コータローを助けて、何とかこの世界に帰還する手立てを探すさ」


 口早にそう言い残すと、(きびす)を返し魔界の門へと進むリューカ。

 だが、そんな彼女を呼び止める声があった。


 「待テ、その『門』ヲ通ると言うなラ、私の話ヲ聞いテもらいたイ」


 「誰だッ!? ……いや、この声は!?」


 思わず誰何(すいか)の声を上げ、しかし、その独特な声に聞き覚えがあったリューカは、驚きと共にある一点を睨む。

 アーベルと介添えの救護要員も同様に、頭を撃ち抜かれ地に倒れた白衣の男……、その亡骸に目を向けた。


 「すまなイが、動くことガ出来なイ。こちラに来てもらエないカ?」


 その声の方へ歩き出すリューカ。

 その先にあったのは金属製の(かばん)……、白衣の男が作り上げたという、魔族の脳が収められた翻訳装置だった。


 「意識がある……? 生きているのか!?」


 「驚くのモ無理ハない。何シろ私自身、我が身ノ状況を理解しキれていなイからナ。だガ、それハ問題ではなイ。今重要ナのは、君が『ホライゾンゲート』ヲ越えようとシている事ダ」


 驚き冷めやらぬリューカだったが、蓋が開いた鞄の中から剥き出しの眼球で彼女を見上げる脳髄の言葉、その中にあった耳慣れない単語を思わず繰り返した。


 「ほらいぞん……、げーと?」


 「私ヲこの姿にシた男……。そこデ(むくろ)を晒しテいる、エイジ・セリザワは、この『門』ヲそう呼んでいタ」


 リューカは、頭を失い地に横たわる白衣の男、甲太郎の父親の亡骸(なきがら)に視線を移し、眉を(しか)めた。


 「この『門』ノ向こうハ世界の狭間ダ、それヲ越えた先ニ我らノ世界があル。問題ナのは、世界ノ狭間が君達にとっテ致命的ナ環境だトいう事ダ」


 「致命的、とは?」


 リューカは視線を魔族の脳髄に戻し、簡潔に尋ねる。


 「狭間の環境ハ常に変化し続ケていル。灼け付クような熱波ガ吹き荒れタかと思えバ、次の瞬間にハ血すラも凍るヨうな冷気が充満すル……。我らノ種にハそれに耐えル頑強さが自然(じねん)に備ワっていたガ、君達が生きテ狭間を越エるのは難しイだろウ。ちなミに、エイジ・セリザワは何らカの対策をしテ世界を渡ったと言っていタ。恐らくハ、我らが頭目ヲ抱えて『門』に飛ビ込んだ黒イ戦士……、彼の鎧ノ代わりとなルような物ナのだろうガ……。骸となっテしまってハ、もはヤ知リようは無いナ」


 「成程な……。話は分かったが、何故私にそんな事を教える?」


 「私の忠告ヲ聞いテ尚、世界を渡ルつもりなラ、頼みタい事があル。私モ連れて行ってホしい……。既に勝敗ハ決しタ。敗残者の身ニは分不相応な願いダが、故郷に帰りたイのだ。無論、タダでとハ言わなイ。我らが世界ノ水先案内と、そシて、我が同族トの仲立ちも行おウ。我らが世界ハ危険で、厳しい所だ。この提案を受ケ入れる事ハ、君の目的に()すルと確信スる」


 話の筋は通っていて、利害は一致しているようだが、すぐさま飛びつく気にはなれなかった。

 彼女は更に問う。


 「その提案とやらが罠ではない保証は、誰がしてくれるのかな?」


 「疑うのモ無理はなイ、先刻まデ敵同士だったノだからナ。しかシ、私は見テの通りの姿ダ。罠だト感じたナら、私を叩キ壊せばイい。既に私ノ命運は、君達に握らレているのだかラ」


 リューカは僅かばかり考え、コクリと(うなづ)いた。


 「……分かった。お前の提案を受けよう」


 そう言うと、リューカはヒートマチェットを空になっていた聖剣の鞘に納める、眼前の鞄の蓋を閉め、それを抱え上げる。

 そして、アーベルを支える救護要員に声をかけた。


 「君、すまないが、後でこの男の遺体を埋葬しておいてくれ」


 「埋葬ですか……。その、良いのですか?」


 「ああ、生きていれば色々と聞くこともあったんだろうが、こうなってしまってはな。それに、野晒しにしておくのは流石に……な」


 「了解しました! あの……、葬儀は?」


 「葬儀は無用だ、埋めるだけで良い。我々は、彼等が信じる神も、葬儀の作法も知らんからな」


 救護要員はアーベルを支えたまま、自分の胸に掌を当てる敬礼で応えた。

 その様子を見たリューカは、『ニッ』と笑うとアーベルに別れを告げる。


 「後の事は頼んだぞ。どれほどかかるかは分らんが、必ず戻る。ではな!」


 リューカは『門』の前に立つと結界を発動する。


 「結界を使って行くか……。どこまで通じるかは分らんが、無いよりはマシだろう」


 「結界? 我らが頭目の拳ヲ遮っテいた(ちから)か……、便利なモのだナ」


 感心したように呟く鞄。

 

 「では、行くぞッ!」


 リューカはそれだけ言うと、勢いをつけて魔界の門に飛び込んだ。


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