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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
34/78

第34話 そうあらねばならぬなら

 魔王との力比べに耐えながら、リューカは必死に考えを巡らせていた。

 結界によって魔王の拳を阻むことは出来ているが、この状態はいつまでも続かない。

 能力(ミスティック)とは、世界に満ちるエーテルを己が体内に取り込み、体力と引き換えに行使する異能……。

 現に、リューカは自分の体力が恐ろしい勢いで削られていることを自覚していた。


 周囲の王国軍兵士達が魔王に火球や矢を射かけてはいるが、当の魔王はそれらを一顧だにしない。

 矢は刺さることなく弾かれ、火球によって負った傷も、見る間に再生してしまう。

 先刻、死から蘇る様を見せつけ、さらに腕の一振りで四名の兵士を即死せしめた魔王は、やはり生半(なまなか)な相手ではない。


 (くッ、このままではジリ貧だ。コータローとアーベルが間に合えば良いが、保証はない。何か手は無いかッ!?)


 額から滝のような汗を流し、歯を食いしばるリューカ。

 その様子を見た魔王は、口の端を吊り上げ、嗤う。


 「そろそロ限界だろウ。せめテ痛みを感じぬよウ、一思いニ潰してやル」


 魔王はそう言うと、今まで使っていなかった左腕を振り上げ、リューカの結界に振り下ろす。


  「ぐぅ……ッ!!」


 『ガンッ!』という硬質な打撃音が響き、リューカは堪らずその場に片膝をついた。

 もはや限界だ、いつ結界が解けてもおかしくない。

 それを察してか、魔王は結界を破り彼女を押しつぶそうと、その両腕にさらに力を籠め始める。


 だが、その時。


 「うおおおおぉぉぉッ!!」


 一人の兵士が魔王に吶喊(とっかん)し、その首を狙う。

 対して魔王は、今しがた結界に振り下ろした左腕を払い兵士を迎撃、さらに、地に倒れた兵士をその鎧ごと踏み潰した。

 『メキッ、バキン』という、鎧がひしゃげる音と人体が壊れる音。

 そして、魔王の足元に転がる肉片となり果てたモノと、そこから広がり地に染みてゆく鮮血。


 「な……ッ!?」


 目と鼻の先で起こった出来事にリューカが驚いていると、さらに数人の兵士が一斉に魔王へ突撃してゆく。


 「(じゃ)れつくナ、鬱陶しイッ!」


 ついに魔王は、結界を抑え込んでいた右腕も動員し、突撃する兵士達を鏖殺(おうさつ)し始める。

 結界への負荷が消え、聖剣を地に突き立て上体を支えるリューカ。

 肩を上下させ、(あえ)ぐように荒い呼吸を繰り返すリューカに一人の兵士が駆け寄ると、彼女に話しかけた。


 「我々が時を稼ぎます。姫様は一旦お下がり下さい!」


 そう言い残すと、その兵士も剣を構え、魔王へ突撃してゆく。


 「待てッ! 馬鹿な真似は()せッ!!」


 リューカの制止の声も空しく、次々に魔王へ吶喊してゆく兵士達。

 魔王が腕を振るう度に、兵士達が『粉砕』され、血肉が舞う。

 一つの命で秒を稼ぐその光景にリューカが(おのの)いていると、天を()くような叫びが辺りに響く。


 ――――その叫び声を聞いた瞬間、リューカの心臓が大きく跳ねた。


 その声は甲太郎の絶叫。

 体力を消耗したが故の動悸(どうき)とは違う、何か致命的な予感に、彼女の心臓は早鐘の様に鼓動する。


 声の出所を見れば、頭を失い倒れる白衣の男と、絶命し腐敗を始めている巨大ラプテイル、それらの前で地に両膝をつき、天に向かって絶叫する黒い戦士……、甲太郎の姿があった。

 そして甲太郎は、自身が使っていた火を噴く武器を己の顎に押し当て――――。


 リューカの目が限界まで見開かれる。

 それと同時、また一人、王国軍兵士が魔王に『粉砕』され、血煙が舞う。


 「う……、あ……。コータロー……、コータロ――――――――ッ!!」


 リューカは叫ぶ、すると、甲太郎の動きが止まった。

 彼女はもう一度、瞳を閉じ、祈るように、力の限り声を振り絞り、彼の名を呼ぶ。


 「コータロ――――――――――――――ッ!!」


 リューカの叫びが木霊し……、それに応える様に、一発の銃声が鳴り響く。


 「ッ!?」


 リューカが目を開くと、飛び込んできたのは頭を吹き飛ばされ、噴水の様に血を撒き散らす魔王の姿。

 ……そして、彼女の頭上を飛び越え、彼女を守るように魔王の前に降り立った、黒い戦士の背中であった。


 リューカは、甲太郎の背中を茫然と見つめることしかできない。

 これは、彼女が望んだ展開だ……、しかし。


 リューカは思い出す……、フォーデンからここまで、半月ほどの短い期間だったが、甲太郎の人となりを知る機会は幾度もあった。


 彼は人の死を(いと)う優しい人間だ。

 フォーデンの村長に、『人が食い殺されるのはあんまりだ』と語った彼の姿が脳裏を(よぎ)った。


 彼は戦いを避けようとする賢明な人間だ。

 軍議の場でアーベルが吹っ掛けた決闘を断り、あくまで説き伏せようとした彼の姿が思い浮かんだ。


 つまり、コータロー・セリザワという男は『善良』な人物なのだ。

 そんな彼が、つい今しがた、その身に課された使命を果たしてしまった……、彼自身の父親を殺めてしまった。


 使命であると、納得していると振舞ってはいたが、『善良』な人物が親を手にかけ、平然としていられるはずはない。

 現に、先刻の彼の絶叫は、聞く者の心を揺さぶる慟哭(どうこく)だった。

 そして、あの火を噴く武器を己の頭に押し当てたあの行動は――――。


 ――――あれは、自決するつもりだったのではないか?


 あの行動が一時の気の迷いだったのか、最初からそうしようと考えていたのかはわからない。

 だが、それでも。


 (それでも……、お前は私の声に応えてくれるのか)


 リューカは涙を流す。

 甲太郎の背中は、何よりも頼もしく見え……。

 だからこそ、今この戦場で、恐らくは最も辛い思いをしている人物に(すが)ってしまった自分の力の無さが悔しくて……。


 (それでも……、お前は闘志を奮い立たせてくれるのか)


 頬を伝う涙を拭う事もせず、リューカは絞り出すように、たった一言呟いた。


 「……すまない、コータロー」



■■■


 リューカと魔王の間に割って入った甲太郎は、自身が狙撃し頭を吹き飛ばした魔王が、やはり絶命せず、頭部を再生し始めていることを確認する。


 周囲の王国軍兵士達は後退し、甲太郎と魔王の事を遠巻きに取り囲んでいた。

 障害になるものは何もない。


 甲太郎は、再生中の魔王の頭部にアンチマテリアルピストルを照準、再度頭部を吹き飛ばす。

 たたらを踏み、数歩後退する魔王。

 しかし、それでも尚、倒れることすらなく三度(みたび)頭部を再生し始める。


 甲太郎はアンチマテリアルピストルを立て続けに発砲する。

 引き金を引き絞り轟音が響く度に、魔王の頭部が吹き飛び、胸に大穴があき、腕が千切れ飛び、脇腹が(えぐ)り取られた。


 そして、アンチマテリアルピストルは最後の弾倉を撃ち切りボルトオープン。

 しかし、甲太郎はそれに気づかす『ガキン、ガキン、ガキン』と引き金を引き続ける。


 <12.7ミリ弾(.50BMG)、残弾ゼロ。補給が必要です>


 戦闘サポートAIの警告でようやく弾切れに気付いた甲太郎は、その場にアンチマテリアルピストルを投げ捨てると、バックコンテナから右手にナパームグレネードを、左手にフラググレネードを取り出し、魔王の懐に飛び込む。


 頭と両腕を失い、胸と脇腹に大穴をあけ、それでも倒れず、再生を始めている魔王。

 甲太郎はその魔王の頭……、再生中の肉塊が蠢いている首の断面に、両手のグレネードを捻じ込み、さらにその体を蹴り飛ばす。


 数メートル先に倒れた魔王、次の瞬間、フラググレネードの爆発が魔王の血肉をさらに吹き飛ばし、そしてナパームグレネードの炎が魔王の体を包み込んだ。


 ――――――だが。


 炎が消えた途端、もはやボロ雑巾に等しい有様の魔王の体、その傷口からボコボコと肉塊が盛り上がり再生を始める。


 ここに来て甲太郎は、魔王に対して暴れ『八つ当たり』が出来たためか、普段の冷静さを取り戻しつつあった。

 肩で息をしながら、彼は自分自身と魔王の状態を確認する。

 

 主力武器であるアンチマテリアルピストルは弾切れ、ナパームグレネードは使い切り、残るはヒートマチェットとフラググレネードが数個のみ。

 そして、EOS(エーオース)は胸部装甲に亀裂が入り、甲太郎自身は左わき腹を負傷している。


 対して魔王は、原形を留めているのは下半身のみといった状態だ。

 双方酷い有様だが、しかし……、劣勢に立っているのは甲太郎であることは明らかだった。

 

 魔王の再生が止まらない。

 じきにその肉体を完全に再生し、再び立ち上がるだろう。


 甲太郎は周囲を見回し、地上すれすれに浮かぶ光の輪に縁取られた鏡……、『魔界の門』に目を止めた。


 ――――もはや、他に方法は無い。


 甲太郎は、再生を続ける魔王の体を左腕で抱え上げると、魔界の門に向かって歩き出す。

 

 「待て、コータロー!」


 そんな彼の背中に、語り掛ける声があった。


 僅かばかり回復した体力を総動員し、よろよろと立ち上がるリューカ。

 甲太郎は立ち止まり、彼女に振り返るか迷う。

 恐らく今、自分の顔は涙でぐちゃぐちゃになっているだろうから……。


 少しばかり迷い、ふと、EOSを装着している事に思い至る。

 甲太郎は苦笑した、まだ頭がうまく働いていないようだ。


 結局、甲太郎はリューカを振り返り、努めて明るい声で彼女に語り掛けた。


 「自分が魔王(こいつ)と一緒に『門』に飛び込みます。その後、聖剣でこの『門』を閉じてください」


 「馬鹿を言うなッ! お前、負傷しているんじゃないのか!? そんな状態で魔王を連れて、魔界に渡るつもりかッ!!?」


 リューカは甲太郎に駆け寄ろうとするが、うまく足が動かない……、膝が笑ってしまっている。

 甲太郎はその言葉には答えず、魔王を抱えたまま、右手を目の前に(かざ)し敬礼すると、別れの言葉を口にした。


 「皆さんと共に戦えた事、決して忘れません。さようなら、お元気で」


 そして甲太郎は、魔王の体を抱え直し、魔界の門に飛び込んだ。


 「おいッ! 待――――――ッ!?」


 リューカは思わず手を伸ばすが、元より届く距離ではない。

 魔界の門は甲太郎を飲み込むと、一度だけその表面に波紋が走り……、そして、再び何事もなかったように周囲の景色を映し出す。


 「――――――ッ!!」


 リューカと王国軍兵士の生き残り達は、ただ茫然と魔界の門を見つめることしかできなかった。



■???


 魔王を抱え、魔界の門に飛び込んだ甲太郎は、再び暗闇の中に無数の光が瞬く、宇宙空間のような場所を漂っていた。


 芹沢博士は、魔界の門を利用すれば日本に帰れると言っていた。

 それがどういう事なのかもっと詳しく聞き出したかったが、芹沢博士が(ふところ)から取り出した金属ケースが、母の体組織サンプルを収めた物だと気づいた時、頭の中が真っ白になってしまった。


 この空間の行き着く先が魔界であることは間違いないだろう。

 もしかしたら、日本につながる『抜け道』のようなものがあるのかもしれないが、芹沢博士が死んだ今となっては、最早知りようは無い。


 魔王は再生を続けている。

 魔界に流れ着いた後、甲太郎は完全再生した魔王と対峙する事になるだろう。


 甲太郎の脳裏に、唯一の家族となった姉の顔が浮かぶ。


 (姉さんゴメン。もしかしたら……、帰れないかもしれない)


 甲太郎は、胸中で姉に頭を下げた。


 ――――彼は流されて行く。

 何処とも知れない場所を、何処とも知れない場所へ。


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