第33話 Calling
アーベルが巨大ラプテイルに向かって走り出す。
顔面を焼いていたナパームグレネードの炎が消えたラプテイルは、アーベルに注意を向ける。
EOSの装甲にすらダメージを負わせたラプテイルの攻撃……、王国軍正式の鎧しか身に着けていないアーベルがこれを食らえば、掠っただけでも挽肉になるのは間違いない。
甲太郎は己の存在を誇示するように仁王立ちし、最期の弾倉を装填したアンチマテリアルピストルを巨大ラプテイルの頭に照準、発砲する。
その弾丸は、やはり、頑強な頭蓋に阻まれ致命打を与えられないが、ラプテイルの標的はアーベルから甲太郎に切り替わった。
さらに甲太郎は、左手に持っていたものをラプテイルの頭、その少し上を狙って投擲する。
投擲したのは足元に転がっていた只の石ころであったが、ナパームグレネードと誤認したラプテイルはそれを避けようと、首を竦めて頭を下げた。
「よしッ!!」
その機を逃さず、身体能力強化を全開にしたアーベルは一気に駆け寄り跳躍、巨大ラプテイルの首筋にヒートマチェットを深々と突き立てる。
その痛みに驚いたのか、ラプテイルは大きく首を振り、アーベルを振り落としにかかった。
突き立てたヒートマチェットが抜けるのを防ぐため、アーベルはその柄から手を放し、大きく宙に放り出され……、全身を強かに地に打ち付けた。
「アーベルッ!?」
10メートル以上の高さから落下したのだ、ただで済むとは思えない。
甲太郎が叫ぶと、咳込みながら、絞り出すような声でアーベルが答えた。
「ガハッ! お……、れに、構うなッ! やれぇッ!!」
アーベルが文字通り命がけで創ったチャンス、無駄にするわけにはいかない。
「おおおぉぉぉッ!!」
甲太郎はアンチマテリアルピストルをコンテナに格納し、ラプテイルに駆け寄り跳躍、ラプテイルの首に刺さったヒートマチェットに飛びつくと、その柄を両手で握り込む。
「両腕コンデンサ急速充填ッ! プラズマ・ディスインテグレイター起動ッ!!」
その声と同時、EOSの両手から青白いスパークが迸り、ヒートマチェットを伝ってそのスパークがラプテイルの体内に流れ込む。
「ギイャアアアァァァァァァァァ――――――ッ!!」
絶叫するラプテイル。
首筋の、脊髄に近い所から大電力を流し込まれているためか、その巨体は硬直し、痙攣している。
ただでさえバッテリーを著しく消耗するプラズマ・ディスインテグレイターの両腕同時起動……、見る見るうちにバッテリー残量を示すインジケーターが減ってゆく。
<警告、バッテリー残量30パーセント>
EOSのヘルメット内に、戦闘サポートAIの警告が響く。
巨大ラプテイルの体中の筋肉が爆ぜ割れて、周囲に血と肉片を撒き散らす。
<警告、バッテリー残量20パーセント>
巨大ラプテイルの眼球が破裂する。
<警告、バッテリー残量10パーセント>
眼球を失った眼窩から、鼻から、そして口から、『ブスブス』という音と共に黒煙を立ち上らせながら、巨大ラプテイルは地に倒れた。
地響きと轟音、地に投げ出された甲太郎は、脇腹の痛みに顔を顰めつつ素早く立ち上がるとアーベルの方を見やる。
アーベルは未だ倒れたままだったが、甲太郎に向かってゆらゆらと手を振った。
負傷はしているようだが命には別状なさそうだと甲太郎が安堵すると、再び日本語の声が響き渡った。
『何故だ甲太郎!? どうしてそんなに雪子の復活の邪魔をするんだ!?』
抵抗されることが心底理解できないという風に、甲太郎を責める芹沢博士。
甲太郎にとって、それは聞くに堪えない言葉の羅列だ、しかし――――。
『日本に帰って、雪子を蘇らせて、また家族四人で一緒に暮らそう? な?』
その言葉の中に、聞き捨てならない一言があった。
『日本に帰る? どうやって? 俺達がこの世界に来た時の『門』は、もうないんだぞ!?』
日本への帰還を口にした芹沢博士……、この男がその方法を知っているのなら、何としてでも情報を引き出しておきたい。
『ああ、あの地下研究施設のゲートジェネレイターが損傷したんだろう、あの爆発だったからな……。流石に父さんも焦ったよ。こちら側からホライゾンゲートを開くことは不可能ではないけど、エネルギーの確保が手間だし、何より時間がかかる』
そう言うと、芹沢博士は宙に浮かぶ鏡……、『魔界の門』を指さし続ける。
『だが、ここのホライゾンゲートを利用すれば、すぐにでも日本へ帰れるぞ』
そして、彼は再び甲太郎に視線を戻す。
『さあ、一緒に日本に帰ろう。雪子を蘇らせて、私達四人で、元の様に暮らそう?』
甲太郎に手を差し伸べる芹沢博士。
その物言いと仕草に、甲太郎は激昂する。
『よくもぬけぬけとッ! 元の暮らし!? それを壊したのはお前だろうがッ!!』
きっかけは確かに母の死だ、しかし、決定的に『日常』を壊したのは、芹沢博士自身なのだ。
彼は言う事を聞かない子供を前にしたように『やれやれ』と首を横に振ると、甲太郎に差し伸べた手を引き、その手で白衣のポケットから500ミリペットボトルサイズの金属ケースを取り出すと、それを自分の頬に寄せ――――――。
『全く、何が不満なんだ。なあ、雪子――――――』
その瞬間、甲太郎の理性の糸が切れた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――ッ!!」
アンチマテリアルピストルを抜き撃ち、芹沢博士の頭を吹き飛ばす。
血を噴き出しながら倒れた博士の傍らに、弾き上げられていた金属ケースが落ち、その亀裂から『べちょり』と肉片が……、母、芹沢雪子の体組織のサンプルが流れ出た。
あっけない終わり。
甲太郎は茫然と、その場に崩れ落ちる。
「…………あ」
使命であったはずだった。
覚悟は出来ていたはずだった。
母を亡くし、父が凶行に走り、理不尽な世間の批判にさらされ、その批判から逃れる様に病的なまでに仕事にのめり込んだ姉。
彼女が服務規程を破り、職場からEOSの起動ドライバを持ち出してきたあの日。
思いつめた表情で『私が父さんを討つ』と語った姉の手から、その起動ドライバを奪い取り、自身が戦いの場に立つと決めたあの時に――――。
「………………あぁ」
しかし、それを成した今、甲太郎の胸中に去来するのは、使命を果たした安堵感でも達成感でもなく、ただ只管に巨大で底の見えない喪失感だった。
頭の中が真っ白になり、考えをまとめられず、状況を認識できない。
そんな真っ白な意識の中から浮かび上がってきたのは、父の記憶、家族の思い出。
万能の天才と称えられた父は、当然のことながら凄まじい量の仕事を抱え、家に帰って来る事は稀だった。
しかし、学校の入学式や卒業式、七五三や誕生日など、節目の時には必ず時間を作り、家族と共に過ごす父親だった。
――――そう、誕生日。
8歳の誕生日に、恐竜図鑑を父から贈られた。
その時の記憶が蘇る。
実の所、それは『図鑑』ではなく、古生物学の『専門書』だった。
それを見た母が、驚いて口元に手を当て、父に話しかける。
『まあ……。栄治さん、これは図鑑じゃなくて専門書でしょう? この子にはまだ早いでしょうに』
『なぁに、好きな事ならどうにかして理解しようと努力するものさ。学問に早いも遅いもないよ……。甲太郎、どうしても分からない所があったら、後で父さんが教えてやるからな』
そう言って、父は笑って――――――――――。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
甲太郎は叫ぶ。
思い出したくないのに、次々と『父親であった頃の』父の思い出が、脳裏に浮かんでは消えてゆく。
「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」
甲太郎は叫ぶ。
使命であると自身に言い聞かせ、今まで押し殺してきた様々な感情が、堰を切ったように溢れ出す。
甲太郎は、その激情をコントロール出来ない。
……越えてはならない一線というものがある。
芹沢博士は……、父は最愛の人の死をきっかけとして、その一線を越えてしまった。
正気から狂気へと至る分水嶺……。
今、甲太郎はその線の上に立っていた。
さらにもう一歩、『向こう側』へ踏み出し――――。
地に両膝をつき、顎の下……、舌骨にアンチマテリアルピストルの銃口を押し当てた甲太郎は、引き金に親指をかける。
親指に力を込めて一気に押し下げようとしたその時、甲太郎の耳に、誰かの叫びが聞こえてきた。
「――――――――ッ!!」
「…………ぁ?」
その叫びが、甲太郎の意識の靄を僅かに払う。
そして再度響いた叫びが、はっきりと彼の耳朶を震わせた。
「コータロ――――――――――――ッ!!」
それは、銀髪の少女の叫び、彼を呼ぶ声。
「……あぁ」
甲太郎は自身の顎に突き刺さったように、ビクリとも動かない銃口を無理矢理引きはがすと、アンチマテリアルピストルを杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がった。
未だ頭の中はぐちゃぐちゃだ。
EOSのHMD越しに見える景色は、歪んでいて現実感がない。
それでも、銀髪の少女の呼び声は、甲太郎に一つの事実を思い出させた。
――――――そうだ……、彼女は戦っている。
戦いは、まだ、終わっていない。




