第32話 劣勢
■ヘレネア山山道
ルーカス将軍は焦っていた。
眼前で繰り広げられている戦闘。
多数の魔族……、およそ魔族の残存戦力のほぼ全てと思われる数に襲撃された時には、敵戦力の分断が成ったと安堵した。
しかし、未だ距離があるヘレネア山中腹、魔族の本陣がある方角から轟音とラプテイルの物と思しき咆哮が聞こえてきた時、その安堵は焦りに変わった。
轟音はここ数日で何度も耳にした音、聞き間違えようは無い。
異界から来た、黒髪黒目の青年が扱う飛び道具の発射音だ。
(つまり、姫様の分隊が戦闘を始めている……)
それだけならば問題は無い、少人数で『身軽』なリューカの分隊が先に目標に到達するのは想定の範囲内だ、そしてもう一つの分隊は、最も距離のあるルートを進んでいる、接敵するのはもう少し先のはずだ。
だが、同時に聞こえてきた猛獣の咆哮に全身が粟立つ。
(敵は魔王だけではない!? 先を急がねばならんが……ッ!)
魔族達は一体、また一体と討ち取られながら、しかし怯む様子は全くない。
それどころか仲間の屍を踏み越えて、ただ只管に向かって来る。
――――『死兵』、そんな言葉がルーカス将軍の脳裏をよぎった。
(魔族共め、我々を足止めするつもりかッ! 策に嵌ったのは、我々の方だったとでもッ!!?)
また一人、王国軍兵士が倒れる。
「ッ!? 負傷者を円陣の中へッ! ギャレット十士長ッ!!」
「はいッ!」
兵士達が組む円陣の中、銀鎧を纏ったフランをはじめ、数名の治癒能力者が負傷兵の治療を行っている。
治癒能力の行使により、体力を消耗した彼女達の額には玉のような汗が浮かんでいた。
(クルス十士長、コータロー君……、姫様を頼むぞ!)
自身に襲い掛かる魔族を炎で焼きながら、ルーカス将軍は祈らずにはいられなかった。
■ヘレネア山中腹、魔族本陣
左手を突き出し結界を張るリューカと、右の拳を突き出しそれを破ろうとする魔王。
鎬を削る両者を囲むように展開した王国軍兵士達が、魔王に火球や矢を見舞う。
ただ拳を振るうだけで、鋼鉄製の防具ごと人体を粉砕する魔王に対し、距離を取っての攻撃に切り替えたわけだが、しかし、魔王はその一切を避けようとせず、意にも介さない。
矢はもとより、火球が炸裂した痕すらも、焼け爛れた肉が腐り落ち、瞬く間に再生する。
『死しても蘇る』という非常識極まる能力故か、その力も、再生能力も、今までのクリーチャーとは隔絶していた。
魔王を睨みつけながらリューカが叫ぶ。
「アーベルッ! お前はコータローの支援に回れッ!!」
「姫様、それは――――ッ!?」
「お前も分かっているんだろう? この魔王は、我々の手に余る! それにな――――」
リューカは魔王の背後、甲太郎と巨大ラプテイルの戦いに目を向ける。
そこでは甲太郎が……、比類ない力を見せつけた黒い戦士が、劣勢に追い込まれていた。
「お前も栄えある王国軍人ならば、仲間を見捨てるような真似はするなッ! 少しの間なら保たせるッ、早く行けッ!!」
「――ッ! 了解ッ! 誰か剣を!!」
アーベルは近くに居た兵士から剣を借り、リューカと魔王の脇を走り抜けてゆく。
「ヌ――――」
魔王がアーベルに意識を向けかけるが――。
「おっと、私に付き合ってくれるのではなかったかな? それに、『これ』が目的なのだろう、魔王よッ!!」
リューカは右手の聖剣をこれ見よがしに、魔王の目前に掲げて見せる。
「……小癪ナ」
魔王が牙を剥き出し、低く唸った。
■■■
『どうだ、凄いだろう? 恐竜だぞ、恐竜!』
巨大ラプテイルに攻め立てられる甲太郎に、芹沢博士が陽気な声で語り掛ける。
『いやぁ、こいつの処置には苦労したよ。なにせこの巨体だろう? 医療ユニットに入らなくてな、調査がてら屋外で施術を行ったんだが、何とかなって良かったよ』
芹沢博士は魔族の脳が収まったトランクケース……、生体翻訳機を足元に置き、満足そうに腕組みをしながら頷く。
その生体翻訳機は先程から大陸共通語で何事か話している、指向性の音響システムでも搭載しているのか、非常に聞き取り難かったが、魔王の『脳波言語』を翻訳しているのだろう。
『そういえば、お前は恐竜好きだったな? 確か8歳の誕生日だったか……、恐竜図鑑をプレゼントしたこともあったっけ。懐かしいなぁ』
(このッ! 要らん事をベラベラとッ!!)
最愛の人の死に狂い、数々の大罪を犯した男だが、語る言葉は父親そのもの。
その事が、無性に甲太郎の心をかき乱す。
「クソッ!!」
甲太郎は迫るラプテイルに、アンチマテリアルピストルを牽制射撃。
しかし、2発撃った所で弾倉が空になりボルトオープン、芹沢博士の言葉に注意力を削がれ、再び残弾の確認を疎かにしてしまった。
「マズ――――――ッ!?」
一瞬動きが止まった甲太郎に迫る、ラプテイルの大顎。
その冗談のように巨大な牙が、甲太郎を捉えようとしたその時――――。
「おおおおぉ――――ッ!!」
凄まじい勢いで、アーベルが体当たりするように、甲太郎の首を抱えて搔っ攫った。
図らずも距離を取った甲太郎は、左手のヒートマチェットを地に突き立て、バックコンテナからナパームグレネードを取り出すと、ラプテイルの顔面めがけて放り投げた。
狙い通り、グレネードはラプテイルの鼻先で炸裂し、盛大に炎をまき散らす。
顔面に炎が纏わりつき、悶え暴れるラプテイル、しかし、それでも焼き殺すには至らない、炎もじきに消えてしまうだろう。
甲太郎はアーベルに向き直る。
「首がもげるかと思っただろッ! というか、姫様の護衛はどうした!?」
「その姫様の命令だ。悔しいが、あの魔王もお前の助力がなければどうにもならん、『こっちを先にどうにかしろ』とな」
アーベルは甲太郎の……、EOSの胸の亀裂を見る。
「流石のお前でも、あれの相手は荷が重いか?」
「……ああ、図体がデカすぎる。碌に攻撃が通らない」
「何か考えは?」
甲太郎は地に突き立てていたヒートマチェットを抜くと、アーベルにそれを見せる。
「こいつを奴に突き立てて、プラズマ・ディスインテグレイターを直接体内に流し込む……。奴を体内から、焼く!」
「プラズ……何?」
「前に一度見せた、電撃を叩き込む技だよ。あいつ、体の表面を特殊な粘液で覆っていて、外側からじゃ効果が薄い」
「わかった、その剣を貸せ!」
アーベルは甲太郎の返答を待たず、その手からヒートマチェットをひったくる。
「おい!? なにを――――ッ!」
甲太郎が抗議の声を上げるが、アーベルはそれには答えず、唐突に話題を変える。
「さっき、お前が訳の分からん言葉であの男と話し始めたときな……」
「?」
「正直、裏切ったかと思った。謝罪しておく」
その言葉が最期を覚悟したものに思え、甲太郎は眉根を寄せる。
「アーベル、お前……。死ぬ気じゃないだろうな?」
「何だ、そう聞こえたか? 安心しろ、お前なんぞのために、命を投げ出す気はさらさら無い。それよりも、この剣をどこに突き刺せばいい?」
アーベルの頼もしい憎まれ口に、甲太郎は軽く頭を振った。
ラプテイルの顔面を焦がしている炎は消えかかっている、時間がない。
「全く……。頭を狙いたいところだけど、頭蓋が硬くて無理だろうな」
「と、いう事は……、首か。まず俺が出る、奴の注意を引き付けろ。……しくじるなよ!」
そう言い残すと、アーベルは火が消え行動を再開したラプテイルに向かって走り出す。
甲太郎は正真正銘、最後の弾倉を装填し、ラプテイルの頭に狙いを定めた。




