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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第30話 善悪の彼岸、生死の苦海

 『協力……だと?』


 甲太郎は確認するように、慎重に声に出した。

 眼前の男は、『研究が完成した』と言った。

 それは、今しがた目の当たりにした、『記憶を保ったまま死者を蘇生する技術』。


 それを目にしてから、甲太郎は言いしれない悪寒に(さいな)まれていた。


 眼前の男……、芹沢博士は語る。


 『この技術も制約はあってね、記憶を保持して蘇生できるのは、事前にそのための処置をした者だけなんだ。脳以外の体の各部位に、バックアップ用の記憶領域を設ける……、まあ、そのようなものなんだけど。つまり、雪子の肉体を蘇らせることはできても、その器は記憶と人格が空っぽなんだ』


 EOS(エーオース)のヘルメットの中で、甲太郎の頬を冷汗が伝う。


 『そこでだ、私と京子とお前の雪子に関する記憶、それから家に残っているホームムービーやアルバムなんかの記録から、彼女の人格と記憶を再構築したいんだ』


 甲太郎は芹沢博士の言う事を、理性では理解し、感情では拒絶していた。

 そう、(にわ)かには信じられなかった。

 肉体だけではなく、記憶と人格……、すなわち『魂』までをも蘇らせるだなどと……。

 

 この男は、どこまで道を踏み外せば気が済むのだろうか。


 そんな甲太郎の思いなど知る由もない芹沢博士は、さらにおぞましい言葉を口にした。


 『なに、それほど負担はかけないよ。頭にいくつか電極を差し込むだけだから』


 「……ッ!」


 己の目的のために、自身と、そして家族とはいえ他者に頭部の手術を強い、さらにはそれを『大したことではない』と言ってのける。


 甲太郎はきつく奥歯を噛みしめる。

 分かっていた事ではあったが、言葉を交わすことで改めて、嫌という程、芹沢栄治という人物が『取り返しのつかない所に居る』事を思い知らされる。


 死者蘇生の研究と、それを成すためにあらゆる手段を正当化する思考回路。

 それは、どのような大義があろうと許されざるものだ。


 人は、子を産み、育て、老いて死んでゆく生き物だ。

 その誕生と死のサイクルの中で、共同体を作り、文明を興し、社会を発展させてきた。

 つまり、現在の人類が()って立つ『社会』は、誕生と死によって引き起こされる世代交代を大前提とするシステムだ。

 そこに、死者蘇生……、()いては不死という、世代交代に逆行する技術を投げ入れるのは、既存の『社会』の全否定に他ならない。


 芹沢シンパは、皆で不死になれば良いと口にする。

 これを好機として既存の社会から脱皮し、大いに飛躍しようと語って見せる。

 これは変革のためのグレートリセットなのだと、高らかに叫ぶ。


 だが――――、尋常ならざる混乱の果て、より良い『社会』が訪れる保証など、どこにも無いのだ。


 甲太郎は一度大きく深呼吸すると、一言一句ハッキリと答えた。


 『断る! 死者の蘇生なんて、許すわけにはいかないッ!!』


 その返答を聞くと、芹沢博士は『やれやれ』といった風に肩を(すく)めた。


 『何だ、反抗期か? 全く、しようがないな。父さんも出来ればこんな手は使いたくなかったんだが……』


 そう言いながら、芹沢博士は右手を口元に寄せ、『ヒュッ!』と指笛を吹く。

 すると、彼の背後……、巨大な岩の影からのそりと姿を現すものがあった。

 『ズシンッズシンッ』という地響きとともに現れた『ソレ』は、(とき)の声とばかりに天に向かって咆哮を上げる。


 <全高約18メートル、推定重量30トン。脅威度算定不能。友軍機甲部隊、及び航空戦力への支援要請を推奨>


 戦闘サポートAIが警告を発する。

 芹沢博士の指笛に呼ばれ現れたのは、一頭のラプテイルだった。

 外見はティラノサウルスに酷似しているが、先刻AIが発した警告の通り、そのサイズは規格外だ。

 全高・体積は、フォーデンの森で戦ったラプテイルの3倍以上、これほどの大きさの2足歩行生物など聞いたことがない、もはや『怪獣』といったレベルだ。


 「なんて大きさだ……。クソッ! 魔王だけではなく、こんな化け物まで!」


 アーベルが(うめ)く、リューカを始め他の王国軍兵士も、それぞれに武器を構えてはいるが、あまりに巨大なラプテイルを見上げ唖然としていた。


 そんな王国軍の面々には興味がないのか、芹沢博士はあくまで甲太郎だけに語り掛ける。


 『安心しろ、殺しはしない。記憶をスキャンし終えたら、すぐに手当てしてやるからな。なに、四肢の欠損程度なら痕も残さず回復できるぞ』


 そう言って笑う芹沢博士。

 その無邪気な笑顔を見て、甲太郎は思う。


 この男は、善悪の基準となる倫理観が壊れてしまっている。

 生死観が捻じ曲がり、命を『壊れたら直せるおもちゃ』の様に扱っている。

 命の重さや人生の意味など、この男に説いても無意味だろう。


 善悪の彼岸に立ち、生死(しょうじ)苦海(くかい)を否定する者。

 眼前のこの男は、やはり、抹殺しなければならない存在だと。


 『さあ、やれ!』


 芹沢博士の号令一下、巨大ラプテイルは音圧すら伴う咆哮とともに動き始める。


 「あのデカブツの狙いは自分です! ヤツは自分が何とかしますッ!!」


 甲太郎はリューカ達にそう告げると、彼女達から距離を置くために走り始める。

 巨大ラプテイルは芹沢博士の指示通り、王国軍兵士には目もくれずに甲太郎を追う。


 (命令を順守する、やっぱりコイツもクリーチャー化しているか!)


 明らかに第3者……、芹沢博士の意思が介在する巨大ラプテイルの行動に、甲太郎はこの戦いが非常に厳しいものになると予感する。


 (クソッ! ただでさえ、あの『死なない魔王』が居るってのに!)


 早々にこの巨大ラプテイルを倒し、リューカ達と共に魔王を倒さねばならない。

 甲太郎は焦る心を抑え込み、巨大ラプテイルと対峙した。



■■■


 「コータローッ!!」


 走り出した甲太郎を、思わず追いかけようとするリューカ。

 だが、その前に立ちはだかる者がいた。


 「魔王ッ!」


 アーベルがリューカと魔王の間に割って入るが、魔王の視線はリューカに……、正確にはリューカが腰に提げる聖剣に注がれていた、そして……。


 「その『鍵』……。やはり別ルートで向かっテきている連中ハ、囮だったカ」


 「何!?」


 突然周囲に響いた大陸共通語に、リューカは眉をひそめた。

 その声色はつい先刻耳にしたもの、明後日の方角……、甲太郎の父親だという男の方向から聞こえてきたその声は――――――。


 「魔王、貴様か!?」


 「……確かニ、通じているようだナ。同胞(はらから)ヲあのような姿にされたのハ気にいらんガ、あの男の技ハ認めねばなるまイ」


 「――――ッ!?」


 リューカは息を呑む。

 魔王と意思疎通を行っているという現状に対する驚きと、魔王の言葉から、思っていた以上に『知性』、或いは『理性』を感じたからだ。


 「魔族がこれ程理知的だとはな……。『鍵』とはこれの事か?」


 そう言いつつ、リューカは聖剣を抜き放つ。

 魔王と魔界の門を目の前にして、欺瞞を続ける意味は無い。

 他の兵士達もそれぞれの武器を構え、魔王を包囲する。


 「正式な呼び名ハ我らも知らン。だがそれハ元々我らの物、返してもらおウ。そしテ、この実り多き大地モ、我らガもらい受けル」


 「『アレもコレも』と、随分と欲の深い事だな。だが、やらせはせんッ!!」


 リューカが、アーベルが、兵士達が、『ジャキンッ』とそれぞれの武器を鳴らして臨戦態勢に入る……、だが――――――。


 (殺しても蘇るような相手に、どう戦えというんだ!?)


 リューカの頬を、一筋の汗が伝い落ちた。


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