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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第29話 ストレンジ

■ヘレネア山中腹、魔族本陣


 甲太郎は素早く周囲を確認する。

 目の前30メートルほどの距離に、今まで追い続けた最優先作戦目標……、芹沢博士の姿がある。

 彼は左手に、何かの機材なのか、金属製のトランクケースを持っている。

 その隣には、通常の倍以上……、熊やゴリラ並みの巨体を誇る魔族が(たたず)んでいる、あれが魔族軍の指揮官、『魔王』で間違いないだろう。

 全身の筋肉は盛り上がり、下顎から野太い牙が天を指すように伸びている。

 みすぼらしい貫頭衣(かんとうい)しか身に着けていないが、その威容は『魔王』と呼ばれるに相応しいものだ。


 (まるで鬼だな……)


 角こそ生えていないものの、甲太郎は魔王に対してそんな印象を持つ。

 そして、まず間違いなくクリーチャー化しているだろう事も、その姿から容易に推測できた。


 それらはいい、芹沢博士も魔王も、この場に居ることは想定の内だ。

 だが、甲太郎の目を引いたのは、彼らの背後にある明らかに異質で巨大な『(はこ)』だった。


 (あれは……)


 金属製、明らかにこの世界のモノではない工作精度で形作られた、中型トラック程度の大きさの『それ』を、甲太郎は見たことがあった。


 (高度医療ユニット? どうやってここに!?)


 先進歩兵強化構想において、後方支援用の装備として開発されていたもので、現行の野外手術システムの上位互換装備となるものだ。

 複数の車両に分散して搭載していた医療システムを一つに集約し、医療処置だけではなく、現地において生物化学兵器等への対抗手段を開発可能な『研究施設』としての機能をも併せ持っている。

 さらに、それらの機能は高度にモジュール化されており、外装は小口径砲程度の攻撃であれば十分に耐るだけの強度を誇る。

 これらの特性から、正式採用後は車両の進入が難しい僻地(へきち)へのヘリ空輸や、場合によっては輸送機からのパラシュート投下といった運用が考えられていた。


 (確か性能諸元だと10トン近い重量があったはず、車両も航空機もないのにどうやって運搬した!? いや、そもそもどうやってこの世界に持ち込んだ!?)


 甲太郎が疑問に思っていると、塹壕を越えてきたリューカやアーベル、王国軍の兵士たちが追い付いてくる。

 彼らも、魔王と芹沢博士(はくいのおとこ)、そして高度医療ユニットを見て一様に戸惑いを見せる、


 「白衣の人物……。あの人が、お前の……」


 不安そうに甲太郎を見るリューカ。

 甲太郎はその姿を一瞥(いちべつ)すると、芹沢博士に向き直った。


 『幾つか聞きたい事がある! そのユニットをどうやって持ち込んだ!?』


 日本語に切り替えて芹沢博士を詰問する甲太郎。


 「コータロー! お前、何を話している!?」


 突然未知の言語(にほんご)で喋り始めた甲太郎に、疑惑の目を向けるアーベル。

 この土壇場で裏切ったと思われたのだろう、当然の反応だ。

 だが、ここからの会話は機密事項に抵触する可能性がある、他の皆に内容を知られるわけにはいかない……、例え前提となる知識を持たず、理解できなかったとしても。


 甲太郎はアーベルに向かって軽く頭を下げる。

 リューカの取りなしもあり、アーベルは踏み止まってくれた。


 その様子を見ていた芹沢博士は、甲太郎達が落ち着いたのを見計らって答えを口にする。


 『周りの方々は王国軍の人だね、友達かい? まあいい。このユニットはこいつを使って運んだんだよ』


 そう言って、芹沢博士は右腕を掲げて見せる。

 その手首には、見たことのあるリングが装備されていた。


 『緊急展開システムの……、起動(イグニッション)ドライバ!?』


 『そんなに驚く事じゃないさ、これは父さんが作ったんだからな。それにな、格納容量の拡張以外にも、いくつか改良してあるんだぞ』


 些細な事だとでも言うように、事も無げに答える芹沢博士。

 やはりこの男は危険だと、甲太郎は再認識する。

 母を蘇らせる事に執着するあまり、この技術の重要性、事の重大さを全く認識していない。


 次に甲太郎は魔王に視線を移す。

 魔王は先程から、ただ甲太郎達の様子を(うかが)っている。


 『そこの魔王も、クリーチャー化の処置をしたのか?』


 『魔王? ああ、彼の事か。もちろんだとも』


 芹沢博士の回答を聞くやいなや、甲太郎はアンチマテリアルピストルを抜き放ち、発砲。

 EOS(エーオース)に搭載された火器管制システム(FCS)の狙い違わず、魔王は頭を吹き飛ばされ、胴体がその場に崩れ落ちた。

 銃声が周囲に木霊(こだま)する。


 「なッ!?」


 リューカ達が驚きの声を上げる。

 目の前で、彼らの目標の一つであった魔王があっけなく討ち取られたのだ、無理もない。


 甲太郎は続けて、芹沢博士に銃口を向ける。

 だが、狙われている当の本人は嬉しそうに唇の端を吊り上げ、笑う。


 『本当なら、子供がそんな物騒なものを振り回すことを咎めるべきなんだろうが……。今回ばかりはよくやったぞ、甲太郎!』


 『何を……』


 芹沢博士の意図を計りかね(いぶか)しむ甲太郎に、リューカが叫んだ。


 「コータロー! 魔王がッ!!」


 「!?」


 見れば、魔王の体は腐敗せず、頭を失った首から『シュウシュウ』と蒸気を吹き出し始めていた。

 そして、見る見るうちに肉塊が盛り上がり、元と寸分違わない『頭』を形成する。

 魔王は起き上がり、ふるふると再生したばかりの頭を振った。


 あまりの出来事に絶句する甲太郎達。

 だが、驚きはそれだけにとどまらなかった。


 『成程ナ、『先手を譲れ』と言ったのハ、これが目的だったのカ』


 唐突に響く、日本語の機械音声。

 それを聞いた芹沢博士は右手でガッツポーズを取り、はしゃぎ始める。


 『よし! よしよしよしッ!! 素晴らしい! 成功だッ!!』


 『待て! 今の声は誰だッ!? クリーチャー化しただけじゃないのか!? 魔王に一体何をしたッ!!?』


 『ん? ああ、今のセリフは彼……、魔王君だよ。そうだ、これを見なさい』


 そう言うと、芹沢博士は左手に持ったトランクケースを胸の高さで抱え込むと、その蓋を開ける。


 「うッ!? あれは……ッ!!」


 口を押えて呻くリューカ、トランクケースの中に納まっていたのはサッカーボールほどの大きさの培養ケースと、何らかの電子機器。

 そして、透明な培養ケースから覗くのは、『脳』と、神経でつながれた『眼球』だった。


 (悪趣味な……。けど、人間の脳じゃない?)


 甲太郎は、図鑑等で見た人間の脳と、眼前のそれが微妙に形状を違えていることに首を傾げる。

 そんな彼の疑問を知ってか知らずか、芹沢博士は饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。


 『彼等の種は非常にユニークでね。声帯はあるのに、同族間のコミュニケーションを音声以外の方法に頼っている』


 今、目の前の男が語ろうとしているのは、トーラス王国が調べ続けて尚、解き明かすことが出来なかった魔族の謎、その核心。


 『この世界に来て最初に接触した個体をこうして解剖し、色々調べてね。彼らが脳波による意思疎通を行っていることが分かったんだ。ほら、イルカや蝙蝠(こうもり)が超音波でやり取りするエコーロケーションがあるだろう? あれを進化させたものと思えばいい』


 (つまり、テレパシーみたいなものか)


 甲太郎は銃口を向けたまま、芹沢博士の話を聞く。

 これは、リューカ達王国軍にとって、喉から手が出るほど欲しい情報だろう。


 『それで見ての通り、解剖した個体の脳を利用して、生体翻訳機を作ったんだ。今のセリフは、魔王君の『脳波言語』を、この装置が翻訳したものさ。これで彼らと交渉してね、より詳しく彼らの事を調べさせてもらう代わりに、私は彼らに力を貸すという協力関係を結んだんだ』


 大まかな事の経緯は把握できた。

 甲太郎は、傍に立つリューカとアーベルに大陸共通語で耳打ちした。


 「魔族は脳が出す波長を使って意思疎通を行っており、あれは魔族の脳を使った翻訳装置だと言っています。魔族の体を調べる代わりに、奴は魔族に協力しているとも」


 「なん……、だと?」


 二人は突如(もたら)された魔族の情報に息を吞む。

 しかし芹沢博士は、今しがた語った事こそ些細な事だと言わんばかりに、声のボルテージを上げて、さらに語り続ける。


 『いやぁ、彼らの体組織……、特に遺伝子は素晴らしい! 芸術的だよッ! 彼らのお陰で、父さんの研究は完成した! お前も聞いただろう? 魔王君のセリフを!』


 甲太郎の脳裏に、先程の機械音声が浮かぶ……。

 確か、『先手を譲れと言ったのハ、これが目的だったのカ』と言って――――、いや、待て。

 それはおかしい、ありえない、明らかに矛盾している。


 何故、頭を吹き飛ばされて死んだ魔王が、『生前の記憶』を保持しているのか?


 『――――ッ!?』


 芹沢博士の真意に気付き、その異常な執念に戦慄(わなな)く甲太郎。


 『気付いたか。父さんや京子に及ばないとはいえ、お前も十分賢い子だ……。私は母さんを……、雪子を二度と失いたくない。同じことが繰り返されては意味がない。『記憶を(ともな)って蘇る肉体』……、(うつわ)は満足の行くものが出来た。だが、あと一つ、欠けている要素がある』


 芹沢博士は、甲太郎に笑いかける。


 『そこでだ、お前と京子に少し協力してほしい事があるんだ。頼むよ』


 父の表情、慈愛に満ちた笑み。

 だが、甲太郎にはそれが酷く……、グロテスクに映った。


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