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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
28/78

第28話 接触

■コルドール村


 晴天の空に朝日が昇り、村に立ち並ぶ家々の煙突からは煙が立ち上る。

 どの家も朝食の準備中であり、村の中には食欲をそそる匂いが漂っていた。

 皆はこれから朝食を済ませ、ある者は畑に出て野良仕事を、またある者は近くの森に分け入り狩りや木材の伐採と、それぞれの仕事に赴く事になる。


 かつて『剛剣』と(うた)われたバルド・ベッカーその人も、朝食の支度に追われていた。


 (つい)ぞ子宝に恵まれず、さらには数年前に伴侶に先立たれ、『再婚する歳でもなし』と、以来独り身を貫いている彼は、一切の家事を自分の手で行っていた。


 戦場で手柄を立て、家名持ち……、つまり騎士爵(家名の相続権と領地を持たない名誉爵位)に(じょ)された退役軍人が、故郷に戻り学び舎や剣術道場を開くのはよくある事ではあるが、彼の場合、そこには村の子供たちとふれ合うことで『子や孫を持てたなら』という願望を充足させる代償行為の意味合いもあった。


 彼が甲太郎に親身になって言葉を教え、短い期間ながらも剣術の稽古をつけたのはそれが理由であったし、彼自身もそれを理解していた。


 理解していた……、だが。


 「む? またやってしもうたか」


 テーブルに並べた食器を見返し、彼は『しまった』と呟いた。

 並べられた食器は二人分、鍋で煮立てているスープも二人分だ。


 自身の行いが願望を満たすための代償行為であり、既にその対象は旅立った事は頭では理解していたのだが……、無意識に二人分の朝食を用意していた。

 先刻、自身でも『また』と口にしていた通り、甲太郎が旅立ってから、度々同じようなことを繰り返していた。


 「やれやれ、年は取りたくないもんじゃの……。さて、この作り過ぎた朝飯をどうするか……」


 彼が思案に暮れていると、家の戸をノックする音が響いた。

 彼が返事をすると、扉を開けてグレイ爺さんが顔を見せる。


 「おはようございます、ベッカー先生。朝早くに山菜採って来たんで、お(すそ)分けに来ましたよ」


 グレイ爺さんは、その手に抱えた(かご)いっぱいの山菜を彼に差し出した。


 「おお、こりゃありがたい……。ありがたいんじゃが、ちぃと量が多過ぎやせんか?」


 「んん? いや、コータロー君と二人なら……、あ!」


 言いかけて、こちらも『しまった』という表情になるグレイ爺さん。


 「なんじゃ、お前さんもか」


 彼は苦笑いを浮かべる、グレイ爺さんの息子は存命だが、王国軍人として遠方の町で任務に()いているという話だった。

 『息子の顔を見たい』とぼやくグレイ爺さんの姿を、何度も目にした事がある。

 要は、似た者同士が同じようなミスをやらかした、という事だ。

 

 「コータロー君は元気でやっとるかなぁ」


 グレイ爺さんがぽつりと呟く。


 「やっとるだろうさ。首尾よく討伐軍に参加できたなら、アードラ要塞に着いとるころじゃろ」


 彼はそう答えながら、窓から覗くヘレネア山に視線を移した。

 黒髪黒目の、奇妙で気の良い異邦人の無事を祈りながら。



■ヘレネア山、山道


 口笛のような、或いは誰かが泣いているような風の音を聞きながら、甲太郎はヘレネア山の砂利を踏みしめる。

 ヘレネア山は山肌が露出しており、標高とアルカディア大陸の北辺に位置することから、頂には万年雪が積り、白く陽光を反射していた。

 稜線の形は違うものの、その姿はどこか富士山を彷彿(ほうふつ)とさせる。


 この世界に来るきっかけとなった突入作戦の現場が、富士山の(ふもと)だったせいか……、甲太郎には殊更(ことさら)そう思えた。


 此処(ここ)までの道程は順調だ……、拍子抜けするほどに。


 アードラ要塞の偵察部隊が最接近した地点を越え、既に魔族の『勢力圏』であるはすだが、魔族の残存兵力による迎撃もなく、風の音と砂利を踏みしめる音だけが響き、自分たちが本当に敵の本陣に迫っているのか不安になるくらいだ。

 つまりそれは、別ルートで進軍中のルーカス将軍率いる本隊に魔族が殺到している可能性が高い、という事を意味する。


 EOS(エーオース)のセンサーでも、本隊含む別動隊の様子は伺えなかった。

 口を開けているという『魔界の門』の影響か、ヘレネア山そのものの特性なのか、周囲は妙な磁場に包まれ、それが天然のジャマーとなってEOSの探査機能を阻害していた。

 現状、半径にして3~400メートル程度の範囲しか探ることが出来ない状態だ。


 甲太郎は背後を見る。

 彼の後に続く、魔族討伐軍1番隊を中核とする混成部隊、その数200。

 皆、無言で斜面を登っている。

 昨夜の(正確に言えば『今朝』になるが)襲撃からこっち、流石に疲労の色が滲み出ているが、その眼光は鋭い。


 (流石に練度が高いな……。最精鋭なだけはある)


 黙々と進軍する王国軍人たちの気迫に、甲太郎は内心舌を巻く。

 そんな彼に、王国軍の正式装備を着込んだリューカが近寄ってきて声をかけた。


 「やはり、その装備の力でも他の部隊の様子は分らんか?」


 「ええ、この山は妙な磁場……、力が働いているようで。センサー……、ああいや、遠くを探る機能が阻害されっぱなしです。現状、探れるのはちょうどこの部隊の最後尾くらいまでの距離ですね」


 「そうか……」


 眉を(しか)めるリューカ。

 兜をかぶっているものの、バイザーを跳ね上げているため、そんな表情の変化も見て取ることが出来た。


 「フランさんが心配ですか?」


 「無論だ。それに心配事はフランだけではない、お前の事もだ」


 急に話の矛先が自分に向き、若干狼狽(うろた)える甲太郎。


 「自分……、ですか?」


 「ああ、そうだ。本当に……、『やる』気なのか?」


 甲太郎が無言で頷くと、リューカはさらに食い下がった。


 「親子なのだろう? 抹殺だなどと……、せめて捕縛(ほばく)して裁きは他者に委ねるだとか、他の手立てはないのか?」


 「捕縛する試みは(ことごと)く失敗しています。奴の凶行を止めるには、殺害する以外に手はありません」


 芹沢博士の抹殺は、裁きの場で博士に『余計な事を口にしてほしくない』という、政界や財界などの思惑による決定であったが、その決定が下される以前、彼の捕縛を試み、その結果多大な犠牲が出たことも事実であった。


 さらに言えば、芹沢博士が死んだ母を蘇らせようと進めている、死者蘇生の研究……。

 死者の冒涜に他ならないその行いは、断じて許すわけにはいかない。


 だが、それらの事柄は機密事項だ。

 だから甲太郎は、リューカに対して真実を語らない罪悪感を飲み下しながら話をはぐらかした。


 他に手はないのだ、と。


 リューカは尚も何か言い募ろうとしたが、そこへ魔族の様子を見るために先行していたアーベルが戻って来る。


 「姫様、この先に妙な物が……。コータロー、一緒に来い、見てもらいたい物がある」


 「わかった」


 アーベルを先頭に、甲太郎、リューカ、兵士たちが続く。

 話を中断させられたリューカは、目の前にある甲太郎の背中を……、EOSを装備した異形の背中を不安気に見つめることしかできなかった。



■■■


 アーベルに先導され、数百メートル進んだ先で目にしたのは、地面に掘られた複数の『溝』だった。

 いずれの溝も非常に長く人一人分程度の深さがあり、甲太郎たちの進行を阻むように横たわっている。

 さらにその溝を越えた先には、バリケード代わりなのだろう、余剰の土砂による『盛り土の壁』が敷かれていた。


 「これは……、塹壕(ざんごう)?」


 甲太郎の呟きに、アーベルが反応する。


 「知っているか。やはりこれは戦闘陣地の類か?」


 「ああ。敵の飛び道具から身を守るため、それから、敵の進軍を妨害するためのものだ」


 甲太郎の答えにアーベルが唸る。


 「考えは似るものなのか……。我々も敵の侵攻ルートに溝を掘ったり、色々細工することはあるが、ここまで整然と構築された陣は見たことがない。まして、これが魔族の手によるものだとは……。やはり、『入れ知恵』した輩が居る、か?」


 アーベルが甲太郎を見る。

 EOSのヘルメットに隠れて見ることが出来ない甲太郎の表情を、それでも見透かそうとしているように。


 甲太郎が顔を上げ、アーベルに答えようとしたその時、風の音に紛れて歌が聞こえてきた。

 甲太郎の全身に鳥肌が立つ、


 「先行しますッ!!」


 それだけ言い残すと、甲太郎は歌が聞こえてきた方向……、土壁の向こう側に向かって塹壕を一気に飛び越えてゆく。


 「……歌声?」


 「おい! 待て!! 姫様、奴を追いましょう!!」


 甲太郎を追い、リューカ達も塹壕を越え始める。



■■■


 聞こえてきた調子はずれの鼻歌に、甲太郎は聞き覚えがあった。

 誰もが一度は聞いたことがあるクラシック。


 甲太郎も知っている曲だったが、曲名が思い出せない。

 ……いや、『無意識に思い出すことを拒絶しているのかもしれない』と、甲太郎は思った。


 何故ならその曲は、父が好きだった曲。

 父だった人物がよく口ずさんでいた曲だったから。


 土壁を越えた先、ヘレネア山の中腹で平坦な広場の様になっているその場所に、いつかと同じように、白衣を(まと)った人物が背を向けて立っていた。


 かつて父だった人……、芹沢博士は甲太郎を振り返り、右手の人差し指で眼鏡を持ち上げると、にこやかに話しかけてきた。


 「おお、甲太郎! やはりお前も『こっち』に来ていたか。元気だったか?」


 そう、まるで――――――『父親』の様に。


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