第27話 夜明けとともに
■アードラ要塞指揮官執務室
魔族の襲撃を凌ぎきりアードラ要塞に戻った甲太郎は、ルーカス将軍の召喚を受け、要塞最上階の指揮官執務室に居た。
執務室には甲太郎とルーカス将軍の他に、要塞守備隊を統率するダストン守備隊長が同席している。
ルーカス将軍が口火を切った。
「戦闘の直後に呼び立ててすまない。聞きたい事があったのでね。他でもない、クリーチャーの事だ」
将軍は前置きも程々に、本題に入る。
「今回の戦闘で、君は何体のクリーチャーを倒した?」
「アーベルさんと一緒に倒した個体を含めれば、19体です」
甲太郎は即答するが、将軍も間髪入れず次の問いを投げかける。
「クリーチャーは、それで全てだと思うか?」
甲太郎は逡巡した後、慎重に答える。
「正直に申し上げて、不明です。そもそもクリーチャーの製造には特殊な薬品や、そのための医療設備、医療機器が必要です……。もちろん、この世界にそんなものは存在しません。そのため、件の『大罪人』が個人で運搬できる程度の物資を所持していたと仮定し、クリーチャーは数体、最大限多く見積もっても10体程度だと想定していたのですが……」
「アードラ要塞到着前に遭遇したものも含めれば22体……、既に君の想定の倍か」
ルーカス将軍の眉間に皺が寄る、顎に手を当て何事か考える仕草の後、彼は再度甲太郎に問う。
「先刻クルス十士長に、君が使う飛び道具は補充が必要だ……、というような話をしていたな。君はあとどの程度戦える?」
甲太郎は『変身』を解除する際に確認していたEOSの状態を思い出す。
アンチマテリアルピストルの残弾はきっかり20発、バッテリー残量は6割強といったところだ。
バッテリーはまだ余裕があるものの、ここに来て12.7ミリ弾の消費が激しくなっている。
この戦いが終わった後、日本への帰還も視野に入れて考えれば、もう悠長に構えてはいられなかった。
「魔族との戦いも、自分の任務も、次の一戦で決着をつけたいと考えています。もちろん、相手の出方次第ではあるのですが……」
「そうか……。と、なると……」
そう言うと、ルーカス将軍はダストン守備隊長を見る。
ダストン守備隊長は一つ頷くと言葉を引き継いだ。
「やはり、急いだほうが良さそうですね」
ルーカス将軍は甲太郎に向き直り、今後の計画を告げた。
「君が来る前にダストン君と話していたのだがね、これ以上魔族に時間を与えるのは危険だという結論に達した。夜明けとともにヘレネア山の魔族陣地に進軍し、一気にこれを叩く」
「本来なら襲撃の被害状況の確認と、その復旧に時間を割くところなんだが……。まだ全ての被害報告が上がってきたわけではないが、今回の襲撃、規模の割には損害は軽く済みそうなんだ。特に『街』の方は被害は皆無だ。将兵達と、それから君のおかげだ、要塞を預かる者として礼を言うよ」
そう言って、ダストン守備隊長は胸に手を当て、王国軍式の敬礼で感謝の意を示す。
「あ、その……、自分は大したことは……」
甲太郎がしどろもどろになり、『大したことはしていません』と言いかけたところに、ルーカス将軍が笑いながら割って入った。
「謙遜も過ぎればイヤミだぞ、コータロー君。それよりも、夜明けの出撃に関してだが……、ギャレット十士長の案を採用し、その上で部隊を3つに分ける」
具体的な作戦の内容を説明し始めるルーカス将軍、甲太郎とダストンの表情が瞬時に引き締まる。
「本隊500名、それから員数200名の分隊を2つ、総数900で攻める。姫様に扮したギャレット十士長と私が本隊に、そして姫様に分隊の1つを指揮してもらう、君はクルス十士長とともに姫様の護衛を行ってもらいたい」
「アーベルさんと……、ですか」
アーベルの顔を思い浮かべ、一緒にやっていけるだろうかと若干不安になる甲太郎。
ルーカス将軍は口元に笑みを浮かべながら答える。
「不安かね? なに、奴も王国軍人だ。私情を優先して使命を疎かにする愚は犯さんよ。それに、クリーチャー相手にあれほどの連携をして見せたのだ、私は心配しておらんがね」
「はぁ……。その、了解しました」
甲太郎とアーベルがクリーチャー相手に共闘した様を見て、何か思うところがあったのか、楽観論を口にするルーカス将軍。
甲太郎は未だ不安を拭いきれなかったが、アーベルの上官である将軍のお墨付きであれば……、と了承する。
「ダストン君。出撃に備え、部隊の再編成を頼む。それと、姫様とギャレット十士長に『準備』をするよう伝えてくれ」
「了解しました。では、失礼します」
命令を受け、一足先に退室するダストン守備隊長。
その姿を見送ると、ルーカス将軍は再び甲太郎に向き直った。
「さて、作戦に関しては以上だが、もう一つ聞きたい事がある。君は元の世界……、ニホンに帰るために『魔界の門』を調べたいと言っていたが、具体的にどうするつもりかね? 我々としては、戦いが終わった後、可能な限り早急に『門』を閉じたいと考えているのだが……」
「皆さんの事情は理解しています。……戦闘終了後、『門』を通って魔界に渡ろうと考えています」
甲太郎の答えに、ルーカス将軍はわずかに目を見開いた。
「随分と思い切ったな。もう知っているだろうが、過去、魔界に送り込んだ調査隊は例外なく戻らなかったのだぞ?」
「この世界に留まっても埒があきませんし。少なくとも魔界には、世界と世界を繋ぐ手段があるはずですから」
ルーカス将軍は『フム』と一つ頷くと、甲太郎の目を見る。
「決意は固いか。まあ、そもそも私がどうこう言う事ではなかったな……。だが、万が一、元の世界への帰還を断念せざるを得なくなった時には、王国軍で働く気はないか? 無論、君の身元が問題になるだろうが、私が後見人になっても良い」
突然のスカウトに、今度は甲太郎が目を丸くして驚く。
「は? いや、その……」
「あくまで帰還が無理だった場合、だ。今返事はしなくて良い。エーオースを始めとする君の装備や、異世界の知識への欲がないと言えば噓になるがね。それを抜きにしても、別れを惜しむ程度には君は気に入られているという事だよ」
「あ、……ありがとうございます」
思いもよらなかった、そして自身を思っての申し出に、甲太郎は喜びと戸惑いが綯い交ぜになった複雑な思いで返事をする。
ルーカス将軍は満足そうに頷く。
「夜明けまで僅かな時間だが、兵舎に戻り体を休めておきたまえ。以上、解散!」
「はッ! 失礼しました!!」
目の前に手を翳す国防軍式(と、言うよりは地球での一般的な形式)の敬礼をしてから、『しまった』と動きが固まる甲太郎。
トーラス王国では敬礼の所作が違う。
先刻ダストン守備隊長が行っていたように、胸に掌を当てるのが王国軍式の敬礼だ。
軍属という中途半端な立場とは言え、敬礼は今まで何百回、何千回と繰り返してきた基本動作だ。
既に体が覚えた動作で敬礼してしまった甲太郎。
そんな彼の敬礼を見て、ルーカス将軍は興味深そうに目を細めた。
「フム。それが『国防陸軍』とやらでの敬礼の所作か……、どれ」
そう言うと、ルーカス将軍は甲太郎の所作をまねて国防軍式の敬礼をして見せる。
「どうかね? どこかおかしい所はあるかな?」
どこか楽し気に、甲太郎に問う将軍。
その敬礼の所作は、組織こそ違えど長年の軍隊生活故か、非常に様になっていた。
「いえ、完璧です。…………その、先に手を下ろしてください。そちらが上官ですので」
「おお、そうか」
そう言うと、ルーカス将軍は手を下ろし、愉快そうに笑って見せた。
ほんの一時だが、室内に穏やかな空気が流れた。
■アードラ要塞兵舎
魔族の襲撃を退けて間もなく。
アードラ要塞の兵舎は、死傷者の収容や部隊の再編成といった作業の喧騒に包まれていた。
そんな中、兵舎の一角で2人の兵士が向かい合っている。
「やはり考え直した方が良い、お前が危険に晒されるのだぞ?」
リューカは眼前の人物に問いかける、その『銀髪の人物』は静かに笑って答えた。
「私は姫様の護衛であれば、姫様の代わりに危険を引き受けるのは当然の事。それよりも、王家所蔵の鎧をお貸し頂き、ありがとうございます」
目の前の人物はフランだ。
彼女は今、リューカの替え玉となるべくその髪を銀に染め、リューカの銀鎧を纏っている。
かたやリューカは、フランが身に着けていた王国軍正式の鎧を着込み、その流麗な髪をお団子に纏めており、これも正式装備の鉄兜を抱えていた。
フランが語った、リューカの替え玉を用意するアイデア。
それは、女性であり、リューカと似た体格のフラン自身が囮となるものだった。
髪の長さはリューカに及ばないものの、銀鎧を纏い、銀に染めた髪をポニーテールにしたフランは、確かに魔族相手であれば十分に欺瞞できるだろう。
「お前が私の護衛として共に在るのは、その強力な治癒能力を買われての事。魔族と正面切って戦うのは荷が勝ちすぎる。今なら作戦の変更も出来るだろう、考え直してくれ、フラン」
「私の長所も短所も、私自身が一番よく分かっておりますよ。それでも、これが姫様の負担を減らす、最も効果的な方法なのです」
「しかし……」
なおも食い下がろうとするリューカの手を取り、フランは語りかけた。
「『可愛い妹分』を守るのは、『姉の役目』ですよ」
その言葉に、リューカは眉根を寄せる。
「全く、コータローもお前も、『使命』だの『役目』だのと……。揃いも揃って頑固者どもめ」
フランは思わずといった様子で『クスリ』と笑う。
そして、リューカを包み込むように優しく抱きしめた。
「頑固者だなんて、姫様にだけは言われたくありません。……もちろん死ぬつもりはありません、姫様もどうかご無事で」
『姉貴分』の腕に抱かれながら、リューカは何も答えることが出来なかった。
――――間もなく、夜明けが訪れる。




