第26話 コンビネーション
血煙漂う戦場に、二人の戦士が並び立つ。
その戦士の片方、アーベルが口を開いた。
「遅いぞ」
たった一言、到着の遅れを叱責する言葉だったが、その言葉には今までのような険は無かった。
少なくとも、言葉を投げかけられた甲太郎にはそう思えた。
「すまん」
謝罪の言葉を口にしながら、甲太郎は素早く周囲の状況を確認する。
クリーチャー化した魔族1体、通常の魔族2体、そして周囲に散らばる無数の死体。
正直、目を背けたくなる光景だった。
EOSのヘルメットの中で眉を顰める甲太郎に、アーベルが再度話しかける。
その視線はクリーチャーを見据えたままだ。
「どうやらヤツは相当に腕が立つようだ。俺が前に出る、隙を見てヤツの動きを止めろ」
「あ! おいッ!?」
言うが早いが、アーベルは甲太郎の答えを待たずにクリーチャーへと向かってゆく。
芹沢栄治博士の抹殺と、クリーチャーの殲滅を任務としている甲太郎にとって、対クリーチャー戦闘に第3者を介入させたくは無かったが、そんな甲太郎の思惑など知る由もないアーベルは、目の前でクリーチャーと戦闘を始めてしまう。
「ああ、もうッ!」
甲太郎はかぶりを振ると、左手のヒートマチェットを構えてクリーチャーの背後に回り込む。
アーベルは、甲太郎が位置についた事を確認し、クリーチャーが甲太郎の方へ飛び退るよう、剣を大きく薙ぎ払う。
その思惑は成功し、クリーチャーは大きくバックステップ、甲太郎の目の前に着地する。
甲太郎は左手のヒートマチェットを逆手に持ち替え、目の前にあるクリーチャーの左足に振り下ろす。
クリーチャーのふくらはぎから向こう脛を貫通したヒートマチェット、その切っ先は地に突き刺さり、クリーチャーを文字通り地に縫い付けた。
「その首、もらったッ!!」
そして、能力を全開にしたアーベルの剣が、クリーチャーの首を刈り取った。
クリーチャーは、噴水の様に血を吹き出しながら倒れる。
戦いを見守っていた周囲の兵士たちが、『おお……』と感嘆の声を漏らした。
一瞬、クリーチャーを倒した安堵感が場を支配する。
そんな中、最も早く動いたのは、残された2体の魔族だった。
クリーチャーを倒された2体の魔族は、背を向けて逃走を始める。
「いかん! 逃すなッ!!」
ルーカス将軍の声が響く、周囲の兵士たちが弾かれた様に弓や遠距離攻撃可能な能力を撃ち始めるが、それらの攻撃をかわしながら、2体の魔族は遠ざかる。
夜間戦闘の最中、松明の灯りの範囲外に出られては遠距離攻撃などそうそう当たるものではない。
だが、EOSを纏う甲太郎にとって、夜闇は障害たり得ない。
甲太郎は右手のアンチマテリアルピストルを構え、発砲。
弾丸は狙い通りに魔族の頭を吹き飛ばし、胴体がもんどり打って倒れる。
続けて2体目を撃ち抜こうとするが、アンチマテリアルピストルは排莢と同時にボルトオープンしてしまう。
HMDに弾倉が空である旨の警告が表示される。
「クソッ!!」
甲太郎は空になった弾倉をリリース、左手のヒートマチェットを地面に突き立て、左腰のウェポンコンテナから予備弾倉を取り出そうとするが……、魔族は別の王国軍部隊の中を突っ切って逃走してゆく。
味方の部隊を盾にされる格好となり、甲太郎は2体目への狙撃を断念する。
「……何故逃した?」
構えを解いた甲太郎に、アーベルが話しかけた。
「すまん、弾切れだ」
「たまぎれ?」
甲太郎は、コンテナから取り出した予備弾倉をアーベルに見せながら、手短に説明する。
「弓と同じだよ、矢玉を撃ち切ったら補充しないといけない。それで、これが予備の矢筒」
「……そうか」
完全に理解したわけではないだろうが、取り合えず納得は出来たのか、簡潔に答えるアーベル。
甲太郎は予備弾倉をマガジンハウジングに叩き込み、ボルトリリースボタンを押し込む。
『ジャキンッ!』と甲高い金属音が響きボルトが閉塞、初弾が装填される。
アンチマテリアルピストルとヒートマチェットをコンテナに格納すると、甲太郎はアーベルの顔を見た。
「何だ?」
怪訝そうな表情で甲太郎を見返すアーベル。
「いや……、もっと厳しい事を言われるかと思ってたんで、拍子抜けしたというか……」
「ふん、俺も能力を使った直後で追撃できなかったからな。お前だけを責めるのは筋違いだろう」
「…………丸くなった?」
『コテン』と首を傾げながら問う甲太郎に、アーベルは眉を逆立てて答える。
「うるさい! お前が嘘をついていないようだから、とりあえず『様子見』をしているだけだ! もし、姫様や我々の障害になるのであれば、その時は容赦なく斬り捨てるからな!」
そんなやり取りをしている二人に、フランが近寄る。
「気にしなくて良いですよ、コータローさん。アーベルの『これ』はただの照れ隠しですから」
「フラン!? 余計なことは言わなくていいッ!!」
顔を赤くして抗弁するアーベルだが、フランが容赦なく止めを刺した。
「あれだけ息の合った連携をしておいて今更突っ張ったところで、全く説得力がありませんよ」
「うぐぐ……ッ」
この状況に耐えかねたのか、アーベルはついに顔を背けてしまう。
会話が途切れ、静寂が訪れる。
大方の戦闘は終了したようで、剣戟や怒号などの喧騒は殆ど聞こえなくなっていた。
「どうやら、峠は越したようですな。しかし……、まずい事になったかもしれません」
リューカの前に進み出るルーカス将軍。
普段と変わりない、落ち着いた様子だが、能力の連続行使で体力を相当消耗したのか、その額には玉のような汗が浮かんでいた。
「まずい事……、ですか?」
リューカが疑問の声を上げる、将軍は一つ頷くと説明を始めた。
「そもそも、此度の襲撃はアードラ要塞の攻略を企図したものではありません。要塞の攻略が目的であれば、城門や城壁に魔族が集中するはずですが、彼奴等は薄く広く展開していました……、まるで、我々を誘い出すかのように」
クリーチャーを倒すために戦場を駆け回り、同じ疑問を感じていた甲太郎は胸中で首肯する。
「何故そのような用兵をするのかわからなかったのですが、このクリーチャーの行動で合点がいきました」
ルーカス将軍は、既に腐敗を始めているクリーチャーの死体を指し示した。
フランが甲太郎に、このクリーチャーがリューカの聖剣を狙っていたことを、簡単に補足する。
「魔族からしてみれば、聖剣を奪還し、我らが『魔界の門』を閉じる手段を失えば、色々と『やりやすく』なる事でしょう……。最悪、魔界から後詰の部隊が送られてくる、などという事態になりかねません」
次に、将軍は撤退した魔族が走り去った方向を見る。
「そして、あの逃走した魔族はまず間違いなく、本隊に姫様が聖剣を持っている事を報告するはず。つまり……」
「ヘレネア山に進軍すれば、姫様に攻撃が集中する……」
アーベルが将軍の言葉を引き継ぐ。
その場にいる全員の視線が、リューカに集中した。
「いずれにせよ、ヘレネア山へは行かねばならんのだ。私を狙ってくると言うのなら是非に及ばず、相手をしてやるだけだ」
リューカは胸を張るが、そんな彼女にアーベルが異を唱えた。
「明確に姫様を狙ってくる、そんな連中が待ち構えているところに飛び込むのは危険すぎますッ!」
「ではどうする? 何か策があるのか?」
「そ、それは……」
リューカの問いに答える術を持たず、口ごもるアーベル。
そんな彼に代わり、フランが一歩進み出た。
「将軍、意見具申致します」
ルーカス将軍は無言で首肯し、先を促す。
「これは好機です。姫様はこのように非常に目立つ容姿です。『替え玉』を用意すれば、魔族を欺くことは可能であると考えます」
フランは、自身のアイデアを語り始めた。




