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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
25/78

第25話 戦場の炎

 「うわあぁぁぁぁッ!!」


 夜の戦場、無数の松明に照らされているとは言え、完全に夜闇を払拭することなど不可能だ。

 そんな闇に紛れ、一体の魔族が王国軍兵士に奇襲を仕掛ける。

 兵士は不意の攻撃に反応が遅れ、目を閉じて悲鳴を上げる事しかできない。

 

 「あああ……ぁ!?」


 だが、魔族の攻撃は兵士に届かない。

 兵士が訝しげに目を開くと、その目に映ったのは『銀色』だった。


 腰下まで届く流麗な銀色の髪、その身に纏う見事な銀色の鎧、その兵士は初めて目にしたが、それでも一目で理解できた。


 彼女こそが『勇者』なのだと。



■■■


 リューカは魔族の前に立ちはだかり、左手を(かざ)す。

 結界の能力(ミスティック)が発動し、魔族の攻撃が見えない障壁に阻まれ、空中で止まった。


 「アーベルッ!!」


 何が起こったのか理解できず、動きを止めた魔族。

 その隙を逃すまいと、リューカは叫ぶ。


 「了解ッ!!」


 リューカの声に応え、金髪の美丈夫が彼女と彼女の結界を飛び越えて現れる。

 彼は魔族の背後に着地すると、手にした剣を一閃し、魔族の首を落とす。


 振り向く(いとま)すら与えられなかった魔族は、『ゴロン』と地に頭を落とし、傷口から噴水のように血を吹き出しながら倒れ伏した。


 「ふうぅ……ッ!」


 『身体能力強化』の能力(ミスティック)を使ったことで乱れた呼吸を整えると、アーベルは銀髪の少女に向き直る。


 「姫様、単独で突出するのはお止め下さい。夜戦でただでさえ視界が制限されているのです、下手をすれば孤立しかねません」


 アーベルの声とほぼ同時に、駆けつけた魔族討伐軍1番隊の隊員たちが周囲を固める。


 「すまんな。だが、悲鳴を聞いて放ってはおけんだろう。それより、怪我は無いか?」


 アーベルへの返答はそこそこに、襲われていた兵士に話しかけるリューカ。

 兵士は直立不動で敬礼しながら応える。

 息も絶え絶えといった様子だが、重篤(じゅうとく)な怪我は無いようだ。


 「ハッ! 問題ありません、救援感謝いたします!」


 リューカの横からルーカス将軍が歩み出て兵士に尋ねる。


 「貴官の所属部隊は? 他の人員が見当たらんが……」


 「要塞守備隊41番隊です。実は、魔族の奇襲で散り散りになってしまって……」


 申し訳なさそうに応える兵士。

 ルーカス将軍は『フム』と僅かばかり思案する仕草を見せ、口を開いた。


 「奇襲か……。つまり、こういうことだなッ!!」


 将軍はその台詞と共に、右手側の茂みに向かい腕を振るう、次の瞬間、その茂みを丸ごと、巨大な炎が包み込んだ。


 「ギエエアアァァァァァッ!!」


 炎の中から絶叫が聞こえたかと思うと、半身を焼かれた魔族が転げ出てくる。

 周囲の兵士達が即座に武器を向け、止めを刺す。


 無数の槍に貫かれ事切れた魔族、その身体……、火傷を負っていない半身には泥が塗りたくられていた。

 それがカモフラージュ……、視認性を下げる意図の物であることを、ルーカス将軍はすぐに理解した。


 「なっ!? 魔族!!」


 アーベルが驚きの声を上げる。


 「刈った草を使って景色に紛れた事といい、随分と知恵が回るようになった物だ。いや、形振(なりふ)り構わなくなったと言うべきか……。(いず)れにせよ、まるで人間を相手にしているようだな、厄介なことだ」

 

 ルーカス将軍はそう言うと、襲われていた兵士に向き直り、彼に話しかける。


 「貴官はだいぶ消耗しているようだな。本陣に戻りたまえ。41番隊の面子に会うことがあれば、君の事を伝えておこう」


 「ハッ! 了解しました!」


 兵士は再度敬礼した後、要塞に向かう。

 その後ろ姿を見送ると、リューカは魔族の死体に視線を落とした。


 「将軍、先程『人間を相手にしているようだ』と仰いましたね。それは、やはり……」


 リューカは最後まで言葉にしなかったが、ルーカス将軍は彼女が何を言いたいのかを察し、答える。


 「まず間違いなく、ヘレネア山で目撃された人物……、コータロー君が追っているという大罪人とやらが入れ知恵しているのでしょう。それとこの襲撃、アードラ要塞の陥落が目的ではなく、何か別の……」


 実際に戦場を駆け回り、感じていた違和感を将軍が口にしようとした時、フランが上空の一点を指差し、叫んだ。


 「将軍! 姫様! あれを!!」


 フランの指は、上空に打ち上げられた火球を指し示していた。

 クリーチャーと化した魔族と接敵したという合図……、かなり近い。


 「将軍……、私は……」


 『救援に向かいたい』という言葉を詰まらせるリューカ。

 ルーカス将軍は口元に笑みを浮かべながら応えた。


 「戦場で問答する気はありません。それに、止める気があるならば、そもそも出陣の許可など出しませんよ。……御心のままに、姫殿下」


 ルーカス将軍に軽く頭を下げると、リューカは1番隊の隊員達に指示を出す。


 「これより合図のあった場所に向かう! 目的は味方部隊の救援だ、『クリーチャー』と無理に戦う必要は無い! それでは1番隊、行動開始!!」


 リューカの号令と共に、1番隊は移動を始める。

 彼女の堂に入った指揮ぶりを目にし、ルーカス将軍は部下の成長に、一人頬を(ほころ)ばせた。



■■■


 その周囲は血の臭いが充満していた。

 いや、戦場であれば血の臭いが伴うのは当たり前だが、その場所は一際濃い血の臭いが漂っている。


 原因は一目で知れた。


 周囲に散乱し、鮮血を(したた)らせる王国軍兵士達の亡骸。

 同様に地に散乱する、彼らが持っていた物であろう松明の残り火が浮かび上がらせる光景は、凄惨(せいさん)の一言に尽きた。


 現場に到着したリューカ達が目にしたのは、5体の魔族と1体のクリーチャー。

 そしてそのクリーチャーが、合図を出した部隊の、恐らくは最後の一人に止めを刺す瞬間だった。


 クリーチャーに首を締め上げられ、そのまま宙吊りにされていた兵士の首が『ゴキリ』という音をたて、ありえない角度に折れ曲がる。

 さらに、それだけでは飽き足らず、クリーチャーは絶命した兵士の首を捻じ切り、頭と胴を脇に放り捨てた。


 「そんな……、この短時間で全滅!?」


 リューカが驚愕を(あらわ)にする。

 クリーチャーの脅威は言うに及ばず、見れば、5体の魔族もそれぞれその手に王国軍兵士から奪った剣や槍を持っていた。

 中には、兵士の鎧を剥ぎ取り着込んでいる魔族も居る。


 クリーチャーを含む、完全武装の魔族の部隊……、考えられ得る中で最悪の相手だ。


 クリーチャー相手の戦闘は避けるべき……、しかし時既に遅し。

 魔族達は突然現れたリューカ達1番隊に狙いを定め、行動を開始する。


 「くッ、総員散開しつつ牽制射撃ッ! 近づけさせるなッ!!」


 リューカの命令により、1番隊の隊員達は各自距離を取りつつ、弓兵は矢を、遠距離を狙える能力(ミスティック)持ちはその能力を、魔族の部隊に向かって撃ち始める。

 

 「彼奴等の狙いが私に向けば良し、追い払えれば上出来か。ゆくぞッ!」


 ルーカス将軍は、牽制射撃で怯んだ魔族の部隊に最大威力で火球を見舞う。

 直径数メートルにもなる巨大火球は大爆発を起こし、閃光と輻射(ふくしゃ)熱と、そして衝撃が1番隊の隊員達をも圧倒する。


 閃光が収まり土煙が舞う中、静寂と緊張が場を支配する。

 次の瞬間、その緊張を破ったのは、土煙の中から飛び出してきた2体の魔族だった。


 いや、それは魔族であったモノ。

 ルーカス将軍の炎に焼かれた魔族の焼死体が飛び出して……、否、投げつけられた。


 「仕損じたかッ!!」


 身を捻り、投げ付けられた死体をかわすルーカス将軍。

 しかし、立て続けに飛び出したクリーチャーが、避け様の無いタイミングで彼に迫り、その爪を振り上げる。


 「将軍ッ!」


 リューカは将軍とクリーチャーの間に身を滑り込ませると、左手を翳し『結界』を発動する。

 『ガツン』という鉄を打ち合わせたような音と共に、クリーチャーの爪が見えない結界に阻まれた。


 「ハアァァッ!!」


 先の魔族と同じく、リューカの結界に攻撃を阻まれ、一瞬の隙を見せたクリーチャーに、アーベルが追撃を仕掛ける。

 身体能力強化を最大にし、首めがけて渾身の一撃を振るうアーベル。

 だがその渾身の刃は、1体の魔族が己の身を盾にしたことで、クリーチャーには届かなかった。

 クリーチャーは大きく後ずさり、距離を取る。


 「自分を犠牲にして……、(かば)った? ……ではさっきの2体の魔族も、あの炎から仲間を守るために? 魔族がそれほどの高度な連携を? 他者を優先する利他的な思考を持っていると?」


 呆然とした面持ちで呟くフラン、誰に宛てた訳でもない自問の呟きであったが、将軍がそれに答えた。


 「そして、その仲間の死体をも利用して見せる。生半(なまなか)な相手では無いと言うことだよ。……姫様、お怪我は?」


 「問題ありません。しかし、これ程の難敵とは――――?」


 答えながらクリーチャーと残る魔族2体に視線を走らせ、リューカは異変に気がついた。


 (何だ? あのクリーチャー、私を狙って――――ッ!?)


 そう思った矢先、クリーチャーが彼女目掛けて地を蹴った。

 瞬時に消失する距離、リューカの前に立ちはだかったクリーチャーは、彼女が右手に(たずさ)える『聖剣』に手を伸ばした。


 「――――――ッ!!?」


 その行動に驚きつつも結界を発動するリューカ。

 クリーチャーの伸ばした手を、再度見えない障壁が弾いた。


 「姫様ッ! 結界はそのままでッ!!」


 ルーカス将軍の声が響き、リューカの視界を紅蓮の炎が覆い尽くす。

 結界を張っていなければ、彼女もただでは済まなかっただろう。

 だが、そんな危険を冒した追撃を、クリーチャーは紙一重でかわして見せた。


 「ふん、やはり警戒されているか」


 将軍が呟く。

 互いに決め手を欠き、膠着(こうちゃく)状態に陥るかと思われたその時、アーベルがクリーチャーの前に立ち、その剣の切っ先を向けた。


 「アーベル待て! 一人では無理だ!!」

 「アーベル、下がりなさい!」


 リューカとフランが彼を止めようと叫ぶ。

 しかし、アーベルは振り向きもせずに2人に答えた。


 「いえ、大丈夫です。……『奴』が、来ます!」


 「奴?」


 怪訝な表情を浮かべるリューカとフラン。

 アーベルの耳には小さな風切音が聞こえていた……、何者かが凄まじい速さで駆ける音。

 その音はどんどん大きくなり、次に『ダンッ』という地を蹴る音が響く。

 大きく跳躍し、高速で夜空を横切る影。

 

 そして次の瞬間、アーベルの隣にEOS(エーオース)を纏った甲太郎が降り立った。


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