第15話 彼の事情
■北部街道上、魔族討伐軍野営地、本陣テント
魔族との遭遇戦後すぐ、甲太郎は魔族討伐軍の本陣用テントに居た。
他の物より倍以上の大きさがある本陣用テントの中には、ルーカス将軍を始め、十数名の王国軍人達が詰めている。
軍議用の物だろう組み立て式の大机を中心に、ルーカス将軍が上座に座り、左右に『見るからに偉そうな』兵士達が並んで座っている。
甲太郎には王国軍の階級章の見分け方は分からなかったが、恐らくは高級士官……、つまり、彼らが『幕僚』に相当するメンバーなのだろうと当たりを付けた。
そして、その面子の中にリューカ達3人の姿もあった。
リューカはじっと甲太郎を見つめ、アーベルは甲太郎を睨み、フランは甲太郎と出席者全員の様子を観察している。
その他の面々は一様に、アーベルと同じような反応で、本陣テントの中には張り詰めた空気が漂っていた。
先刻の魔族との戦闘……、あのような『異常な状況』を目の当たりにすれば、無理からぬ事だろう。
「さて、全員揃ったな……。では、始めようか」
ルーカス将軍が口火を切る。
討伐軍に紛れ込んだ『異物』である甲太郎への事情聴取と、その処遇を決定する為の、言わば査問委員会が始まる。
「単刀直入に聞こう。君は、何者だ?」
ルーカス将軍の問いは、甲太郎が予期していた物だった。
もはや隠し立てする必要も無い……、いや、クリーチャー化した魔族が現れた以上、王国軍と協力する必要がある。
その為には、開示できる範囲で疑問に答え、誠実に対応する必要があった。
甲太郎は淀みなく答える。
「自分は、この世界とは異なる『チキュウ』という世界の『ニホン』という島国から、ある事故によってここに飛ばされて来ました。ニホン国国防陸軍所属、コータロー・セリザワ陸士長であります」
驚き、ざわめく会議の参加者に、『静かに』と呼びかけながら、将軍は次の質問を投げかける。
「あの『黒い鎧』は何だね? 君の能力か?」
「あれはEOSと呼称される、装着者に絶大な『力』を与える『装備』です。それから、『チキュウ』には能力などという物は存在しません、自分も何の能力も持っていません」
将軍は腕組みし、眉間に皺を寄せる。
「その『エーオース』とやらは、突然現れ、突然消えた。あれは今何処にある?」
「今も自分と共に在りますが、機密事項に該当するので詳しくは話せません。さらに、自分は開発者ではないので、どういう理屈による物か理解しておりません」
機密事項である事、甲太郎自身が理屈を理解していない事、共に事実だった。
開発者である姉……、京子であればEOSの緊急展開システム、その原理を一から十まで全て説明できるのだろうが、生憎甲太郎は天才ではなく凡才だ。
開発の最初期からEOSを身に纏い、その扱いに長けてはいても、構造や原理までは理解していない。
そして、EOSの構成要素の中で、最も特筆するべき物も緊急展開システムなのだ。
『ただのパワードスーツ』であれば、EOSよりも数段性能は劣るものの、アメリカ等の先進国の一部で、既に実戦配備が進んでいる。
そういった既存のパワードスーツとEOSの明確な違いが、緊急展開システムだ。
なにせ、輸送のコストが実質ゼロになるのだ。
起動ドライバを身に付けた兵士を戦地に送るだけで、機甲師団に匹敵する……、場合によってはそれを凌駕する戦力を展開できる。
今までの兵站のあり方を、根本から変えてしまうのだ。
そして、緊急展開システムは現状制約が多いが、この技術が応用できれば、それこそ様々な分野で今までの常識が覆るだろう。
それは同時に、この技術が社会に齎す悪影響が、非常に大きなものになる事を意味する。
日本政府がこの技術の管理に神経を尖らせるのも当然の事だった。
「君は今『装備』、『開発者』と言ったが、つまりあれは人の手で造られたもの……、と言うことか?」
魔族とは別の、強力な武力を誇る存在。
ルーカス将軍は自身の胸中に芽生えた懸念や不安をおくびにも出さず、ただ真っ直ぐに甲太郎を見据える。
甲太郎は首肯する。
「そうです。EOSはあくまで道具であり、そういう意味では、皆さんの剣や鎧と同じ物と言えます。違うのは、その機能が多岐に渡り、その性能が非常識なまでに突出している事です」
会議に出席している兵士達から『何ということだ』、『到底信じられん』といった声が聞こえる。
甲太郎の話を荒唐無稽と断じるのも、甲太郎の話を信じ、未知の強大な存在に恐れを抱くのも、無理も無い反応だ。
甲太郎は続ける。
「皆さんの反応は当然の物だと思います。ですが、既に自分はEOSを示しました。そして、これはもう『信じて欲しい』と言うしか無いのですが、自分には皆さんと敵対する意思はありません」
兵士達から『どうしてその言葉を信じられる!』という声が上がるが、ルーカス将軍が再度、静粛にするよう呼びかける。
甲太郎は自身の服装……、防弾ベストと都市迷彩の戦闘服を示し、さらに発言を続けた。
「こんな格好です……、自分を不審者だと考えるのも、EOSの力を見て、脅威だと受け止めるのも理解できます。ですが、すでに『別の脅威』が迫っています。それに対応するため、自分は皆さんの協力を仰がねばならない立場にあります。……将軍、あの『魔族の異常個体』に関して、お話したいことがあります。自分からの発言の許可を頂けませんか?」
ルーカス将軍は周囲の兵士達に視線を走らせ、あらかじめ不規則発言を慎むよう釘を刺すと、『許可する』と甲太郎に発言を促す。
甲太郎は将軍に一礼し、再び口を開く。
「自分はこの世界に来る直前、元の世界でテロリスト……、大罪人を追う任務に従事していました。その大罪人を追い詰めたとき、その場に口を開けていた、『魔界の門』と同様の物と思われる『世界と世界を繋ぐ穴』に落ち、この世界に流れ着きました」
将軍の注意が効いたのか、魔族の討伐という、自分たちの任務に関わる話だからなのか、兵士達は静かに耳を傾けている。
「その大罪人は紛うことなき天才ですが、自らの欲望のためにその才能を躊躇なく悪用する危険人物です。そして、その大罪人が使った手口が、既存の生物を作り変え、強化改造し、己の尖兵とする事でした」
正確に言えば、クリーチャーは『死者蘇生』の研究の副産物なのだが、詳しく説明しようとすれば、時間がいくらあっても足りない。
さらに、大罪人……、芹沢栄治博士の目的、死者蘇生の研究に関しても暈して話を進める。
甲太郎はリューカの言葉を思い出す。
『治癒でも死者を蘇らせることは出来ない。出来たとしても、神様がそれを許さない』
この世界の生死観……、少なくとも生者と死者の線引きは、地球のそれとほぼ同じものであるらしい。
だからこそ、この世界でも『不死』という蜜に吸い寄せられる人物が居ないとも限らない。
甲太郎は、慎重に言葉を選んだ。
「あの異常な魔族……。筋肥大と牙や爪の異常発達、そして死後すぐに腐敗が始まったこと。これらの特徴は、『我々』が『クリーチャー』と呼ぶ、件の大罪人の尖兵である改造生物群に合致するのです」
「つまり、その大罪人とやらもこの地に流れ着き、あろう事か魔族に与している……、と?」
ルーカス将軍が問う。
「状況証拠のみですが、この世界に同じ事ができる人間が居るのでもない限り、まず間違いなく……」
甲太郎の返答に、兵士の一人が堪らず声を上げる。
「馬鹿なッ! 魔族とは言葉が通じんのだぞ!? どうやって取り入ると言うのだッ! いや、そもそも、何故魔族などに与する!?」
「……確かに、疑問は多々あります。ですが、現にクリーチャー化した魔族を確認した以上、件の人物が魔族と行動を共にしている可能性は高いと考えます」
彼は、コルドール村近くの森で目覚めた時のことを思い出す。
「その大罪人も、自分と共にこの世界に流れ着いている可能性は高かったのですが、コルドール近くの森で目覚めた時には、周囲にその姿も遺留品も見当たりませんでした。森から出て、ここが異界であると知り、言葉も通じないと途方に暮れていた時に、バルド・ベッカー先生に出会い、大陸共通語を教授して頂きました」
コルドールを発ってまだ半月ほどだが、ベッカー先生や村の皆は元気だろうか……、そんな事を甲太郎は思う。
「自分の同僚達が何か情報を掴んでいるかもしれないと、ニホンへの帰還の手立てを探していた所、魔族襲来の報を知り、『魔界の門』が帰還に使えないかと、ヘレネア山へ向かっていたのです。そして、フォーデンで皆さんと出会い、今に至ります」
甲太郎はざわつく兵士達を見回し、そして最後にルーカス将軍の目を見据え、改めて踵を鳴らし、背筋を伸ばす。
「そもそも自分は、この世界の事に関してあまりに無知であり、対魔族戦の戦略・戦術なども知りません。翻って皆さんは、クリーチャーの特徴や対抗戦術を知りません。先程『協力を仰がねばならない』と申し上げたのはこの為です」
甲太郎は深く頭を下げて続ける。
「今回の事態は、自分と皆さんが協調しなければ解決は難しいでしょう。どうか力をお貸し下さい……、いえ、自分を討伐軍の末席に加えて下さい。お願いします!」
先程までざわついていた兵士達も静まり、皆の視線がルーカス将軍に集まる。
10秒か、20秒か……、沈黙していた将軍が腕組みを解いた時、一人の兵士が立ち上がった。
「恐れながら申し上げます! この者の話は荒唐無稽にも程があります、即時追放するべきですッ!!」
金髪の兵士……、アーベル・クルスが、甲太郎に敵意が宿る視線を向けた。




