第14話 バトルフィールド
■北部街道沿い、魔族討伐軍野営地西側
数百名の王国軍兵士が見守る中、甲太郎はEOSを身に纏う。
今まで何度も繰り返してきた変身シークエンス、それは今回もまた正常に完了し、彼の身体は黒い装甲服に包まれる。
「EOS、目前の敵性生命体を『ゴブリン』と暫定呼称する。目前のゴブリン3体はクリーチャー化している可能性あり、最優先撃破目標に指定」
<了解、データベース更新完了。尚、戦闘で得られるデータを随時オーバーライドします>
戦闘サポートAIの返答と共に、甲太郎の視界……、HMDに映る3体の魔族の頭上に、それぞれ『G-1』、『G-2』、『G-3』とタグが表示される。
さらに、魔族の足元に倒れる王国軍兵士の生き残り2名にも、要救助を意味するタグが付けられた。
(異界だろうと何だろうと関係ない、いつも通りやるだけだ)
甲太郎は、右腰のウェポンコンテナに意識を向ける。
■ ■ ■
「なんだ?」
リューカは思わず呟いていた。
眼の前で起こった異様な出来事に、彼女の理解は追いつかない。
いや……、その場の誰もが正しく理解などしていないだろう。
黒髪黒目の風変わりで気の良い異邦人が、一瞬でその姿を変じ、異形の黒い鎧を纏って3体の魔族に対峙している。
「あれは……、なんだ?」
リューカは再び、誰にとも無く呟く。
甲太郎が纏った黒い鎧……、いや、あれは『鎧』なのだろうか?
彼女自身が身に付ける銀鎧や、他の兵士達が着用している王国軍正式装備のそれとは一線を画する異質なデザインからは、その出自……、何処で、どのように作られたものなのかすら、窺い知る事は出来ない。
正に『異形』と形容する他無いその姿。
特に目を引いたのは、『兜』と腰周りに取り付けられた大きな『箱』だった。
頭全体をすっぽりと覆う兜。
通常、フルフェイスの兜であれば、視界を確保するための、そして呼吸のためのスリットがあるはずだが、あの黒い兜にはそれが無い。
そして、腰のベルトに取り付けられた『箱』。
剣の鞘のようにも思えるが、それにしては大き過ぎる、さらに大きいだけではなく、かなりの重量があるように見えた。
あんな物を身に付けていては、満足に動くことすら困難だろう。
リューカは王女ではあるが、王国軍に身を置く軍人として、ある程度武器や防具に通じている。
一目見れば、その武器防具の運用思想を把握することが出来る。
だが、甲太郎が纏う黒い鎧は、その理解の埒外にあった。
リューカが……、いや、その場に居合わせる全員が固唾を呑んで見守る中、甲太郎が動く。
異形の黒い戦士は、右腰の『箱』に手を伸ばした。
■ ■ ■
甲太郎が右腰のウェポンコンテナに手をかざすと、『ガシャリ』とコンテナが展開し、アンチマテリアルピストルがせり出す。
対物狙撃銃の銃身とストックを切り落としたような見た目のアンチマテリアルピストルは、それでもアサルトライフル並みのサイズとそれ以上の重量を誇る。
それを右手一本で抜き放ち、発砲。
もはや砲声と呼ぶべき轟音と共に撃ち出された12.7ミリ弾が『G-1』……、石斧を持った魔族の眉間に着弾、頭部を丸ごと吹き飛ばす。
魔族の背後、大岩に銃創が穿たれ、血と脳漿と肉片が、岩の表面に赤黒い模様を描き出した。
通常、12.7ミリ弾を運用するには、その口径に見合う長大な銃身が必要となる。
EOSの携行武装とするため、銃身を切り詰めたアンチマテリアルピストルでは、12.7ミリ弾のポテンシャルを100パーセント発揮することは出来ない。
だが、この銃はEOSの掌に設けられた接触端子から電力を供給、銃身の上下に内蔵されたレールに通電することで弾体を加速させている。
装薬の激発による1次加速、そして銃身内でのローレンツ力による2次加速によって、銃身長不足を補って余りある、絶大な貫徹力を実現していた。
頭を失った魔族が倒れる。
いかに強力な再生能力を誇るクリーチャーと言えど、完全に失った部位や器官をゼロから再生することは出来ない。
対テロ即応特務隊における、対クリーチャー戦の戦訓の一つ。
『拳銃や小銃ではなく、より以上の威力の火器で完全に粉砕すべし』
そして、二つ目の戦訓……。
残る2体の魔族は、早々に仲間を一人失った事で驚いたのか、次の行動に移るのが遅れる。
その瞬間を逃すまいと、甲太郎は地を蹴った。
狙うは『G-2』、石剣を持つ魔族。
15メートル近い距離を一瞬で詰めながら、彼は左のウェポンコンテナからマチェットを抜刀する。
……クリーチャーには創傷は無意味、いくら傷つけようと、すぐさま再生されてしまう。
だが、このマチェットは『ただの刃物』ではない。
石剣の魔族に肉迫し、大上段に振り上げられた左手のマチェット。
その刀身は赤熱化していた。
そう、二つ目の戦訓は『火器での攻撃が困難な場合は焼き払うべし』、だ。
体組織の再生を阻害するため、対象を焼き焦がしながら切断する、対クリーチャー用近接兵装『ヒートマチェット』。
これもアンチマテリアルピストルと同じく、掌の接触端子から電力を供給し、刀身を発熱させている。
マグマの様に赤い刀身が振り下ろされる、魔族はとっさに石剣で受け止めようとするが、その石剣すら叩き斬り、灼熱の刃が魔族の右肩に食い込んだ。
「ギェアアァァァァァァァ――――――――ッ!!」
肉の焼ける音と、それを掻き消すほどの絶叫が辺りに響く。
言葉を持たないとされる無言の種族、魔族の口から迸る叫び声。
王国軍の兵士達は、それが断末魔の叫びであると直感的に悟った。
甲太郎は、勢いのまま振り抜くのではなく、数秒をかけて押し潰すように刃を進める。
出血する暇もなく、皮膚も内蔵も、切断面が焼かれ、炭化していく。
その時『G-3』……、石鎚を持つ魔族が、その得物を甲太郎に振り下ろす。
甲太郎は『G-2』を斬り付けたまま、アンチマテリアルピストルを持つ右手の手甲でそれを受け止めた。
まともにヒットすれば、生身の人間など挽肉になりそうな石槌の一撃を、『ガァンッ!』という音と共に受け止める。
EOSの装甲は対戦車榴弾の攻撃にも耐えるのだ、ただの打撃武器では傷一つ付けられない。
アーベルが石斧の魔族にそうした様に、『G-2』の右肩から左わき腹へ、袈裟懸けにヒートマチェットを振り抜く。
『G-2』が倒れると同時に、甲太郎は受け止めていた石鎚を払い除け、『G-3』に蹴りを見舞った。
王国軍の兵士達が形成する輪のほぼ中央に蹴り飛ばされた『G-3』は即座に立ち上がり、しかし甲太郎に襲い掛かることはせず、周囲を窺い始める。
事ここに至り、自身と甲太郎の力の差を理解したらしい。
ルーカス将軍の推測通り、この魔族が斥候の役割を担っているのであれば、次にとる行動は『逃走』だ。
クリーチャー化し、強化された魔族を容易く屠る『黒い戦士』の存在を、何としてでもヘレネア山の本隊に伝えなければならないのだから。
「救護要員ッ! 負傷者を回収し後退、治療に当たれッ!!」
甲太郎と魔族の位置が入れ替わった機を逃さず、ルーカス将軍が負傷兵の回収と治療を命じる。
甲太郎を警戒しながら、数名の兵士が負傷兵を回収し、輪の外へ下がってゆく。
無理も無い……、王国軍の兵士達からすれば、魔族も甲太郎も、得体の知れない存在なのだ。
だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
(最後の1体……。逃がしはしない、確実に仕留める)
アンチマテリアルピストルとヒートマチェットは、クリーチャー化した魔族に十二分に通用することが確認できた。
そして最後にもう一つ、通用するかどうか確認しておきたい武装があった。
甲太郎は、左右の手に握る武器をそれぞれコンテナに格納し、無手となる。
周囲の兵士達がざわめく。
逃走の機会を窺っていたG-3も、甲太郎の意図をはかりかねているのか、彼に注意を向けている。
「EOS、右腕コンデンサ最大充填」
甲太郎は戦闘サポートAIに命じる。
EOSのメインバッテリーから、右手の大容量コンデンサに大量の電力が流入し始める。
逃走するつもりなら負傷を覚悟し、無理矢理にでも包囲を突破するべきだったのだ……、創傷などすぐさま再生するのだから。
だが、G-3は甲太郎に注意を向けた。
<右腕コンデンサ、充填量閾値オーバー>
右手の甲に内蔵された大容量コンデンサ、そこから青白いスパークが迸る。
<プラズマ・ディスインテグレイター、使用準備よし>
この瞬間、G-3は逃走の機会を失った。
甲太郎はEOSのフルパワーで踏み込む。
石剣の魔族に接近した時よりもさらに速い。
2人の間の距離が一瞬で消失し、甲太郎は青白い光を纏う拳を、G-3に叩き付ける。
『プラズマ・ディスインテグレイター』、その名の通り、プラズマを纏わせた拳を相手に叩き込む、対クリーチャー近接戦闘の切り札である。
■ ■ ■
その瞬間、白い閃光が辺りを包み、轟音が身体を芯から震わせた。
あまりの光量に直視できない。
目の前に手を翳し、さらに目を細めながら、『まるで落雷だ』とリューカは思った。
光が消え、そこに残っていたのは、拳を突き出した姿勢で静止する甲太郎と、魔族の『足』のみ。
大腿部から上は、欠片すら残さず消し飛んでいた。
残された足が『ゴロン』と地に倒れると、甲太郎は構えを解き、自身が倒した3体の魔族の死体を見やる。
これもまた異常な事だが、3体の魔族の死体は既に腐り始めていた。
分からない事だらけだった、魔族の事も、……彼の事も。
先程までとは打って変わって、辺りは静寂に包まれている。
その静寂を破り、リューカは彼に歩み寄る。
『落雷』の残照か、青白い燐光に照らされて佇む黒い戦士。
彼が再び異国の言葉で何事か呟くと、その姿は陽炎に包まれ、黒い鎧は溶けた様に消え失せて、黒髪黒目の見慣れた青年が現れた。
「コータロー……、お前に聞きたい事がある」
リューカは今まで見せたことの無い険しい表情で、目の前の青年に話しかける。
「自分も……、皆さんに話さなければならない事があります」
甲太郎もまた、何かを覚悟したような表情でリューカに答えた。




