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ホライゾンゲート  作者: 大野 タカシ
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第13話 遭遇戦

 竜車での移動は順調に進み、目前の丘陵地帯を抜ければ、街道上最北端の集落とアードラ要塞が見えてくるという所で日が沈み、この道程でおそらく最後となるであろう野営が行われていた。


 夕食も済み、見張りに立つ者以外は気ままに過ごす……、そんな時間帯。


 リューカは王族専用に設営されたテントに戻り、アーベルとフランも護衛のために、王族専用テントに併設された自身のテントに向かった。


 そして、一人になった甲太郎は野営地から少し離れた川辺に立っていた。

 兵士達の会話から、近くに川があると聞きつけて、身体を拭き清めるためにやってきたのだ。


 「欲を言えば、お風呂に入りたいんだけどなぁ……」


 誰にとも無くぼやく甲太郎。

 彼は潔癖症という訳ではない。

 山中でのサバイバル訓練などで、数日間泥や(ほこり)にまみれて活動することなど頻繁(ひんぱん)にあった。

 だが、そういった状況の後、湯船に()かって汚れと疲れをとる時間は、彼にとって至福のひと時なのだが……。


 「異界(ここ)はガスも水道も無いしな……。仕方ない」


 能力(ミスティック)の存在や生態系の違いなどがあるため一概には言えないが、この『異界』は、地球で言えば近世末程度の社会水準にあるようだ。

 そのため、電気はもちろん、ガスや水道といった社会インフラは存在せず、辛うじて、一部の都市に上水道が整備されているのみだ。


 ただ、能力(ミスティック)の存在が関係しているのか、『公衆衛生』に関してはある程度進んでおり、平民は井戸水や川で水浴びを、貴族や富豪はバスタブに湯を溜めて身体を清めるのが一般的であるようだ。


 ちなみに、王族専用のテントには小型のバスタブがセットになっていると聞いたときには、甲太郎は心底羨ましく思ったものだ。

 

 ……そんな訳で、ここ数日間満足に身体を洗っていない甲太郎は、手拭い代わりの布切れを握り締め、川辺に立っているのだった。

 

 「さっさと済ませるか」


 甲太郎は手頃な茂みの影に入ると、マントと服を脱ぎ、水を絞った布で身体を拭いていく。

 石鹸は無いが、これだけでも大分さっぱりした。

 一通り身体を拭き終わり服を着る。

 トランクスを身に付け、ズボンに足を通した時、背後の茂みから『ガサリ』と音がして、甲太郎は振り返った。


 「へ……?」


 そこに立っていたのは、銀の髪をポニーテールにした少女。

 焚き火の明かりも届かないが、月明かりだけでもその表情を(うかが)う事が出来た。


 少女……、リューカは、甲太郎が居るとは思っていなかったのか、目を丸くして驚いている。

 (ひるがえ)って甲太郎は、ズボンをはいている途中、上半身は裸のまま。

 

 リューカの目じりに瞬く間に涙が溜まって行き、そして……。


 「ふぇ……ッ」

 「泣きたいのはこっちだ――――――――ッ!」


 甲太郎の叫びが響き渡った。



■北部街道沿い、魔族討伐軍野営地、王族専用テント前


 あの後、甲太郎の叫びを聞きつけた兵士達とアーベル、フランが現場に駆け付け、ちょっとした騒ぎになった。


 アーベルが剣を抜いて甲太郎に詰め寄り、リューカとフランがそれを押し留め、『何事か?』と顔を覗かせたルーカス将軍に事情を説明し、その場はなんとか解散となったのだが……。


 甲太郎とリューカは、王族専用のテントの前に立たされていた。

 直立不動である。


 目の前には、険しい表情のフランと、いまだ甲太郎に敵愾心アリアリと言った様子のアーベルが立っている。


 「姫様、テントを抜け出したこと、何か申し開きはありますか?」

 「ぐぬ……、いやその……、ちょっと散歩をしたかったと言うか……」


 叱るフランと、言い訳をするリューカ、それを見守るアーベル。


 アーベルのクルス家と、フランのギャレット家は共に大貴族であり、王家との繋がりも深い。

 故に、歳の近いこの3人は、幼い頃から仲が良い……、所謂(いわゆる)幼馴染だった。


 17歳のリューカとアーベル、そして1歳年上のフラン。

 子供の頃から、フランがまとめ役となって、いつも3人一緒に行動していた。

 そのため、リューカもアーベルも、『お姉さん』であるフランに頭が上がらないのだ。


 そんな話をリューカから聞いていた甲太郎だが、実際にフランがリューカを注意している様を目にすると、『面白い関係だなぁ』と、思わざるを得ないのだった。


 甲太郎がそんなことを考えていると、フランが彼に話しかける。


 「ところで、何故コータローさんまで姫様と一緒に起立しているのですか?」

 「え? いや、何と言うか……、アーベルさんが凄く睨んで来るので、そういう流れかなぁと思ったんですが……」

 

 フランがアーベルを見やると、彼は『ぷいっ』とあからさまに顔を逸らした。


 「はぁ……。姫様もアーベルも、もっと隠忍自重して下さい」


 フランは2人に注意すると、再度甲太郎に声をかけた。


 「コータローさんは、何か問題はありませんか? 特に、精神的に」

 「精神的……、ですか?」


 フランの言わんとする事が理解できず、甲太郎は疑問を口にする。


 「事前に説明しておくべきでしたね……。実は、姫様は幼少の頃から、何かと騒ぎに巻き込まれたり、ご自身で騒ぎを起こす事が多いのです」


 『トラブルメーカー』や、『トラブル巻き込まれ体質』という言葉が甲太郎の脳裏に浮かぶ。


 「成る程。それは……、勇者ですね」

 「貴方の『勇者の定義』に疑問が湧いたのですが、それは置いておくとして……。その『騒ぎ』の中には、今回のような異性の着替えを覗いてしまうといったものも含まれるのです」


 『ラッキースケベ体質(加害者側)』か、迷惑極まりないな……、と、被害を(こうむ)った甲太郎は思う。

 だが、それと同時に、リューカが勇者であると言う確信が芽生えた。


 「それは……、ますますもって勇者ですね」

 「一体勇者を何だと思っているのだお前はッ! 一度お前の『勇者の定義』と私のそれとを、じっくりすり合わせする必要があるようだな!」


 リューカがジト目で甲太郎を睨むが、フランは変わらず説明を続ける。

 

 「先々月にも、姫様は王城の男性更衣室に、誤って踏み入ってしまい……」

 「ッ!? 待てフラン、その話は――――ッ!!」


 フランが話そうとしているエピソードは余程のものなのか、リューカが止めに入るも、栗色の髪の女兵士は全く動じない。


 「たまたま一人、着替えをしていた新兵が姫様に全裸を見られてしまったのです」

 「あああああああああああああああッ!」


 リューカは腕をばたつかせ、大声を出して邪魔しようとするものの、何故だろうか、フランの声は良く通った。


 「見ての通り、姫様はこの容姿です。その新兵はそれはショックだったようで、そのまま教会に……」

 「へ? 教会!?」


 意外な単語の登場に甲太郎は驚き、嫌な予感が膨れ上がった。

 ショック死して教会で葬儀を行ったのだろうか、それとも……。


 甲太郎の脳裏に、『教会』、『病院』、『心的外傷』、『隔離』等々、サスペンスやホラーを想起させるようなワードが、伝言ゲームのように浮かんでは消えてゆく。


 「精神修養をすると言って軍を辞め、教会に出家してしまったのです」

 「ああ、そういう話でしたか」

 

 怖い話じゃなくて良かったと、甲太郎は胸を撫で下ろした。


 「将来有望な者だったのですが……、惜しい人材を失いました」

 「……頼むからこの話題はもう止めよう、誰も幸せにならんだろう」


 目を伏せ首を横に振るフランに、リューカは力なく、そう懇願する。


 「そのような訳で、コータローさんも、その新兵のようにならないか心配だったのですが……」

 「あー……、自分は大丈夫です。どっちかというと、姫様の方が大丈夫じゃない感じですけど……」


 リューカは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでいた。


 「明日には元に戻ります」

 「……うわぁ」


 王族だろうとバッサリ斬って捨てるフラン。

 この人だけは怒らせまいと、甲太郎は固く誓う。


 そんな時、野営地の西側から、兵士達の騒ぐ声が聞こえてきた。


 「何だ?」

 「騒がしいですね」


 アーベルが怪訝(けげん)な表情を浮かべ、フランがそれに応じた。

 すると、兵士達の喧騒(けんそう)に、『ピィィィ――――ッ』という甲高い笛の音が混じる。


 「これは、敵襲!?」


 アーベルが身構え、しゃがみ込んでいたリューカが立ち上がる。

 

 「皆、行くぞッ!」


 先程までの様子と打って変わって、凛とした雰囲気を身に(まと)ったリューカが号令をかける。


 甲太郎達は、笛の音に向かって一斉に走り出した。



■北部街道沿い、魔族討伐軍野営地西側


 現場に駆け付けた甲太郎達が目にしたのは、兵士達の『壁』だった。

 大きな岩の前で、数百人の王国軍兵士が二重三重の半円を形成し、何者かを取り囲んでいる。

 そして、兵士達を指揮するルーカス将軍の大音声が響いていた。


 「全員、迂闊(うかつ)に手を出すなッ! 弓兵と遠距離を狙える能力者を配置しろッ! 射線の確保を(おこた)るなよッ!!」


 その声を頼りにしてルーカス将軍の下に駆け寄っていくリューカ、甲太郎達もそれに続く。


 「遅れて申し訳ありません。将軍、これは……?」


 リューカ達の姿を確認すると、ルーカス将軍は大岩を……、いや、大岩を背にして立つモノを示す。


 「姫様、あれが『魔族』です」

 「魔族ッ! そんな、こんな所でッ!?」

 「恐らく、アードラの防衛線を()(くぐ)ってきた偵察隊でしょう。数は5体、2体は既に仕留めましたが……、お気をつけ下さい、あの3体は『異常』です」


 ルーカス将軍は、軍人然とした厳しい表情で告げる。


 「異常……?」


 リューカは、指し示された魔族3体に視線を移し、甲太郎もそれに(なら)う。


 既に10名ほどの王国軍人が(たお)れ伏し、その中に2体の魔族の死体も確認できる。

 蝙蝠(こうもり)のような大きな耳、発達した鼻、大きく裂けた口、そして細身の身体。

 それが、書物に描かれた姿であり、2つの死体が(さら)す姿であり、甲太郎が魔族を『餓鬼やゴブリンに似ている』と感じた所以(ゆえん)であった。 


 だが、残る3体の魔族は違った。

 みすぼらしい貫頭衣(かんとうい)から覗く手足は明らかに肥大し、まるで丸太のようになっている。

 牙や爪も発達しており、死んだ魔族のものと比べ、牙は倍近い長さになっている。

 特に犬歯に当たる歯の発達は凄まじく、まるで剣歯虎(サーベルタイガー)のようだ。


 確かに異常だった。

 だが……、甲太郎はその『異常』に対して、他の王国軍兵士とは違う、対テロ即応特務隊(CTRaS)の隊員としての疑念を抱いた。


 (筋肥大に、爪や牙の異常発達……。まさか……)


 そして、ルーカス将軍がさらにリューカに語った言葉が、甲太郎の疑念を確信に近づける。


 「身体能力が異常なだけではなく、手傷を負わせても、瞬く間に再生してしまうのです。決して油断されませんように」


 (強力な自己再生能力……。そんな、まるで……『クリーチャー』じゃないかッ!)


 甲太郎がそんな疑念を持ちつつ、魔族を凝視していると、兵士の一人が叫んだ。


 「おいッ! あいつ等まだ生きてるぞッ!!」


 その兵士が指差す先、倒れている王国軍兵士の内3名が、魔族の足元から離脱しようともがいていた。

 そして、その兵士達に止めを刺そうと、魔族がその手の石斧を振り上げた。


 「させるかッ!!」


 そう叫び、飛び出したのはアーベルだった。

 その尋常ならざる速さに甲太郎は驚く、EOS(エーオース)に匹敵するほどの速度だ。


 「なッ……、早い!!」


 甲太郎の驚愕に答えたのはリューカだった。


 「あれがアーベルの能力(ミスティック)だ。『身体能力強化』、自身の運動能力を飛躍的に高める力だ」


 リューカの言葉が終わるよりも早く、アーベルは魔族に接敵し、振り下ろされんとする石斧を、抜剣の勢いのまま打ち払う。

 さらに、返す刀で石斧の魔族を袈裟懸(けさが)けに切りつけた。


 だが……。


 「アーベルッ! まだですッ!!」


 フランが叫ぶ。

 アーベルに斬られた魔族は倒れず、その傷口は蒸気を吹き出しながら、急速に再生してゆく。

 そして残りの魔族が、それぞれ石剣と石槌(いしづち)を振り上げる。


 「くそッ!!」


 アーベルは咄嗟(とっさ)に、生き残った3人の兵士のうち一人の襟首をつかむと、そのまま飛び退(すさ)る。


 「フランッ! 負傷者を頼むッ!!」

 「分かりました!」


 リューカがフランに何事か命じると、フランはアーベルが連れてきた負傷者の傷に手を当てる。

 すると、途端に出血が収まり、傷口が塞がって行く。


 「これがフランの能力(ミスティック)、『治癒(ヒーリング)』だ」


 甲太郎の疑問に先回りするように、リューカが説明する。


 「治癒(ヒーリング)って……、まさか、死者を蘇らせたりは……?」

 「流石にそこまでは出来んよ。よしんば出来たとしても、死者の復活など、神がお許しにならんだろうさ」


 眼前の魔族は、クリーチャー化している可能性が高い。

 死者の復活を望んだ狂人、芹沢栄治(せりざわえいじ)博士が生み出した化物(クリーチャー)


 リューカの言葉を聞き、甲太郎は安堵(あんど)する。

 死者は蘇ってはならない、それは、『生』を無価値にする事に他ならない。


 「あいつ等、またッ!!」


 アーベルが叫ぶ。

 生き残りの兵士2人に止めを刺すべく、再度魔族が武器を振り上げた。


 「弓兵ッ!」


 ルーカス将軍が弓兵に射撃命令を出そうとしたその時、『バンッ!!』と、一発の破裂音が響いた。


 同時に、石剣の魔族の胸部から血が吹き出す。


 3体の魔族……、そして王国軍人たちも動きを止め、『何が起こったのか』と、辺りを見回す。

 そして、皆の視線が一人の人物に集まる。


 リューカ、アーベル、フラン、そしてルーカス将軍……、皆一様に驚きの表情を浮かべている。

 9ミリ拳銃の発砲音を至近(しきん)で耳にしたのだ、無理も無い。


 「コータロー……?」


 リューカが甲太郎の名を呼ぶ。


 その声に答える様にリューカを一瞥(いちべつ)すると、甲太郎は9ミリ拳銃をホルスターに戻し、三体の魔族に向かって歩き出した。


 「全員下がってくださいッ!!」


 周囲の王国軍兵士に注意を(うなが)しながら、彼は左手でマントを脱ぎ捨て、右手首の起動(イグニッション)ドライバを口元に寄せる。


 「EOS(エーオース)起動! 変身ッ!!」


 甲太郎は高らかに叫ぶ。

 それは、EOS起動の合言葉(コマンドワード)であると同時に、敵対する者への宣戦布告でもある。


 彼の身体を陽炎(かげろう)が……、そして、黒の装甲服が包み込む。


 王国軍の兵士達が見守る中、異形の戦士が顕現(けんげん)する。


 たとえ世界を(たが)えども、相手がクリーチャーであるのなら……。

 そして、裏で『あの男』が糸を引いているのなら……、それを滅するのが彼の『使命』。


 ――――――そこに、一切の誤謬(ごびゅう)は無い。

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