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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

村に現る黒い影

作者: 夢幻の歌い手

森の中にひっそりと、何かを恐れるように集められた家々。

日が沈んでからは家を出ることは原則禁止となっているそんな村があった。



カーテンの隙間から眩しい光がベッドへと伸びる。

そんな光に起こされたのは


「今日も生きている……な」


ベッドから這い出し、白いシャツに袖を通す。

春に晴れて高校生となった俺は毎朝起きると自分の体を見るようにしている。

そんなことが習慣になったのは去年の夏だった。




俺たちの村の近くにはもう一つ村があった。

小さな村ではあったが、村人同士が助け合い平穏に暮らしていた。

そんな平穏が壊されたのは突然のことだった。


家族が寝静まる深夜、いつもと同じように狩人が村を出て森に入った。

少しずつ減っていく食糧の確保に来たのだ。

迷わないように昼間につけた印を確認しながら森の深くへと入り込む。

そんなとき狩人の前に1匹の少し小さめのうさぎが通った。

瞬時に弓に矢をつがえ射った。

その矢は見事命中し、しばらくするとうさぎは絶命した。


「すまんな……」


少なからず申し訳ないという気持ちがあり、狩人は合掌をした。

その後も森の中を歩き回るが、獲物は見当たらない。

家族に心配をかけないように起きる前に家に戻らなくてはならない。

そうして狩人は帰路についた。

そんな時、すぐそばの草むらがガサガサと怪しげな音を立てた。


狩人はうさぎの時と同様に弓を構えて獲物が出てくるのを待った。

静かに弓を構えてどれだけの時間が経っただろうか。

獲物が去ったと思い、弓を担ぐと同時に草むらから自分と同じかそれ以上の大きさの四足歩行の何かが襲いかかった。


人狼――村人はそう言っていた。

見るも無残な姿となってしまった身体を翌日村人が発見したらしい。



人狼に噛まれたら生きてなどいないだろうが、なぜか確認をしてしまうのだ。

近隣の村が襲われた以上、いつ俺達の村に来てもおかしくはない。


(りょう)(けい)くんが迎えにきてるわよ〜」


中村(なかむら) (けい)は俺の幼馴染み。

寝坊をよくする俺を毎朝迎えに来てくれる。


「あー今行く」


返事をすると、急いでネクタイを締め紺色の上着を手に取って階段を降りる。

いくら人狼の脅威があるとはいえ、学校はある。

急いで準備をし、玄関へ行く。


「悪い、遅くなった」


「いつもよりは早いから構わねぇよ」


「行くか」


森を数百メートル入ったところに学校はある。

家と家はそれほど離れてはいないため、村人同士の仲も良好だ。

京が思い出したかのように、俺に話しかける。


「どうせ聞いてなかっただろうが、今日転校生がくるらしいぞ」


「へぇー、わざわざこんな所にか」


「まぁ、色々あるんだろ」


その時はさほど気にはしていなかった。

人狼の被害を受けた村がすぐ近くにあるこの村に好んで来るやつなどいなかった。

商人などもぱったり来なくなってしまったこの村にくる変わり者ぐらいに思っていたのだ。



「転校生してきた、青井(あおい) 千草(ちぐさ)です。よろしくお願いします」


黒く艶やかな髪を腰まで下ろし、前髪を軽くピンで止めた目立つタイプではなさそうだがそれなりの美少女。

転校してきた理由を言わない辺り訳ありだろうか。


「席は……河西の隣が空いてるな。河西、色々頼むぞ」


そして、良くか悪くか転校生は俺の隣だった。

俺が返事をすると転校生は俺を見て小さく笑った。

身長はそれなりにある模様。


「俺は河西(かさい) (りょう)


河西 涼…と小さく呟く転校生。

覚えようとしてくれているようだ。


「さっきも言ったけど、私は青井 千草」


「あぁ」


それ以上会話が発展することはなく、俺も転校生も前を向き授業に集中した。

そんな静かな時間も休み時間になると終わりを告げる。


「青井さん、俺は中村 景。涼の友達な」


美人センサーならぬものを持っている景は、俺の友達と言い転校生とのコミュニケーションを図っていた。

転校生もチラッと俺を横目で見てから景を見た。


「青井です。よろしく」


「千草ちゃんって可愛いよね〜。彼氏とかいるの?」


さらっと下の名前で呼ぶ景が眩しく見えた。

いや、軽いだけだが。

最初の質問が彼氏って……転校生が反応に困るだろう。

何も答えない転校生に助け舟を出す。


「景、転校生に何聞いてんだよ」


「えーだって気になるだろ?これだけの美人に彼氏がいるのか」


「河西くんは……河西くんは気になりますか?」


ふいに話題を振られる。

転校生の顔が多少赤いような気がした。


「あ、いや……「気になるよな?」…まぁ」


「そうですか…。彼氏はいません。気になっている人はいますが……」


「なるほどなぁ。そういうことか」


ニヤリと怪しい笑みを俺に向ける景。

何を理解したのかまったくわからない。

転校生に目を向けると…


「転校生!顔赤いけど大丈夫か?」


「千草です」


「知ってる」


下の名前が千草と言うのはさっき聞いた。

それがどうしたのか俺にはわからず頭にハテナを浮かべていた。

そんな俺に見かねてか景が口を挟んだ。


「名前で呼べってことだろ?お前さっきから、転校生転校生言ってるからな」


コクコクと頭を上下に振る転校生。

意識はしていなかったが、名前で呼べと言われて拒む理由もなかった。


「で、千草、大丈夫か?」


「はっ、はい」


「俺のことも名前でいいよ。敬語もいらねぇし」


「ついでに俺もね」


俺の言葉に便乗するように景が言葉を放つ。

千草は笑顔で頷いた。

いきなり新しい土地に来たんだ。

友達ができて嬉しいのだろう。


その日から千草は俺達と行動を共にし、森で遊んだり、お泊り会もした。

俺が熱を出したときには景と千草が御見舞いにきてくれたりもした。

俺達はまるで幼馴染みのように仲良くなった。


だが、近くに存在していた村と同じように俺達の平穏は簡単に崩れた。


俺が目を覚ましたのはまだ朝日が昇り始めて間もないころだった。

窓の外からは大人の大きな声がしていた。

何事かと思い、俺はパジャマのまま外へ出た。

声がする方には多くの大人が集まり人混みができていた。

普段ならばまだ寝ている人も多いこの時間。

こんなにも多くの人が集まっていることは珍しかった。


興味本位で大人たちの間をすり抜け、人混みの最前列へと出る。

俺がそこで見たものは――


「涼、子どもにはまだ早い」


隣の家のおじさんが俺の腕を引っ張る。

だが、それだけではもう目に映ったものは消えなかった。


「これ……」


「人狼が街に入った。みんなに連絡しろ」


俺は目の前のモノを理解出来ず、ただ立ち尽くしていた。

身体の各所から血が出ており、そのモノには頭がなかった。

人狼…これが人狼の仕業だって言うのかよ……。

自然と涙はでなかった。

悲しみよりも怒りが大きく、俺の感情を蝕んでいく。

頭がなくとも誰かはわかる。

ずっと一緒に育ってきたのだから。

こいつが何をしたって言うんだ。

言動とフットワークが軽くて誰とでもすぐ仲良くなっちまうこいつが……。


「景……」


覚えのある声に反応し、顔をあげる。

少し白髪が入った黒い髪を肩のところで緩く結う景の母親……。

景を女手一つで育ててきたおばさんの目にこの光景はどんな風に映っているのだろうか。

小さいころから一緒だった俺ですら胸が張り裂けそうなのに、おばさんはそれ以上に辛いだろう。

目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

景は体の弱ったおばさんの薬草を取りに家を出ていたらしい。


「おばさん…景は幸せだって言ってたよ。俺は父親はいないけど、代わりに母さんがいるっていつも言ってた」


景の口癖だった。

母さんがいてくれるだけで俺は幸せだ。

おばさんにとっても景にとってもお互いが心の支えだったのだ。


「ありがとう…ありがとう……。涼くんは景の分まで生きてね……」


「はい……景の分も俺と千草が生きます…」


千草は俺の中で景と同じかそれ以上に大切な存在になっていた。

景と千草が話していると無駄にイラついた。

きっとこれが恋なのだろう。

また、景も同じように千草に恋をしていた。

あいつの分も千草を守ってやらなければならない。

そんな気持ちが芽生えていた。

一度家に戻ろうと思いおばさんに背を向けると俺の視界には――


「千草……」


「村の人が…景が殺されたって……それで私…」


千草は小さい肩を震わせ泣いていた。

村中に知らせられた景の死と人狼の出現。

そっと千草を抱きしめ背中をさする。


「死んじゃったよ……あいつの分も俺達が生きなきゃ」


「うん…うんっ……」


返事をしながらも千草は泣き続けた。

泣くことで景の死を忘れられたらいいのに。

千草から人狼の不安や友を失った悲しみを取り除いてやれればいいのに。


その日は景が死んだことで臨時休校となった。

大人たちは集会所に集められたため、暗くなる直前まで話し合いをするのだろう。

俺はまだ子どもと見なされ、家で1人天井を見ていた。

こうやって大人が集められた日はいつも景と一緒に互いの親の帰りを、時にはいたずらをして待っていた。

ただ、その景はもういない。


――コンコン

音が響く。

外出が禁止されている今家のドアが鳴ることはまずない。

心臓がドクドクと音をたてる。


「りょーう、私ー」


「千草!?」


慌ててドアを開くとそこには見知った千草の姿があった。

とりあえず家にあげ、ソファに座らせる。


「外出禁止のはずだけど?」


「いや、一人でいると怖いじゃん?どうせ近くだし……景のこともあるし涼のところ来たんだ」


確かに一人はあまりいいものではないが、人狼が出たという今日に外を出歩ける千草も只者ではないと思った。

それに俺は規則は守る人間だ。

家を出るなと言われれば出ることはない。


「千草って案外怖がりだよな」


「案外って何よ!失礼な」


身長もそれなりにあり、考え方も行動も下手な男子よりも千草の方が男っぽかったりする。

だが、やはり怖がりなところは流石女の子と言ったところ。


「今日は泊まっていけば?危ないし」


「うーん…でも悪いし…」


「こんな日の夜は更に一人でいたくないだろ?」


両親はおらず、一人暮らしの千草。

一人で人狼の恐怖に勝てるとは到底思えない。

俺の両親は千草に関しての理解もあり、泊めてもとやかく言うことはない。


「じゃあ…お言葉に甘えて。でも、今日は部屋別々だからね!」


「いつも一緒みたいに言うな」


同じ部屋で寝たことなど一度もない。

強いていうなら景と千草とお泊り会をして景と俺が同じ部屋で寝るくらいだ。

外に誤解を招くような言い方はやめてほしい。

実際千草と寝られたらと考えたことがないわけではないが。


夜には俺の部屋で景についてや人狼について語り、千草は俺の部屋で眠りについた。

千草用に母さんが用意してくれた部屋で眠りについたことは今まで一度もない。

毎度眠った後に俺が部屋に連れていくのだ。

好きな人の寝顔……神様はなかなかの試練を与えるものだ。


部屋の奥にある白いベッドに千草を置き、毛布をかける。

ドアを閉める前に小さな声でおやすみと言う。

いつも通り。いつもと変わらないのだ。

変わってしまったのは、自分の部屋に戻ったときに景が俺のベッドを占領していないことだけ……。


涼達は外が暗くなる前に眠りへついた。

親が帰ってきても目を覚ますことはなかった。

深い深い眠りはこれから起こることを子供から隠すためのものだったのかもしれない。


俺は人の気配を感じ静かに目を開けた。

眠い目は完全に開くことはなく、目の前にいた人をぼんやりと見ることしかできなかった。

俺に見えたのは千草らしき人影。

だが、千草も隣の部屋で眠っているはずだからこそそれは夢だったのかもしれない。


再び目を覚ましたのは明るくなってからだった。

身体を起こすも昨日の光景が目の前に浮かび、上手く足を床につけることができなかった。

外に出るとまた見るに耐えない姿となった景がいるのではないかと思ってしまうのだ。


ドアを見つめていると、ふいにそのドアが開け放たれる。

そこからは


「涼っ」


「千草か……」


「誰だと思った?」


景が生きていて俺を起こしに来てくれたのかもしれないと思った。

景が死んだことは悪い夢だったんじゃないかと。

ただそのことを口に出すことは俺にはできなかった。


「別に……」


「何を考えてたかくらい分かるけどさ…。切り替えていこうよ。景は死んだけど私がいるからさ!」


確かに景がいなくなったが、千草がいるから1人になってしまったわけではない。

千草だってきっと寂しいのだろう。

でも、俺を元気づけようと無理して笑っているのだ。


「あぁ……そうだな」


千草の頭を優しく撫でると彼女はふわっと笑った。

その笑顔は昨日のことをなくしてくれるかのようだった。

しかし、俺はある事に気がついた。


「腕……どうした?」


えっと声を漏らし千草が自分の腕を見る。

千草の腕には赤い血がついていたのだ。

その腕を背中の方に隠しながら千草は少し困ったように


「起きたときに引っ掻いちゃってさ…ドジだよねー」


引っ掻いた?

完璧に見えるが頭のネジが数本足りない千草ならありえるかもしれない。

少し大きめの傷だったので、俺は千草に絆創膏を手渡した。


「ちゃんと消毒してからはれよ」


「うん。ありがとう。じゃあ、ちょっと消毒してくるね」


千草はそう言い俺の部屋を出て行った。

一体何をしたかったのかはわからない。

だが、仮にも女の子だ。

傷痕が残らないように処置はしておいた方がいい。


今日も学校は休校で俺は黒いシャツに袖を通し、家族のいるリビングへと行った。

いつもは両親がイチャイチャしているのだが今日に限ってはとても静かだった。

それも父さんの姿はなく、母さんが窓の外を見つめていた。

俺がリビングに入ってきたことに気づくと、ゆっくりと俺の方を見た。


「涼……」



声には覇気が全くなく心ここにあらずという状態だった。

俺は疑問に思い、母さんに近寄る。


「父さんね……人狼に食べられちゃったの」


「え……?」


父さんが食べられた……?

人狼は夜しか徘徊しないはずなのに……どうして父さんは外にいた?

父さんは規則を破るような人ではない。

ではなぜ?


「昨日の集会で、夜から見回りをすることが決まったの。それで父さんは……」


「なんで父さんが……」


景続き肉親を失った。

このままでは母さんや千草まで失ってしまうのではないかとさえ思ってしまう。


「景くんの身体…覚えてる?」


「忘れようとしても忘れれるもんじゃないよ」


あの姿は普段の景とは打って変わっていた。

大切な仲間であった景がいなくなった時のことをいくら頭から消そうとしても、やはりあの姿は消えないほどに衝撃的だったのだ。


「父さんにも頭がなかった……」


以前、人狼の話を聞いた時に知ったことがあった。

人狼は人間の頭を好んで食べる。

それは人間の持つ知能を吸収しようとしているからだと。

父さんがいなくなった悲しみに浸る俺と母さんに、いつの間にかいた千草が声をかける。

「涼、おばさん、私今日からここで暮らしてもいいですか?」


「えっ?」


「少しでも人がいた方がいいかなって…。私も一人でいたくないですし……」


「そうね…いいわよ。今日使ってた部屋を使ってちょうだい」


母さんは少し考えたが承諾した。

千草を一人にしておくのが不安だった俺としてもありがたい。

既に俺の心の中では千草は家族の一人だったのかもしれない。


千草は荷物を取りに行くと言った。

いくら日中とはいえ連日人狼の被害が出ているこの村を一人で歩かせるのは友達としても男としても心配だった。

母さんに言いはしたものの、千草は頑なに俺がついて行くことを拒んだ。

何だかんだ言ってまだ千草の家に入ったことはないのだ。


そしてまた今回も「来ないでよ変態」と言う女の子ならではの言葉によって俺がついて行くことはできなかった。

どうしてこんなにも女の子の「変態」という言葉は強いのだろうか。

男が言ったところで大した効力はないが、女は男に充分なダメージを与えることができる。

力では女は男に敵わない。

だからこそ、神が女の言葉にそんな力を持たせたのだろうか。


千草を一人で行かせたもののやはり心配で落ち着いてなどいられなかった。

室内をウロウロと徘徊し、玄関まで行ってはまた部屋に戻るという繰り返しであった。

それ程千草の帰りは遅かったのだ。

自分自身が待たされている身であるために遅く感じただけかもしれない。


帰ってきた千草は両手に溢れんばかりの荷物を持っていた。

果たしてその細い体のどこにそんな力があるのか。


「ごめん、遅くなっちゃった」


「あんまり心配かけんな。荷物、部屋持っていくから」


無事に帰ってきてくれて嬉しいのに、俺は可愛げのないことしか言えなかった。

千草の両手から荷物を奪い取り二階の部屋に運ぶ。

いざ荷物を持ってみると見た目よりもさらに重く本当に千草が力持ちであることがわかった。

何が入っているのか気になりはしたが、女の子のしかも好きな子の荷物を無断で開けることはやってはならないと思い足早に部屋を去った。


その夜も千草は俺の部屋で俺と語り合い、俺の部屋で寝てしまった。

昨日と同じく千草を部屋に運び、自室に戻り自分自身も眠りにつく。

そして昨日と同じく千草が部屋に来るという夢を見る――



「ち……ぐさ?」


昨日よりもかろうじて意識のある今日。

今日もまた外は暗く俺と相手を隠しているようだった。

まるで俺と相手が出会わないかようにしていたかのように。


「………」


ベッドからかろうじてドアの方向に見える人影をぼんやりと見つめる。

相手は何も喋らない。

眠い目を擦る俺……何とも現実的な夢だと思った。


「ずっと……ずっとあなたが好きだった」


「え?」


「初めてあなたを見たあの日から私はあなたに恋をしていたの」


カーテンの隙間から差し込む月光が目を剥く俺の顔を照らしていた。

これで相手からは俺のことが見えているだろう。

だが、俺からはまだ相手の顔は見えなかった。


「あなたが欲しくなった。あなたを私だけのものにしたくなった」


一歩、また一歩とゆっくりと俺に近づいてくる人影。

顔はまだ見えない。

ただ俺は少しずつ恐怖心を抱いていた。

抑揚のない声と部屋の暗さは俺の心をどんどん狂わせていく。


「私にはあなただけいればいいの。他には誰もいらなかった。でもあなたは違ったよね」


ドクドクと俺の胸が怪しく鼓動する。

静かな部屋に自分の胸の音が響いているような感覚に陥る。

この声はやはり――


「千草……なのか?景を殺したのも、父さんを殺したのも……」


「うんっ!そうだよ!」


人を殺したとは思えないほど明るい声だった。

それは殺したことを正当化してるようにも聞こえた。


「だってさ、私は涼がいなくちゃ生きていけないけど涼は私がいなくなってよ生きていけるでしょ?」


「それだから父さんや景を殺したのか?」


「涼から何人もいる大事な人を奪っていけばいつか私だけのものになるでしょう?」


何が悪いのとでも言うかのように無邪気に首を傾げる。

その姿に恐ろしさを覚えた。


「私は涼が好きなの。涼が私を好きじゃなくても涼は私だけのものであるべきなの」


「千草が…俺を?」


「大好き……ううん、愛してるよ。涼の目も鼻も口も髪も声も手も足も…全部愛してる。涼の命も……全部私にちょうだい?」


狂ってると思った。

人によって愛の形は違う。

だからこそ全部を否定できるわけはない。

ただ千草は俺が千草のものになるなら、他がどうなろうと…例え死のうと関係ないと言うのだ。

千草の目には俺しか映っていないのだろうか。


「ねぇ……ちょうだいよ。涼」


俺は生まれて初めて殺気と言うものを感じた。

背筋が凍るような…そんな感覚を味わったのだ。

千草の声はさっきまでの無邪気な甘えるような声とは打って変わり、地を這うような低い声だった。

それは千草といた一年間見た事のなかった姿であり、人狼を思わせるには十分だった。


俺は千草から逃げることを決めた。

千草の目を俺からどうにかして逸らさせ、その瞬間一階にいるであろう母さんに助けを求めようと思った。

幸い千草はドア側ではなく窓側にいるため俺の方が出入口に近い。

ゴクリと唾を飲み込み、言葉を発しようとすると


「逃げようとか思わないで。もうこの村に生きてる人間は涼しかいないんだから」


「……は?」


千草の言っている意味が分からなかった。

いくら小さい村とはいえ、この村には100人程度は暮らしている。

その村の人間を既に全員殺しているとは思えなかった。

事実、昨日までは一人ずつしか殺されていない。


「嘘なんかじゃないわよ。涼にバレないように一人ずつ殺してただけだもの。人間って弱いから張り合いがないのよ。だからもくこの村には涼と私だけ。私達二人の愛の巣になったのよ」


愛の巣だと……。

本当に殺されているなら、ここはもう餌箱の役目も果たさないただの牢獄だ。

この村の生き残り…人間はただ一人。俺だけ。

それなら俺がやることは一つしかなかった。

俺はゆっくり立ち上がり、千草と向かい合う。


「千草……」


「涼………」


名前を呼び合い、距離を縮める。

月光がカーテンの間から俺達を照らす。

千草は少し頬が赤らめ笑顔で両手を広げた。

俺も千草へと両手を伸ばし――


「ごめんな。千草」


千草の細い首に俺の指を絡め、ぐっと力を込める。

人の姿をしているものの首を絞めることに抵抗がなかったわけではない。

だが、一度は愛した女でも村の多くの命の引き換えとはならない。

この女を俺自身の手で葬ることでみんなには安らかに眠ってほしい。


「ざ…んねん………」


その言葉と同時にそっと俺の腕の上に置かれた千草の手に力が入った。

その力は弱まることはなく、そのまま俺の腕の骨を砕いた。

力の入らなくなった俺の手からすり抜け、千草が俺の目の前に来た所で俺の意識はなくなった。



部屋には赤い血が散乱している。

その部屋の真ん中に女が一人、立っていた。

服は血を浴び赤く染まり、腕を滴る血を舐めている。

その女は片腕のない男の身体を軽々と持ち上げ部屋を去る。

そして女は部屋に一つの言葉を残した。




「あなたは死んでしまった。けれど死んだからもう私以外の人のものにはなれないよね。ずっと私がいてあげる」

初のヤンデレ作品はいかがでしたでしょうか。

執筆時間の都合により考えていた描写を全て入れることはできず多少の悔いが残る作品となってしまいました。

ハッピーエンドがモットーの私には厳しい。

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