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Legion  作者: 天津飯
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第1章 第7節  組織と、仲間

「お兄ちゃ〜ん、こっちだよ〜!」

「おい、待てって!」

 何も無い真っ白な世界。そこを走り回る、男か女か分からない中性的な外見をした子供を、同年齢と思しき金髪の少年が追いかけていた。

「待てったら!」

 汗だくで子供を追いかける少年は、全力で走っているのに、一向にその差は縮まらない。

「アハハハハ!――」

 ――そしてその子供は少年の目の前で、光の中へと消えていった。





「…ん……」

 うっすらと開けた目に飛び込んできた、見知らぬシックな木彫の天井。

 アウルは同じく小奇麗な木で出来たベッドから上半身だけ起こした。

 ――今のは、あの時の…。

 脳裏に、善と対峙した時に善を覆う光が体の中に流れ込んできた時に現れた、赤いマフラーの子供の姿が甦る。

 ――あいつは一体誰なんだ?それに、あいつを追いかけていたのは………俺?


「アウルぅ…」

 声のした方―アウルの足元を見ると、アウルに掛けられた毛布の上に頬を乗っけて眠る、美奈がいた。

「美奈?」

「ぅん………あ、アウル!!」

 アウルの声を聞いてゆっくりと起きた美奈は、すぐさまその目に涙を湛え、アウルに抱きついた。

「おい!な、なんだよ!?」

「よかったぁ……アウルが消えなくて…」

「消える?何の事だよ―――」


 バアーンッ!!


 ふいに、そのちょうど病院の個室ぐらいの大きさの部屋に一つだけ取り付けられた金属製のドアを、誰かがものすごい勢いでこじ開けた。

「お兄さん大丈夫〜?……って、生きてるヨ〜!!」

 けばけばしい紫色のなんだかよく分からない花の花束を手に部屋の中へ押し入ってきたのは、ドレッド頭の異常に陽気な黒人だった。しかも着ているのは、アウルと同じ漆黒のスーツ。

「なっ!?」

「ひゃぁ!?」

「オ〜!思った通りのイイ男だヨ!」

 男は花束を握り締めたまま、まるで恋人同士がするようにして、先にしがみついた美奈ごと、アウルの体を思い切り抱きしめた。

「やめろ気持ち悪ぃ!」

「オ〜、ミーはバイだから、男も女もオールOKヨ♪」

「何の話だ!このっ、離せ!!」

 アウルはしばらくの格闘の末、やっとのことで男を引っぺがした。

「ゼェ…ゼェ……だ、誰だお前?」

「オゥ、自己紹介が遅れてたネ!――ミーはゴンザレス。ここの諜報員を務めてるヨ!!」

「諜報員だって?」

 アウルがその男、ゴンザレスの言葉に疑問を持ったその直後――ゴンザレスの後ろから、新たな男が現れた。


「起きたかね。『悪霊』のアウレリエル君」

 男は、アウルやゴンザレスが着るものよりワンランク上の豪華なスーツを身に付け、50歳前後に見える白髪混じりの顔には、整った綺麗な髭を蓄えていた。まるで紳士のようだ。

「2人とも元気そうで何よりだ。それとやはり〈レギオン〉の自然治癒能力は素晴らしいが、〈ホルダー〉も同じくらい回復が早いらしい」

「あんたは…?」

「あ、この人!」

「え?美奈、知ってんのか?」

「うん、前にテレビで見たことある。日本の……ぼ、ぼーえいしょー?……と、とにかくそれの一番偉い人の、鷹峰宗司さんだよ!」

「あぁ!いたなぁ、そんなの!!」

 男は一歩踏み出してゴンザレスの前に立つと、穏やかな笑みを浮かべゆっくりと丁寧に喋り出した。立ち振る舞いから何から、やはり紳士としか思えない。

「いかにも。私はこの日本国の防衛大臣、鷹峰宗司(たかみねそうじ)だ。だが、そうだな……ここでは、『鷹峰本部長』と呼んでくれたまえ」

「本部長?そこの奴も諜報員とか何とか言ってるが、あんたら一体何者なんだ?」

「『あちらの世界』で聞いてなかったのかね?私たちは――」


「――『ロンギヌス』、ヨ♪」


 鷹峰が言うより先にゴンザレスが2人の間に割って入り、怪訝な顔をする鷹峰を尻目に、アウルに向けてにんまりと笑顔を作った。

「〈ロンギヌス〉……そうか、あんたらが」

 更に今度は鷹峰が負けじとゴンザレスの前に一歩踏み出て、2人の前に立った。それはまるで漫才のようで、傍から見ればいいコンビだ。

 しかしアウルはその白髪の紳士に、言い知れぬ何かを感じた。どこか人間離れした、この世のものとは思えない雰囲気を含んでいる何か…。

 アウルの疑いの視線に気づいていないらしい鷹峰は、そのまま話を続ける。

「そう、対ディザスターを目的に発足された秘密組織…『ロンギヌス』。そしてここは、崩壊した新宿の地下にある『ロンギヌス 日本本部』だ。ちなみにこれから、世界中に散らばった全ての〈ホルダー〉と〈レギオン〉を集めての集会があるのだが、それに君たちも出席してもらおう。――ゴンザレス、あれを持ってきてくれ」

「合点承知ネ!」

 ゴンザレスは両の手のひらをパン、と打ち鳴らして大声を上げ、くるりと後ろを向いてさっさと部屋を出て行った。

「集会?一体、何の為に?」

「そうだな…君は既に知っている、ディザスターについての事。我々がこれから成すべき事。そして君にも、我々にも想像し得なかった、イエス・キリストの復活についてだ」

「!?」

 それを聞いた途端、美奈の顔が曇った。

「善君…」

 それを見て、アウルの表情にも陰りが生まれる。

「美奈…」

「…彼と、会ったらしいな」

「ああ。そんで、けっちょんけっちょんにやられたよ。まさかあんな奴が出てくるなんて、聞いてなかったからな」

 3人の間に漂うしんみりとした空気を引き裂くように、ほどなくしてまたハイテンション男、ゴンザレスが帰ってきた。

「ホンブチョ〜!もって来たヨ〜!」

「おお、戻ってきたか。意外と早かったな」

 勢いよく部屋に飛び込んできたゴンザレスの両手には、何やら黒い紙袋が握り締められていた。

「何辛気臭い顔してるんだヨ!……ホラ、お兄さんにはこっち。お譲ちゃんには、こっちだヨ!」

「何だよ、これ」

 アウルが物珍しそうに紙袋をまじまじと見つめている間に、美奈はそそくさと紙袋の中身を取り出した。

「これ…スーツ?」

 それはシワ1つ無い、真っ黒なピカピカのスーツの(様な物)だった。

「我々『ロンギヌス』の、いわば制服だよ。アウレリエル君が『あちらの世界』で貰って着ているのは、本来ゴンザレスのような人間用の物でね。それが〈ホルダー〉と〈レギオン〉の、特注の物だ」

 言われて初めてアウルは、自分と美奈の着ている服が見知らぬ病院用のパジャマのようなものに変わっていたことに気づいた。

「へぇ、なかなかいいじゃねえか」

「すっご〜い♪」

「気に入って貰えたようで結構だ。さあ、早くそれに着替えてくれたまえ。そろそろ集会が始まる時間だ。君たちが着替え終わった頃に迎えに来るよ。では…」

 それだけ言うと鷹峰は、いそいそと部屋の外へと出て行った。

「お譲ちゃんは、ミーが更衣室まで連れて行くネ!」

「えっ?――って、わゎ!?」

「おいおい!お前男だろ!?」

 美奈の手を引っ張り、強引に連れて行こうとするゴンザレスに向けて、アウルが怒声を放った。

「オ〜ウ、ミーが何か変なことでもすると思ったのかネ?しないに決まってるヨ〜」

「いや、絶対するだろ!」

 一瞬、沈黙が流れた。

 そのアウルの怒りのちらつく目を見て、ゴンザレスは急にニタニタと笑い出した。

「…そんなにお嬢ちゃんが心配かネ?」

 微かにアウルの頬が赤みを帯びる。

「別に、そういうわけじゃ…!」

 そのアウルの気持ちいいぐらいに分かりやすい反応を見て、ゴンザレスは美奈の手を握ったまま飛び跳ねた。

「キャワイイ〜!!も〜う、後でたっぷり可愛がってあげちゃうヨ♪」

「きゃああぁ!?」

「おい、だから待てっての!」

 アウルの叫び空しく、ゴンザレスは悲鳴を上げる美奈を無理やり脇に抱え、部屋を後にした。


「ったく、何なんだあいつ…」

 アウルは誰もいなくなったドアに向けて一度ガンを飛ばすと、袋を持ったままベッドに倒れこんだ。そして中に手を伸ばし、制服を取り出して目の前に広げた。高級そうな質感と手触り。タグを見ると、どこかのブランドのロゴがプリントされていた。

 ――でも多分、戦闘でボロボロになるんだろうなぁ…。

 などと考えながら、アウルはとりあえず着替えることにした。



                        *



 ――うぅ…

 善は苦しみに悶えていた。

 息せき切りながら暗闇の中を走る善に迫り来る、言い知れぬ恐怖。

 自分が何から何から逃げているのか分からない。何故逃げているのかも分からない。ただ底知れぬ恐怖心が、善の体を突き動かしていた。

 やがて善は何かにつまずいたわけでもなしに、転んだ。ゆっくりと地面に思い切りぶつけた顔を上げると、いつの間にか頭上に大きく奇妙な球体が浮かんでいた。

 その光の球に、善は何故か自分が飲み込まれそうな錯覚に陥った。それから襲い来る、あの時と同じ激しい頭痛。

 堪らなくなって、善は声を張り上げた。

 ――助けて!誰か助けて!


「助けてえええぇぇ!!」

 善は悲鳴を上げて、ベッドから跳ね起きた。

「ハァ、ハァ…」

 今のは、夢?

 善は呼吸を落ち着かせると、ゆっくりと辺りを見回した。

 中世のヨーロッパ調の荘厳な造りの部屋の天井には、金色の巨大なシャンデリア。どこからか聴こえてくる洒落たクラシック音楽と共に、外では小鳥のさえずりが響いていた。

 善自身は、その部屋の端に据えられた、映画によく出る英国の貴族が使っているような巨大なベッドの上だった。

「………ここは?」

 ベッドの横に置いてあるサイコロ型の日めくりカレンダーを見やる。今日は4月14日。つまり、丸一日中眠っていたという事になる。

 善はいつの間にか着せられていたらしいホテルによくある純白のバスローブに似た簡単な服に包まれた身をゆっくりと起こし、そのすぐ隣の窓へと駆け寄った。

 その先の光景に、善は息を呑んだ。

 

 ――そこに広がっていたのはまさに、大昔から世界中の人間が一度は憧れたであろう、「楽園」の景色だった。


 蒼く透き通った空の下には、目を見張るような美しく雄大な自然の風景。淡い黄緑色の草が涼しげに風に揺られてなびいている。更にその中央にそびえ立つ巨大な樹木の根元で、犬や猫はもちろん、猿やライオンまでもが気持ちよさそうにうたた寝していた。

「これは、一体…」

 しばらくの間善は、窓の外をじっと見つめていた。知らないはずの風景。なのに、どこか見覚えがある。

 ―僕は、ここを知っている…?


『きゃあぁぁ!』

「!?」


 静寂を引き裂いて、少女のものらしき悲鳴と同時に、大きな金物が落ちる音が盛大に屋敷中に響き渡る。

 次いで、青年の怒鳴り声。

「な、なんだろう…」

 善は窓から離れて部屋の大きなドアの前に立つと、出来るだけ音を立てないようにゆっくりと開いた。

 そこには、いくつものドアが立ち並ぶ赤い絨毯張りのだだっ広い廊下があった。

 善は周りに人がいないことを確認しながら恐る恐る部屋を出ると、忍び足でその声のした方へ向かった。声のした場所は、案外近いようだ。

 少し長めのその廊下を出てすぐ現れた巨大なエントランスを、右に曲がった突き当りの部屋から人の声がする。善はまたも忍び足で部屋の前に近づくと、ドアに顔を近づけて聞き耳を立てた――

『痛たたた。あぁ、また失敗…』

『ったく、料理一つまともに出来ないのか、うちのリーダーは。それより、普通に料理やっててフライパン落とすか?一流料理店みたいにフライパン浮かす必要がどこにあるってんだ」

『まあええじゃろう。我らが主のために自分の手でおもてなししたいなんて、いい心がけぜよ』

『だがこんな調子じゃ間に合わないだろうが。そろそろ起きてくる時間だろう』

『そう噛み付くな、エイリス。リーダーなりに頑張ってるんだ』

『ファークリス……ちっ、まあいいか』

『――――出来たぁ!!』

『ん?……待て待て!そんな生焼けで完成のつもりか、オイ!?」

 ドタドタという足音が慌ただしく近づいてくる。だが、避けるのが数瞬遅かった。


 バタ―――――――――ン!!


「フゥ、やっと完成した……『レナリス特製シチュー』。さあ、これでイエス様に元気出してもらおう!―――ん?何か、嫌〜な予感……」

 思いっきり力を入れてドアをこじ開け、シチューの入った鍋片手に部屋の外に出たレナリスは、背後に感じた悪寒に、恐る恐る顔をさっき開けたドアの方に向けた。

 ドアがゆっくり、キィ、と開いていく。

「あぅぅ…」

 

 その後ろに、ドアに思い切りぶつけた鼻を両手で涙ぐみながら押さえる善の姿があった。


「ひゃああああぁぁ!?イエス様ぁ!?」

 レナリスはまるでおばけでも見たみたいに両手を挙げて体を善の方にくるりと一回転させた為に、その手に持っていたシチューを鍋ごと床にぶちまけてしまった。

「ああぁっ、せっかく作ったシチューがぁ……って、そんなことより、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 既にフードは外しており、その下に現れたオレンジ色の長髪と頭のてっぺんにチョコンとついた触角のような髪をブンブンと揺らしながら、レナリスは何度もお辞儀を繰り返す。

「騒がしいな。何やってるんだ――って、イエス!?」

「なんじゃと?――あ、本当ぜよ!」

 レナリスの声を聞きつけて、部屋の中からぞろぞろと人がやって来ては次々と驚嘆の声を上げていく。

「僕こそごめんなさい。悲鳴がしたから、誰か人が居るのかなって思って……」

 上司に叱られる新人OLよろしく、まだ謝罪を繰り返すレナリスに、善は痛めた鼻をすりすりと擦りながら言った。

 善はレナリスの不注意によって鼻を痛めたことなど気にしていなかったのだが、レナリスの方は痛がる善を思って、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「私ったらなんて事を!イエス様の生まれ変わり様に傷を負わせるなんて……」

「僕は大丈夫だよ。それに、『様』なんて付けなくても……あ、そういえば、あなた達ってもしかして昼間の――」

 善はこれ以上レナリスに心配を掛けさせないようにするため、まだ痛みの残る鼻から手を離し、ぞろぞろと部屋から出てきた人達を見た。

 彼女達は全員フードこそしていなかったが、皆、灰色に染まった地面までつきそうなくらいの長いコートを着込んでいた。そして、その数12人――

「あ、そ、そうです!」

 レナリスは急いで涙をコートの袖で拭い、瞬時にその目をキリッと引き締めた。

「せっかくなので、ここで改めて自己紹介します。私達は、あなたを護る為に神様から遣わされた使徒…〈トゥエルヴ・アパソル〉です。そして私は、その神様に選ばれ恐縮ながらリーダーを務める、レナリスです!」

「同じく。12使徒のエイリスだ」

「私はファークリス。よろしく頼むよ、新しきキリスト君」

「アルバリスじゃ。宜しくぜよ!」

「僕はデーバリス。あの時はごめんね。封印、痛かったでしょ」

「おいらはブルガリス。はじめまして、なんだな」

「ワタシはオーリス。今後ともヨロシク」

「オレはグロウリス。キキキッ!」

「ランリスっていうの!よろしくね♪」

「リンリスっていうの!よろしくね♪」

「アタシ、ネアトリス。よ、よろしくね」

「シェンタオリスよ。一緒に戦いましょ」


 ――よく怒鳴る目つきの悪い人、かっこいい男の人、双子の姉弟、目に包帯を巻きつけた変な人(目が見えないじゃないか)、さらには電柱みたいに以上に細く背の高い人と、それと対照的に肉団子みたいに丸々と太った人などのあまりにも個性的過ぎる自己紹介に、善は目を白黒させた。というか、覚えきれるはずない。

 それを察して、レナリスは苦笑いしながら続けた。

「……まあ、私たちのことに関しては後々ゆっくり憶えてもらってくれればいいです。それより、さらに訳が分からなくなると思いますが、落ち着いて聞いてください。誤魔化しても意味が無いので、単刀直入に言います」

 何やら神妙な面持ちで語りだすレナリス。善は、何を言い出すのか、と注意深く聞き耳を立てた。

 聞き取りやすいように、レナリスは丁寧な喋りで口を開く。それは善にとって、驚くべきものだった。




「―――あなたの頭の中にある、昨日までの家族との生活。あれは全て、神様が創り出した偽りの記憶です」




 ――え?



「そ、そんなはずない!僕には、お父さんとお母さんが―――!?」

 そこまで言って、善は口をつぐんだ。ある重要なことを思い出したのだ。

 ――お父さんとお母さんって、どんな顔だった?

 思い出せない。教会で倒れていた時には確かに知っていたはずの両親の顔が、まるで初めから無かったかのように、頭の中からぽっかりと抜けている。

 しかもそれだけじゃない。教会にいた時から前の記憶がまったく無い。その部分だけが記憶喪失とか、そんな類じゃない。本当に、初めから自分はこの世界にいなかったかのような……。

 だがそこで、善は思い出した。これだけは絶対に作り物ではない。はっきりと心に残る、確かな記憶。

「そうだ……神藤さんだ。神藤さんは憶えてる。これは嘘じゃないよ!!」

 

 神藤さん。

 

 教会で倒れ、嘘だと知らずに両親がいなくなったと泣いていた僕を支えてくれた人。

 善は嬉しくなった。

 両親の存在が嘘だというのはもちろんショックだが、善を支えているのは元々両親の思い出ではなかった。他でもない、美奈の存在だ。

 たった十数分だけ。それもほんの少し話しただけだが、何故か善は美奈に惹かれ、既に善の中で「神藤美奈」という存在は大きくなっていたのだ。

「神藤さんって……そうか、あの時の」

 レナリスの脳裏に、昨日の戦いの中にいた翡翠色の髪をした少女の〈ホルダー〉の姿がフィードバックする。

 ――た、たったあれだけの時間でここまでイエス様に信頼されるとは……あの人、一体何者なの!?いや、だけどあの人は…

「でもイエス様。あの人はあの時、あなたを拒絶したはずです」

 レナリスは忘れてはいなかった。昨日の戦いの時――力を解放しきれずにボロボロになっていた善は、その時唯一頼れる存在だった美奈に助けを求めた。そして美奈は「守ってあげる」と言っていたのに、肝心な時に恐怖のあまり善を拒絶した。

 有言不実行で、優柔不断な最低の人間なんだ!

「そ、それは…」

 見放された事。それは善も分かっていた。認めたくなかっただけだ。

 ――あの不思議な力のせいで、神藤さんに忌み嫌われた事を。



「シンドウさん?誰ぜよ、それ」

考え込むレナリスに向けて、おもむろにアルバリスが横から口を挟んだ。レナリスは何故か、ハムスターのように両頬を膨らませて不機嫌そうに答える。

「昨日の戦いでイエス様と親しくなったらしい、ボサボサ髪の女の子の〈ホルダー〉ですよ。イエス様を見た目で普通の人間と勘違いして、仲良くなろうとか思ったんでしょう。…まったく。私たち12使徒より先に信頼されるなんて……」

「あぁ、あの封印の時にいた女の子じゃったか。じゃが〈ホルダー〉となると、その子は敵ということになるのぉ」

 アルバリスは何気なく呟いただけだったが、善はそれを聞いた途端思わず声を張り上げた。

「神藤さんが敵!?そ、それって、どういうことですか!?」

 激昂する善を見てレナリスは小動物のように一瞬体をびくつかせたが、すぐに12使徒の中で最も近くにいた数人と何やら相談した後、また改めて善を見据えた。それはリーダーの名にふさわしい、小さいながらも威厳のある表情だった。


「…分かりました。あなたと私たちは何者なのか、何故神藤さんという子が『敵』なのか。もう一度きちんと説明しましょう」




                          *




 木製のベッドに立ったアウルは、絹のような純白のシャツの袖のボタンを留め、襟を立てて、神への反逆者の証である金の「逆十字架」の模様が入った、そのシャツと正反対の真っ黒に染め上げられたネクタイを締めた。続いて襟を直すと、ベッドの上に置いていた漆黒の上着を取り、ゆっくりと袖を通した。

 どこぞのサラリーマンとは違う。上着の前は開けるのが俺の趣味だ。それに―

 アウルは膝の下までありそうな明らかに普通より大きめの上着に満足していた。地上のハーフ・ブリードを倒すエクソシストの映画の主人公が着る、いかしたトレンチコートのような。

 ここの奴、俺の趣味をわかってるじゃねえか。

 最後に一度締めたネクタイを首の根元まで締めて、完成。

 アウルは部屋の隅に立て掛けられた1メートル大の金縁の鏡を、ほこりを払いつつベッドの前まで引き寄せ、そこに自分の姿を映した。

 決まってる……!

 鏡の前でアウルは色々とポーズをとってみせる。スーツに修道服風のアクセントを加味した、鷹峰曰く「特注」の制服は、独特のデザインを誇っていた。


「アウレリエル君、終わったかね?」

 そうしているとすぐに、真正面のドア越しに鷹峰の声が聞こえてきた。

「ああ。終わったぜ」

 制服の着心地を確認しながら返事をすると、がちゃ、とドアを開けるなり鷹峰は感嘆のため息を漏らした。

「おぉ、なかなか似合ってるじゃないか。……ただその上着、長すぎるな。取り替えてもらうかい?」

 アウルはすかさず返答する。

「いや、こっちの方が俺の好みだ」

 そうか、と紳士はおっさんは笑いかける。

「それはそうと、美奈君の方はまだなのか?――――あ、終わったらしいな」

 アウルと鷹峰が部屋を出ると、ちょうどその時、どこかの学生寮みたいな簡単な造りの廊下の右側からこちらに向かって、ゴンザレスが猪みたく走って来た。

「美奈ちゃんのドレスアップ、完了だヨ〜♪」

 羨ましいほどノー天気なドッレド男は、両足で器用にスライディングしながら2人の前に立った。

 だが、「美奈のドレスアップが終わった」と言っているのに、ゴンザレス1人しか見えない。

「ん?で、その美奈はどこだよ」

「オ〜ウ、ここにいるじゃないかヨ♪」

 そう言ってゴンザレスが後ろを向くと、その大きな背中に、ぐったりとした美奈が虫のようにしがみ付いていた。背が低すぎるために、前からでは見えなかったのだ。

「だああああああ!?何やってんだ、このドレッド野郎!!」

 アウルは急いで結構筋肉質なゴンザレスの背中から美奈を降ろすと、その体を揺さぶった。後ろでゴンザレスをこっぴどく叱る鷹峰の声が聞こえたが、多分無意味だろう。そいつの前では、どんな常識も通用しない。

「おい!しっかりしろ、美奈!」

「あぅー……」

 ぐるぐると目を回して伸びていた美奈は、何度か揺さぶった後やっと目を覚ました。

「美奈…生きてるよね?」

「安心しろ。ここはまだ地上だ」

 引きつった笑い顔で問いかける美奈に、アウルはムダに力強く頷いた。

 

「……まったくお前は、大事な仲間に向かって何をやって―――お、美奈君も似合ってるじゃないか。その制服」

 ゴンザレスに鬼の剣幕で迫っていた鷹峰が、美奈を見てアウルの時と同様に感嘆の声を漏らす。

 そういえば…と、アウルも美奈の〈ホルダー〉用の制服を見つめる。

 基本的はアウルの〈レギオン〉専用のと変わらず、白と黒のコントラストが強調されたいかにもゴシック風のデザインをしているが、美奈が着ているそれには女性用のアレンジが加えられており、当然の如くスカートとズボンの違いや、全体的に角ばった印象のある男性用に比べ、女性用のは丸い流線型のフォルムをしているなど、誰かはしらないがデザイナーのこだわりが見受けられた。

 だが、そいつは何を考えているのかと、どうしても意に介せない点が1つ。

 それは――スカートの裾に取り付けられた、「フリル」という名の、世にもおぞましい物体。

 デザイナーの趣味なのか?そればっかりは、さすがにアウルは理解し得なかった。

 じっと美奈のスカートの裾を見つめるアウルの顔の前で、美奈はフリフリと手を揺らす。

「アウルー?……聞いてない」



「さて、そろそろ行こうか」

 頃合をみて鷹峰とゴンザレスと美奈が廊下の奥に向かって歩き出したので、アウルは瞬時に頭を切り替えそれについて行く。

「アウレリエル君。君は、我が組織『ロンギヌス』についてどのくらい知っているのかね?」

 鷹峰は3人を廊下の奥にある会議室へと案内しながら、世間話でもするようにアウルに話しかけた。

「ああ、そうだな……5年前、『向こうの世界』で悪魔のおっさんに教えてもらったのは、地上に対ディザスターを目的とした人間の組織があって、それが神と悪魔たちの放った力の衝突で起こる地上の人間たちの間の混乱を沈めてくれて、その後の俺たちのディザスター討伐の手助けをしてくれるとか何とか。まあ、それだけだな」

「そうか。それじゃあ、我々『ロンギヌス』について改めて説明しよう。美奈君もこの機会に聞いておいてくれ」

「ロンギヌス…」

 美奈は興味深々な表情で鷹峰に迫った。身長と歳の差がありすぎるせいで、まるで幼い少女が父親と一緒に並んで買い物にでも行っているように見える。

「……まず、この『ロンギヌス』の発祥は10年前、ある大富豪が悪魔からのお告げを受けた事から始まる―――」




 ある日の夜、世界中でも5本の指に入るほどの大金持ちのある財閥の御曹司であった青年は、いつもの通り高級車を乗り回し美女をはべらかして贅沢三昧の生活を送っていた。しかしその時、青年の耳だけにどこからか奇妙な声が聞こえてきた。

〈私は、人間界で言うところの悪魔。お前にこの世の行く末を教えてやろう。……10年後、欲望のままに行動する人類に絶望した神は、あらゆるものを焼き尽くす「終焉の光」を地上に降り注ぐ。それも、「ノアの箱舟」にある大洪水とは比べ物にならないほどの破壊力を秘めた光を。だが我々悪魔は、人類には滅ぼされて欲しくない。だから我々はそれと同等の力を持った光でそれを防ぎこむ事で人類を滅亡させないが、その2つの光の衝突によって生まれる怪物に、人類は再び滅亡の危機にさらされる。――じゃあどうしようもないだろうって?…それも心配はいらない。その怪物に対抗するため、我々は666人の怪物退治のスペシャリストを送り込む。しかし、それだけでは少々心許無い。……そこで、お前のすることはたった1つ。

 お前のその莫大な財産を使って、彼らをサポートする組織を設立するのだ。詳しくは私が説明する。……さあ、今すぐ始めよ!〉




「――その日から彼は何かに取り憑かれたように人が変わり、それまで遊びに注ぎ込んでいた金のほとんどを、組織の設立費用に当てた。更にその悪魔が、それぞれ世界でトップクラスの大富豪に同様のお告げを行ったことで、世界各国に対ディザスター組織が出来上がった。やがてバラバラだった組織は1つとなり、『神を殺した唯一の者』になぞらえてこう呼ばれるようになる。………『ロンギヌス』と」

 長い長い銀色の廊下を越えてようやく4人は、見事な装飾と共に中央に例の「逆十字架」が彫られた3メートル大の巨大な門の前に立った。

「でかいなぁ…」

「おっき〜い…」

 アウルと美奈はその美しく荘厳な門に見とれた。

「そして5年前…「終焉の光」の降りる場所が日本の新宿であると判明したことで、我々は本部をアメリカからこの日本へと移した」

 鷹峰は、両手でその巨大な門をゆっくりと開け放った。そこから漏れる眩い光が、4人を包む。

「―――ようこそ、『ロンギヌス』へ!」



 その門の向こうに広がるのは、まるで国会議事堂をそのまま持ってきて更にそれを少し大きくしたような、1000人は余裕で入るであろう、広大な議場。

 そしてその席のほとんどを埋め尽くす、アウルと美奈と同じ格好の男女。

「紹介しよう。世界中から集まった666組の〈レギオン〉と〈ホルダー〉……総勢1332人の戦士たちだ!」



 次回――第1章 第8節  団結と、決意


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