第1章 第5節 使徒と、再臨
爆発と共に現れた不気味な12人の内の1人、リーダーと思しき少女は、幼くも芯の通った美しい声で言い放った。
「見つけましたよ。私たちの主!」
美奈はその子の声と姿から、運命のような、言い知れぬ何かを感じた。
もしかしたらあの子は、死に別れた実の妹―――麗奈ではないのか、と……。
*
「これほどの魂の力を持つ少年が、主だって言うんですか?あなたたちは……いや、この少年は、一体何者なんですか!?」
バクトはもう一度剣を構えなおす。
立ちすくむ善から無意識的に発せられる神々しき光と、その後ろに隠れた12人の者たちから底知れぬ力の波動のようなものを受け、バクトと隣に立つアウルの額には、大粒の汗が伝っていた。
「お〜、さすがはレギオンぜよ。主の力が見えるとは!」
彼らの中の、今度は後ろの方に立っていた男が、両手をパチパチと茶化すように叩きながら歩み出た。
「まあ、これほどの御方になれば、それもそうじゃろうて」
「…くっ、質問に答えてください!」
「おーおー、怖い怖い」
「―――っ!」
男はおおげさに肩をすくめてみせた。
「……主よ」
先ほどの少女が、まだ事態を飲み込めていない善に向けて片膝をつき頭を垂れた。残りの12人もそれにならう。
「遅ればせながら、我ら12人、ただ今お迎えに上がりました」
「僕に!?な、なんで…」
「それはあなたが―――」
「―――あの『イエス・キリスト』様の生まれ変わりだからぜよ!」
『!?』
バクト、アウル、美奈、ハウ、そして善の5人は、皆驚きのあまり大きく目を見開いて絶句した。
「ア、アルバリスさんっ!」
少女が戒めるように振り替えると、アルバリスと呼ばれたさっきの男が得意そうに叫んでいた。
「そしてわし達が、かの人に仕える12人の僕……〈トゥエルヴ・アパソル〉ぜよ!」
高笑いと共に男は勇ましく叫んだ。
それを見て、アウルが言う。
「〈トゥエルヴ・アパソル〉……いや、それよりもだ。そんなガキが、あのイエス・キリストの生まれ変わりだと!?」
アウルは美奈の横に立つ善を、警戒心むき出しの瞳で見つめた。
――それに、何故美奈と一緒にいる?
「でも、だとしたら……」
ハウも同じく、善を見る。
バクトは一度双神龍を降ろし、逆手に構えて振り上げた。
「その少年は、私たちの倒すべき敵!……やがて脅威となるのなら、今ここで仕留めるっ!」
――〈アイズ〉、発動。
『high speed[ハイスピード!」
いきなりの発動に身構え遅れたハウが悲鳴を漏らすのと同時に、バクトの体は疾風と消え、目にも止まらぬ速さで善に切りかかる。
瞬間、美奈は悲鳴にも似た叫び声を上げた。
「善君っ!!」
「うわあああ!?」
キイイイィ――――――――――――――ン!
――だがその切っ先が、善に触れることは無かった。
いつの間にか、〈トゥエルヴ・アパソル〉と名乗った彼らの中から、今度はフードを降ろしその下の銀髪を露にした青年が善の前に立ち、その手に握り締めた紫色の歪な形をした大剣でバクトの双神龍を防いでいた。
「なっ…」
「冷静なようで、案外考えも無しに突っ走る、『バカ』だな!……そんな者の剣が、この御方に傷をつけることなど出来はしない!!」
「バカだと!!―――――うわっ!?」
青年の振り上げた大剣が、バクトを双剣もろとも、いとも容易く弾き返す。
「弾いた!?」
「悪霊の分際で、一人前に神の子と戦おうなどと……気に食わないんだよおおぉっ!!」
続けて青年は大きく振りかぶり、よろけるバクトの体を横から薙ぎ払った。
「うぐああああっ!」
振り払った途端、青年の大剣が巨大な獣の牙に似た形状に変化し、バクトの体を切り裂きながら教会の壁まで吹き飛ばした。
「バクトっ!?」
大量の血を壁に残しながらバクトの体がズリズリと地面に近づき、やがて床に叩きつけられた。
「エイリスさん!」
少女はその一方的な暴力に憤りを感じ、歯を食いしばりながら、そのエイリスという名の白髪の青年をフードに隠れた大きな目で睨んだ。
「何だ、気に食わないのか?だが俺たちに課せられた使命は、『新しきイエス様の保護』。……そしてそのためには、『立ち塞がる全てを排除せよ』のはずだ」
「だけど、何もあそこまで…!」
「手加減しろとでも言うのか?お前は甘すぎる。そんな考えでは、主を守れない!」
「……」
止めようとした少女は、それきり何も言わなくなった。
「バクト様っ!」
〈アイズ〉の副作用の体の痺れが解けたハウは、すぐにバクトの下へ駆け寄った。
「ディザスターとは違う…。この力、放っておくのはあまりに危険だ。アウル、何をしているんです!早くあなたも戦ってください!」
「!」
そうだ。俺も、戦わないと…
アウルは右手に持った銃を震える両手で構え、その銃口を善に向ける。
それに気づいたエイリスが、元の形に戻った大剣を肩に担いで、善を庇う様にしてアウルの前に立ちはだかった。
「お前も、あの男のようになりたいのか」
大剣を空中で軽く振り回し、立ちすくむアウルを氷のように冷たい瞳で威圧する。
アウルの息が、徐々に荒くなっていく。
「――アウル、やめてぇっ!!」
「美奈!?」
善の横に立っていた美奈が、突然エイリスの前に乗り出て両手を大きく広げて善を庇った。
「なんだ、こいつ」
エイリスは汚らわしい物でも見るように、露骨に嫌な顔をして美奈を睨んだ。
美奈はそれに動じることなく、アウルに向かって涙ぐみながら叫ぶ。
「善君は敵なんかじゃない!……決めたの。美奈が、善君を守るって!!」
「こいつを、守る…?―――――そうだ。おい、あんた!」
アウルは銃を下ろし、大剣を抱えたエイリスに問うた。
「仮にそのガキがイエス・キリストの生まれ変わりだったとして………何故そんな奴を、お前らは連れて帰ろうとする!!」
その突拍子もない質問に一瞬エイリスは呆気に取られたが、やがて「クックッ」と低く笑い、そして仕舞いには腹を抱えて大声で笑い出した。
「アッハッハッ!決まっているだろう。あの双剣の男の言う通りだよ!………主も戦うのさ」
その言葉を聞いて、アウルとバクトの2人は、ハッとして息を呑んだ。
それを見て、エイリスは凶悪な笑みを浮かべて、続けて言い放つ。
「―――ディザスターと共に、人間をこの世から消滅させる為の戦いにな!!」
アウル達の顔から一瞬にして血の気が引いた。
今度は恐怖からではない。「絶望」からだ。
「善君がそんな……違う、善君は――――――っ!!」
ボサボサの黒髪を大きく横に振り、必死に否定する。認められるはずがない。
美奈は目から涙が滲み出て、その頬を伝って床に落ちた。
善君が人間を滅ぼすはずなんてない!だって善君は、まだ美奈より小さくて、お父さんとお母さんの行方も分からなくて、こんな所に倒れていて…………だから!
「美奈さん…」
善は隣で涙を流す美奈を心配すると同時に、自分の為に泣いてくれているのだと思って嬉しく感じた。
だが、善の思考はそこで停止した。
――――目醒めの時だ、主神善。
「う――――――――――――っ!?」
突然、頭に激しい痛みが襲い掛かり、善は耐えられなくなって頭を抱えてしゃがみこんだ。
「うああああ!頭が、頭がああああっ!!」
アウルとバクトと〈トゥエルヴ・アパソル〉にだけ見えていた善の周りを包む光の膜が、美奈やハウに見えるほどにまで大きくなっていく。
もしかして、本当に―――
「ああああああああああああぁぁ!」
その様子を見て、エイリスを除く〈トゥエルヴ・アパソル〉は皆、フードで隠れた顔の下に驚愕の色を浮かべた。
「何っ!?『覚醒』が始まったのか!」
「だ〜から言ったぜよ、急がないと始まるってのぉ!」
「過ぎたことは仕方ないです!―――デーバリスさんっ!」
リーダーの少女は、彼らの中のデーバリスと言う名の青年を新たに呼び出した。
「こうなってしまった以上、もうここで封印するしか……」
「そうだね、了解。じゃあ皆を、配置に着かせてもらえるかい?」
「分かりました。………皆さん、それぞれの場所に移動してください!主の力の『封印』を行います!」
エイリス以外の11人の使徒達はそれを合図に一斉に駆け出し、善とその横に立つ美奈を囲むようにして、半径10メートルほどの大きさの円で、それぞれが時計の文字盤と同じように立った。
「エイリスさんも、早くっ!」
「ちっ!……命拾いしたな、お前」
しばらくアウルと睨み合っていたエイリスは、踵を返しアウルを一瞥するとフードを被り直し、善の後ろに刺さったイエス・キリストが磔にされた絵を起点の「12」とした、文字盤の「3」の位置に降り立った。
「何が始まるんだ……」
アウルはまるで魔法の方陣でも作るかのように、奇妙で整った隊形に着いた彼らを呆然と見つめた。
「そこのあなた、どいてください!」
「12」の位置に立ったリーダーの少女が、苦しむ善の傍らに立つ皆に向けて声を張り上げる。
「だけど善君は、美奈が――」
「そのままにしておけば、彼は死んでしまうんですよ!彼は私たちが助けます。人間は離れてください!」
「……」
渋りながらも、結局美奈は離れることにした。
美奈が円の中から出たのを確認すると、少女は心の中で呟いた。
――見た目が人間だから、親近感でも沸いたのかな。……だけど、彼は人間の敵となりうる存在。なんて皮肉な……
少女は美奈を、同情の目で見つめた。
「あああ!…痛い、痛いよおおぉっ!」
頭を押さえ倒れこむ善の体が、今度は激しく痙攣し始めた。
「このままじゃ危ない。デーバリスさん、準備はまだですか!?」
「ちょっと待って…………よしっ、準備できたよ!」
「6」の位置に立って、握り締めた紙切れの上に指で十字を切ったデーバリスは、もう片方の手で少女に向けてサインを送った。
それを見て少女は軽く頷くと、コートの袖を捲り上げ始めた。その下から、やはり子供のものらしい白く華奢な腕が見える。
「皆さん大丈夫ですね?――よし、デーバリスさんっ!」
「それじゃ、行くよ――――――っ!」
威勢のいい掛け声と共に、デーバリスは手に持った陰陽師が使うような細い札を、善の頭上目掛けて勢いよく投げ飛ばした。
デーバリスは一度目を閉じ、そして一気に見開いた―――――――
〈神眼〉……『封印の瞳』
――フードの下に隠れた左目の中で、四方八方から発生した光の鎖が六角の図形を形作り、その瞳を覆い囲んで、黄色の奇怪な目が完成した。
その目の変化に呼応し、善の真上に達した札がまるで意思を持ったかのように、それぞれが使徒の立った場所の前に散らばり、その紙に書かれた古代の東洋のものらしい文字が光りだした。
「縛・封!!」
デーバリスは右手を床に叩きつけ、素早く片手で印を結ぶような動きをする。
するとその手から光が放出され、12に分かれた紙を順番に雷のように伝い、その光がそれぞれ反対側の紙と光の線を結び、その中心の善を囲んだ。
『だああああ――――――――――――っ!』
続いて12人全員が札に手を沿え、力を込める。そのエネルギーは札から伸びる光の線へと注がれ、善の体を縛り付ける。
「うわああぁっ!」
光に抑えられ身動きの取れなくなった善は断末魔の悲鳴を上げ、光の線を振り払おうともがいた。
それに合わせて善から出る光の膜が、光の線を引き裂き、瞬く間に半分近くが消滅した。
「くぅ…!やっぱり、これだけじゃ無理か…。リーダー、頼むよ!」
少女は無言で首肯し、袖を捲くった両腕を交差して、手を善の方に伸ばして叫んだ。
「雄々しき神の子、新たなるイエスよ……我らの下に参られよ!」
少女もデーバリスと同じく一度目を閉じ、すぐにカッ、と開く――――――
〈神眼〉……『生成の瞳』
――そのフードに隠れた左目の瞳が一瞬にして消滅すると、目の中で四方から飛び出した小さな手が新たな瞳を生成し、やがてその4つの手が瞳と同化し、青色の、神秘的で奇怪な目が作られた。
「痛いだろうけど、我慢してください!」
少女が交差した両腕を前に突き出すと、善の周りに、教会を覆えるほどの数の鋼鉄の鎖が光と共に何もない宙に現れ、デーバリスの作り出した光の線と合体して、善の体を縛り上げた。
「はあぁっ!」
少女が雄たけびを上げ交差した両腕を大きく空に掲げると、善を縛り付けていた鎖が独りでに動き出しその手足を縛り上げ、それぞれの反対側の端が壁や床や天井に突き刺さると、その体をゆっくりと吊るし上げた。
…そう、まるで、神に捧げる生贄のように。
「何が…何が起こってんだよ!」
「私にも分かりません。ただ彼らは『封印』、と…」
彼らを見つめるアウルの呟きに、ハウの小さな肩を借りて立ち上がるバクトが答えた。
「ならあれは、そのための儀式のようなもの。……あれを止めれば、あの少年の自滅を誘うことが出来るかもしれない」
バクトはエイリスに吹き飛ばされた時に落とした双剣を拾い、尚も戦おうとする。
「さあアウル、あなたも!」
「……無理だ、バクト。戦えない」
アウルは右手に携えた銃を強く握り締め、歯をかみ締めた。
「何故です!?今ここで奴を倒さないと!…その僕であるあの白髪の男の力を見たでしょう。私は、奴が許せない!」
そう言ってバクトはスーツの上着を脱ぎ捨てた。その服の腹部の辺りがビリビリに破け、大量の血で真っ赤に染まっていた。
「だからだよ。あんなの、俺たちじゃ倒せねえだろ!」
「――――――くっ!」
バクトは顔を歪め、バツが悪そうに踵を返してアウルに背を向けた。
敵は12人(と1人)に対しこちらは、戦えるのは実質2人。その上個々の力も圧倒的だと分かった以上、最早アウル達に勝ち目はまったく無い。
むしろ敵がこれだけ有利でありながら、『封印』とやらを行う為かは知らないが攻撃を仕掛けてこないのが不思議だ。
――そういえばさっき、あいつらのリーダーみたいなチビが、バクトを攻撃した奴を止めていたのを見たな。あいつ、一体何者なんだ。
何か、どことなく美奈に似ていた気がする。
……ん?美奈?――――――し、しまった!
「どこだ、美奈!」
ここに来る前とで、忘れたのはこれで2度目だ。
――(ヒロインなのに…。)
善の絶叫と鎖の擦れる音が響き渡る中、ほどなくして返事が返ってきた。
「アウル〜……」
声のした方を見ると、善を封じ込めようとする丸い方陣から数メートル離れた所に、肩の力が抜けてペタンと座り込んでいる美奈の姿があった。
「何やってんだ美奈!危ないから早くこっちに来い!」
「あ、足に力が入らないの…」
「はぁ?」
美奈は懸命に足を動かそうとするが、どういうわけかびくともしない。
身動きがまったく取れない美奈は、まるで捨てられた子犬のような目でアウルを見つめる。
「ったく、仕方ねえな!」
今なら攻撃されないと悟ったアウルは、銃を懐に仕舞い込み、美奈の方へ駆け出した。
――――――その背中に、突如として悪寒が走った。誰かに見られているような感覚。
驚いて振り返ると、その視線の主は、両手両足を縛られ吊り上げられた善であった。
身を引き裂くような悲鳴はいつの間にか止んでいた。
アウルを見据えたまま、代わりにその口が、死に掛けの金魚のようにパクパクと動いた。
「やめ、て……」
善の体から発せられる光の色が徐々に変化していく。
燃えるような、赤色に。
それを見て、12人の使徒のリーダーの少女は悟った。
――失敗だ!
咄嗟に少女は身構えようとする。
だが、僅かに遅かった。
間に合わないと知るや、少女はありったけの力を込めて大声を上げた。
「皆さん、避けてっ!!」
善は右腕に巻かれた鎖を引きちぎり、その手を血に染めながらアウルに向けて差し出した。
「神藤さんを……連れて行かないで――――――――――――っ!」
善が耳をつんざくような悲痛な叫び声を上げたと同時に、その体の光が一瞬にして教会全体に広がり、その天井、壁、果ては床までも、全てを破壊した――――――――
次回――第1章 第6節 拒絶と、救済