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Legion  作者: 天津飯
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第1章 第4節  運命と、再会

 「主は、今どこに?――――」


 混乱の池袋………新宿で起こった突然の大惨事に、マスコミや野次馬が行き交う人ごみの中、裾が地面までつきそうなほど長い灰色のコートに、フードを深く被るという奇妙な格好をした、細身で身長2メートルはあるかという電柱のような男が言った。

 「さあな。というか、俺に聞くな」

 「私も。さっぱりよ。……あ〜ぁ、こんなことなら、あの人達に主の居場所くらい聞いておけばよかったな〜」

 隣にいた、男と同じ格好をした2人の男女が答える。


 「―――あの子なら、新宿の教会にいた」


 おもむろに、人ごみを掻き分け、またも男と同じコートを羽織った青年が現れた。

 その後ろから同じ格好の人達が、ぞろぞろとやってくる。

 遂には12人にもなった彼らは、フードを深く被っているため、皆一様に顔が隠れていた。

 「さすがだな。君の〈神眼〉の力か」

 「ああ。あらゆる物体を透視し、さらに遠く離れた場所をも見通すことの出来る神の目、〈神眼〉――『真実の瞳』。彼の居場所を捜し当てることくらい、朝飯前だ」

 そう言って青年は、自分の目頭を指で軽く小突いてみせた。

 「それで……特に何も起きていないところを見ると、『覚醒』はまだなのだな?」

 「ああ。今のところはまだ大丈夫なようだ。…だが、もたもたしてはいられない。彼の力が覚醒する前に、何としても保護しなければ」

 すると、彼らの中の1人が、あくびをしながら大きく背伸びをした。

 「ふわ〜ぁ……そんじゃ、さっさと行こうぜよ。退屈で死にそうじゃ」

 その気だるそうな様子を見て、青年は口元に手を当てて控えめに笑った。

 「ハハ、確かにそうだな。……よし、リーダー!」

 青年は、数メートルほど離れたところで、重苦しいそのコート姿とは不釣合いな、ピンク色のメモ帳を見ながらブツブツと独り言を呟いている、彼ら12人の中でも一際小さく、どう見ても小学生程度の背丈しかない少女に声を掛けた。

 「……今が9時半だから、あと30分位で主を保護すれば……」

 だが、少女はまるで気づいていない。

 「…レナリス、聞いているのか?」

 「……となると、この時間には20分の空きが出来て…………え?あ、ハイ!」

 ややあって全員の視線を感じた少女は、まるで小動物のようにびくりと肩を震わせて、素早くメモ帳をポケットに仕舞い込んだ。

 「じ、じゃあ行きましょう!」

 そう言って野次馬たちのいる方へスタスタと電柱男はこう言った――――

 

 「……教会、逆だぞ」



                  *



 「アウルぅ…遅いよ〜」

 美奈は、妙な静けさに包まれた教会の床に転がった壁の残骸を、コン、と指で小突いた。

 「美奈のこと、置いてけぼりにして………結局、『美奈を守る』って約束守ってないじゃんか……も〜ぉ、アウルのバカあぁ〜!」

 

 ゴガアアアアァァン!


 「ふえっ!?」

 美奈は突然の轟音に真っ青な顔をして兎のように飛び上がると、恐る恐る音のした方を覗いた。すると―――

 

 ―――教会のシンボル、イエス・キリストの絵の端が、床に突き刺さっていただけだった。


 美奈はホッ、と胸を撫で下ろした。

 「ハアアア〜……お、驚かさないでよ……びっくりしたぁ〜」


 「…う……」


 「ふあ!?」

 どこからか聞こえてきたうめき声に、美奈はまたわけのわからない奇声を発し、ビクンと肩を震わせた。

 「だ、誰かいるの………?」

 ―――もしかして、あの化け物!?

 ゆっくりと立ち上がり恐怖に震える膝を押さえながら、美奈は未だ聞こえてくるうめき声の主を捜した。

 そして、それはすぐに見つかった。


 ―――さっきのキリストの絵の真下に、さっきまではいなかったはずの子供が、ぐったりと倒れていた。


 「なんで、こんな所に…」

 美奈はその不思議な少年を、まじまじと見下ろした。 

 手入れのまったくされていない、ぐしゃぐしゃの銀髪。身長は美奈より小さいようだから、歳は大体10代前半ぐらいだろうか。うつ伏せに倒れたその少年のボロボロの服から見える手足は痩せこけて細く、簡単に折れてしまいそうだった。

 「うっ、あぁ……」

 「だ、大丈夫!?」

 苦しそうに悶える少年の下に美奈は慌てて駆け寄り、その美奈とは別の類の華奢な体を抱き上げた。思ったとおり、驚くほど軽い。

 すると少年は、病的にくぼんだ目をゆっくりと開いた。

 「……ここは……?」

 「えっ?教会、だけど…」

 「教会?………!…そうだ、皆は!?お父さんは、お母さんは!?」

 「あっ、ち、ちょっと!」

 少年は美奈の手からびくついた猫のように飛び上がり、怪我をしていると思しき右足を引きずりながら教会の入り口の前に立つと、勢いよく開いた―――

 「!?」

 

 ……少年の目に飛び込んできた光景は、まさに地獄そのものだった。


 かつて栄華を誇った、日本の心臓…〈新宿>はその建物全てを破壊され、あちこちで灼熱の炎と黒煙を上げていた。

 当然、生きている者など見当たらない。少年の親がもし新宿にいたというなら、もう生きてはいないだろう。そしてそれを暗示させるように、炎で覆われた地面には、先程まで生きていたはずの人々のもがれた手足やバラバラになった体などが散乱している。

 完璧な「静」に支配されたその街は、今にも2人を飲み込んでしまいそうなほど、不気味に淀んでいた。

 「……うぅっ!」

 少年はガクン、と膝をつきその凄惨な光景に耐えられなくなって、口から異物を吐き出した。

 「ヴエエェ…グッ……ゲホッ、ゲホッ!」

 後を追ってきた美奈は、顔面蒼白で嗚咽を漏らしながら吐き続ける少年の横に立った。

 「……ひどい。これを、神様がやったって言うの……?」

 美奈はその惨状から目を背け、少年と同じく吐き気を催して口を押さえた。

 「ヒグッ、お父さん……お母さん!」

 少年は顔を上げかすれた声で、泣きじゃくる子供のように繰り返しその名を叫ぶ。

 だが、返事が聞こえることはない。

 「どうして、こんな…」

 「あっ!」

 よろめいて倒れかけた少年の体を美奈は支え、少年はその胸に顔をうずめた。吐いてすぐな為にまだ漂う異臭を、美奈は何も言わずに堪えた。周りの方がよっぽど汚いのだから。

 「イヤだ、こんなの、嫌だ…」

 少年は大きな目に大粒の涙をたたえ、顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 美奈の脳裏に、顔もおぼろげな両親と、死に別れた妹の麗奈の顔がよぎる。

 ―――同じだ。大切な家族を失くして、毎日ただ泣くだけだった昔の自分と。


 「うああ……あああああああああああああああぁ!」


 少年の叫び声が絶望の空にこだまする。

 ―――だが美奈には、そんな自分を支えてくれる親友がいた。その人のおかげで、今日まで生きてこられたのだ。

 「結衣ちゃん…」

 美奈は、少年のやせ細った背中を抱きしめながら心に誓った。


 それなら、美奈がこの子を支える。美奈が、結衣ちゃんや麗奈にしてもらったように―――



                  *

                  

                  

 「……つまりあなたは、この5年間何もせずにいた、というわけですか?」

 「な、何もしてないってわけじゃねえよ!あの…ほら、イメージトレーニングを――」

 「――それを何もしていないと言うんです!」

 「バクト様、落ち着いて……」


 教会から数百メートルほど離れた場所で、アウルとバクトとハウの3人は言い争っていた。

 「…本当に呆れた人だ。〈ホルダー〉の訓練を怠っていたなんて」

 「あ〜もう、その話は後にしてくれ……。それより、早く美奈の所に行かないとなんねえのに……くそっ、お前ら邪魔なんだよ!」

 3人の周りには、まるでシューティングゲームの無限に出てくる敵キャラのように、翼の生えた悪魔――ディザスターの軍勢が、四方を取り囲んでいた。

 「ちっ、弾切れか」

 狙いなど定めて撃っていないのに不思議とよく当たる弾丸を撃ちつくしたアウルは、右手に構えた黒鋼の銃からマガジンを投げ捨てると、右の袖を捲り上げ、そこに巻かれた銃のネックレス時のチェーンとなる鎖を左手で軽く触れた。すると鎖の一部が光を帯びて巨大化し、新たなマガジンへと変化した。それを引きちぎり、装填する。同時に、千切れた鎖は再び繋がった。

 「…このままじゃキリがねえ。悪ぃ、美奈!使わせてもらうぜっ!」

 

 ―――〈アイズ〉、発動。

 『impulse[インパルス]!!』


 ……だが、紅く染まるはずの両目に、何も変化は起きなかった。

 「あれ?ど、どうなってんだ!?」

 「知らないようなので言っておきますが……〈アイズ〉は、半径100メートル以内に〈ホルダー〉がいないと発動しないようになっていますよ」

 バクトは半ば呆れ気味に、機会のように淡々と説明した。

 「マ、マジで?」

 「…ハァ、仕方ありませんね。私が突破口を作ります。タイミングを見誤らないでくださいよ――――いきますっ!」

 バクトは双剣を逆手に持ち、勢いをつけて前に突き出した。

 瞬間―――バクトの青色の双剣の刃だけが飛び出し、柄に繋がれたコードがディザスターの群れをなぎ倒した。そしてそこに、道が生まれる。

 「サンキュー、バクト!――――おりゃあぁ!」

 アウルはその開けた道を、脱兎の如く走り抜けた。

 

 「美奈さん、大丈夫でしょうか…?」

 ハウは心配そうに、アウルの駆けていった先にある、焼け崩れた教会を見つめる。

 「やれやれ、本当に世話の焼ける人ですね――――!?」

 突然、バクトの背中に悪寒が走った。


 ……何かが起こる。何かはわからないが、とてつもなく不吉な何かが。


 「…ハウ、私たちも行きますよ」

 「え?どうしたんですか、急に」

 「悪い予感がします……」


 ―――空に漂う漆黒の雲は、いつの間にか教会を中心にして集まっていた。



                    *


 

 「神藤美奈って言うの。よろしくね♪」

 「よ、よろしくお願いします……」

 「君の名前は?」

 「名前……覚えてない」

 「え!?」


 辺りを歩いて少年の両親を捜していた2人は、結局見つけられなくて、とりあえず一旦教会に戻っていた。

 「なんだか頭がズキズキして、思い出せないんだ…」

 「そんな……。―――あれ?その胸の名札に書いてるの、君の名前じゃないの?」

 少年が自身の胸を見ると、黒こげた名札が服に引っ付いていた。少年の反応を見ると、どうやら知らなかったらしい。

 美奈はそこに顔を近づけ、そこに書かれた名前を読み上げた。

 「ぬし……『主神善(ぬしがみぜん)』…?」

 美奈が顔を覗き込むと、少年は首を横に振った。

 「違う。僕は、こんな名前じゃない」

 「そっか…」

 しばし黙り込んだ後、美奈はやがて何かを思いついたように顔を上げた。

 「じゃあ君の本当の名前がわかるまで、君を『主神善』ってことにする!」

 美奈は少年の頬に小さな人差し指を突き立てた。

 「で、でも……」

 「いいのいいの!だから―――」

 戸惑う少年の手を美奈は両手で握り締めると、ティンカーベルも真っ青なぐらいの可愛らしいウインクを投げかけた。

 

 「はじめまして、善君♪」


 善の脳裏に走馬灯のように、幸せだった頃の両親との思い出が浮かんだ。今はもう、戻らない日常。

 ―――でも今は辛く感じない。この人の言葉のおかげだ。…何て凄い人なんだろう。この人がいれば、どんな嫌なことでも忘れられる気がする。

 どんなことでも、きっと。

 善は頬を伝う涙を拭い、にっこりと微笑んだ。

 「―――はじめまして、神藤さん」

 

 バシャアアアアアアアァン!


 「!?」

 2人の平穏な時間を引き裂く、ガラスの破裂音。見ると、教会の門の前に黒い影が1つ、立っていた。

 あれは―――ディザスター!

 美奈は恐怖と驚きでたじろいだ。

 「そんな……こんな所にまで!」

 「知ってるの、神藤さん!?」

 「知ってるも何も、この新宿をメチャクチャにしたのが、あの怪物なんだよっ!」

 「あれが……!」

 偶然、善は化け物と目が合った。

 

 ……え?


 神藤さんの言うとおりなら、この化け物が大勢の人を殺し、もしかしたらお父さんとお母さんまで殺したのかもしれないんだ。

 なのに、なんで……!

 

 ―――善には、ディザスターのそのおぞましく不気味な顔が、自分に向かって微笑んだかのように見えた。まるで、父親が子に優しい笑みを向けるように。


 「善君っ!」

 「え…?」

 少し目を離した瞬間――ディザスターは両腕の巨大な爪を天井に向け、何やら光を放出した。

 それと同時に、天井から甲高い音が鳴り響く。

 善が真上を見上げると、天井を覆うように張られたガラスが大量の破片となって、雨のように降り注いできた。

 ――――あ……。

 守らなきゃ。

 美奈の小さな体が、考えるより早く動いていた――

 

 ガッシャアアアアアアン!


 「う………!?」

 一瞬感じた眩暈の後、気がつくと上から覆いかぶさるようにして、善の胸元に美奈が顔を埋めていた。そしてその女の子らしい華奢な背中に、血で滲んだ数枚のガラス片が突き刺さっていた。

 同じガラスのかけらが、大量に辺りに散乱している。

 その状況が物語るのは――神藤さんが自分を庇い、怪我を負った――いう事。

 「そんな……神藤さんっ!」

 嫌だ…神藤さん、死なないで、神藤さん!

 「……大丈夫だよ」

 「!?」

 「美奈は、大丈夫だから……」

 美奈はゆっくりと起き上がり、

 「ね♪」

 背中に走る激痛を堪え、必死に作った天使のような笑顔を善に向けた。

 「神藤さん……」

 

 アオオオオオオオオオォォォ!!


 二人が今の攻撃で倒れなかったからか、ディザスターは狼のごとき雄叫びを上げ、腰を屈めて向かってきた。

 美奈が屋上で出会ったものより、数倍速い。

 偽りの天使は一瞬の内に2人の眼前まで迫り、両腕に備えられたその鋭利な爪を突き出す―――

 

 ガン、ガン、ガンッ!!


 だが美奈の鼻先まで触れかけたそれは、どこからか飛んできた数発の銃弾に砕かれ、禍々しい体と共に砂と化した。

 「美奈ぁ!無事か!?」

 「―――アウル!!」

 ディザスターがいた教会の門のところに、金髪の青年―アウルが立っていた。

 アウルは左手に掴んだディザスターの頭を地面に叩きつけ、右手に構えた銃でトドメの一撃を食らわせた。

 「……ってお前、何なんだよそれ!?」

 「へ?」

 「どうしましたアウル――――なっ!?」

 遅れてきたバクトとアウルに見えていたもの……それは霊体であるが故に見える、目を覆うほどの光に包まれた少年―――善の姿。

 まさか、神!?

 バクトの細く引き締まった目の奥の瞳孔が、大きく開いた。

 倒さなければ。なんとしてでも!

 「くっ!――――ハアアアアアァッ!」

 「お、おい、バクト!?」

 アウルが止める暇もなく、バクトは双剣を振りかざし、その刃先を善目掛けて投げ飛ばした。だが―――


 「―――させませんっ!」


 幼い少女の声と同時に善の前に突然発生した、善の体から出るものとは別のオレンジ色の光の奔流が、ギリシャ彫刻を思わせる金色の巨大な盾を形作り、双剣の刃を弾き飛ばした。

 「…なっ!?」

 バクトは弾き返された刀身を柄に戻すと、慌てて辺りを見回した。

 ――この盾、どこから!?

 するとすぐに、バクトの背後の壁が焼かれたプラスチックのように徐々に溶けて赤くなり、やがてすさまじい勢いで爆発した。

 「くっ!」

 「きゃああっ!」

 そこから激しく吹き荒れる爆風に、顔を両手で覆った5人は、再び顔を上げた。


 ―――そこに立っていたのは、灰色のコートを着込みフードで顔を隠した不気味な12人の人間達。

 そしてその真ん中に立つ、その中で一番小柄な、子供と思しき人物は善を指差し、意気揚々と叫んだ。

 「見つけましたよ、私たちの主!」

 

 ―――え?

 この声、どこかで……。

 美奈はその子供を見つめた。背丈は美奈とよく似ていた。そして、あの子にも。


 ………麗奈?



 次回――第1章 第5節  使徒と、再臨

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