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Legion  作者: 天津飯
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第1章 第3節  悪霊と、天災

「結衣ちゃああぁん!」

「美奈あああ!」

「今度会う時は地獄にて。では、さらば」

アウルが手すりを蹴り、2人は闇の中に落ちたかと思うと、漆黒の翼を生やした悪霊はブツブツと何ごとか呟き、地面から5メートル程の高さまで来た所で、翼を拡げて飛び始めた。

「結衣ちゃあぁん!」

美奈は数メートル近く離れた結衣に向かって叫んだ。だが彼女は気付いていないらしく、ただじっと眼下に広がる闇を睨んでいた。

「無駄だ。俺の唱えた呪文で、俺たちはもう一般人には見えないし、声も聞こえなくなった」

「そんな…」

美奈はしばらく悲しげな瞳で結衣を見つめていた。だがその眼差しは、互いに決して届くことは無い。やがて学校は遠ざかり、完全に見えなくなった。

「…ちゃんは…結衣ちゃんは、美奈の大切な『友達』だったのに!」

美奈は目にうっすらと涙を浮かべながらアウルを見据えた。

「知ってるさ…言ったろ?俺は5年前からお前の中にいたんだ。お前が、あいつと出会うより前に。だからあいつの事は、お前と同じくらい知ってる」

アウルは無表情のまま答えた。

「じゃあ何で、あんなこと!?」

「さっき言ったろ?お前には、神に対抗できる力があるって。その力を持ったお前は、神と戦い人間を守り抜く運命を背負わなきゃならない…だから出来るだけ、今までの生活を忘れてもらわなきゃならなかったんだ…」

「結衣ちゃんを忘れる?…そんなの、出来るわけ無いよっ!」

ボロボロと雨の雫のような涙を流し、悲鳴にも似た叫び声を上げた。

優しい結衣ちゃん。お父さんとお母さん、そして麗奈が死んだ後のボロボロになった美奈を、五年間も支えてきてくれたあの結衣ちゃんを忘れろだなんて―

「…なぁ〜んてね♪冗談だ!」

「へ?」

アウルの、さっきまでのどこか翳りのあった表情が、またいつもの(?)ニヤニヤとした笑い顔に戻った。

「確かに、俺と制約を交わしたからには、お前は俺と一緒にディザスターと戦ってもらわなきゃならない。だけど、別に今までの生活を忘れる必要はねえよ」

「じょ、冗談って!…じゃあ結局、何のためにあんなことを…」

美奈は緩みっぱなしの涙腺から漏れ出た涙を両手でゴシゴシと拭い、問いかけた。

何か、今日は泣き過ぎな気がする…。

「あんなこと?…それって、俺があいつに『地獄で待ってるぜ、ベイビー♪』って言ったことか?」

「(さっきと微妙に違うけど)…うん、それ」

「あれはだな…いつもあいつがお前に言っていた言葉…『お前を護る』ってのが、本当かどうか試してみたかったんだ」

「結衣ちゃんを…試した?」

話しながらもアウルは、人に見えないからこそ出来る5メートルの超低空飛行での速度を上げた。もしかしたら、マッハとか何とか出てるんじゃないかって程に。

「ああ。俺様の迫真の演技で、あいつは俺が美奈を本当に地獄に連れて行ったって思ってるはずだ!そして、あいつの言ったことが本当なら、あいつはお前を助ける為に地獄の果てまで追いかけてくるって寸法♪」

結衣ちゃんに、また会える―だけどそれは…

「そんなのダメだよ!結衣ちゃんを戦いに巻き込むなんて…絶対にダメぇ!」

「あっ!?このっ、暴れんなって!」

片手1本で支えられた美奈が落ちそうになりながら暴れるのを押さえつけてなんとかなだめると、もう片方の手でろくに手入れしていない髪をボリボリと掻いた。

「フゥ、無駄な労力使わせんなよ…ああーもう、あいつだってバカじゃねえさ。心配しなくても大丈夫!だから、あいつの話はもう終わりだ!」

そう言うとアウルは、美奈から顔を背け、おもちゃを買ってもらえなかった子供のようなムスッとした顔をした。そしてその間も、徐々に速度を上げていく。

周りの景色がまるで見えない。ここまで来ると、さすがにちょっとキツイかも。

「もしかしてアウルってさ、結衣ちゃんのこと嫌い?」

「あん?…まあな。前からいけ好かねえ奴だって思ってた」

「そんな…結衣ちゃんとアウルがいてくれてたら良かったのに…」

「ケッ、そんなの無理だぜ。大体あいつ、『美奈は私が面倒見る』って、毎日毎日来やがって…美奈を護んのは俺だっての…」

「え?」

激しい風の音のせいで最後の部分が聞き取れなかった美奈は、アウルのネクタイをぐいぐいと引っ張って聞いた。

「え?なんて言ったの?ねえ、アウルってば〜」

途端に、アウルの頬が薄いピンク色に染まっていく。だが残念なことに、美奈の角度からでは見えなかった。

「何でもねえよ」

「ねえ、何て言ったの?」

「あーもう、うるせーな!飛ばすぞっ!」

翼を目いっぱい拡げ、ロケット並みの爆発力を使って、一気にスピードを上げた。いくらなんでも速すぎる!意識がと、飛ぶ!

「ひいぃえええええぇぇぇ!」



美奈が五分ほど生死の境を彷徨ったところで、やっとアウルはスピードを落とした。

「ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った…」

「お、そろそろ見えてきたぜ」

なんとか息を整え顔を上げると、まるで隕石が落ちてきたように、東京ドーム並みの巨大な穴が、つい先程まで新宿があった場所にぽっかりと空いていた。

そして当然ながらも、街一つが消滅した東京は人で埋め尽くされ、大パニックに陥っていた。

「そんな!?東京が…」

東京が、美奈の街が、メチャクチャに!

「あれに関しては大丈夫だ。組織が、〈ロンギヌス〉が何とかしてくれる」

組織?〈ロンギヌス〉…?

「だから俺たちがしなきゃならないのは…あいつらをぶっ潰すことだ!」

「あ、あれは!」

アウルがあごで示した所、逃げ惑う人々の中に、やつらはいた。

大混乱の街にとどめを刺すように、何百体もの数で次々と殺戮を繰り返す化け物―ディザスターが!

「アウルー!」

「んあ?」

数メートル後ろから、聞き覚えのある声が聞こえる。

アウルと美奈が同時に振り返ると、一緒にいた少女を右腕に抱えたバクトが、半分キレ気味でこっちに近づいて来ていた。

「まったくあなたは、なんて速さで飛んでるんですか。私は仮にもあなたのサポートに来ているんですよ?少しはチームワークというものを考えてください」

余りにスピードを出しすぎた為に、いつの間にか追い抜いていたらしい。バクトは、初めにあった時には考えられないほどカンカンに怒っていた。

「アハハ、悪ぃ悪ぃ♪でもま、いいじゃねえか。無事着いたことだし」

「…まあいいでしょう。今は時間が無いことですし」

あれ?  

美奈は不思議がった。

またアウルの楽観ぶりに怒り出すのかと思ったら、意外とすんなり許しちゃった。それほど急がなきゃいけないことなのかな…?

「さてと…」

アウルは左手を額に当て、また何かブツブツと唱え始めた。一瞬だけうっすらと体の色が変わる。たぶん、さっきの姿を消す呪文の解除呪文か何かだろう。バクトもそれに続く。

「そんじゃま、行きますか!」

「ええ」

崩壊した新宿の真上に立ち、獲物を取るツバメを思わせる格好で、一気に急降下。だが、さっきの飛行で慣れたらしい。美奈は不思議と気持ち悪くはならなかった。

そしてバクトと一度も話していなかった事に気付き、逆さのまま声をかけた。

「あの、バクトさん…私、神藤み…」

「私は、人間が嫌いだ」

美奈の顔を見ようともせずに答えた。

…え?

「あ、そうそう、美奈!」

戸惑う美奈に追い討ちをかけるようにして、まるで世間話でもするように、アウルの発した一言―

「死ぬなよ♪」

「へ!?」

アウルとバクトは、地上から5メートル程の高さまで来たところで、制約を交わしたそれぞれの〈ホルダー〉を抱きかかえていた手を、パッと離した。支えを失った2人は、真っ逆さまに落ちていく。

もう、やだ…。



                         *



「行っくぜええぇぇ!」

美奈を降ろし終えたアウルは、バクトと二手に分かれ、急降下した。

光に包まれ巨大な漆黒の翼が消えていく中、アウルはネックレスを引きちぎり空中で銃に変化させ、今まさに逃げ遅れた幼い少女に襲いかかろうとするディザスターに向けて、引き金を引く。

凄まじい衝撃は、異形の天使を粉々に砕け散らせた。だがすぐに次の敵が飛び出し、その少女に牙を突き出す。

「させるかっ!」

アウルは数瞬早く少女の前に降り立ち、銃口をその牙に当て、瞬時に撃ち抜いた。

牙ごと頭部を破壊されたディザスターが咆哮を上げることなく倒れていく中、アウルは間髪入れずに、少女を庇いながら銃を乱射し辺りの敵を一掃する。半分近くが外れてはいたが、ものの10数秒で10体近くのディザスター達を粉々に打ち砕いた。

断末魔の叫び声を上げるディザスターの青白い血と桜の花びらの様に舞う砂が、アウルと小さな少女の周りを覆い尽くす。

「大丈夫か?」

「う、うん…」

「よっし!じゃあ、あそこの瓦礫の隅に隠れてろ」

近くにある建物の残骸を指差し、アウルはすぐにディザスターが群がる場所へと駆け出した。

「あ、待って!」

「ん?」

「お兄ちゃんは…天使なの?」

アウルは一瞬驚いた顔を見せたが、またすぐにお馴染みの笑いを浮かべ、

「いや…俺は、『悪霊』だ」



                         *



「へぶっ!?」

爆発にも似た豪快な音を立て、美奈と少女は頭からボロボロの教会へと突っ込んだ。天井を突き破り、砂埃と共に床へと落下する。

その衝撃に壁に立てかけられた、イエス・キリストが処刑される場面を描いた巨大な絵が、ガクンと傾いた。

「…痛たたた…あれ?何とも無い?」

5メートルの高さから、ましてやコンクリートの天井を突き破って来たというのに、出血どころか、かすり傷一つ負っていなかった。

「私たちは〈レギオン〉と制約を交わしたんですよ?そんな簡単に死ぬはずありません」

砂埃が霧のように辺りに立ち込める中、さっきの一緒に落ちた少女が、隣でやけに大人びた口調で声を上げた。

歳は10歳ぐらいだろうか。ブルーサファイアの目に、目の下で切りそろえたサラサラの金色の長髪。そして左右のこめかみ辺りに、かわいらしいフリル付きの大きなリボンを携えていた。大人びた声とは裏腹に、見た目は子供そのものだ。

「バクティエル様と制約を結んだ者です。ハウって呼んで下さい♪」

丁寧語を使うところはバクトと似ているが、礼儀正しさは180度違っていた。

「あ、どうも…アウレリエルと制約を結んだ、神藤美奈です。…ってことは…」

ハウは美奈が言うことがわかっているのか、美奈が言い終わるより先に返答した。

「はい。5年前にバクト様に助けていただいた時から、ずっと一緒です…そしてこれは、その時に出来たものです」

そういうと少女は、目にまでかかった前髪を掻き分けて、右の頬を美奈の方へ差し出した。

「っ!?…これは、火傷!?」

透き通るような少女の真っ白な頬に、まるでそこだけが別の物体なのかと思わせるほど赤くただれた火傷の跡が、はっきりとあった。

それだけで、少女が美奈と同じように、五年前に身の毛もよだつような恐ろしい体験をしたのだということが分かった。

「でもこれ、実は治せるんです」

「えっ?じゃあなんで消さないの?」

「…証なんです。バクト様が、私を助けてくれたっていうことの…でもそれはたった1回きりで、もう助けてはくれないでしょうけどね」

「なんで?アウルは、美奈を護るって言ってくれたよ?」

それにハウは、いくらか沈んだ口調で答えた。

「それは、アウレリエルさんだけですよ。〈レギオン〉を体内に宿すことが出来る力を持っているのは、私たちだけではありません。私たち〈ホルダー〉の替えはいくらでもいるんです…それにバクト様は、人間が嫌いですから。美奈さんも、そう言われたでしょ?」

(私は、人間が嫌いだ)―確かにさっきそう言われた。

なんでバクトさんは、人間が嫌いなの?

美奈がハウに問おうとした瞬間―


ドゴオオォォン!


朽ち果てた教会の壁と共に、数体のディザスターが2人の方へ吹き飛ばされてきた。

 「あ!…ハウちゃん!」

ハウの眼前に、まるで岩石のような巨大な体が飛んでくる。だがハウは慌てる様子も無く、小さな体を折り曲げ、紙一重の所でかわした。驚くべき反射神経だ。

かわされたディザスターは、爆音を立てて床に激突した。

「す、すごい…」

「え…いや、た、たまたまですよ…!」

美奈が向けた尊敬と感嘆の眼差しを見て、ハウは照れながらも控えめに、だがとても幸せそうな笑みを浮かべた。

やっぱり、まだ子供だ。


「ハウ!」

とっさに2人が振り向くと、ディザスターが飛んできた場所に、両手に双剣を握り締めたバクトが立っていた。

「〈アイズ〉を使用します。来なさい」

「あ、はい!バクト様」

ハウは主人に呼ばれた子犬のように、トコトコと走っていく。

「…それとあなた。私の『家』に変なことを吹き込まないようにして下さい。戦闘に支障が出ますから」

「え、『家』?」

バクトはそれだけ言うと、ハウと共にディザスターが待ち受ける外へと飛び出していった…

急に静かになった。

なんとなく、吹き飛ばされてきたディザスターをちらりと見る。四肢は完全に切り刻まれ、その顔はまるで床を這うゾンビのように、苦悶の表情を浮かべていた。

「ひっ!?」

美奈が小さく悲鳴を上げると、やがてそれは砂になりサラサラと風に吹かれ、消えていった。

今自分は1人なんだと分かった途端、急に寂しくなってきた。辺りで絶え間なく激しい銃声が聞こえてくる。恐らくはアウルが戦っているのだろう。

「アウル〜…早く来てよ〜!」

その後ろで、傾いたままのキリストの絵が少しだけ、ガクンと傾いた。



                         *



「ハウ、右です」

「はい!」

ハウは迫り来るディザスターの攻撃を、背後のバクトが出した指示通りに動き、その全てを紙一重でかわしていく。そして2人は何を思ったか、あえて敵が一番多く集まっている所に突っ込んだ。

「座標確認…前24、左18、右20、後20…ハウ、10秒いきます。準備はいいですか?」

それにハウは、大丈夫。というように力強く頷いた。

「では、いきます…」

双剣を逆手に持ち替え、突然目を閉じて動きを止めたバクトに、数体のディザスターが飛びかかる。だが、それを見計らったかのように、寸前の所でバクトは両目を静かに開いた。

蒼く光る、異形の目に変えてー――


――〈アイズ〉、発動。

『high speed[ハイスピード]!』


自身の両肩を抱き締め、ハウが甲高い悲鳴を上げたと同時に、一瞬にしてバクトの姿が風のように消えた。そして次の瞬間には竜巻にさらわれたようにして、哀れな天使達が大量の血飛沫と共に、悲鳴を上げることもままならないまま、バタバタと倒れていく。

時折光の反射で怪物共を次々とねじ伏せる、鮮血を帯びた悪霊の双剣の刀身が光り輝くことが、その恐怖を暗示させた。

「6…5…4…」

少しも息を切らすこと無く、カウントしながらディザスターの軍勢をなぎ払う。あまりの早業に、ディザスター達は成す術もないまま塵となり、暗黒の空へと消えていく。

だがそうしている内に、バクトに切り刻まれ五体不満足にされた何体かのディザスター達が、残った手足で、両肩を押さえた格好でその場からピクリとも動かないハウに、まるでゾンビのようにズリズリと這っていく。このままでは、ハウが危ない。

だがバクトは気にすることなく、双剣を振りかざし音速のスピードで殺戮を続ける。

「3…」

1体のディザスターが血まみれになった腕で、その細さからは想像もつかないほどの力を込めて、ハウの足にしがみ付く。

 少女の白く華奢な足が、ミシミシと音を立てる。

 耐え難い痛みに、少女は小さな悲鳴を上げた。

 「2…」

 それに続いて切り刻まれたディザスター達が、次々と少女の体にしがみ付く。

 まるで命乞いをするかのように。

 「1…」

 少女は痛みと恐怖を押さえ込み、なんとか平静を保っていた。だが遂に、ディザスターの持つ狼に似た鋭い牙が、少女の眼前に襲いかかる―

 「0…!」

 それと同時に動けるようになったハウは、間一髪でその凶悪な牙を避け、しがみ付く化け物を振り払い、数歩後ずさってその場に崩れ落ちた。

 そしてその前に、全身を青白い血で染め、双剣を構えたバクトの姿が旋風と共に現れる。

 「〈アイズ〉、解除」

 バクトの両目が元に戻ると、ハウを襲ったやつを含めて、その場に倒れた80体近いディザスターの群れが一斉に砂と化した。


 「足を痛めましたか…」

 バクトは、激痛に顔を歪め地面に倒れ伏しているハウの下に歩み寄り、背筋も凍るような冷徹な眼差しでハウを見下ろした。

 「立ちなさい。まだ敵は残っています」

 「…は、はい」

 ハウは両足を庇いながら、ゆっくりと立ち上がった。その間バクトは手を貸そうともせず、新たにやってくるディザスターの群れに対して構えを取っていた。

 その時―

 

 「バ〜ク〜ト〜!」

 背後からバクトの頭上を飛び越え、バクトと同じ黒スーツの青年が、その前に降りたった。

 「…誰かと思えば、アウル、あなたですか。まったく、いちいち騒がしい人だ…」

 「うっるせえ!…まあ、そんな事よりよ…凄えだろ!俺なんかもう、50体倒したんだぜ!」

 そう言ってアウルは、愛銃をバクトに誇らしげに見せつけた。

 「何しに来たのかと思えば、そんなことを言いに来たのですか。それに残念ですが私はもう、100体以上倒してます」

 「嘘だろっ!?100体なんて倒せるはずが…あっ!」

 そこでアウルは、ハウが、苦しそうにふらついているのに気がついた。

 「〈アイズ〉を使ったのか。それも、かなりの時間」

 「ええ。ですがこれは本人が望んだことですし、自分の〈ホルダー〉をどうしようが、私の勝手のはずです。そもそも、ホルダーを気遣って〈アイズ〉の使用を避けるあなたの方が変なのなのですが」

 「そりゃあ、そうだけどさ…」

 アウルは何度も倒れそうになるフラフラのハウの姿を、哀れみか、同情か、複雑な瞳で見据えた。

 「アウル、ボーッとしている場合ではありません。来ますよ!」

 すでに数十体のディザスターの群れが、3人の方へまるで猛牛のように突っ込んで来ていた。

 「!…そうだな。とりあえず今は、戦いに集中するか!」

 「ええ」

 「さーて、化け物ショーの始まりだっ!」

 2人同時に、敵の中心めがけて飛び出した。

 「ハッ!」

 アウルの黒鋼の銃から飛び出した弾丸が、瞬く間にディザスターの巨大な頭をこっぱ微塵に吹き飛ばす。

 それに続くようにして、バクトは銀色の双剣を後ろに構え、

 

 『双神龍・疾風!』

 

 勢いよく前に突き出すと、その刀身が飛び出し、敵を串刺しにした。

 すばやく刀身を戻し、バクトは一足早く敵の中心へ飛び込むと、伸びたままの双剣を振り回し、次々にディザスターの群れを薙ぎ払っていく。

 「ああっ!?ズリぃぞ、このやろお!」

 「こういうのは早い者勝ちです」

 感情のこもらない、抑揚の無い声で言った。アウルのように、挑発しようなどとは微塵も思わないらしい。

「ケッ…俺だって、やってやるさ!」

 アウルは、バクトが行った場所とは違う群れの中心に突っ込み、その場に立ち止まった。

 「喰らえぇっ!」

 

 『ファントム・ブラストっ!』


 右に左に銃を持ち替え、辺りに乱舞の如き乱れ狂った乱射を繰り返す。

 一見適当に撃っているかに見えるが、その狙いは正確で、初めのように半分近くの弾を外すような事は無く、ほぼ全ての弾を命中させた。

 「…フィナーレだ♪」

 アウルがかっこつけて、ポーズを決めて銃撃を終えた時には、既に20体近くのディザスターが灰と成り果てていた。


 「へえ…口だけではなさそうですね」

 またも抑揚の無い声で言った。

 「ヘッ、俺にかかりゃ、こんなもん朝飯前だけどな!」

 「…次、行きますよ」

挑発したつもりだったのだが、あっさりと無視された。

――ちっくしょう…〈アイズ〉が使えるからっていい気になりやがって。美奈が鍛えてたら、俺だって…あれ?そういえば美奈は?

…ヤバイ。そろそろ行かないと心配だな。

「おい、バクトの犬」

「はい。なんでしょう?」

間接的にこれもバクトへの挑発のつもりだったのだが、今度はハウにまで流された。

――というか、あのツンツン頭は人間嫌いだからな。自分の〈ホルダー〉をバカにされても、なんとも思わないか。

 …ったく、どいつもこいつも。

 「…あの、あれだ。美奈がどこにいるか分かるか?」

 「美奈さんでしたら、アウレリエルさんが空から落とした教会にまだいるはずですよ。…それと、美奈さんっていい人みたいですね♪」 

美奈より年下なのに、美奈の何倍もしっかりとしたその少女は、にっこりと微笑んだ。だがバクトがそれを許さず、キッと鋭い眼光でハウを睨んだ。たちまちハウは「すいませんでした」と、頭を下げる。

 「何でバクトは人間が嫌いなんだよ?」

 5年前からずっと聞きたかったことだ。ついでにハウはその言葉に、少なからず動揺しているようだった。

 だが、ツンツン頭は不機嫌な表情を見せてから顔を背け、

 「…そんなこと、どうでもいいです。それに、今は関係ないでしょう…というかアウル、あの女がどうかしたんですか?」

 「あ、忘れてた。美奈を助けに行くんだった!」

 「え?別にそんなの、わざわざ行かなくてもいいでしょう。ハウのように、自分を護る為の訓練ぐらい受けさせているはずですが」

 …あ。

 俺はこの時、この5年間で最大のミスを犯していたことに気付いた。

 それも、超ウルトラビッグな。

 「俺…訓練してないんだった…」

 多分この時、俺の口の端は思いっきりつりあがっていたに違いない。しかしそれは挑発じゃない。いわゆる、「苦笑」だ。

 バクトとハウの2人は、一瞬だけ顔を見合わせ、叫んだ。

 「ええぇぇぇ!?」

 …こいつら、ホントは仲良いんじゃねえのか?

 

 

                         *

 

 

 1体のディザスターが、荒れ果てた教会の扉の前に身を隠し、その中を覗き込んでいた。

 そして、その凶悪な獣の視線の先には―

 床に転がった小石を指で小突いて遊んでいる、美奈の姿があった。


 

 次回――第1章 第4節  運命と、再会


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