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Legion  作者: 天津飯
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第1章 第2節  始動と、決別

「俺が憎いか、美奈」

「!」

アウルと名乗った青年は、翼を閉じながらよれよれの黒スーツを翻し美奈の方へ振り返ると、怪物に向けたのと同じように口元に笑みを浮かべた。見た目は少し変わったが、相変わらずボサボサな金髪や発せられるオーラは、五年前とさほど変わっていない。

「そりゃそうだよな。お前は、妹が死んだのが俺のせいだと思ってるんだから。…俺が、悪魔に見えるからっていう口実つけてね♪」

「…!…何で、それを…」

「フフンッ、実はな…俺は5年前のあの日、お前に憑依した。つまりは、お前と同化したって事だな。だからお前の考えてる事なんて、全部お見通しなんだよ♪それに俺は悪魔じゃない、悪霊だ」

―思い出した!あの日悪魔が言った言葉。

〈汝、我と共に〉

そんな、悪魔に憑依されただなんて!?

「まあ、別に害がある分けじゃないから安心しな。…とりあえずだ、大事なことを1つ教えてやる。お前の妹は、俺が殺したので無ければ事故死でも無い…お前ら人間が尊敬し奉る存在……神だ」



さっきまで止んでいたはずの雨が、また急に降り出した。

それはまるで、自分の心を映しているように思えてならない…

突然現れた恐ろしい怪物、麗奈を殺したと思い込んできた悪魔との再会。

これは全部夢なのだと、思いたかった―



「神様が、麗奈を殺した?…何で!」

信じられるはずがなかった。

今までずっと、この悪魔が殺したんだと自分に言い聞かせて平静を保ってきた。そうしないと、麗奈が死んだことに耐えられなかったからだ。なのにこの人は、それが自分じゃなく神様のせいだと言う。

そんなの、嘘に決まってるよ!

だが、アウレリエルは美奈のそんな気持ちを知ってか知らずか、淡々と話を進めた。

「絶望したからだ…何千年もの間、殺戮や強奪を繰り返す人間に。そこで神は人間を滅ぼそうと考えた。だがその為には、神に対抗しうる力を持った者を消す必要があったんだよ…麗奈、そしてお前もその内の1人だ。」

不思議と驚かなかった。

自分と麗奈にそんな力があったなんていう事など、どうでもいい。大事なのは、そんな理由で本当に神様が麗奈を殺したのかという事だ。

ん?待って…だとしたら―

「じゃああの怪物は、神様が…!」

「ご名答♪見た目は悪魔だが、あれは紛れも無く神が生んだもの…その名を、ディザスター!」

美奈は確信した。間違いない、神様が麗奈を殺したんだ!さらに今度は、自分さえも殺そうとしている。

許さない、そんなの絶対に許さないよ!

次第に雨は雨雲を残して止み、暗黒の空は一層濃くなっていった。

前髪から滴り落ちる水滴を見つめながら、美奈はゆっくりと口を開いた。

「アウレリエルって言ったよね…」

「アウルでいい」

「アウル…あなたは何?」

またも口元に笑みを浮かべ、アウルは怪物の方へと向き直り美奈に背を向けて叫んだ。

「お前に憑依した悪霊。そして、お前を守る男だ!」


「ガアアアア!」

その言葉を聞いた途端、それまで二人の様子を伺っていたディザスターが、突然咆哮を上げて襲い掛かって来た。しかも見た目の割に、かなり速い。

「だが、今の俺じゃこいつを倒せない。倒すには、完全な『制約』を結ばなきゃならないんだが…やれるな?」

「うん」

その目は、初めに見せた臆病なウサギのものとは違った。瞳の奥に決意の光を秘めた、獣を狩る獅子の目だ!

「ハッ、…そうこなくっちゃな!」

ステップを踏みながら構えの姿勢を取ると、ポケットから金色に輝く十字架をあしらった見事なネックレスを取り出し、美奈に投げ渡した。

「それを握り締めて、さっきと同じように叫べ!」

「それだけ?」

「はあ!?」

勇敢な獅子になったはずの目が、今度は好奇心丸出しの子供の目に変わった。

おいおい、襲われてんのにかなり余裕じゃねえか…こいつ、あるいは大物かも知れないな。

「ったく、何期待してたんだよ…って、うおおおお!?」

反射的に、いつのまにか眼前まで迫っていたディザスターが振り下ろした、鉄柱のように太く伸びた右腕を受け止めた。だが、アウルの頭一つ分程もあるその巨大な腕の威力は絶大だった。

「ガハッ!」

その破壊力は凄まじく、両足は地面へめり込み、何とか受け止めていた両腕はミシミシと鈍い音を響かせて折れていく…

「…クッ、ちょっと油断しすぎたかな?」

「あっ、アウル!?」

「俺の事はいい!お前は早く制約を……ウッ!?」

ディザスターは、なおも攻撃の手を休めない。血の匂いを漂わせて殴り続けるその姿は、まるで踊っているかのようにすら見える。

このままじゃ、アウルが…でも…

ドガッ!

普通の人間ならば容易に死ぬであろう、巨大な両腕の連撃を終えたディザスターは、今度は勢いをつけた左腕で大砲の如きパンチを食らわせた。

美奈は悩んだ。

『制約』を結べば、アウルがあの恐ろしい怪物を倒してくれるはずだ。だけどそれは、『制約』という名の通り、これからもあの怪物と戦い続けなければならないという事を示しているのだろう。

浴びるほどの血を流しながら回転し、アウルは屋上の隅まで吹き飛ばされた。

やっぱりそんなの、イヤだよ…

「…俺は…」

「!」

アウルは、瓦礫をどけながらフラフラと立ち上がり、ボタボタと血を流して掠れた声で口を開いた。

「…俺は、麗奈を護りきれなかった…目の前であいつが死んでいくのを、ただ黙って見ていることしか出来なかったんだ…だからお前は……お前だけは、俺が守る!」

―護る。

アウルが、守ってくれる。どんな時も、どんな事でも…それなら、恐れることなど何も無いはず!

「約束だよアウル…美奈を、ずっと護るって!」

「…ああ、任せとけ!」

―それを合図に、美奈はアウルから手渡された十字架のネックレスを握り締め、その手を胸に当てた。

「汝よ、我とともに――」

2人が、声を重ねる。


『テスタメント!』


美奈の右手から、漆黒の光が溢れ出る。

―それと同時に、二人の足元に光り輝く巨大なペンタゴンが浮かび上がり、眩い光が2人を覆った。


「ボコスカ殴りやがって…痛えじゃねえかよ…」

光の中でアウルの漆黒の翼が炎に包まれ、消えてなくなった。それはまるで、神に逆らった天使のように見える。そしてさらに、左頬に、逆さにした黒の十字架をした模様が浮かび上がった。

突然発生した光にたじろぐディザスターの腕を軽々と持ち上げ、ゆっくりと両目を閉じた。

「消えろ!」

カッ、と両目を見開くと、アウルを中心にして空気をも切り裂くような衝撃波が捲き起こり、ディザスターもろとも辺りの物全てを吹き飛ばした―

「これが、俺の〈アイズ〉…」

その両目は、血を浴びたように紅く染まっていた。


「うっ…うああああ!」

光が消えた直後、突然美奈の両目に激痛が走った。痛みに耐え切れず、右手にネックレスを握り締めたまま、両目を押さえる。向こうの方で何か大きな音が聞こえたが、今はそれどころじゃない。

「痛い、痛いよぉぉ!」

その場にうずくまり小さく唸り声を上げていると、数秒たった後、徐々に痛みは引いていった。

「何が、どうなって…ひぁっ!?」

突然、視界が真っ赤になった。驚いて両手を見ると、そこも紅く染まっている。これは…血だ!

「血!?…そんな、何で!?」

先程より数倍増した強烈な痛み。その大量の血は、両目から溢れ出ていた。

慌てふためく美奈をあざ笑うかのように、どす黒く変色した血がボタボタと零れ落ちる。

もう、限界だった。

「あ……ああああああぁぁ!」

大粒の血の涙を流し、暗黒の空に向かって悲痛な叫び声を上げた。それは、絶望に支配された者の悲鳴。

イヤだ、こんなの、もうイヤだ!


「美奈!」

…この声は…

真っ赤に染まっていた視界と耐えがたい痛みが、悪夢から覚めたようにゆっくりと元に戻っていく…

「アウ…ル…?」

アウルは、生気を失い血の海に横たわる美奈を抱き寄せ、両目の血を指で拭いとった。

「…あれ…羽根が、無くなって…る…それに…そのほっぺの十字架は…?」

「俺の翼、嫌いだっただろ?なら別にいいじゃねえか…」

アウルは、美奈を抱き締めた。

「すまない…今のお前にはまだ〈アイズ〉は早すぎた。お前を、こんな目に遭わせちまうなんて…俺が護るって言ったのに…」

「そうだよ…」

「え?」

「護るって、約束したのに……いきなり破るなんてヒドイよ!」

ぐったりしていたはずの美奈は、おてんばな小学生のようにアウルの鼻の辺りにズイ、と顔を近づけ、その眼前に人差し指を突き立てた。

「もう二度と、約束破らないって誓う?」

「はぁ?」

「ち・か・う!?」

「うっ…ち、誓う…」

「エヘヘ、ならよし♪」

アウルの手からスルリと抜け、彼の目の前に立つと、天使にも似た可愛らしい笑みを浮かべた。

「!…もう、大丈夫なのか?」

「うん、平気だよ♪」

アウルは驚きと安堵で、大きくため息をついた。

それにしてもこの満面の笑み。まるで天使…いや、無垢なガキじゃねえか。…どちらにせよ、悪霊と制約を結んだってのに、皮肉な話だよな。




                         *



美奈!

外の様子を見ようと飛び出した生徒達で埋め尽くされた廊下を、結衣は脱兎の駆け巡った。

廊下に残ったこの跡を辿れば、美奈の下へ辿り着けるはずだ。急がないと!

結衣だって怖くないわけじゃない。現に今も、両足は恐怖でがたがたと震えているのだ。だが、今の結衣を支配するのは、美奈に会う。その思いだけだった。

待ってろよ、美奈…僕はいつも、お前の傍にいる!



                         *

 


ガラガラ…

「!」

アウルが起こした衝撃波によって、屋上の隅にガレキと共に埋もれていたディザスターが、よろよろと立ち上がった。青く光るその瞳は、怒りに燃えている。

だが、驚くべきはそこでは無かった。

「へえ、再生なんて出来るのかよ…」

釘のような鉄骨が刺さった足、皮が剥がれて露になった肩などが、グニョグニョという聞いているだけで吐きそうな位の不快な音を発しながら、次々と回復していく。しかも何故か、それだけの傷を負いながらも血を流していない。

「こいつ苦しめてまで〈アイズ〉使ったのに、効いてないなんて…」

「アウル…」

「大丈夫、大丈夫。俺を信じろよ」

怯える美奈を後ろへ下がらせると、アウルは先程と同じ構えを取った。

「じゃ今度は、肉弾戦といこうぜ!」

両腕を放り出し風を巻き上げながら、常人を遥かに越えたスピードで駆け出した。

「ハッ!」

50メートルはあるディザスターの目の前まで一瞬で辿り着き、その頭にハンマーを思わせる強烈な蹴りを喰らわせた。その威力に、岩を模した巨大なそれが、まるで粘土のようにグシャリ、と潰れる。

「アアアア…」

口だけとなった頭で、でかい図体に似合わない蚊の鳴く様なか細い声で呻き声を上げた。

「まだまだぁ!」

その体勢から体を縦に三六〇度回転させ、今度はもう一方の足でまたも頭部めがけてかかと落としを繰り出すと、距離を保とうとサーカス団の猿の動きに似た見事な身のこなしで、くるりと回転しながら素早く後方へ跳んだ。

「…これなら、どうだ!」

アウルの猛攻空しく、哀れな化け物のへしゃげた頭は見る見るうちに元に戻っていく。

数秒たった後、アウルに受けた傷全てが何事も無かったかのように回復した。さらに、攻撃がまったく効かないと悟ったディザスターは、アウルに対抗するようにして口元に薄ら笑いを浮かべた。

神の使徒とは思えない、嗚咽がこみ上げてくる程不気味だ。

「ちぇ、やっぱり駄目か」

(やっぱりってまさか、遊んでたの!?)美奈は思った。

「…まあいいや、そろそろ終わりにしようぜ」

パンパンと服のゴミを払い、顔だけを美奈の方へ向けた。

「美奈、さっきのネックレスを渡せ」

「え?あ、ハイ!」

ずっと握り締めていたことすら忘れていたその十字架のネックレスを、アウルに投げ渡した。ピカピカと金色に光るそれは、全身を真っ黒なスーツで包んだアウルにはよく似合う。

「それって、何なの?」

「名称、〈クロス〉。…あいつらディザスターを倒すことの出来る、唯一の武器だ」

そう言ってアウルがネックレスを強く握り締めた瞬間、十字架は光になり、徐々に分解、再構築を繰り返していく…そしてそれは―

金色の見事な装飾が施された、鋼鉄の銃へと変化した。

「さて…」

手の中でくるくると銃を回転させ、ディザスターへ向けて勢いよく構えると、トリガーを引いた―

バンッ

「ガアアアア!」

その銃弾は、ディザスターの右腕をいとも簡単に吹き飛ばし砂と変え、傷口からは青白い鮮血をほとばしらせた。だがアウルは、なおも攻撃の手を緩めない…

バンッ、バンッ、バンッ

無言のまま銃撃を続け、今までとは打って変わった、甲高い声で悲鳴を上げるディザスターの四肢を全て吹き飛ばした。

「ア、アアアアア…」

「フンッ、どうした?回復してみろよ」

両手両足全てをもがれ身動きの取れなくなったディザスターは、ボタボタと血を流し地面に倒れこんだ。苦悶の声を上げながらアウルを睨むその目は、恐怖と驚愕の色を湛えていた。

「出来るわけないよなぁ…なんてったってこれは、『神の武器』なんだからよ」

「え?」

美奈は驚きを隠せなかった。

なんで「悪霊」のアウルが、神様の武器を持ってるの!?

「これで終わり、ジ・エンドだ―」


バンッ!


硝煙の匂い漂う屋上の空に消えていく、異形の天使の悲鳴。それは、全ての始まりを告げているように聞こえた…

「…改めてよろしく、神藤美奈」

振り返って美奈の顔を見据え銃を降ろし、さっきまでの皮肉のこもったものとは正反対の、爽やかな笑みを浮かべた。

まだ完全に信用した分けじゃないし、聞きたい事は色々あるけど…とりあえず今は―

「こちらこそよろしく、アウレリエル♪」

2人は、声を上げて笑いあった。


―だが、そんな安らかな時間は一瞬にして消え去った。

「…!…アウル、後ろ!」

「!」

すぐ真後ろに、どこからか飛び出した先程とは違った形のディザスターが、咆哮を上げて迫っていた。近すぎる、間に合わない!


『双神龍・疾風!』


低く鋭い声と共に、美奈の背後から二本の短剣の刃先だけが飛び出し、ディザスターを串刺しにした。その姿はまるで、十字架に張り付けられた彼の人、イエス・キリストのようだ。


「ガアアアアア!」

アウルが倒したときと同じく、青白い血を残して砂となり、一陣の風に吹かれてサラサラと消えていった…

「…予定時間より5分オーバー。まったく、たった一体相手に何やってるんですか、あなたは」

ディザスターを串刺しにした刃が、その飛んできた方向に戻っていく。恐らくは、ワイヤーか何かで繋がれていたのであろう。振り返るとそこには、声の主と思われるアウルと同じスーツを着た青年と、それに付き添うようにして小さな(といっても、美奈と大して変わらないが)女の子が立っていた。

「バクト…!何でここに!?」

「当然でしょう。行動開始から、既に10分以上経過しているのに、あなたの成果はたったの1体。このままじゃ、この辺り一帯だけが消滅してしまいますからね。そのサポートに来たという訳です」

バクトと呼ばれたその青年は、美奈と同じ黒髪で、オールバックのツンツンヘアー。アウルと同じ十字架の模様を右目の上に持ち、挑発心ギラギラのアウルのものとは違い、やる気の無さそうな目をしていた。

そして、多分この人もイービルなのだろうが翼が生えていない。アウルと同様に、制約を行うと無くなるのだろう。

「ケッ、お前のサポートなんているか!」

「偉そうな口叩くのは、もっと敵を倒してからにして下さい。私はもう、10体以上たおしてますから」

「ぐっ…じゃあどっちが強えか、白黒つけようじゃねえか」

美奈が止めようとするより早く、眉間に皺を寄せ、わざと聞こえるように舌打ちをしたアウルは銃を構えた。だがバクトはそれを無視し、屋上の手すりへと駆け寄っていく。

「バカやってる場合じゃありません。彼らが一箇所に集まっている今の内に、1体でも多く殲滅しなければ…後々、面倒なことになりますからね」

バクトは、自身のクロスである先程の短剣を、光と共に二本の金色に輝くブレスレットに変え、両腕に嵌めた。そして、付き添っていた少女と手を繋ぎ、手すりの上に降り立った。傍から見れば、自殺しようとしているように見えなくも無い。

「まあいいや、勝負はお預けって事で…美奈、俺たちも行くぜ」

回転させながら銃をネックレスへと変化させそれを首に架けると、バクトと同じように美奈と手を繋いだ。

手を繋がれた事に今更ながらちょっとドキドキした美奈だが、さっきの言葉に対して疑問が出てきた。

「へ?…行くって、どこに?」

「決まってんだろ、あそこだ」

そう言ってアウルが指差した先にあるのはなんと、あの空から落ちてきた光によって消滅させられ、変わり果てた姿となった新宿の姿だった。

「な、なんで!?」

「その答えは単純明解♪あそこにはディザスターがうようよいる。さっきの奴と同じようなのがな。だから、それを全部ぶっ倒すっていう事だ…あーもう、御託はいいからさっさと行こうぜ」

「えぇ!?そ、そんないきなり…」

アウルはヤダヤダと地団駄を踏む美奈を強引に手すりへと引っ張っていき、その上に立った。

「まったく…何に対しても遅いですね」

隣に立つバクトが不満の声を上げた。

「うっるせえ、もうさっさと行こうぜ。俺のクロスの力を見せるいい機会だからな」

「おまけに自己中、自意識過剰ときましたか」

「んだとッ!?」

アウルがまた声を荒げて愚痴を言ったが、聞いていないと判断したのか、喋るのを止めた。

数秒の沈黙の後、2人は天を見上げ、声を合わせた。

『我に骨を、血を、肉を!…そして、我に翼を!』

その瞬間、2人の背中に消えたはずのあの漆黒の翼が生えた。

「え!?この翼って…」

「これは、さっきのやつとは違う。時間制限付きで、一時的に生えてるだけの物だ」

「へ〜…」

美奈はその巨大な翼を物珍しそうに見つめた。

アウルは、そのあまりの変わり映えの速さにあっけにとられた。

ほんの十数分前にはあれ程憎んでたくせに、今はこの反応…こいつ本当は「強い心の持ち主」とかいうやつなのかもな。というか、悪魔とかに全然驚いてねえし。…こいつ、一体何者だ?

「…予定より10分オーバー。いい加減にしてください。私、先に行ってますから」

バクトは、少女の手を握ったまま手すりから飛び降りると、それと同時に翼を開いて暗黒の空へと飛んでいった。

「ああ〜待て、このやろぉ!」

「ワー!ヤダー!」

アウルが、暴れる美奈を抱きかかえて翼を拡げた。

―その時、美奈が連れてこられた屋上のドアの前に、誰かが息を切らしてやって来た。

あれは―

「み、美奈ぁ!」

「結衣ちゃん!」

余りに色んな事が起こりすぎて忘れていた。

何で気付かなかったのだろう。大切な親友が、今までずっと自分の事を捜してくれていたのに!

「だ、誰だあんたは!?美奈をどこへやる気だ!」

あいつは確か、桐山結衣…っていうか、あいつも俺に驚かねえし。

アウルは呆れたように笑った。

おもむろに手すりの上に立って、「降ろして、降ろして」と暴れる美奈の口を手で塞ぎ強盗が人質を取る時の格好を取ると、結衣に向かって中指を突きたてた。

「俺はアウレリエル。見た目通り悪魔だ!

よってこいつを、地獄へ連れていく!取り返したかったら、お前も地獄に行くんだな…ハーハッハッハッ!」

「悪魔だと!?クソッ!」

結衣はゼーゼーと息を切らし、おぼつかない足取りで手すりへと走った。

それを見計らったかのように、アウルは美奈の手を覆っていた手を離した。

「プハッ……結衣ちゃああぁん!」

「美奈ああぁ!」

「今度会う時は地獄にて。では、さらば!」

アウルが手すりを蹴ると、二人は下へと真っ逆さまに落ちていった…

何とか辿り着いて手すりに身を乗り出したが、既に二人の姿は宵闇に消えていた。

結衣は心に誓った。

―アウレリエル…その名前、絶対に忘れない!

そしてそのまま手すりへと倒れこみ、美奈を連れ去った悪魔への復讐を誓った。



 次回――第1章 第3節  悪霊と、天災


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