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Legion  作者: 天津飯
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第1章 第1節  悪魔と、少年

レギオン…それは、新約聖書「マルコの福音書」第5章に登場し、ゲラサ人の地でイエス・キリストが出会ったとされる悪霊の名。

そして、その第9節にはこう記されている…

〈我が名はレギオン。なぜなら我らは大勢であるが故に〉―



                         *



―――いつも一緒だった。

2年前、両親が無くなってからもずっと2人だけで頑張ってきた…なのに!

一見穏やかに見える昼下がり…だが、幼い少女の光を失った淡い瑠璃色の目に映る光景は、それとは程遠い物に過ぎなかった。

それはまるで、地獄絵図。

フレームが折れ、点滅を繰り返す信号機。数メートル先で壁に激突し爆発炎上したトラック。そして、道路におびただしい量の血を流して倒れている、幼い妹の姿―

多くの野次馬達が恐怖の入り混じった叫び声をあげる中、少女はただ呆然と立ち尽くしていた。

今目の前に映る光景が信じられなかった。いや、信じたく無いのだ。だから、それが現実なのだと知るのが怖かった。ドクンドクンと脈打つ胸の動悸が収まらない…次第に息も荒くなる。

…!…

不意に誰かの気配を感じた。驚いて振り返ったが、誰もいない。少女は視線を戻した。

その視線の先、向かい側の道路に、つい先ほどまではいなかったはずの自分と同じくらいの年齢の少年がいた。遠くてよく分からないが、その少年からは、どことなく寂しそうな印象を受ける。

「ひっ!?」

少女は悲鳴を押し殺し、その大きな目をさらに大きく見開いた。

―――その少年の背中には、自分の背丈ほどもある、禍々しい漆黒の翼が生えていたのだ。

そして少年は、ゆっくりと口を開いた。その声は、5メートルは離れているというのにとても鮮明に聞こえた。


―――〈汝よ、我と共に〉


 

                         *



おおっ!

西洋のお屋敷を思わせる、だだっ広いダイニング。その中央、大きな真っ白いテーブルの上に次々と料理が並んでいく。ステーキに北京ダックに刺身など、和洋中のすべてが揃っている上どれも豪華なものばかりだ!

―――おーい…

えへへ、いたっだきま〜す!…えっと、じゃあまずはステーキっと♪

――おーい、聞いてんのか?…

ん〜!お〜いし〜い!

―おい、美奈!

よーし!もう面倒くさいから、全部一気に食べちゃえ!


〈起きろー!神藤美奈ああぁ!!〉


 「ふあ!?」

 びっくりして飛び起きた。それと同時に、おいしそうな料理も消えていく。ああ、まだ全部食べてないのにぃ…

 神藤美奈しんどうみなと呼ばれたその少女は、女の子としては珍しい割と殺風景な部屋のベッドから、まだ半開きの目を擦り起き上がると、窓の外を覗いた。

するとそこには、自転車にまたがり応援団長さながらの大声を上げる、親友の桐山結衣きりやまゆいの姿があった。

 「や〜っと起きたよ…おい美奈、早く行かないと遅刻するぜ!」

 「えっ!?」

 部屋の時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。ここから美奈達の通う学校までは大体20分かかる。始まるのが20分だから、かなりギリギリだ。

 「ごめ〜ん、今行くよ!」

 元々寝癖のように暴れ放題の髪をクシャクシャと掻きながら制服を着る。だが、見栄を張ってブカブカのサイズを買ってしまったせいで、着るのに手間取ってしまう。

 その理由というのも、美奈はこの春から高校生になったというのに身長は140センチと、小学生なみの低さだ。今までその事を馬鹿にされてきたことから大きめにしたのだが、どうやら失敗したようだ。いくらなんでもでか過ぎる。まあ、今更後悔してももう遅いが。

 とりあえず、やっとの思いで何とか着替えを済ませると、まだ真新しいカバンを手に急いで階段を降りて歯磨きを済ませ、適当に机の上に置いてあったパンを取って玄関へと向かった。

 「あ、そうだ」

 玄関からリビングまでの廊下にある仏壇の前に立つと、「パンッ」と一度手を合わせ、黙想を始めた。

 「行って来ます。お父さん、お母さん…麗奈…」

 「美奈〜!早くしろ〜!

 美奈の遅さに耐えかねた結衣が、また美奈の名を叫んだ。このままでは近所迷惑にすらなりかねない。

 「ああっ!結衣ちゃん、ごめん!」

 最後にちらりと仏壇の方を振り返ると、薄く微笑んで親友の下へと急いだ。

 


                         *



 遅い!

 美奈とは対照的に、髪は茶髪のショート、背が高くボーイッシュな印象を受ける結衣は、

自転車の前かごに両足を乗っけてうなだれていた。とても人間業とは思えない格好だ。

 「このままじゃ僕まで遅刻しちまうよ…ったく美奈の奴、僕がいないとホンッと、ダメだな!」

 そういって結衣は小さく声を上げて笑った。言葉とは裏腹に、心無しか嬉しそうだ。

 だから僕が、あいつを護ってやるんだ…。

 結衣は美奈の事を親友であると同時に妹だとも思っている。色々と世話を焼きたい、護りたいと思うのは当然の事だ。

 「ごめん、結衣ちゃん!寝坊しちゃった」

 やっと来た。いくら護ると誓っても本人がこれでは、先が思いやられる…。

 「遅すぎだ。ほら、行くぞ!」

 「あっ、待ってよ!」

 美奈は、クマの人形が付いた鍵を手に自転車へと跨った。

「おい!美奈…」

静止の声も空しく、鍵の掛かったままの自転車は、当然―

「へぶっ!?」

 転んだ。

 いや、大丈夫か?ホントに。

 


                         *



 「旦那、天使共の動きが分かったぜ。…やつらは、30分後に始める気だ。……〈ドゥーム〉をな。」

 街外れの廃工場。緊張感漂う薄暗い部屋の中で、40人余りの人達がひっそりと佇んでいた。

 その中には男はもちろん、女や子供までいる。そしてその者達全員の背中には、暗闇に溶け込むようにして大きな漆黒の翼が生えていた。

 「そうか、分かった。…さて、皆聞いてくれ」

 その言葉にその場にいた全員が、部屋の奥であぐらをかいて座っている長髪の男の方を向いた。

 「我々は、『憑依』や『呪い』といった行動によってこれまで数千年に渡って人間達を苦しめてきた。もちろんそれは、これからも同じだ。人間達には悪いがやめるつもりなど無い。…我々が生きる為に必要な事だからな」

 男はおもむろに立ち上がると、手を後ろに回してその場から静かに歩き出した。コツコツとなる靴の音が、静寂をより一層引き立てる。

 「……だが、その大事な人間を滅ぼそうとする者がいる。その名を聞くのも嫌だろう……彼らの生みの親であり、万物の創造主―――『神』だ。」

 その語を聞いた数人の男達が、軽く舌打ちをした。

 「奴は、キリストの犠牲によって成り立った制約のおかげで数々の大罪を許されたにも関わらず、未だに多くの罪を犯している人間達に嫌気が差し、彼らを滅ぼそうとしているのだ…冗談では無い!我々の為にも、人間達には滅ぼされてもらってはならんのだ!…だから我々は戦わねばならない。」

 ―――待ってましたというように、一斉に皆が立ち上がり、その目に覚悟の色を浮かばせて獣のような雄叫びを上げた。

 そんな彼らに聞こえるよう、大きな声で男は叫んだ。

 「――だが!真に戦うべきは我々ではない。…〈レギオン〉に、666人の戦士たちに託すのだ!」 


                         *



 「わあっ!?結衣ちゃん、雨が降ってきたよ!」

 「分かってるよ、そんなこと!…ったく、どうすんだよ…制服までびしょびしょだぜ。」

 さっきまで眩しいほど快晴だった空は、街ごと包み込むような雨雲に覆われていた。どしゃぶりの雨と共に、あちこちで雷鳴が響き渡っている。

 その激しさはまるで、世界の終わりを思わせる。

 でも、そんなはずないよね。

 だが内心は不安だった。世界が滅びるとまでは行かなくても、何かが起こる。よく分からないがそんな予感がするのだ。とてつもない、何かが。怖い。

 「どうした美奈、大丈夫か?」

 横を向くと、結衣がゆっくりと自転車の速度を落として並んでいた。どうやら、気付かない内に恐怖で震えていたらしい。

 「この雨だからな、風邪引きかけてるのかもしれない…急ぐぞ!」

 美奈は、やっぱりこの人がいないとダメなんだ、と感じた。

 結衣ちゃんといると、どんな事が起こっても安心できる。どんな不安も拭ってくれる。

 「麗奈の次は結衣ちゃんか…美奈、人に頼ってばっかりだなぁ…」

 でも、今はまだ頼りっぱなしでも許してくれるよね…。

 なんとなく空を見上げた。だがその景色は、期待していた「希望」などでは無かった。不安を駆り立てる漆黒の闇だ。

 美奈は目を逸らした。そして願った…この空が澄んだ青色に変わるのを。

 思い出すからだ。あの時の、5年前のあの日、そこにいた少年の背中に生えた、禍々しく恐ろしい漆黒の翼を。

 

 教室のドアを開けると、目の前にゴリラが―いや、ゴリラに似ていると評判(?)の、斉藤先生が腕組みして立っていた。

「桐山、神藤…いい度胸じゃないか。遅刻とはな…で、罰は何がいい?」

「えっ、罰って…」

慌てる美奈を結衣が「任せろ」と小声で言って、美奈を護るように目の前に立ち塞がった。

「おいおい、朝っぱらから絡むんじゃねえよ。こっちは雨に濡れて風邪引きそうなんだ。…まったく、あんたの心はあの空みたいに真っ黒に染まってんだな」

その言葉に、クラスメイト達がクスクスと笑い出した。

「くっ…お前、なんだその態度は!大体、先生に向かってタメ口などと…」

言いかけたところで、結衣が斉藤の顔の前に人差し指を突き立てて制した。

「そんな事はどうでもいい…で、罰って何があんだ?」

「そんなことって…まあいい、罰はだな…トイレ掃除に教室掃除。他にもなんでもあるぞ?」

フンッと鼻息を鳴らして、やっとこのクソ態度のデカイ桐山に掃除という屈辱を味合わせられるのを想像して、口元に薄ら笑いを浮かべた。神藤は別にいいのだが、学校一のドジッ子と噂される生徒だ。さぞかし面白い物が見られるはずだろう…。

だがそんな考えは、結衣によって一気に吹き飛ばされた。

「へ〜掃除、掃除か!びしょびしょに濡れた制服着た、か弱い乙女が雑巾がけすんのがそんなに見たいか!どーぞどーぞ、ご自由に。どうせ美奈がこけて、バケツの水被ってる姿にコーフンすんだろ?この変態教師!」

「なっ、掃除と関係無いだろうが!?」

だが、もう遅かった…結衣の言葉に悪ノリした生徒達が一斉に声を上げる。

『ヘ〜ンタイ、ヘ〜ンタイ!』

こうなってしまってはもう、手の付けようが無い。悔しいが、今回は引き下がるしかないようだ…。

「分かった、分かったよ!…2人とも席に着け。今回はチャラにしてやる。だが、次は無いからな!」

「ハイハイ、楽しみに待ってて下さいね〜♪」

口論は、結衣の圧勝に終わった。


「結衣ちゃん、ありがと♪」

「いいって、いいって。あの親父は俺も嫌いだったから。一度ギャフンって言わせたかったんだよね。」

―――ふいにクラスメイトの1人が、窓の外の空を指差して口を開いた。


「ねえ、あれ何?」


その先には、朝見たのと同じ巨大な雨雲のちょうど真ん中ぐらいに、大きな穴が開いていた。

「あれ、新宿の方じゃねえのか…?」

一瞬の沈黙が流れる。


―――次の瞬間、その穴から一筋の光が伸びて、その下にあった街を覆い、巨大な爆発音とともにその街を消し去った!


「なっ、嘘だろ!?」

そしてその光はそこを中心にして、先ほどの街と同じように破壊しながら広がっていく…このままでは、ここが消されるのも時間の問題だ。


「きゃああああああああぁぁ!」


どこからともなく誰かが叫び声を上げた。それと同時に、先生の対応の声も空しく、教室はパニックに陥っていく。

悲鳴を上げながら逃げ出す者、突然の事態に放心して動けなくなる者、中にはドサクサに紛れて他人のカバンから財布を物色している者までいた。

「クソッ、なんだあれは!美奈、俺達も逃げるぞ!」

「う、うん…あ!待って、あれ―」

破壊を続ける光を、突如地面から発生した真っ黒な光が包み込んだ。だが、大きさで勝っても強度は破壊を繰り返す光の方が数倍上のようだ。ドーム化したその黒い光に、次々とヒビが入り始めている―

その光景を、逃げていた者達は足を止め、物色していた者達は手を止めて、じっと固唾を呑んで見守っていた。


―――やがて黒い光は、破壊し続けていた光ごと消滅した…。


安堵と興奮に、辺りで一斉に歓喜の声が上がった。だが、物色をしていた者達はその事よりも、自分が物を盗った事がばれていないかという事の方を心配していた。こんな時まで、まったく薄情な奴らだ。

「フゥ、助かった〜…あれ?」

「ん?どうかしたか?」

「なんだか、足が動かな…うわぁ!?」

「お、おい美奈!」

突然、自分の意思とは関係なく、足が勝手に動いて教室を飛び出し、走り出した。しかもかなりのスピードで。

「わあぁぁ!結衣ちゃ〜ん!」

「待ってろ、今助けてやる!」

だが、とても追いつけるスピードでは無い。みるみる内に距離が開き、遂には見えなくなってしまった。

「ハァ、ハァ…何なんだ、何がどうなってるんだよ…何があっても、僕が護るって決めたのに…美奈…美奈ああぁぁ!」



「と、止まらないよ〜!」

校舎を半周してもまだ、この足は止まらない。後ろを追いかけていた結衣の姿はもう、とうに見えなくなっていた。

すると足は急に、美奈の教室がある本校舎の隣にある校舎の屋上前、錆びれたドアの所まで来てやっと止まった。しかも今度は逆に、まったく動けなくなってしまった。どうやら屋上に行けということらしい。美奈にさせようとしているから、多分操れるのは足だけなのだろう。

「イヤだ…怖いよ…」

悪い予感がした。

このドアの向こうに何が待っているのか、不安だった。もしかしたら悪魔かもしれない。

―――な〜に言ってんだ。どっちかって言うと、「天使」だよ!

頭の中でそう聞こえたかと思うと、操れないと思っていたはずの美奈の腕が勝手に上がり、一気にドアノブを引き抜いた―

美奈は何も見まいと、思いっきり目をつぶった。


「ん…」

ゆっくりと目を開けると、意外なことに何も恐ろしい物は無かった。あるのは年月を感じさせるボロボロの貯水タンクと、まるで使った形跡の見られない綺麗なベンチだけだ。空はというと、雲は雨雲のままだが雨は止んでいる。

「はぁ〜良かった…」

―――どこ見てる。上だ、上。

またあの声が。

「上?上なんて何も……あ!」

暗闇があるだけのはずの上空から、ゆっくりと何かが降りてきた…

まさにそれは、「天使」だ。

白と金の入り混じった翼を背中に生やし、その全身は眩い光に覆われている…だが、その姿はどちらかというと悪魔に近い。

左右非対称な手足に、青白く血走った眼。胸からは無数の角が生えており、その先は刀のように鋭利に尖っていた。

「オオオオ…」

やがてその怪物は、呻き声を上げながら美奈の方へと走って来た。

「ひいぃ!こ、来ないで!」

―――胸に手を当てて叫べ。

迷っているヒマは無い。

美奈は言われたとおり、右手を胸に当てた。

「何て叫べばいいの!?」

―――制約…「テスタメント」だ!

もう、どうにでもなれー!

勇気を振り絞り、力いっぱい叫んだ―

『テスタメント!』

その瞬間、胸に当てた右腕から黒い光が出たかと思うと、目の前にその光が集まり巨大な漆黒の翼を形作った。

――この翼は!

そして、翼を広げ、跪いた格好で青年が現れた。

「俺はアウレリエル。お前ら〈ディザスター〉を滅ぼす者だ!」

…間違いない。あの時…5年前のあの日に見た、妹を、麗奈れなを殺した悪魔だ!

怪物に向かって不敵な笑みを浮かべる少年を、美奈は、憎しみを含んだ瞳で見つめていた…。



 次回――第1章 第2節 始動と、決別 

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