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全てが始まった川のほとりで
桃が瞑想をしていたときのことです。
どこからか女性のすすり泣く声が聞こえてきました。
声のした方角に目をむけると、
そこには橋の縁にたたずみ、思い詰めた様子で
川を見下ろしている女性がいました。
靴を脱いでいます。
(早まるな!)
気がつくと桃は駆け出していました。
若い女性でした。
年の頃はおそらくまだ10代。
彼女が桃の姿に気がつき、
慌てて手すりによじ上ろうとしたそのときでした。
大きな大きなお腹の音が、
夜の川辺に鳴り響いたのです。
どんなに悲しいときも
どんなにつらいときも
お腹は減ってしまいます。
桃は笑いながらこう言いました。
「僕の顔を食べなよ。」
彼女をようやく落ち着かせ、
話を聞いてみれば
なんと彼女のお腹には
赤ちゃんがいるというではありませんか。
大切に大切に育ててきた一人娘の
妊娠を知った両親は激怒し、涙し、
必死に我が子に中絶を訴えたといいます。
彼と一緒に家を飛び出した彼女。
しかし、待ち合わせ場所に彼はやって来ませんでした。
彼女は、赤ちゃん以外の全てを、一夜にして失ったのです。
私にはもうなにもない。
生きていることを喜んでくれる人もいない。
最初からなにもないのと
持っていたものがなくなるのと
どちらが辛いんだろう。
桃は考えました。
「会わない方がよかった奴ってのはたくさんいる。」
事実でした。
「でも、そいつらがいなかったら、俺は君と出会えなかった。」
彼女が桃を驚いた顔で見つめます。
考えていたつもりが口に出していたようです。
その勢いのまま桃は押し切りました。
「金ならある!俺なら生ませてやれる!」
(そうだよ、俺は桃だろう!)