4/35
第四話
彼女は僕の前に立ち止まった。
黒くて長い髪が微かに揺れている。
「小説。面白い?」
覗き込まれてドギマギしてしまう。
「う、うん」
彼女は白い手を僕の方に差し出す。
僕は本を渡した。
「罪と罰か」
彼女は僕の隣に座り小説を読む。
木漏れ陽がページに落ちて斑になっている。
「良い小説。読んでるね」
そう言って本を返してくれた。
向こうの病棟から市松先生が走ってくる。
また息をぜーぜー切らしている。
「草鹿君。診療をはじめるぞ」
顔を上げた市松先生が彼女に気付く。
「なんだ。吉野君もいたのか」
「はい」
彼女は手を口に置いて笑う。
「先生。汗。何で走って来たんですか?」
「全力の治療がモットーなんでな」
さあ、行くぞ。と先生は僕の肩を叩く。
僕は煉瓦の道を歩きながら少し振り返る。
精神科を受診してる子には見えなかった。
中庭から病院内へ続く扉を開けると薬の匂いがした。