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第三十五話【終わり】

職場から戻って来た。

ユキはいつもの様に食事を作っている。

「お、早かったね。お味噌汁できたらすぐ食べられるよ」


そう明るく応える彼女は、

すっかり台所姿が板についてきた。


いただきますと手を合わせ夕食に箸をつける。

「ねえ」

「うん?」

「夕食食べたらちょっと散歩しない?」


茜色に染まった河川敷を僕たちは歩く。

影が二人分伸びていく。

「病院懐かしいね」


そう彼女は河の向こうの建物に視線をやる。

「うん」

「なんか長い夢を見てたみたい」


彼女は歩きながら呟く。

空は紺色に染まっていく。

「つらくて覚めない夢」


ユキは僕の方を見て笑う。

「スーに会えてなかったらきっと覚めないままだったよ」

彼女は小さな息を吐く。


「人を信じられないままだったかも……」

落ち込んだ顔を見せた後また彼女は微笑む。

「でも優しい人が一人いてくれるだけで世界はこんなにも変わるんだね」


僕は慌てて答えた。

「そんなことないよ」

「そんなことある」


彼女は少し怒った様に言った。その後またいつもの笑顔に戻る。

「そこは自信持って欲しいな。私を助けてくれた人なんだから」


僕が黙っているとユキは続けた。

「手紙くれたよね。あの時さ『君に会いたい』って書いてくれたでしょ」

恥ずかしくて頬が少し熱くなった。


彼女は小さく笑う。

「私もそう思ってたんだよ」

意外な言葉に驚いてしまった。だってユキは会うのを拒んでいた。


「だけど。嫌われるのも怖かった。私といたらスーが幸せになれないんじゃないかって。仕事も見つかって順調なのに……。私がいたら迷惑かなって」


彼女は少しためらうように言った。

「ごめんね結局こうなって。でも一緒にいたいって気持ちが……」

彼女は唾を飲んだ。


「止められなかったの」


泣きそうな顔なのにユキは無理して笑う。

「違うよ」

僕がそう言うと彼女は不思議そうな顔をした。


「救われたのは僕なんだよ」

震えた声で言った。

「僕はずっと孤独だったんだ」


僕は続けた。

「みんなとコミュニケーションが取れなかったから。それに誰かをイジメる事に共感できなかったから誰かを傷つけることに参加しなかった。そしたら自分がイジメられた。学生時代ずっとそうだった」


僕は掌を瞼に押しつけた。

「おかげでひどく人間が怖くなって。いつも過緊張になって。誰かと会ってると物が覚えられなくなったんだ。だから前の仕事先でも役に立てなくて……」


僕は続けた。

「だから病院に通ってたんだ」

ユキは僕の手を握った。


「つらかったね」

柔らかい手から温もりが伝わってくる。

「だけどそのつらさは意味があるつらさだったんだよ」


彼女の握る手が強くなる。

「その分困ってる人の気持ちがわかるでしょ」

そうユキは僕の瞳を見て笑う。


「それはきっと悲しんでる人を助ける強さに変わるよ」

そう微笑む彼女を僕も見返す。

「私を助けてくれたみたいに」


その笑顔を見て僕も思わず微笑んでしまった。

「うん」

「よし! 帰ろっか」



僕たちは二人で河川敷を歩く。

いつかの様に夜空を見た。

もう四角い空ではなかった。

美しい夜空はどこまでも広がっている。

この空の下で今日も傷ついたり悲しんだりしている人がいる。

僕等はその中の二人にすぎないんだろう。

それでも僕らは歩いていく。

この壊れた美しい世界で生きていく。

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