第三十二話
「彼は、」
ユキは自分の胸に手をあてる。
「誰かが傷ついていたらそれを悲しめる人です」
叔母さんは笑った。
「そんなの誰だってそうじゃん。私だってそう」
そう彼女は軽い調子で言う。
ユキは首を横に振る。
「本当に弱い立場になった時。誰にも期待されなくなった時。優しくしてくれる人は少ないよ……」
そうユキが小さな声で呟くと叔母さんは眉をひそめた。
「センチメンタルもいい加減にしてよね」
彼女はユキの前髪を掴んだ。それから顔を近づける。
「ほら? どう? 優しさが役に立った?」
慌てて市松先生が止めに入ると彼女は手を離した。
「人のこと思いやったって暴力は止められないでしょ」
彼女は溜め息を吐いた。
「優しさなんて損なの。持ってったって傷つけられるだけ」
そう叔母さんははっきりと言った。
「わかったユキ? 現実的に生きてこ? ね?」
ユキは前髪を押さえながら上擦った声で答えた。
「損でも上手くいかなくても捨てたくないよ」
叔母さんの眉がまた動く。ユキは続ける。
「優しさを持つことが人間ってことだと思うから」
彼女は震えながらも強い口調で言った。
「だから、……だから私は彼と生きていきたいんです」
そうユキは振り絞って声を出そうとする。
「彼とならそんな心を持って生きていける気がするから」
彼女の震えた声が広間に響いた。




