第三十話
久しぶりにユキを見た。
自信の無さそうな瞳。
動く度に揺れる軽くて長い髪。
なんだか全てが懐かしかった。
「この娘はね。社会の生ゴミなんです」
そう彼女の叔母は煙草を吹きながら言う。
後から来て先生の隣に座ったユキは黙って頷いた。
「良い御身分よねー。働かないで暮らせてユキ」
叔母さんは挑発するようにユキの前の机を指で叩く。
「ねえ。先生。もうこの娘を返してくださいよ」
僕はその様子を隣のテーブルから眺める。
意図的に市松先生がこの場所を選んだ気がした。
もっと人に話を聞かれない部屋はたくさんあったからだ。
「この娘がいないと家庭がギクシャクするっていうか。私が旦那に殴られるんですよね。私もストレス発散できないし」
そう大きな口を開けて笑う彼女を見て市松先生は神妙な顔をする。
「ユキはあなた達のストレス発散の道具じゃありませんよ」
「わかってますって。でもそういう使い道しか役に立たないんですもん」
そう彼女は凄んだ顔でユキを見る。
「それしか価値ないもんね? 教えたもんね?」
「……うん」
ユキは小さな声で返事をした。
「あれこんな暗い子でしたっけ? かえって悪くなったんじゃないですか」
「あなた達の気付かなかった本当の気持ちを言えるようになったんですよ」
叔母さんは笑う。
「なんかそれじゃ私たちが悪人みたいじゃないですかー」
彼女は一通り笑った後またユキの顔を見ておもむろに手首を掴んだ。
ユキはびくっと身体を震わせた。
「良い? あなたに価値なんてないの。昔からそうだったでしょ? 今もそうでしょ? だからこれからだってそう」
叔母さんは息を吸う。
「あなたを愛する人なんていないの」
ユキの顔が歪んだ。叔母さんはそれを見て満足気に微笑んだ。
「ね。先生。ユキも分かってくれたみたい。連れて帰りますね。他に暮らせる人もいないんだから」
先生は冷静な調子で答えた。
「いますよ」
彼は叔母さんの行動を予想していたみたいに落ち着き払っている。
「そこの青年がそうです」
そう市松先生は僕の方を掌で示す。
みんなの視線が集まる。
僕は読んでるふりをしていた小説を落としそうになった。




