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第二十五話
「いつも明るくしているのは一種の防衛反応なんだろうね」
市松先生は続ける。
「初めは泣いたり怒ったり誰かが助けてくれるのを期待していたんだと思う」
彼は僕に眼をやる。
「草鹿君。泣いてる幼児をずっと放って置くとどうなるか知ってるかい?」
僕は横に首を振った。
「泣かなくなるんだ。もう助けを求めても無駄だと思うんだろうね」
先生は指を神経質そうにいじる。
「ユキも同じだった。代わりに笑うようになったんだ」
先生はまるで見てきたかの様に言った。
「その方が暴力を振るわれないからだろう」
彼は触っていた指を話す。
「自分が笑っていれば、いつか養父と養母が変わってくれるかもしれない、そう思ったのかもね」
先生は悲しそうに笑った。
「楽しそうにしていれば、嫌いじゃないというメッセージを送っていれば、いつか愛してもらえると考えたのかもしれない」
彼は話に区切りをつける様に珈琲に口をつけた。
「傷つけられても傷つけ返そうとしなかった」
市松先生はまた僕の方を見た。
「君に似ていたんだ」
そう僕を見る先生の瞳は何処となく優しかった。




