第二十四話
「ユキの両親が交通事故で死んだとき。
彼女はまだ10歳にも満たない小さな子供だった。
きっと何が起こったかもわからなかっただろうね」
先生は淡々と語る。
「大きな黒い瞳が印象的でね。葬儀で大人たちが慌ただしく動き回ってても、まるで人形みたいに静かに座ってたのを覚えているよ」
彼は眼鏡を拭く。
「私はその時彼女に大丈夫だと励ました。そして結果的にそれは嘘になってしまった」
いつかの様に雨が窓を叩いて激しい音を鳴らしている。
台風が近づいているんだ。
「彼女を引き取った伯母夫婦は端的に言うとひどい人間だった。
食事をスナック菓子で代用したり洗濯もしない服を子供にずっと着させる。
そういうのが平気な人間だったんだ」
彼は顔に手をやった。
「彼女にとっては今までの生活の差の分、余計ショックだったろうね。広い家でピアノを弾くような生活から毎日、暴力や暴言を受ける暮らしになったんだから」
彼は苦しそうに息を吐いた。
「草鹿君。笑ってくれよ。私がそれに気付いたのは何時だと思う?」
僕がわからないですと答えると先生は続けた。
「たった去年なんだよ。同窓会で初めて状況を知ったんだ。その間に親友の忘れ形見の心は完全に壊れてしまっていた」
市松先生は眉間に指をやりながら言う。
「ユキは笑うことしかできなくなっていたんだ」
風が樹木を強く揺らしていた。雨粒も振りこんでくる。
病院は嵐に包まれているみたいだった。




