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第十三話
「恋するなって言うと恋をする。不思議だねー」
市松先生は陽気そうに珈琲を淹れる。
「茶化さないでくださいよ。それに恋してる訳じゃありません」
彼はごめんごめんと謝る。
「……まー草鹿君には話しておこうかな」
「何をですか?」
先生は砂糖とミルクを入れながら話す。
「彼女は僕の親友の娘なんだよ。母親とも知り合いでね」
「そうなんですか」
「ま、二人とも交通事故で死んだんだけど」
彼は僕が驚く様な事でも淡々と話す。
「で。僕からしたら忘れ形見ってわけさ。同じ医者仲間のって意味でもね」
「ユキはその事故が原因で心を病んでしまったんですか?」
僕が聞くと先生は少し苦しそうな顔をして答えた。
「……そんなとこかな」
なんとなく嘘の匂いを感じた。
「最近の事なんですか?」
「もう十四、五年は経つな」
「何かおかしくないですか? そんなに経ったのに今更どうして?」
彼は一瞬眉をひそめたがすぐいつもの笑顔に戻った。
「心は難しいってことだね」
そう冗談気に市松先生は笑っていたが僕の胸にはいくつかの謎が残った。




