10/35
第十話
「草鹿君。恋は罪悪だよ」
「急にどうしたんですか先生」
診療室で市松先生は茶色の文庫本を閉じる。
おそらく夏目漱石だろう。
先生は本の影響を受けやすいんだ。
「最近。吉野君と仲が良いらしいね」
「ええ。まあ」
「でも彼女を好きになっちゃいけないよ」
きょとんとした。
「なるかどうかは置いといて。何でですか?」
「まあ……。診療上の理由かな」
先生は何故か歯切れの悪い感じで言った。
彼は黒いボールペンをいじくりながら話す。
「恋ほど人の心を不安定にするモノは無いからね」
「大丈夫です。僕はそれほどモテないんで」
先生は小さく笑って眼鏡を拭く。
「悲しいこと言うなよ」
彼がそう言うと僕たちは顔を見合わせて笑った。




