第2話:同い年
次の日、木之宮は倉杉に尋ねた。
「昨日あの後、西崎さんに傘渡せたんですか?」
「…渡せなかった。西崎くん走るの早過ぎ…。」
そう言って、倉杉はため息をついた。
「ていうか、なんで私が傘渡しに走ってんのよ!傘借りたの木之宮くんなんだから、木之宮くんが西崎くんに返して、私が持ってきたの使えば良かったじゃない!」
今更それを言うか、と木之宮は思った。
「西崎くん、風邪引いてなければ良いけど…。」
「そっすね。今日は公休で状況分からないし…。」
倉杉が落ち込む時は、たいてい西崎の事に関してだ。
木之宮は何度となく、そんな話しを聞いてきた。きっと本人は、自分の気持ちがバレてないと思っているに違いない。
木之宮はそんな話しを聞く度不思議に思っていた。
西崎には彼女がいる。好きな人がいる人を好きになって何の得があるんだろう?
どうしてその気持ちを抑えようとしないんだろう?
好きになっても傷付くのは自分なのに…。
次の日、西崎は体調を崩した様子も無く、元気に出勤してきた。
更衣室で木之宮がこの前のお礼を言って傘を返すと、西崎は傘を受け取りながら「またいつでもどうぞ」と笑って言った。
「そうだ!今度さ、彼女と遊園地行くんだけど、良かったらおまえも来ない?」
「え!?彼女さんとデートですよね!?なんで俺が!??」
木之宮は驚いて声が裏返った。
「そうなんだけど、貰ったチケットが二枚余っててさ、せっかくだからダブルデートしようかと思って!」
「…でも俺、誘う人なんていないっすよ?」
「倉杉さん誘えば良いじゃん!」
本気で言ってんのかこの人?鈍感さもここまで来るとさすがに怒りを覚える。そう木之宮は思った。
数日後、木之宮と西崎と西崎の彼女の新島、そして倉杉が遊園地の前に集まった。
「まさか来るとは思わなかったです。」
木之宮が呆れてそう言うと、倉杉がそわそわと落ち着かない様子で答えた。
「な、何が?
ちょうど遊園地行きたいなーって思ってたし、断る理由なんてないじゃない!」
そう言いながら、倉杉は西崎と新島をチラチラ見ている。
木之宮は思わずため息をついた。
「初めましてー!」
そう元気に新島が挨拶して来た。
西崎が新島を紹介し、木之宮と倉杉が自己紹介した。
そして西崎が合図した。
「さぁ、とりあえず中に入ろうか!」
遊園地内は平日という事もあって、かなり空いている。一日限りのパスポートを有意義に使うにはもってこいだ。
四人は様々な乗り物に乗った。メリーゴーランドやゴーカートやティーカップ、最初は肩慣らしのつもりで軽目の乗り物に乗り、本番とばかりにジェットコースターの前まで辿り着いた。
「あ、俺ちょっと休みます。」
突然の木之宮の発言に、一同は振り返った。
「もしかして…怖いの?」
西崎が尋ねた。
「え?いや、違いますよ?
ただちょっと疲れたから、ジュースでも飲もうかなって…。
あ、俺の事は良いんで乗って来てください。」
木之宮を除く三人は顔を見合わせた。すると、西崎はニヤリと笑って言った。
「木之宮、お姫様だっこ好き?」
「え?」
突然西崎は見掛けによらない豪腕を発揮し、木之宮をひょいと胸に抱き抱えた。慌てる木之宮をよそに、その足はジェットコースターに近付いていく。
「これ乗ったらみんなで休憩するから!」
「え、いや、俺ホント良いんで!ちょっ、まっ…!!
い、いやぁーーー!!!!」
木之宮の女のような叫び声が、乗り場に響いた。
数分後、木之宮は一人トイレに閉じこもった。
外ではなかなか出てこない木之宮を心配していた。
「なんか悪い事しちまったな…。」
「もう、あんたが無理させるから…!」
反省した様子の西崎に追い打ちをかけるように新島が言った。
「俺ちょっと飲み物買ってくるよ。」
そう言って西崎が離れると、その場に倉杉と新島が取り残された。
なんとなく気まずくて倉杉が何も喋らないでいると、新島が先に口を開いた。
「ホントロクな事しないよねあいつ。職場でもみんなに迷惑掛けてるでしょ?」
「そ、そんな事ないよ!一個下なのにしっかりしてるし、楽しくてすごく良い人だよ!」
倉杉の声がワントーン上がった。そんな自分に気付き、倉杉は「あ、いや…」と微妙な間を置いた。
新島は怪訝な表情を浮かべ、倉杉をじっと見た。
「倉杉さんってもしかして………26歳?」
「え?そ、そうだけど…。」
新島の突然の名探偵ぶりに、倉杉はたじろいだ。
「えー!見えないッ!てっきりあたしと同じ二十歳くらいかと思ってたのに!」
「アハハ…それはいくらなんでも…。
でもそうすると、新島さんは木之宮くんと同い年なんだね。」
「木之宮くんって、あのトイレで生と死の境をさ迷ってる…?」
「…うん。」
倉杉と新島は男子トイレに向かって悲しげな視線を送った。
「…でも、木之宮くんってなんか可愛いですよね。」
「え?」
突然の新島の感想に倉杉は戸惑った。弟のような木之宮の事をそんな風に思う女性がいるなんて思わなかったのだ。
「まぁ、生意気だけどね…。」
倉杉はそう言った。
木之宮は少し落ち着きを取り戻し、トイレから出て来た。だけどその顔はげっそりと痩せこけ、まるで魂を吸われてしまったかのようだ。
四人はベンチに座り、西崎が買ってきたジュースを飲んだ。
ベンチは二つあり、西崎と新島、倉杉と木之宮のペアに分かれて座っている。
西崎と新島は何やら楽しげに会話をしていた。それに引き換え、倉杉と木之宮のテンションはすっかり落ちている。
木之宮は胃に負担を架けないよう、冷えたオレンジジュースをゆっくりとストローで吸い上げた。
「ああ…まだ頭がクラクラする…。」
「木之宮くんって絶叫マシン苦手だったんだね?」
倉杉がそう尋ねると、男のプライドが許さないのか、木之宮は反論した。
「べ、別に怖いって訳じゃないんすよ?ただ、Gに弱いだけです…。」
それ以上木之宮は何も言わなかった。どっちにしろ苦手な事には変わりないと自分で気付いたのだ。
「あ、知ってる?
乗り物酔いする人は、頭の上に本を乗せてバランス取ると良いらしいわよ?」
そう言いながら倉杉はバランスを取るジェスチャーをしてみせた。
「はぁ…じゃあ今度試してみます。」
それだけ言うと、木之宮は再びジュースに口をつけた。まだ気分が良くない。
「ああ、帰りたい…。」
木之宮が言った。
すると倉杉は、仲良さそうに話す西崎と新島の方をチラリと見て、「私も…」と俯いて小さく言った。
木之宮はそれを何となく聞こえなかったフリをした。
「あ、聞いた?新島さんって木之宮くんと同い年なんだって。」
「そうなんすか?西崎さんもやりますね〜。」
モヤモヤした気持ちを振り払うように明るく話そうとする倉杉に合わせて、木之宮も声をワントーン上げて言った。
「木之宮くんの事…可愛いって言ってたよ?」
ちょうど口に含んでたジュースが勢いよくしぶきを上げた。
木之宮は咳払いして、冷静を装って言った。
「そっすか…。」
しかしその顔は真っ赤になっている。
「何喜んでるのよ?」
ニタニタしながら倉杉が言うと、木之宮は慌てた。
「べ、別に喜んでる訳じゃ…!
まぁ嬉しいすけど、本人も本気で言ってる訳じゃないですよきっと。」
そう言って向こう側のベンチを見た。西崎の彼女である新島は、よく見ると目がパッチリと大きく、口元が三日月のように広がった可愛らしい顔立ちをしている。彼女の活発な性格が窺えるジニムのミニスカートから突き出た足やTシャツに浮き出る胸のラインは、まるでグラビアアイドルのようなプロポーションを誇っていた。
そんな新島が木之宮の視線に気付いて微笑んだ。慌てて木之宮は顔を背けた。
その様子を見ていた倉杉が、ニヤニヤしながら木之宮の耳元で囁いた。
「奪っちゃいなよ!」
いつもの冗談のつもりだろうが、倉杉の内に秘めた想いを知ってるとシャレに聞こえなかった。
「それはこっちの台詞ですよ。」
木之宮がそう小さく呟くと、倉杉は聞こえなかったのか、はてなマークを浮かべた。
休憩を終え、四人は再び遊園地を周り出した。木之宮を気遣ってなるべくGのかからないアトラクションを選んだ。おかげで木之宮の体調もすっかり良くなった。
「今度これなんてどう?」
西崎が提案したのはお化け屋敷だ。しかもただのお化け屋敷じゃない。この遊園地の最大の売りでもある地下施設をテーマにしたゾンビだらけのアトラクションだ。
「あたしこういうの苦手かも…。」
新島がそう言って後ずさりした。
「あれ?おまえ怖いの苦手だっけ?
まぁさっきの事もあるし、無理はさせないけど…。」
西崎がそう言うと、新島は胸の辺りで拳を握り締め、「でもせっかくだから入ってみるよ!待ってるのも退屈だし!」と自分を奮い立たせるように言った。
だがやはり怖いのかその足取りは重く、並んでいる列で西崎、倉杉、木之宮という順でみんなについて行く形で新島が後ろの方を歩いた。
西崎と倉杉が怖い物知らずで意気揚々としてるのに対し、新島は入る前から怯えている。さすがに木之宮は気の毒になった。
「あ、お客様、入場は2名様づつとなっております。」
みんなで一斉に入ろうとすると、突然スタッフにそう言われた。流れ的に前を歩いていた西崎と倉杉が先に入る事になった。
倉杉は思いもしない展開に戸惑った表情をして、後ろをチラチラと見ていた。
「じゃあまた後でな!」
そう言って暗い地下へと続くトンネルの中に西崎と倉杉が消えていくと、木之宮は急に居心地の悪さに襲われた。きっと新島も同じような想いをしてるんじゃないかと思った。
「それでは次の方どうぞ!」
5分後、そう言ってスタッフが案内した。
木之宮と新島は無言のまま、中へと入って行った。
しかし、その沈黙はすぐに叫び声へと変わる。トンネルを歩いていると、カクカクと動きの鈍いゾンビが現れた。ゾンビは床に伏せていて、こちらを窺っている。
そこを通らないと先には進めない。木之宮は足元のゾンビに不気味さを感じながらも、思い切ってそこを通ろうとした。
「待って!」
そう言って新島は木之宮の腕を掴んだ。木之宮は驚いて新島を見た。
「ねぇ、腕組んでて良い?」
震えた声で新島が言った。怖がっている女の子を拒む訳にもいかず、木之宮は頷いた。
そして、二人はゾンビが這うトンネルを通った。すると案の定そのゾンビたちは動き始め、歩伏前進で追って来た。その異様な光景にまず先に新島が悲鳴を上げた。
「キャーーー!!!」
悲鳴と共に新島は木之宮の腕を強く握り絞めた。
「痛ーーー!!痛い痛い痛いッ!!!」
木之宮も別の意味で悲鳴を上げた。そして新島は腕を掴んだまま、木之宮を引きずるように走り出した。
「ちょっ!新島さん待っ…!
もげる!腕がもげちゃう!!
イタタタタタッ〜!!!」
新島は逃げるのに夢中で木之宮の悲痛な叫びが聞こえないようだ。木之宮の腕は逆方向に曲がっている。その光景にゾンビたちでさえ怯えた。
一方、西崎と倉杉はあまり怖がる様子はなく、難無く進んで行く。
「今のゾンビ、腕無かったですね。」
「アハハ、多分お腹の所に隠してるんじゃない?
このお化け屋敷凝ってて面白いね〜。」
「てかゾンビなのにお化け屋敷って!アハハ!」
「こういう所ってお客さんに触れるの禁止だから、多少怖くても結局安全なのよね〜。」
「ホラー映画と同じですね。
最近何観ても面白くないんですよ。なんか見飽きちゃって…。」
「あ、だったらフランスのホラー観てみたら?あれはかなりエグイわよ!」
「へ〜!面白そうすね!今度観てみよ〜!!」
お化け屋敷でホラー映画の話しをするのはこの二人ぐらいなものだろうか。周りのゾンビたちが必死で驚かせようとしてるにも関わらず、可哀相に無反応だ。
「でもこれが映画の中なら、俺たち即死ですね。あまりに危機感なさ過ぎっすもん。」
「アハハ、言えてる〜。」
ゾンビの覆面の下は、恐らく涙で水浸しだろう。
一方、木之宮と新島はようやく足を止めた。走っている最中ゾンビが幾度となく怖がらせようとしたが、放っといても怖がってる状況だし、あまりのスピードに追い付けなかった。
困った係員が「走ると危険ですので、走らないでください!」というアナウンスを流し、新島はようやく我を取り戻したのだ。
「ハアハア…ああ怖い。やっぱり入るんじゃなかったかな…。」
「なんか、さっき俺の腕が逆方向に曲がった気がしたんだけど…大丈夫かなこれ…?」
木之宮の腕にはズキズキと痛みが走っていたが、無事なようだ。なによりもげてなかった事に木之宮は安心した。
木之宮たちは地下施設の入口に辿り着いていた。まだ先があるのかと新島はため息をついたが、先に進まない事には出られない。
入口は内側から壊されたような大きく穴の空いた扉になっていて、中からはおぞましい呻き声が聞こえた。
「ねぇ腕…。」
「遠慮します。」
木之宮は間髪入れず断ると、颯爽と扉を潜り抜けた。
「ま、待ってよ〜!」
後に続くように新島が潜り抜けると、新島はやはり怖いのか、木之宮の服を掴んで後ろに付いた。
「なんか、木之宮くんって逞しいね。怖くないの?」
「そりゃあ怖くない事はないすけど…そこまでじゃ。」
「そうなんだ?
でも木之宮くんあたしの事バカにしないから、なんか嬉しいな。
あいつなんて酷いんだよ。こういう所来ると、怖がってるあたしを見て笑ってるの!」
(西崎さんらしい)と木之宮は思った。
「なんか…木之宮くんといると安心する。なんでだろう…?」
そう言って新島は木之宮の背中に触れた。そっと添えられた指の感触に木之宮は思わず顔を赤らめた。
「に、西崎さんだって充分頼りになるんじゃないすか?
俺、西崎さんと話してると結構安心しますよ!」
木之宮はそう言って変な雰囲気を壊そうとした。幸いにも薄暗がりの中では顔の赤らみも悟られない。
「あいつの事好き?」
「まぁ、好きですよ。」
「ホモなの?」
「違います…。」
木之宮がうんざりした顔で言うと、新島はクスクス笑った。
「…あたしは正直言うとそんなに好きじゃない。」
「…は?」
「あたしさ、あいつと別れようと思ってるんだ。
やっぱり歳が離れてるせいか、上手く行かない事も多くて…。」
木之宮は一瞬新島が何を言ったのか理解出来なかった。そんな事をこんな時に話すなんて思わなかったからだ。
「そ、それは…なんと言って良いのか…。」
木之宮は混乱している。いっそこの話しをゾンビの出現で終わらせて欲しかったが、こんな時に限ってゾンビは現れない。
新島の話しはまだ続く。
「あのさ…
もしあたしたちが別れたら…
木之宮くんあたしと………」
(今日会ったばかりの俺に何を言い出すんだこいつは)と慌てた時、前方の方で叫び声が聞こえた。
「に、逃げろ二人とも〜!!」
そう言って走って来るのは先に行ってたはずの西崎と倉杉だ。その後ろからは大量のゾンビが物凄い勢いで追ってくる。
どうりで木之宮たちの所にゾンビが現れなくなったはず、ゾンビたちは全く怖がらない西崎と倉杉にプライドを賭けて挑戦しようと集結していたのだ。
ゾンビの本気だ。
さすがに全員悲鳴を上げた。
―つづく―




