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第1話:歳の差

今、カラオケ店に二人の男女がいる。

男は【木之宮きのみや】、女は【倉杉くらすぎ】。二人は別に恋人同士という訳でもなく、【ししのぶ】というスーパーのただのバイト仲間だ。

今日はそのししのぶの親睦会が行われる日なのだが、大半のメンバーが遅れて来る為、数人のメンバーでカラオケで時間を潰す事になった。


「…なんすか?」


二十歳に成り立ての木之宮が年上の倉杉に向かって、生意気な口調で尋ねた。それもそのはず、倉杉は曲を検索する木之宮の顔をじーっと見ていた。


「別に…。」


倉杉はそう言って顔を反らした。そして目だけを再び木之宮に戻した。


「なら見ないでくださいよ。気が散るじゃないすか。」


一応敬語だが、木之宮の口調はやはり生意気さを含んだ。


「あら!気が散るのは私のせいじゃないわ!木之宮くんが私を意識し過ぎなのよ!」


木之宮はため息を吐いた。


「はいはい、そっすか。」


そう言って立ち上がり、木之宮は堪らず部屋を出た。


部屋に取り残された倉杉もまた細いため息をついた。

誤解を避ける為に先に言っておくが、倉杉は別に木之宮に恋愛感情を抱いている訳ではない。ただ倉杉は、先日同じパートのおばさんから聞いた話しが気になっていた。


「木之宮くんって、倉杉さんの事好きらしいわよ〜!」


噂好きの丸川に堂々とそう言われ、倉杉は目を丸くした。


「え〜まさか〜!だって私の方が六つも年上なんですよ?」


何を馬鹿な。と倉杉が笑ってそう言った後、もう一人の噂好きのおばさん、橋本が割って入った。


「あら!でもあの子、前に西崎くんに話してたらしいわよ?倉杉さんみたいな人が好みだって〜!」


「アハハ…。それってただ好みってだけで私を好きって訳じゃないんじゃ…。」


そう言って倉杉は否定してみたが、おばさんたちは引き下がらなかった。


「あら、恋のキッカケなんてそんな些細なもんよ!条件が合えば直ぐなんだから!」


「そうよ直ぐよ!それに恋に歳なんて関係ないわよ〜!ホホホ!」


丸川と橋本の連携の取れた冷やかしに倉杉はただたじろぐしかなかった。

そして、カラオケ店の一室で、倉杉は呟いた。


「直ぐって何がよ?」


一方、木之宮は部屋の外で憂鬱そうにため息をついていた。

そしてちょうどその時、一緒にカラオケに来ていたバイトの先輩の西崎と鉢合わせになった。


「おぉ木之宮、お待たせ!

悪いな、せっかくの親睦会なのに集まり悪くて。丸川さんと橋本さんは後一時間くらいで着くってさ!」


ケータイ片手に西崎がそう言った。


「そっすか…。」


木之宮はそれだけ言うと再びため息をついた。


「てか俺、今すごく気が重いんですけど…。

やっぱ、初っ端カラオケって無謀だったんじゃないすかね?倉杉さん何も歌わないし、部屋で二人無言っすよ?」


それを聞いて西崎がケラケラと笑った。


「何言ってんだよせっかく二人切りにしてあげたのに。おまえ倉杉さんみたいのがタイプなんだろ?もっと頑張れよ!」


「ちょっ!だからそれ違うって言ってるじゃ…!」


否定する間もなく、西崎は部屋の扉を開いた。すると、中から先程までは無かった音楽が聞こえて来た。

そこには一人で歌う倉杉の姿があった。

倉杉が木之宮と西崎に気付くと、「あ」と声を上げ、それがマイクにこだました。


「え〜と、場の空気温めておきました。後よろしくお願いします…。」


倉杉が曲を切りながら照れ臭そうにそう言うと、木之宮は涼しげな表情で「一人で?」とツッコミを入れ、西崎は「プププ」と笑った。



「良いと思うけどな倉杉さん!」


歩いている途中、西崎が突然言った。


「前言ってたおまえのタイプって、年上でおしとやかで、大人になっても汚れを知らなそうな人だろ?倉杉さんそのものじゃん!」


「そ、そうですけど、さすがに六つも離れてると…。」


「何言ってんだよ!倉杉さん見た目すごく若いし、可愛いじゃん!

俺も彼女いなかったら絶対好きになってたぜ?」


倉杉は合流した丸川と橋本と楽しげに話していた。木之宮たちとは離れて歩いているが、自分たちの話しが聞かれているんじゃないかと木之宮はヒヤヒヤしながら後方をチラチラ見た。


「正直…前に西崎さんに『おまえのタイプって倉杉さんじゃないか』って言われた時、ハッとした自分がいたんです。

それで一晩中考えてみて分かりました。

あ、やっぱり違うなって…。」


西崎は木之宮の話しを黙って聞いている。


「倉杉さんは確かに俺のタイプかも知れないけど、所詮ただのバイト仲間なんです。

たまに職場で話して、冗談言い合って、笑って…。ただそれだけの人なんです。

ただそれだけの人と恋に落ちるなんて、変な話しです。」


木之宮がそう言い終わると、西崎は腕を自分の頭の後ろで組み、目を閉じた。


「ふーん、なるほどね。

どうりで…。」


木之宮ははてなマークを浮かべた。


「人が人を好きになると二つの道が出来る。

恋に落ちるか…怖くなるかだ。

どうりで倉杉さんの前で笑わなくなったと思ったよ。おまえ。」


スタスタ歩く西崎の背中を追いながら、木之宮は視線を背けた。



親睦会の名の通り、居酒屋で親睦を深めた後、主催者の西崎は上機嫌で言った。


「お疲れ様でしたー!」


夜もふけ、時間は9時を回っていた。西崎は丸川と橋本に別れの挨拶している。


「今日はちょっと人も集まらなくてボロボロでしたね。」


「あら、私たちは三人で充分楽しんだわよ?ねぇ?」


丸川がそう皮肉を言うと、橋本が「ホホホ」と笑って「またやりましょーね」と西崎の肩を叩いた。

その様子を見ていた木之宮に倉杉が話し掛けて来た。


「木之宮くん。大丈夫?

今日…ていうか、最近元気無いみたいだけど?」


倉杉の頬はお酒を飲んでほのかに赤く染まっている。


「…そんな事ないですよ。元気です。」


ニッコリ笑いながら木之宮はそう言った。

倉杉はその笑顔に一瞬違和感のような物を感じたが、すぐに考えるのを止めて言った。


「そう、良かった。それじゃあまた職場でね!」


「はい、お疲れ様でした!」


木之宮がそう言うと、倉杉は手を振って歩き始めた。


(やっぱり私の事好きだなんてただの噂ね。だって完全に愛想笑いだったもん。)


そんな事を考え、倉杉の気持ちは少しすっきりしたようだった。

そして木之宮はそんな倉杉の背中を目で追い、倉杉がふと向けた視線の先を見逃さなかった。

そこには丸川と橋本と話している西崎の姿があった。



「ありがとうございましたー!!」と、元気に挨拶する倉杉の声が店内に響いた。


「お次お待ちのお客様どうぞー!!」


倉杉の細い身体に不釣り合いな大音量の声は、野菜コーナーで品出ししている木之宮の耳にも届いた。

いつもの光景にも関わらず、木之宮はしばしば手を止め、倉杉を見た。

常にテンションの低い木之宮にとって、倉杉のテンションの高さは尊敬に値した。

あの力の源はどこから来るんだろう?あの元気を少しでも分けて貰えたら、俺も日々楽しく生きて行けるのに。どっかに元気を吸い取る装置ないかな?

そんな事を真面目に考えていた。



休憩中、木之宮は店内で買ったおにぎりを一人で食べていた。

そんな時、倉杉が休憩室に入って来た。木之宮はおにぎりを頬張ろうと、大きく開けていた口で思わず「あ」と声を上げた。

それを聞いて倉杉は怪訝な表情を浮かべた。


「『あ』って何よ?」


「あ、いえ、お疲れ様です。」


「木之宮くんもお昼か…。

あ、そうだ!丸川さんからおまんじゅう貰ったんだけど、食べる?」


「あ、ちょうど甘いモンが欲しかったんです。頂きます。」


「よしきた!

ちょっと待ってて、一個しかないから半分こにするね!」


倉杉は木之宮が出した手の上に、「はい!」と器用に剥がしたおまんじゅうの皮を乗せた。


「召し上がれ!」


倉杉はそう言って、テヘッと舌を出したすごく良い笑顔を見せた。


「あのこれ…。

半分個という言葉の限界をすっかり越えちゃってるんですけど?」


「皮に含まれている黒糖の甘味を楽しんで貰いたくて!」


そう言いながら倉杉は、半分とは程遠い大部分のおまんじゅうをモグモグと食べ始めた。

仕方なしに木之宮はペラペラの皮を口の中に放り込んだ。

しかし木之宮は驚く。確かに黒糖の甘味が濃厚に口の中に広がる。普通の食べ方をしていたらこんな感激は味わえなかったに違いない。これはこれで悪くないと木之宮は思った。


「ねぇ木之宮くん。」


「はい?」


木之宮が顔を上げると倉杉は真剣な顔で言った。


「ここ笑うトコ。」


木之宮も思わず真顔になった。

そして、ポツポツと休憩室の窓を打ち付ける雨音が聞こえて来た。それは次第に強くなり、町中を包み込む豪雨となった。


「雨…降ってきましたね。」


木之宮は静かにそう呟いた。



仕事が終わり、木之宮はスーパーの裏口から空を見ていた。雨が止む気配も無く、傘を持たない木之宮は途方に暮れていた。


「あちゃーまだ降ってるかー!」


同じく勤務を終えた倉杉がそう言いながら現れた。


「しょーがない!

傘が無くて困ってる木之宮くんをほっといて帰るか!」


そう言って倉杉は傘を勢いよく開き、脇目も振らずスタスタと歩いて行った。木之宮はそれを真顔で見ている。


「あれ?傘無いの?」


同じく勤務を終えた西崎が後ろから木之宮に話しかけた。


「うわっ!ビックリした!

そんな言葉を掛けてくれる人がいたなんて!」


「これ使いなよ。俺折りたたみ傘も持ってるから。」


そう言って西崎は手に持っていた傘を木之宮に渡した。

木之宮は目に滲む水滴を雨のせいにした。


「あの…倉杉さんって俺になんか冷たくないですか?」


突然何を言うのかと、西崎は笑った。


「ハハハ、えーそうかな?

んーそれは多分、倉杉さんが木之宮に心を許してるからだと思うよ?」


意外な答えに木之宮は目を丸くした。


「倉杉さんってさ、ほら、みんなに優しいじゃん。わがままとか鼻に掛けた事言わないし、いつも周りに合わせて発言や行動をしてるでしょ?」


言われてみれば確かに。木之宮はそう思った。


「木之宮が前に話したような倉杉さんの奇行なんて、俺や他の仲間には絶対見せないもん。

それってきっと、倉杉さんにとって木之宮が特別だからなんだよ。」


木之宮は喉の奥で「うーん」と唸り声を上げた。


「あれ?嬉しくないの?」


「いや、嬉しいとかはないですよもちろん…。

ただ…それは違うと思います。

特別なんて良いもんじゃなくて、ただ倉杉さんは俺の事弟みたいに思ってるだけなんじゃないですかね?」


「ダメだなー。そんな風に考えてたら何も進展しないぞ?ハハハ!」


「進展させる気なんてないですって…。」


木之宮はうんざりした顔でため息をついた。


「それじゃ俺行くわ!お疲れ!」


そう言って西崎は雨の中走った。


「お疲れさ…って、あれ?

西崎さん傘は!?」


「折りたたみ傘入れてた鞄忘れたー!まぁ俺ん家すぐ近くだから!」


そう明るく言って、西崎は去って行った。


「…なんであんな良い人なんだろ?西崎さんって…。」


木之宮は西崎の人柄に小さく嫉妬してそう呟いた。


「あれ?傘あるじゃない!」


突然の声に木之宮は驚いた。倉杉が戻って来たのだ。

その手には傘がもう一本握られていた。


「その傘…もしかして俺に?」


「…しょうがないからコンビニで買って来たのよ。本当にあのまま帰るとでも思った?」


「思ってました。」


木之宮が素直にそう言うと、倉杉は「もう、ホント冗談が通じないんだから」と言って頬っぺを膨らませた。


「…でもちょっと遅かったっすね。ついさっき西崎さんにこの傘貸して貰ったんす。

当の西崎さんは傘もささずに去って行きましたけどね。」


「え!?」と倉杉が言った後、木之宮は遠くを指差した。

雨の中走る西崎の後ろ姿が、まだ見えた。

すると、倉杉は突然走り出して西崎を追った。


木之宮は、なんとなくこうなる事を予想していた…。



―つづく―


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