第9話「交わる軌跡と純白の祈り」
冷たい黒曜石の廊下を抜けた先には、ドーム状に広がる巨大な地下空間が待ち受けていた。
天井からは青白い発光性の鉱石がシャンデリアのように垂れ下がり、空間全体を幻想的な光で照らし出している。空気はさらに冷たさを増し、吐く息は真っ白な霧となって視界を遮った。
リオンとルミナは、警戒を怠ることなくその空間の中央へと進み出た。
周囲には魔物の気配は感じられない。しかし、ただならぬ静けさが逆に二人の緊張感を高めていた。
「ここは……なんだか神聖な場所のように感じるわ」
ルミナが周囲を見回しながら、ぽつりと呟いた。彼女のエルフとしての感覚が、この場所に渦巻く古い魔力と、何者かの強い意志を感じ取っている。
リオンも同じように感じていた。ここは単なる迷宮の一部ではない。何かの封印、あるいは重要な儀式が行われるための特別な空間だ。
その時、ドームの反対側にある重厚な石の扉が、地響きのような低い音を立ててゆっくりと開き始めた。
リオンとルミナは即座に戦闘態勢をとり、武器を構えた。
しかし、開いた扉の奥から現れたのは、恐ろしい魔物でも、新たな暗殺者でもなかった。
現れたのは、純白の法衣に身を包んだ一人の少女だった。
彼女の金色の髪が、青白い鉱石の光を受けて神々しく輝いている。背後には数人の重武装の騎士たちが控えていたが、彼女自身は武器を持たず、ただ真っ直ぐにリオンを見つめていた。
「ようやく……お会いできました」
少女の震える声が、静寂の空間に響き渡った。
彼女の青い瞳には、あふれんばかりの涙が浮かんでおり、その視線はリオンの姿を、まるで奇跡そのものを仰ぎ見るように捉えていた。
「あなたは……?」
リオンが警戒を解かずに問うと、少女はその場にふわりと膝をつき、両手を胸の前で組んで深く頭を下げた。
「私はクレア。王都の大聖堂より、神の導きに従ってこの地へ参りました。ああ、偉大なる天上界の光を身に纏いし御使い様。どうか、私にあなたの傍で祈りを捧げることをお許しください」
クレアの言葉に、リオンは完全に言葉を失った。
御使い様? 自分が?
彼は慌てて上着のポケットから通信水晶を取り出した。水晶はこれまで見たこともないほど激しく明滅し、アリアの戸惑う声が頭の中に響き渡った。
『ええっ!? ちょっと待ってリオン、この子、あなたの配信から漏れ出た神々の波動を直接受信しちゃったみたい! 天上界の光を感じ取って、あなたを神の使いだと完全に信じ込んじゃってるわ』
アリアの報告に、リオンは思わず頭を抱えた。
「いや、待ってくれ。私はただの人間だ。神の使いなどではない」
リオンが否定の言葉を口にするが、クレアは顔を上げ、涙に濡れた瞳で彼を見つめ返した。
「ご謙遜なさらないでください。あなたの放つその温かく、強大な光は、偽りようのない神の奇跡そのものです。私はこの魂で、その波動を確かに感じ取りました。あなたがどのようなお姿をされていようと、私の信仰が揺らぐことは決してありません」
彼女の言葉は、狂信的なまでの純粋さと、揺るぎない確信に満ちていた。
ルミナはリオンの横顔を見て、小さくため息をついた。
「どうやら、また厄介なものを拾ってしまったみたいね。でも、彼女の持つ魔力は本物よ。嘘をついているようには見えないわ」
「厄介なものとはなんですか!」
クレアの背後に控えていた騎士の一人が、ルミナの言葉に激昂して前に出ようとした。しかし、クレアが静かに手で制すると、彼は悔しそうに引き下がった。
「争いは望みません。私はただ、御使い様の歩まれる道を、私の祈りで照らしたいだけなのです」
クレアの真摯な言葉と、彼女から発せられる清らかな気配に、リオンは深くため息をついた。
「……わかった。君が私を何と呼ぼうと自由だが、ここは危険な場所だ。ついてくるなら、自分の身は自分で守ってくれ。私とルミナは、この迷宮の最深部を目指している」
リオンの言葉に、クレアの顔が花が咲いたようにパッと明るくなった。
「はい! 私の命に代えても、御使い様の行く手を阻むものは、神の光で浄化してみせます」
クレアが力強く頷くと、彼女の体から淡い白銀の光が放たれ、リオンとルミナを優しく包み込んだ。それは、疲労や痛みを癒やす強力な祈りの魔法だった。
リオンは自分の体に満ちていく心地よい温かさを感じながら、通信水晶をポケットにしまった。
『リオン、神様たちのコメント欄が聖女ちゃんキターとか、光のパーティ結成って大盛り上がりよ! これはもう、迷宮の最深部まで一気に行けちゃうんじゃない?』
アリアの能天気な声に苦笑しながら、リオンは新たに加わった奇妙な仲間と共に、迷宮の最深部へと続く重厚な石の扉の奥へと歩みを進めた。




