第7話「陰謀の毒杯と冷徹な刃」
迷宮から遠く離れたアークライト家の広大な屋敷では、重苦しい空気が淀んでいた。
かつての栄華を誇示した豪華な調度品は埃をかぶり、色褪せたタペストリーが壁のあちこちでだらりと垂れ下がっている。窓から差し込む午後の光は、分厚いベルベットのカーテンに遮られ、部屋の中にはどんよりとした薄暗さが漂っていた。
巨大なマホガニー製の執務机の奥深くで、長男のガレリアは苛立ちに満ちた表情で高価なワイングラスを弄んでいた。
「リオンが、迷宮で莫大な富と力を手に入れただと」
彼の声は低く、蛇が這うような粘り気を含んでいた。目の前に立つ痩せぎすの密偵は、畏縮したように肩をすくめ、何度も頷きながら報告を続ける。
「は、はい。間違いございません。辺境の街では、彼が迷宮の下層で次々と強力な魔物を討伐し、見たこともない貴重な素材や宝を街に持ち帰っているという噂で持ちきりです。なんでも、天から光の束が降り注ぎ、彼に特別な力を与えたとか……」
「くだらん!」
ガレリアが激高し、ワイングラスを机に叩きつけた。ガシャンという鋭い音と共に、赤い液体が血のように書類の上に散らばる。
「あの魔力なしの出来損ないに、そんな力があるはずがない! 何かの間違いか、あるいは卑劣な手を使って他人を出し抜いているに違いない。そうだ、きっとそうだ」
彼は血走った目で虚空を睨みつけた。アークライト家の再興を担うべき自分が、毎日のように借金の催促に怯える日々を送っているというのに、一族の恥と蔑んでいた三男が富と名声を手にしているなど、彼の肥大した自尊心が許すはずがなかった。
「ガレリア様、落ち着いてくださいませ」
部屋の隅の影から、滑るような足取りで進み出てきたのは、アークライト家に長年取り入っている悪徳貴族、バルドーだった。彼は肥え太った体を揺らし、狡猾な笑みを口元に浮かべている。
「噂が真実であるならば、これは我々にとって好機とも言えます。リオンが手に入れた富や力は、本来ならばアークライト家のものであるべきです。彼を上手く始末し、そのすべてを正当な権利として没収してしまえばよろしいのでは」
バルドーの言葉に、ガレリアの瞳の奥で暗い炎が揺らめいた。
「始末する、か。だが、奴が本当に力を持っているとすれば、普通の追手では返り討ちに遭うだけだぞ」
「ご安心ください」
バルドーは懐から、黒革で包まれた小さな袋を取り出し、机の上にコトリと置いた。
「私の息のかかった、裏社会でも指折りの熟練の暗殺者たちを手配いたしました。彼らは気配を完全に殺し、迷宮の暗闇に紛れて獲物を確実に仕留める専門家です。リオンがどれほど運に恵まれていようと、冷たい刃の前に倒れるのは時間の問題です」
ガレリアは袋の中身を改めることなく、ただその黒い革の質感に満足げに頷いた。
「よいだろう。バルドー、この件はすべてお前に任せる。リオンの息の根を止め、奴が持つすべてを私の元へ持ち帰れ。それができれば、アークライト家の再興の暁には、お前にもたっぷりと礼をしてやろう」
「ははっ、ありがたき幸せに存じます」
バルドーは恭しく一礼し、静かに部屋を退出した。
重い木製の扉が閉まると同時に、ガレリアは再び新しいグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干した。酸味の強い酒が喉を焼き、彼の歪んだ欲望をさらに煽り立てる。
「リオン、お前はどこまで行っても私の足元を這いつくばるだけの存在だ。その身の程を、冷たい死という形で思い知らせてやる」
彼の呟きは、誰の耳に届くこともなく、澱んだ部屋の空気の中に溶けて消えた。




