番外編「始まりの領地と温かいシチュー」
迷宮での奇跡的な出来事から数ヶ月が経過し、季節は柔らかな日差しが降り注ぐ春を迎えていた。
リオンが国王から賜った新しい領地は、かつて荒れ果てた辺境の土地だったが、今では見違えるほど豊かな緑と笑顔にあふれる場所へと変貌を遂げていた。
領主の館の裏庭には、広大な畑が広がっている。
そこでは、ルミナが神星樹の木で作られた特製のスキを器用に操り、土を耕していた。彼女の銀色の髪は動きやすいように高く結い上げられ、額には心地よい汗が光っている。エルフである彼女にとって、自然と触れ合い、植物の命を育むこの作業は、迷宮での戦いよりもずっと性に合っているようだった。
「ルミナ、休憩にしないか? あまり無理をすると腰を痛めるぞ」
リオンが冷たい水の入った木製の水差しを持って近づくと、ルミナはスキの手を止め、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、リオン。でも、この土はとても素直で柔らかいから、全然疲れないわ。それに、あなたが作ってくれる野菜料理のためなら、いくらでも頑張れるもの」
彼女は差し出された水差しを受け取り、冷たい水を一息に飲み干した。彼女の尖った耳が、満足げに微かに揺れている。
その時、上空から巨大な風圧が畑に吹き下ろした。
見上げると、太陽の光を浴びて紅蓮の鱗を煌めかせる古代竜イグニスが、ゆっくりと空から舞い降りてくるところだった。彼の巨大な背中には、純白の法衣の裾を風になびかせたクレアが乗っている。
重い音と共にイグニスが着地すると、クレアは器用な身のこなしで彼の背から飛び降りた。
「御使い様! イグニス様と領地の見回りに行ってまいりました。北の森の果てまで、魔物の気配は一切ありませんでしたよ」
クレアは満面の笑みで報告し、誇らしげに胸を張った。神殿での厳しい戒律から解放された彼女は、以前よりもずっと表情が豊かになり、年相応の明るさを取り戻していた。
「ありがとう、クレア。イグニスも、ご苦労だったな」
リオンがイグニスの巨大な鼻先を撫でると、古代竜は気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らし、温かい息を吐き出した。
『主よ、我は腹が減った。そろそろ、あの赤くて甘い野菜の入った料理が食いたい』
イグニスの思念がリオンの頭に響き、彼は苦笑しながら頷いた。
「わかったよ。ちょうどお昼の時間だし、今日はトマトをたっぷり使ったシチューにしよう」
リオンがそう宣言すると、彼の上着のポケットで通信水晶が激しく明滅し始めた。
『やったわね! 神様たちも、みんな画面の前でお皿を持って待機してるわよ! 今日も新鮮な食材をどっさり送るから、美味しいのを作ってね』
アリアの元気な声と共に、空中に光の渦が現れ、次々と新鮮な野菜や肉が具現化して落ちてきた。
リオンは仲間たちと笑い合いながら、手慣れた様子で屋外の竈に火を入れ、鍋の準備を始めた。
かつて孤独だった没落貴族の三男は、今や最高の相棒と、清らかな聖女、そして伝説の古代竜と共に、温かく満ち足りた日々を送っている。彼の作る料理の匂いは、領地の空気を優しく満たし、空の上の神々の心までも温め続けるのだった。




