第12話「星の瞬きと鋼鉄の門」
戦闘の余韻が冷めやらぬまま、リオンたちは迷宮のさらに深く、そして暗い心臓部へと向かって歩みを進めていた。
もはや通路と呼べるような人工的な構造物は完全に姿を消し、自然のままの巨大な洞窟が口を開けていた。周囲の岩肌はごつごつとした玄武岩に変わり、壁面には人工的に彫り込まれたものではない、自然の魔力が結晶化した幾何学的な紋様が脈を打つように淡く発光している。
空気の温度は一歩進むごとに急激に上昇していた。
先ほどまでの凍りつくような冷気が嘘のように、今は肌をじりじりと焼くような乾いた熱風が奥から吹き付けてくる。呼吸をするたびに肺が焼け焦げるような錯覚に陥り、硫黄と濃密な魔力が混ざり合った刺激臭が、一行の鼻腔を容赦なく犯した。
騎士たちは分厚い鎧の下で滝のような汗を流し、肩で息をしながら必死に足を踏み出している。クレアの純白の法衣も熱気でわずかに重くなり、彼女の白い額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「この熱気……ただの火の魔物のものじゃないわ。もっと古くて、根源的な力の塊が奥にいる」
ルミナが外套の襟を緩めながら、引きつった声で言った。彼女のエルフとしての本能が、この先にある存在の異常さを察知して警鐘を鳴らし続けている。
「ああ。大地そのものが呼吸しているような、とてつもない重圧だ」
リオンも同意するように低く応えた。
彼の強化された聴覚は、熱風の奥から一定のリズムで響く、地鳴りのような重低音をはっきりと捉えていた。それは巨大なふいごが動く音のようでもあり、途方もなく巨大な生物の寝息のようでもあった。
やがて、長く険しい洞窟を抜けた一行の視界が、不意に大きく開けた。
そこは、見上げるほどに高い天井を持つ、超巨大な円形の地下空洞だった。空洞の壁面には、マグマのように赤々と輝く鉱石がびっしりと張り付き、空間全体を血のような赤い光で照らし出している。
そして、その空洞の最奥。
彼らの進行方向を完全に塞ぐようにして、途方もなく巨大な鋼鉄の扉がそびえ立っていた。
扉の高さは軽く数十メートルを超え、見上げるリオンたちの存在がまるで小さな虫けらのように感じられるほどの圧倒的な威圧感を放っている。黒光りする金属の表面には、現代の知識では解読不可能な古代のルーン文字が隙間なく刻み込まれ、文字の溝からは溶岩のような赤い光が脈動するように漏れ出していた。
扉の前に立った瞬間、熱気とプレッシャーは最高潮に達した。
騎士たちの何人かは、その威圧感に耐えきれず、膝から崩れ落ちて荒い息を吐き出している。クレアもまた、両手を胸の前で強く組み、震える足で必死に立っている状態だった。
「これが、迷宮の最深部を塞ぐ扉……」
リオンは扉を見上げ、ゆっくりと息を吐き出した。
扉の向こう側から伝わってくるのは、単なる敵意や殺気ではない。数千年、あるいは数万年という途方もない時間を孤独に過ごしてきた、強大で誇り高き魂の波動だった。
リオンの胸の奥底で、恐れとは違う、静かな高揚感が熱く燃え上がり始めていた。
その時、リオンの上着のポケットが、まるで小さな太陽を抱え込んだかのように爆発的な光を放った。
光の熱に押し出されるようにして、通信水晶がひとりでに宙に舞い上がった。水晶はリオンの頭上でピタリと静止すると、ドーム状の巨大な空間全体を黄金色に染め上げるほどの強烈な輝きを放ち始めた。
『リオン! 聞いて、すごいことになってるわ』
アリアの声が、かつてないほどの興奮と震えを帯びて脳内に響き渡る。
『神々のネットワークの視聴者数が、天上界の歴史上過去最高を記録したの! すべての神様たちが、あなたのこれまでの歩みと、この巨大な扉の前に立つ姿に釘付けになっているわ。みんな、息をするのも忘れて画面を見つめているのよ』
水晶から放たれる黄金の光の粒が、雪のように舞い散り、リオンたちの体を優しく包み込んだ。
光に触れた瞬間、扉から発せられる熱気と重圧がふわりと和らぎ、肺を満たしていた息苦しさが嘘のように消え去った。神々が、自分たちの総力を結集して、リオンたちに最高の舞台を用意しようとしているのだ。
「ありがとう、アリア。そして、天上界の神々よ。君たちの期待には、必ず応えてみせる」
リオンは空中の水晶に向かって、深く、誠実に頭を下げた。
ルミナがリオンの隣に並び立ち、彼を信頼しきった目で真っ直ぐに見つめた。
「準備はいいかしら、相棒。この扉の向こうに何が待っていようと、私の矢は必ずあなたを護るわ」
「頼りにしているよ、ルミナ」
背後では、クレアが静かに祈りの姿勢をとっていた。彼女の全身から淡い金色の光が立ち昇り、リオンの放つ黄金の光と溶け合って、空間全体を神聖な輝きで満たしていく。
「御使い様。私の魂は、常にあなたと共にあります」
三人の意志が完全に一つに重なり合った瞬間、巨大な鋼鉄の扉に刻まれた古代文字が、いっせいにまばゆい光を放ち始めた。
大地そのものが引き裂かれるような重低音が響き渡り、数十メートルの巨大な扉が、数千年の眠りから覚めるようにして、ゆっくりと左右に開き始めた。
扉の隙間から、強烈な熱風と共に、凄まじい咆哮の余波が漏れ出してくる。
それは、世界を焼き尽くす力を持つ伝説の存在の目覚めの息吹だった。
リオンは蒼銀の剣の柄に手をかけ、決して怯むことなく、開きゆく巨大な闇の奥へと鋭い視線を向けた。彼の瞳には、これから始まる未知の対話と、神話の始まりを告げる強い決意の光が宿っていた。




