表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された没落貴族、拾った通信水晶で神々の配信者になる〜規格外チートと温かいご飯で古代竜もテイムして無双〜  作者: 黒崎隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話「聖女の戸惑いと地下の晩餐」

 迷宮のさらに深い階層へと足を踏み入れると、周囲を包み込む冷気は刃物のように鋭さを増し、肌を刺すような痛みを伴うようになっていた。


 床に敷き詰められた黒曜石のタイルは、発光性の苔が放つ青白い光を鈍く反射し、どこまでも続く暗黒の底へと一行を誘い込んでいるようだった。天井の岩肌からは氷のように冷たい水滴が不規則に滴り落ち、その音が広大な空間に高く冷ややかに反響する。カビと古い土の匂いに混じって、どこからか微かに硫黄のような焦げた匂いが漂い始めており、彼らがこの地下世界の核心へと近づきつつあることを無言のうちに告げていた。


 リオンは迷宮の重い空気を肺の奥深くまで吸い込み、祝福によって強化された五感で周囲の安全を確かめながら先頭を歩いていた。


 彼のすぐ後ろには、周囲を鋭く警戒するルミナが続き、さらにその後方には、純白の法衣の裾をわずかに持ち上げながら歩くクレアと、彼女を護る数人の重武装の騎士たちが隊列を組んでいた。騎士たちの分厚い鋼の鎧が擦れ合う金属音が、静寂に包まれた迷宮の中でやけに大きく響き渡る。彼らの表情には極度の緊張が張り付いており、いつどこから恐ろしい魔物が襲いかかってくるか分からない恐怖に耐えているのがありありと見て取れた。


 しかし、クレアの顔に恐れの色は微塵もなかった。


 彼女の透き通るような青い瞳は、ただ真っ直ぐにリオンの背中だけを見つめている。彼女にとって、リオンの歩みからこぼれ落ちる不可視の黄金の光こそが絶対的な道標であり、彼が先を歩いているという事実だけで、この恐ろしい迷宮の暗闇すらも神聖な巡礼の道へと変わっていた。


***


 数時間ほど歩き続けた後、リオンは岩壁にぽっかりと開いた横穴を見つけた。


 入り口は狭いが、奥には十数人が足を伸ばして休めるほどの広さがある。魔物の爪痕や真新しい足跡もなく、空気の流れも淀んでいない。野営には最適な場所だった。


「今日はここまでにしよう。これ以上進むと、疲労で判断力が鈍る」


 リオンが静かに告げると、騎士たちから深い安堵の吐息がいっせいに漏れた。彼らは重い盾を床に下ろし、強張っていた肩の筋肉を休めるようにその場にへたり込んだ。


 リオンはリュックを下ろすと、慣れた手つきで部屋の隅に石を円形に並べ始めた。その中に乾燥した木の枝や燃えやすい枯れ葉を丁寧に組み上げ、火打ち石を取り出す。


「お、お待ちください、御使い様!」


 クレアが弾かれたように前に進み出て、慌てた様子でリオンの手元を覗き込んだ。


「神の御使い様であるあなたが、このような卑しい作業を自らなさるなどあり得ません。どうか、火の準備や食事の支度は、私や護衛の者たちにお命じください」


 彼女の言葉には、心底からの驚きと畏れが入り混じっていた。王都の大聖堂において、高位の聖職者が自ら手を汚すことなど絶対にない。ましてや、天上界の光を一身に受ける尊い存在が、泥にまみれた木の枝を集めて火を起こすなど、彼女の常識では到底受け入れられない光景だった。


 リオンは火打ち石を叩く手を止め、困ったように微笑んだ。


「クレア、私は御使いなどではないと言ったはずだ。それに、自分の身の回りのことを自分でするのは当然のことだよ。君たちも長旅で疲れているだろう。ここは私に任せて、ゆっくりと休んでほしい」


『そうだそうだ! リオンのご飯の時間は、天上界の神様たちにとって一番の楽しみなんだから邪魔しちゃ駄目よ』


 リオンの上着のポケットの中で、通信水晶がチカチカと楽しげに明滅し、アリアの明るい声が彼の脳内に直接響いた。


 カチッ、カチッという硬い音と共に火花が散り、乾燥した葉に小さな火種が落ちる。リオンが静かに息を吹きかけると、チリチリという音を立てて赤い炎が生まれ、瞬く間に木の枝へと燃え移っていった。


 暗く冷たかった石室が、オレンジ色の温かい光で満たされる。炎の熱気が周囲の空気を押し広げ、凍えていた一行の顔に柔らかな影を落とした。


 ルミナは壁際に背中を預け、弓の弦の手入れをしながらそのやり取りを静かに見守っていた。彼女の口元には、クレアの慌てふためく様子を楽しむような小さな笑みが浮かんでいる。


 リオンが小さな鉄鍋を炎の上に乗せ、水筒から澄んだ水を注ぎ込んだその瞬間だった。


 ポケットの水晶が一段と強い黄金色の光を放ち、空中に浮かび上がった。


『さあさあ、今日の野営も大盛況よ! 神様たちから、新鮮な食材の贈り物がどっさり届いてるわ』


 アリアの声と同時に、焚き火の上空の空間が光の粒子で満たされた。


 光はゆっくりと渦を巻き、やがて実体を結んでいく。コロン、という心地よい音と共に石畳の上に現れたのは、土の香りを残す丸々とした芋、真っ赤に熟したトマト、そして分厚く切られた霜降りの新鮮な獣肉だった。


 クレアと騎士たちは、空から突然現れた食材の山を見て、完全に言葉を失い、床にひざまずいて祈りのポーズをとった。


「おお……天上界からの奇跡の糧。やはり、あなたは真の神の使いであらせられるのですね」


 クレアの震える声に、リオンは弁解するのをすっかり諦め、ただ苦笑しながら食材を拾い集めた。


 彼は迷宮の奥深くで手に入れたとは思えないほど新鮮な肉を短剣で一口大に切り分け、熱した鉄鍋に放り込んだ。ジュウッという激しい音と共に、肉の脂が溶け出し、濃厚で香ばしい匂いが石室の隅々にまで広がっていく。


 続いて、ざく切りにした芋とトマトを加え、木べらで丁寧に炒め合わせる。トマトの果肉が崩れて赤いスープを作り出し、肉の旨味と野菜の甘みが完全に溶け合っていく。ぐつぐつと煮立つ音が、疲労した一行の胃袋を激しく刺激した。


 騎士たちの喉がゴクリと鳴る音が、静かな空間に響く。


 リオンは木の器に熱々のシチューをたっぷりとよそい、最初にクレアへと差し出した。


「さあ、冷めないうちに食べてくれ。長旅で体が冷え切っているだろう」


 クレアは震える両手で器を受け取った。木の器越しに伝わってくる熱が、彼女のかじかんだ指先を優しく溶かしていく。立ち昇る湯気からは、これまで神殿で食べてきた質素な食事とは全く異なる、生命力にあふれた強烈な香りが漂っていた。


 彼女は備え付けの木のスプーンでシチューをすくい、おそるおそる口に運んだ。


 その瞬間、クレアの青い瞳が驚きに大きく見開かれた。


 濃厚な肉の旨味と、トマトの爽やかな酸味、そしてホクホクとした芋の甘みが口の中で爆発するように広がる。温かい液体が食道を通って胃に落ちるたび、凍てついていた体の中からぽかぽかとした熱が湧き上がり、全身の細胞が歓喜の声を上げるのがわかった。


「……美味しい。こんなに温かくて、優しい味の食べ物は、初めてです」


 クレアの目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


 神殿の冷たい石壁の中で、祈りと厳しい戒律だけに縛られて生きてきた彼女にとって、誰かの手で丁寧に作られた温かい食事というものは、途方もなく未知で、そして恐ろしいほどに心を満たすものだった。


「良かった。お代わりはたくさんあるから、無理をせずにゆっくり食べるといい」


 リオンの声は、焚き火の炎のように穏やかで温かかった。


 ルミナも自分の分の器を受け取り、満足そうにシチューを味わっている。騎士たちもリオンから器を受け取ると、夢中になって匙を動かした。迷宮の暗闇と恐怖は、温かい食事の前では完全に姿を消していた。


『神様たち、クレアちゃんが美味しそうに食べる姿を見て、また感動で泣いてるわよ。リオンのご飯は、本当にみんなの心を温かくするわね』


 水晶越しの神々の歓声を心地よく聞きながら、リオンも自分のシチューを口に運んだ。


 かつてアークライト家で冷たい残飯をすすっていた孤独な夜の記憶は、もう完全に遠い過去のものとなっていた。今の彼には、背中を預けられる相棒と、純粋な祈りを捧げる聖女、そして空の向こうから彼を見守る無数の温かい視線がある。


 パチパチとはぜる焚き火の音を聞きながら、リオンは静かに目を閉じ、この満ち足りた時間に深く感謝した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ