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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ビジュアライズ

作者: 円山 英茉
掲載日:2026/02/28

隣の友人Aは怖いと言った。そしてうずくまった。耳を塞いだ。うめき声を出した。

わたしはそんな友人Aがとても怖かった。怖くて仕方がなかった。どうしてそんなに怖がるのか。理由が分からなくて、怖かった。


今ここに来たのか、はたまた何年も前からここにいるのか、あんまりよく分かっていない。ずっと昔からここに住んでいたような安心感と、初めて友達の家にお邪魔したときのような高揚感を胸いっぱいに抱いて、わたしはなぜかここに立っている。


知っているようで知らないものばかりが目に入る。例えば目の前にある揺れる水、たぶんプール。プールの真ん中に聳え立つ、おそらく螺旋階段。それぞれ何かは分かる。分かるのに、知らない。わたしはここを知らない。


そして多分ここには誰もいない。ここにいるのはわたしと、隣の友人Aだけ。

この階段の先にはなにがあるんだろう。顔を上げてみてもその先は見えない。

そもそもどうしてこんなところにプールがあるんだろう。何のためで、誰のためのプール?

目を凝らすまでもなく、この水槽は隅々まで清掃が行き届いていると分かる。だってその中を覗けば、どこまでも透き通って見えた。吸い寄せられるように魅入ってしまう。


気になって足を踏み出そうとしたその瞬間、隣の友人Aに腕を引っ張られた。それは確かに強い力だった。でも別に踏ん張れるほどの力だった。毎日人混みを掻き分けて、満員電車で通勤しているわたしからすれば、そんな力は赤子ほどのものだった。それなのに、気付いたときには背中が床に落ちていた。


コホッと咳が漏れる。見上げた先には、思い詰めた表情で「行っちゃダメだ」と息を荒げる友人Aの姿があった。

こんな状態の友人Aを見たのは初めてだった。何かを言おうとして開けた口は、不格好にモゴモゴと動くだけで、言葉にならない声が漏れている。聞こえる声に耳を寄せたくて体を起こそうとすると、両手で肩を持ち、強く地面に押さえつけられた。

友人Aの手に力が籠る。痛い。どうして?ここは水中じゃないのに、酸素が足りない。頭が痛い。苦しい。

わたしの上で、友人Aはせわしなく口を動かし続けている。まるで陸に打ち上げられた魚みたいにパクパクと、友人Aも酸素を求めている様に見えた。


逃げたくて、苦しくて、しばらく友人Aと揉み合ったわたしは、ふと手を伸ばした先で冷たい何かに触れた。

あれ、さっきまでこんなものあったっけ。

触れて分かった。これはナイフだ。大体刃渡り18センチぐらい。そういえばうちにある包丁もこれぐらいだった気がする。最近使ってないな。彼氏と別れてから料理する機会も減っちゃったし、自分1人分のご飯なら包丁なんかなくても美味しいものは食べられる。でもたまには使ってあげないと、一緒に住むって決まったから張り切ってイイやつ買ったのに、やっぱりもったいないよなあ。


わたしはナイフの柄を握り、覆い被さる友人Aの脇腹を刺した。握ったナイフがドクンと震える。そういえばわたし、魚捌くの苦手だったな。だって綺麗にハラワタを取り出すのって難しいんだよ。何回も練習したのに、誰も褒めてくれないし、誰にも理解してもらえないんだ。


血走った目の瞳孔がゆっくりと閉じてゆく。わたしを押さえつけていた友人Aの両腕は、まるで人形みたいに軽くなった。わたしはナイフの柄から手を離し、掛け布団を退けるようにして立ち上がった。


ヒューヒューと空気の漏れる音が聞こえる。足元にある風船から空気が抜けているみたい。ちょっとだけ耳障りだったけど、このまま放っておけば勝手に止まるだろう。足に絡みついた風船の切れ端を蹴り飛ばし、わたしは好奇心とともに、プールの中へと足を進めた。

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