第25話:セラの活躍回(団体戦)
本選三日目。
今日は、騎士科の団体戦が行われる。
そして、セラの出番だった。
「セラさん、今日は応援に行きます」
「ありがとうございます、殿下」
朝の廊下で、二人は顔を合わせた。
セラは、騎士科の試合用装備を身につけていた。
軽鎧と、訓練用の剣。
凛々しい姿だった。
「緊張していますか」
「少しだけ」
「大丈夫です。セラさんは強いですから」
「……ありがとうございます」
セラが、少し顔を赤くした。
ルーカスは、その様子を見て、微笑んだ。
「頑張ってください」
「はい。殿下も、明日の準決勝、頑張ってください」
「はい」
二人は、別れた。
セラは控え室へ、ルーカスは観客席へ。
* * *
団体戦の会場は、剣術個人戦とは別の闘技場だった。
広いフィールドに、複数の選手が同時に戦う。
五人一組のチーム戦だ。
ルーカスは、観客席の前列に座った。
セラの姿が、よく見える位置だ。
「騎士科一年チーム対、騎士科二年チーム」
審判が、対戦カードを読み上げた。
セラのチームは、一年生だけで構成されている。
相手は、一つ上の二年生チームだ。
「一年生が、二年生に勝てるのか……」
「厳しい戦いになるな」
「でも、ヴェルディがいるぞ」
「ヴェルディ? ああ、第三王子の監督役の」
「そうそう。彼女、強いらしいよ」
周囲の観客が、囁き合っている。
ルーカスは、それを聞きながら、フィールドを見つめた。
セラが、チームの中央に立っている。
彼女がリーダーのようだ。
その表情は、引き締まっていた。
* * *
「試合、開始!」
審判の合図で、両チームが動き出した。
二年生チームは、経験を活かして組織的に攻めてくる。
連携の取れた動きだ。
しかし、セラは動じなかった。
彼女は、素早く指示を出した。
「フェリックス、左を抑えて。アンナ、右から回り込んで。私が中央を突く」
「了解!」
「分かりました!」
一年生チームが、セラの指示に従って動く。
その動きは、二年生チームに負けていなかった。
セラが、中央から突っ込んでいった。
二年生の守りを、一人で切り崩していく。
剣捌きは鋭く、動きは無駄がない。
見る者を魅了する、美しい戦いぶりだった。
「すごい……」
ルーカスは、セラの姿に見入っていた。
彼女は、本当に強い。
自分の監督役として、いつも傍にいてくれる彼女。
しかし、こうして戦う姿を見ると、改めて彼女の実力を実感した。
* * *
試合は、激しく展開していった。
一年生チームは、セラの指揮の下、善戦していた。
しかし、二年生チームも簡単には負けない。
経験の差が、徐々に表れ始めていた。
「くっ……」
一年生チームの一人が、倒された。
人数が、五対四になった。
不利な状況だ。
「セラさん……」
ルーカスは、心配そうにフィールドを見つめた。
セラは、まだ戦っていた。
しかし、一人で複数の相手を引き受けている。
厳しい状況だ。
「頑張れ、セラさん」
ルーカスが、小さく呟いた。
しかし、それでは足りない気がした。
もっと、応援したい。
もっと、彼女を支えたい。
ルーカスは、立ち上がった。
そして、大きな声で叫んだ。
「セラさん、頑張れ!」
その声は、観客席全体に響き渡った。
いや、フィールド全体に響いた。
闘技場の壁に反響し、何度も木霊した。
観客たちが、驚いて振り返った。
フィールドの選手たちも、動きを止めた。
あまりにも大きな声だったからだ。
「な、何だ……」
「誰の声だ……」
「第三王子じゃないか……」
囁き声が、あちこちで聞こえる。
ルーカスは、自分の声の大きさに気づいていなかった。
ただ、セラを応援したかっただけだ。
* * *
フィールドでは、奇妙なことが起きていた。
二年生チームの選手たちが、動きを止めていた。
ルーカスの声に、驚いたからだ。
いや、驚いた以上の反応を見せていた。
怯えていた。
「あ、あの声……」
「第三王子の……」
「怖い……」
二年生チームの選手たちが、顔を青くしている。
ルーカスの声が、あまりにも大きく、あまりにも異常だったからだ。
普通の人間の声量ではなかった。
まるで、魔法で増幅されたかのような大音量だった。
「何をしている! 試合中だぞ!」
二年生チームのリーダーが、叫んだ。
しかし、チームメイトは動けなかった。
恐怖で、身体が硬直していた。
その隙を、セラは見逃さなかった。
「今です!」
セラが、指示を出した。
一年生チームが、一斉に攻撃を仕掛けた。
硬直している二年生チームに、次々と有効打を与えていく。
「一人倒れました!」
「もう一人!」
「三人目!」
あっという間に、二年生チームは壊滅した。
セラのチームが、勝利を収めた。
「勝者、騎士科一年チーム!」
審判が、宣言した。
観客席から、まばらな拍手が起こった。
しかし、皆、困惑した表情を浮かべていた。
何が起きたのか、理解できなかったからだ。
* * *
「殿下……」
試合後、セラが控え室に戻ってきた。
ルーカスは、申し訳なさそうな顔で待っていた。
「すみません。大きな声を出しすぎました」
「いえ……勝てたので、良かったのですが」
「でも、相手チームが怯えてしまいました」
「はい。それは……ちょっと問題でしたね」
セラが、苦笑した。
ルーカスも、苦笑した。
「僕の声、そんなに大きかったですか」
「はい。闘技場全体に響いていました」
「そうですか……」
「観客席の人たちも、びっくりしていましたよ」
「すみません」
「いいえ。応援してくれたのは、嬉しかったです」
セラが、少し顔を赤くした。
ルーカスは、その様子を見て、少しだけ安心した。
「セラさん、強かったです」
「ありがとうございます」
「本当に、かっこよかったです」
「か、かっこよい……」
「はい。憧れます」
ルーカスが、素直に言った。
セラの顔が、さらに赤くなった。
「殿下、そういうことを言うのは……」
「悪いことですか」
「悪くはないですが……恥ずかしいです」
「そうですか。でも、本当のことです」
「……」
セラが、そっぽを向いた。
耳まで赤くなっている。
ルーカスは、その反応の意味が分からなかったが、悪いことではない気がした。
* * *
その日の午後、噂は学院中に広まっていた。
「聞いたか? 騎士科の団体戦」
「ああ。一年生が二年生に勝ったって?」
「それもすごいけど、そっちじゃないんだよ」
「じゃあ、何?」
「第三王子の応援の声で、相手チームが怯んだんだって」
「え? 声で?」
「そう。あまりにも大きな声で、相手が動けなくなったらしい」
「どんな声だよ……」
「魔法かって思うくらいの大音量だったって」
「怖すぎだろ……」
囁き声が、あちこちで聞こえていた。
ルーカスの「異常さ」が、また話題になっている。
今度は、「声が大きすぎる」という噂だ。
「殿下、また噂になっています」
セラが、心配そうに言った。
ルーカスは、ため息をついた。
「応援しただけなのですが……」
「応援の声が、相手チームを威嚇してしまったのです」
「威嚇するつもりはなかったのですが」
「分かっています。でも、結果として……」
「そうですね」
二人は、肩を落とした。
目立たないようにしているのに、何をしても目立ってしまう。
それが、ルーカスの宿命のようだった。
* * *
夕方、二人は中庭のベンチに座っていた。
夕日が、空をオレンジ色に染めていた。
「セラさん、明日の準決勝、見に来てくれますか」
「もちろんです。応援します」
「ありがとうございます」
「でも、私が応援しても、殿下ほどの効果はないですね」
「効果?」
「相手を怯えさせる効果です」
「それは、いらないです……」
ルーカスが、苦笑した。
セラも、くすくすと笑った。
「レオナルドさんは、強いですか」
「はい。学院最強と言われています」
「僕より強いですか」
「……分かりません。殿下が本気を出したことがないので」
「本気……」
「はい。殿下は、いつも力を抑えています。本気を出したら、どれほど強いのか、私にも分かりません」
セラの言葉に、ルーカスは考え込んだ。
本気。
それは、どれくらいの力なのだろうか。
自分でも、よく分からなかった。
「明日、本気を出すべきでしょうか」
「それは、殿下が決めることです」
「セラさんは、どう思いますか」
「私は……」
セラが、少し考えた。
そして、答えた。
「殿下が後悔しない選択をしてほしいです」
「後悔しない選択……」
「はい。力を抑えて負けても、全力で戦って勝っても、殿下が後悔しなければ、それでいいと思います」
「なるほど……」
「大切なのは、結果ではなく、殿下の気持ちです」
セラの言葉が、ルーカスの胸に響いた。
「ありがとうございます、セラさん」
「いいえ」
「僕は、後悔したくありません」
「はい」
「だから、明日は、できる限り真剣に戦います」
「分かりました。応援しています」
セラが、微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
* * *
その夜、ルーカスは部屋で一人、考えていた。
明日の試合のことを。
レオナルド・フォン・アルブレヒト。
学院最強の剣士。
彼は、自分に「全力で来い」と言った。
その気持ちに、応えたい。
しかし、全力を出せば、何が起きるか分からない。
相手を傷つけてしまうかもしれない。
異常さが、さらに露呈するかもしれない。
監察官たちに、「証拠」を与えるかもしれない。
それでも、逃げたくない。
真剣に向かってくる相手に、真剣に応えたい。
それが、人間として正しいことだと思うから。
「明日は、頑張ろう」
小さく呟いた。
窓の外では、月が静かに輝いていた。
セラの言葉を思い出す。
「後悔しない選択をしてほしい」と。
後悔しないために、全力で戦う。
相手を傷つけないように、力加減をする。
その両方を、実現したい。
難しいことだ。
しかし、やってみるしかない。
人間として成長するために。
セラに胸を張れる自分でいるために。
ルーカスは、そう決意して、眠りについた。
明日への希望と、少しの不安を胸に抱いて。
* * *
翌朝、ルーカスは早起きした。
準決勝は、午後からだ。
それまでに、心の準備をしておきたかった。
中庭で、軽く素振りをした。
ふわふわ棒を、ゆっくりと振る。
力加減を、確認する。
軽く。
もう少し強く。
さらに強く。
その感覚を、身体に刻み込む。
今日の試合で、使えるように。
「殿下」
声をかけられて、振り返った。
セラだった。
「おはようございます」
「おはようございます。早いですね」
「はい。準備をしていました」
「力加減の練習ですか」
「はい」
セラが、隣に立った。
二人で、朝の空を見上げた。
「今日は、良い天気ですね」
「はい」
「殿下、頑張ってください」
「ありがとうございます」
「私は、ずっと応援しています」
「はい」
二人は、お互いを見つめた。
その目には、信頼と希望が宿っていた。
「行きましょう」
「はい」
二人は、朝食会場に向かった。
今日は、大きな戦いが待っている。
しかし、一人ではない。
セラがいてくれる。
それだけで、心強かった。
実技祭、四日目。
準決勝が、始まろうとしていた。




