第22話:武器選択。ルーカスは"安全な武器"を選ぶ(巨大)
実技祭の初日。
剣術部門の予選が、始まろうとしていた。
参加者たちは、武器庫の前に集まっていた。
「では、武器の貸し出しを行います。各自、自分に合った武器を選んでください」
係員が、武器庫の扉を開けた。
中には、様々な模擬武器が並んでいた。
木剣、模擬槍、訓練用の棍棒。
どれも、安全に配慮された訓練用のものだ。
「殿下、どの武器を選びますか」
セラが、隣で問いかけた。
彼女は騎士科の団体戦に出場するため、今日は見学だけだ。
しかし、ルーカスの様子を見に来てくれていた。
「木剣を選ぼうと思います」
「それが良いと思います。一番慣れているでしょうから」
「はい」
ルーカスは、武器庫に向かった。
木剣を手に取る。
ずっと訓練で使っていた、馴染みのある武器だ。
「これでいいですか」
係員に確認する。
係員が、書類に記入しようとした。
その瞬間だった。
パキッ。
「……え」
ルーカスの手の中で、木剣の柄が折れた。
力を入れた覚えはない。
ただ、握っただけだ。
「殿下……」
セラが、顔を青くしている。
係員も、目を丸くしていた。
「あの、すみません。別のものを……」
「は、はい。どうぞ」
ルーカスは、別の木剣を手に取った。
今度は、そっと握る。
細心の注意を払って。
パキッ。
また、折れた。
「……」
「……」
二人とも、無言だった。
ルーカスの手には、折れた柄だけが残っていた。
「あの、もう少し丈夫なものはありますか」
「し、少々お待ちください」
係員が、武器庫の奥に入っていった。
しばらくして、太い木剣を持ってきた。
通常の二倍はある太さだ。
「これは、上級生用の強化木剣です。これなら……」
「ありがとうございます」
ルーカスは、強化木剣を受け取った。
慎重に、握る。
ミシッ。
「……」
折れてはいない。
しかし、ヒビが入っている。
係員の顔が、さらに青くなった。
* * *
「殿下、木剣は諦めた方がいいかもしれません」
セラが、小声で言った。
ルーカスも、同感だった。
「では、何を使えばいいでしょうか」
「槍はいかがですか。柄が長い分、力が分散されるかもしれません」
「なるほど」
ルーカスは、模擬槍を手に取った。
長さは約二メートル。
穂先は、柔らかい素材で覆われている。
「これなら……」
軽く振ってみた。
すると、槍がしなった。
ぐにゃり、と。
「曲がりましたね……」
「はい。曲がりました」
槍の柄が、弓のように湾曲していた。
力を込めたわけではない。
ただ、振っただけだ。
「殿下、もしかして、力加減が……」
「気をつけているのですが……」
ルーカスは、困惑していた。
普段は、これほど物を壊さない。
緊張しているせいだろうか。
それとも、「自己修復」が進んでいるせいだろうか。
「他の武器を試しましょう」
「はい」
ルーカスは、棍棒を手に取った。
太い木の棒だ。
これなら、丈夫だろう。
バキッ。
「……」
真っ二つに折れた。
握っただけで。
「殿下……」
「すみません……」
ルーカスは、頭を下げた。
係員が、呆然としている。
武器庫の前には、折れた木剣、曲がった槍、割れた棍棒が散乱していた。
* * *
「どうしましょうか」
セラと二人で、武器庫の隅に移動した。
小声で相談する。
「使える武器がありません」
「何か、別の方法を考えましょう」
「別の方法……」
「例えば、素手で参加するとか」
「素手は、禁止されています」
「では、自分で武器を用意するとか」
「自分で……」
ルーカスは、考え込んだ。
自分で武器を用意する。
それなら、壊れにくいものを選べる。
「でも、何を使えばいいでしょうか」
「金属製のものは、危険すぎます。木製は、殿下の力では壊れてしまいます」
「では、柔らかいものは……」
セラの言葉に、ルーカスは何かを思いついた。
「柔らかいもの……」
「殿下?」
「セラさん、ちょっと待っていてください」
ルーカスは、走り出した。
武器庫の奥に、何かがあったのを思い出したのだ。
* * *
武器庫の奥には、使われなくなった古い訓練道具が保管されていた。
ルーカスは、その中から一つの物を見つけた。
「これは……」
それは、巨大な訓練棒だった。
長さは約一・五メートル。
太さは、人の腕ほどある。
しかし、特徴的なのは、その素材だった。
ふわふわしている。
厚い布で覆われ、中には綿のようなものが詰まっている。
まるで、巨大なクッションのような武器だ。
おそらく、初心者向けの訓練道具だろう。
「これなら、壊れないかもしれません」
ルーカスは、それを持ち上げた。
軽い。
そして、柔らかい。
握っても、潰れない。
「これを使います」
ルーカスは、係員のところに戻った。
係員が、その武器を見て目を丸くした。
「それは……訓練用のふわふわ棒ですね」
「ふわふわ棒……」
「はい。子供向けの訓練道具です。怪我をしないように、柔らかく作られています」
「これを使ってもいいですか」
「規定では、訓練用武器であれば何でも使用可能です。ですが……」
係員が、言いにくそうにしている。
「何か問題がありますか」
「いえ……本当に、それで戦うのですか。剣術部門ですよ」
「はい。これで戦います」
ルーカスが、真顔で答えた。
係員は、困惑しながらも書類に記入した。
「使用武器:ふわふわ棒」と。
* * *
「殿下、本当にそれで戦うのですか」
セラが、心配そうに言った。
ルーカスの手には、巨大なふわふわ棒が握られている。
どう見ても、戦闘用の武器ではない。
「はい。これなら壊れません」
「でも、威力が……」
「威力は、出ないかもしれません。でも、目立たないで済みます」
「目立たない……そうですか」
セラが、納得したように頷いた。
確かに、ふわふわ棒で戦えば、強さは目立たない。
負けても、「武器のせいだ」と言い訳できる。
「賢い選択かもしれませんね」
「ありがとうございます」
ルーカスは、ふわふわ棒を振ってみた。
軽い。
そして、安全だ。
これなら、相手を傷つける心配もない。
* * *
剣術部門の予選会場。
円形の闘技場に、参加者たちが集まっていた。
観客席には、多くの生徒が詰めかけている。
「次の試合、第三王子ルーカス殿下対、ハンス・ミュラー」
審判の声が、会場に響いた。
ルーカスは、ふわふわ棒を持って闘技場に入った。
瞬間、会場がざわついた。
「何あれ……」
「ふわふわしてる……」
「武器? あれが武器?」
「第三王子、何を持っているんだ……」
囁き声が、あちこちから聞こえる。
ルーカスの武器に、全員が困惑していた。
「殿下、その武器は……」
対戦相手のハンスも、困惑している。
彼は、普通の木剣を持っていた。
「訓練用のふわふわ棒です」
「ふわふわ棒……」
「はい。安全な武器です」
「……本気ですか」
「はい。本気です」
ルーカスが、真顔で答えた。
ハンスの表情が、複雑になった。
侮辱されているのか、真剣なのか、判断がつかないようだ。
「試合、開始!」
審判の合図が響いた。
ハンスが、木剣を構えて突進してくる。
速い。
しかし、ルーカスの目には、すべてが見えていた。
ルーカスは、ふわふわ棒を振った。
軽く、そっと。
ボフッ。
柔らかい音がした。
ふわふわ棒が、ハンスの胴体に当たった。
柔らかく、優しく。
しかし、次の瞬間。
ハンスの身体が、吹っ飛んだ。
「……え」
観客席が、静まり返った。
ハンスは、闘技場の端まで飛ばされていた。
壁に背中をぶつけて、うずくまっている。
「勝者、第三王子ルーカス殿下!」
審判が、宣言した。
しかし、誰も拍手しなかった。
全員が、呆然としていた。
* * *
「殿下……」
セラが、観客席から声をかけた。
その顔は、引きつっていた。
「何かまずかったですか」
「ふわふわ棒で、相手を吹っ飛ばしましたよね」
「はい。軽く当てただけなのですが……」
「軽く……」
セラが、深くため息をついた。
「殿下、ふわふわ棒は柔らかいのですよね」
「はい」
「柔らかいのに、相手が吹っ飛ぶのは、おかしいと思いませんか」
「……言われてみれば」
ルーカスは、ふわふわ棒を見つめた。
確かに、柔らかい。
しかし、相手は吹っ飛んだ。
つまり、武器の硬さは関係なく、自分の力が強すぎるのだ。
「目立たないはずでしたよね」
「はい……」
「目立ちましたね」
「はい……」
二人は、ため息をついた。
* * *
観客席では、騒ぎが起きていた。
「見たか、あれ……」
「ふわふわ棒で、人が飛んだぞ……」
「どういうことだ……」
「柔らかいのに強い……あり得ない……」
「やっぱり、第三王子は普通じゃないんだ……」
囁き声が、どんどん大きくなっていく。
ルーカスの異常さが、改めて注目されてしまった。
「まずいですね……」
セラが、顔を青くしている。
ルーカスも、状況の深刻さを理解していた。
「ふわふわ棒で勝つ」という目立たない作戦が、逆に「ふわふわ棒で相手を吹っ飛ばす異常者」という最悪の結果を招いてしまった。
「どうしましょうか」
「……次の試合は、もっと力を抑えましょう」
「抑える……」
「はい。当てるだけ。吹っ飛ばさない」
「分かりました。やってみます」
ルーカスが頷いた。
次の試合では、本当に軽く当てよう。
そう決意した。
* * *
二回戦。
ルーカスの対戦相手は、騎士科の二年生だった。
名前は、ヴィクトル・ノヴァク。
体格が良く、筋肉質な青年だ。
「第三王子殿下、ふわふわ棒とは面白いですな」
「安全な武器を選びました」
「しかし、先ほどの試合を見ました。あれは、安全ではありませんでしたな」
「……すみません。力加減を間違えました」
「今回は、本気で来てくださいよ」
ヴィクトルが、にやりと笑った。
自信があるようだ。
「試合、開始!」
審判の合図。
ヴィクトルが、木剣を構えて前に出る。
慎重な構えだ。
先ほどの試合を見て、警戒しているのだろう。
ルーカスは、ふわふわ棒を構えた。
今度は、本当に軽く当てる。
力を抜いて。
そっと。
ヴィクトルが、斬りかかってきた。
ルーカスは、その攻撃をふわふわ棒で受けた。
受け止めた。
はずだった。
バキッ。
「……え」
ヴィクトルの木剣が、折れていた。
ふわふわ棒で受けただけなのに。
衝撃で、木剣が耐えられなかったのだ。
「な、何……」
ヴィクトルが、折れた木剣を見つめている。
ルーカスも、困惑していた。
「あの、すみません。受けただけなのですが……」
「受けただけで、剣が折れるのか……」
「柔らかいのに……」
観客席から、また囁き声が聞こえる。
「柔らかいのに、剣を折る……」
「禁忌だ……あれは禁忌だ……」
「怪物じゃないか……」
最悪の言葉が、聞こえてきた。
ルーカスの胸が、痛くなった。
「試合は……続行しますか」
審判が、ヴィクトルに確認した。
ヴィクトルは、折れた木剣を見つめていた。
そして、首を横に振った。
「棄権します」
「勝者、第三王子ルーカス殿下!」
審判が宣言した。
会場は、静まり返っていた。
* * *
「殿下、戻ってきてください」
セラが、控え室に呼んだ。
ルーカスは、肩を落として戻ってきた。
「ダメでした……」
「はい。見ていました」
「力を抜いたのですが……」
「抜いても、あれですか」
「はい……」
ルーカスは、ふわふわ棒を見つめた。
柔らかい。
間違いなく、柔らかい。
しかし、自分が持つと、凶器になってしまう。
「セラさん、僕はどうすればいいでしょうか」
「……分かりません。でも、このまま勝ち進むと、もっと注目されます」
「負けた方がいいですか」
「それも……難しいです。殿下が負けようとしても、相手が棄権するかもしれません」
「そうですか……」
確かに、その可能性は高い。
ふわふわ棒で剣を折る相手と、誰が戦いたいだろうか。
* * *
予選は、順調に進んだ。
順調すぎるほどに。
三回戦の相手は、開始直後に棄権した。
「家の用事ができた」と言って。
四回戦の相手も、棄権した。
「体調が悪い」と言って。
五回戦の相手は、試合中に自分から場外に出た。
「足がもつれた」と言って。
結果、ルーカスは予選を突破した。
ほとんど戦わずに。
「殿下、予選突破おめでとうございます」
セラが、複雑な表情で言った。
ルーカスも、複雑な気持ちだった。
「これは、喜んでいいのでしょうか」
「……難しいですね」
「皆、僕と戦いたくないようです」
「そのようですね」
「悲しいです」
ルーカスが、素直に言った。
セラが、少し目を潤ませた。
「殿下……」
「僕は、普通に戦いたかっただけなのですが」
「分かっています」
「ふわふわ棒なら、安全だと思ったのですが」
「はい」
「でも、ダメでした」
ルーカスが、ふわふわ棒を見つめた。
柔らかくて、優しい武器のはずだった。
しかし、自分が持つと、恐怖の対象になってしまう。
「明日から、本選が始まります」
「はい」
「本選では、もっと強い相手が出てきます」
「そうですか」
「殿下と、ちゃんと戦ってくれる人がいるかもしれません」
「……本当ですか」
「分かりません。でも、希望を持ちましょう」
セラが、小さく微笑んだ。
ルーカスも、少しだけ微笑んだ。
* * *
その夜、ルーカスは寮の部屋で考えていた。
今日の試合を、振り返っていた。
ふわふわ棒で、相手を吹っ飛ばした。
ふわふわ棒で、剣を折った。
ふわふわ棒で、皆を恐れさせた。
「柔らかいのに強い」
その言葉が、頭から離れなかった。
そして、もう一つの言葉も。
「禁忌だ」
観客の誰かが、そう言っていた。
自分は、禁忌なのだろうか。
怪物なのだろうか。
窓の外を見た。
月が、静かに輝いていた。
その光は、冷たく、しかし美しかった。
「僕は、人間として生きたいだけなのに」
小さく呟いた。
誰にも聞こえない声で。
「普通に戦って、普通に勝って、普通に負けて。それだけで、いいのに」
しかし、それが一番難しいことだった。
自分の力は、普通ではない。
それを隠すことは、できない。
明日から、本選が始まる。
もっと強い相手が出てくる。
そのとき、自分はどう戦えばいいのだろうか。
答えは、まだ見つからなかった。
しかし、諦めるつもりはなかった。
セラがいてくれる。
一人ではない。
ルーカスは、そう思いながら、眠りについた。
明日への希望を、胸に抱いて。




