第2部「実技祭・武闘会編」第21話:実技祭、開幕。王子は参加条件を誤解する
学院の一大イベント、実技祭が近づいていた。
年に一度、全学年の生徒が技を競い合う祭典。
剣術、魔法、体術など、様々な部門で競技が行われる。
優勝者には、名誉と賞金が与えられる。
「殿下、実技祭に参加されますか」
セラが、参加登録の書類を持ってきた。
放課後の教室で、二人は向かい合っていた。
「実技祭……」
「はい。学院の一大イベントです。参加は任意ですが、一年生は積極的に参加するよう勧められています」
「そうですか」
ルーカスは、書類を受け取った。
参加登録用紙だ。
名前、所属クラス、参加部門などを記入する欄がある。
「どの部門に参加するか、考えていますか」
「いいえ。まだ考えていません」
「剣術部門は、殿下に向いていると思いますが……」
「でも、目立ちますよね」
「……そうですね」
二人とも、同じことを考えていた。
実技祭で活躍すれば、注目を集める。
それは、監察官たちに「証拠」を与える機会にもなりかねない。
「参加しない方が、いいでしょうか」
「それも、難しいです。第三王子が参加しないとなると、逆に噂になります」
「なるほど……」
参加しても目立つ。参加しなくても目立つ。
どちらを選んでも、問題がある。
「では、参加して、目立たないようにするしかないですね」
「そうなりますね」
「目立たないように戦う……難しいですが、やってみます」
ルーカスが、書類に名前を書き始めた。
参加部門は、剣術の個人戦を選んだ。
魔法部門は、暴発のリスクが高すぎる。
剣術なら、力加減を練習してきたので、まだマシだろう。
「では、提出してきます」
「はい。私も、騎士科の団体戦に参加します」
「セラも参加するんですね」
「はい。騎士科の代表として」
「応援します。頑張れ、セラ」
ルーカスが、微笑んだ。
セラが、少し顔を赤くした。
「ありがとうございます、ルーカス」
二人は、お互いの名前を呼び合うようになっていた。
二人きりのときだけだが。
* * *
参加登録の窓口は、本館の一階にあった。
ルーカスは、書類を持って窓口に向かった。
そこには、すでに多くの生徒が並んでいた。
「第三王子だ……」
「実技祭に参加するのか……」
「どの部門だろう……」
囁き声が聞こえる。
ルーカスは、それを無視して列に並んだ。
しばらく待って、自分の番が来た。
窓口には、事務員の女性が座っていた。
「参加登録ですね。書類を拝見します」
ルーカスは、書類を差し出した。
事務員が、それを確認する。
「第三王子殿下ですね。剣術部門、個人戦……」
「はい」
「では、こちらの追加書類にも記入をお願いします」
「追加書類?」
事務員が、別の書類を差し出した。
それを見て、ルーカスは目を丸くした。
「危険物申告書」と書かれていた。
「これは、何ですか」
「参加者の中に、特殊な能力を持つ方がいる場合、事前に申告していただくものです」
「特殊な能力……」
「はい。例えば、魔法の制御が不安定な方、特異体質の方、などです」
「……」
ルーカスは、その書類をじっと見つめた。
危険物申告書。
つまり、自分は「危険物」として扱われているのだ。
「記入する必要がありますか」
「はい。第三王子殿下の場合は、特に……」
「特に?」
「監察官からの指示で、必ず申告書を提出するようにと」
「……そうですか」
ルーカスは、ため息をついた。
監察官の差し金だ。
実技祭でも、監視を強化しようとしているのだろう。
書類を見ると、いくつかの項目があった。
「特殊能力の有無」「制御の可否」「過去の事故歴」など。
ルーカスは、ペンを手に取った。
どう記入すべきか。
正直に書けば、「異常」を認めることになる。
嘘を書けば、後で問題になる。
「……正直に書きます」
ルーカスは、決意した。
「特殊能力の有無」には「あり」と記入した。
「制御の可否」には「訓練中」と記入した。
「過去の事故歴」には「木剣の破損、魔力の暴発」と記入した。
「全部書いてしまいましたね……」
事務員が、書類を見て目を丸くした。
ルーカスの申告は、かなり詳細だった。
「正直に書いた方がいいと思いまして」
「は、はあ……」
「では、提出します」
ルーカスは、書類を差し出した。
事務員が、それを受け取った。
困惑した表情のまま。
* * *
窓口を離れた後、ルーカスはセラと合流した。
セラは、ルーカスの顔を見て、眉をひそめた。
「ルーカス、何かありましたか」
「危険物申告書を書きました」
「危険物申告書……?」
「はい。特殊能力がある場合は、申告が必要だそうです」
「それで、何を書いたのですか」
「全部、正直に」
「全部……」
セラが、頭を抱えた。
「ルーカス、それはまずいです」
「まずいですか」
「はい。申告書は、監察官に提出されます。つまり、『異常』の証拠として使われる可能性があります」
「ああ……そうですね」
「なぜ、正直に書いてしまったのですか」
「嘘をつくのが、苦手なので」
「……」
セラが、深くため息をついた。
ルーカスも、少し反省した。
しかし、書いてしまったものは取り消せない。
「どうしましょうか」
「……仕方ありません。書いてしまったものは仕方ありません」
「すみません」
「いいえ。ルーカスらしいと言えば、らしいです」
「らしい?」
「正直すぎるところが」
セラが、苦笑した。
ルーカスも、少し笑った。
「では、実技祭では本当に目立たないようにしましょう」
「はい。気をつけます」
「申告書に『訓練中』と書いたのですから、まだ完全に制御できないという言い訳は使えます」
「なるほど」
「もし何か問題が起きても、『訓練中だから』と言えばいいのです」
「そうですね。それは、使えそうです」
二人は、対策を話し合った。
実技祭まで、あと一週間。
それまでに、できる限りの準備をしなければならない。
* * *
実技祭の開会式当日。
学院の大講堂に、全学年の生徒が集まっていた。
壇上には、学院長と教官たちが並んでいる。
「実技祭の開催を宣言します」
学院長の声が、講堂に響いた。
拍手が起こり、歓声が上がった。
祭りの雰囲気が、学院全体を包んでいた。
ルーカスは、生徒たちの中に紛れていた。
セラが、隣にいる。
周囲のノイズは相変わらず激しかったが、以前よりは慣れてきていた。
「ルーカス、大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
「緊張していますか」
「少しだけ」
「私も、です」
セラが、小さく微笑んだ。
その笑顔を見て、ルーカスの緊張が少し和らいだ。
「開会式の後、各部門の競技が始まります。剣術部門は、明日からです」
「明日……」
「今日は、開会式と、いくつかの予選だけです」
「そうですか」
「ルーカスは、明日に備えて、今日は休んでいてください」
「分かりました」
ルーカスが頷いた。
セラも、騎士科の団体戦は明後日からだ。
今日は、二人とも見学だけだ。
開会式が終わり、生徒たちが散っていく。
ルーカスとセラも、講堂を出た。
「セラ」
「はい」
「実技祭、楽しみですね」
「……楽しみ、ですか」
「はい。初めての祭りなので」
「祭り……そう言えば、ルーカスは、こういうイベントは初めてですね」
「はい。前世では、こういうものはなかったので」
「……」
セラが、少し複雑な表情を浮かべた。
ルーカスの「前世」について、彼女はまだ詳しく知らない。
しかし、何か普通ではないことは、理解しているはずだ。
「ルーカス、楽しんでください」
「はい」
「でも、くれぐれも目立たないように」
「分かっています」
「本当に分かっていますか」
「……たぶん」
「たぶん、ではダメです」
セラが、少し厳しい顔をした。
ルーカスは、苦笑した。
「気をつけます。本当に」
「お願いしますね」
「はい」
二人は、中庭のベンチに座った。
秋の空は、高く澄んでいた。
風が、心地よく吹いていた。
実技祭が始まった。
これから数日間、学院は祭りの熱気に包まれる。
その中で、ルーカスは「目立たない」という難題に挑むことになる。
「難しい戦いになりそうですね」
「はい。でも、ルーカスなら大丈夫です」
「セラがいるからね」
「……はい」
セラが、少し顔を赤くした。
ルーカスは、その横顔を見て、微笑んだ。
実技祭。
それは、新しい挑戦の始まりだった。




