第20話:第1部クライマックス「処理落ち暴走、でも笑いで止まる」
その日は、定期審問の日だった。
教会の監察官による、ルーカスの「状態確認」。
月に一度、行われることになっている手続きだ。
しかし、今回は様子が違った。
「殿下、本日の審問には、高位の監察官が同席します」
学院長が、事前に告げてきた。
その表情は、険しかった。
「高位の監察官……」
「はい。ヴィンセント・モロー監察官に加えて、本部から派遣された者です」
「本部から……」
「殿下、くれぐれも慎重に。彼らは、証拠を集めようとしています」
学院長の警告が、ルーカスの胸に重くのしかかった。
証拠。
それは、「禁忌」として認定するための証拠だ。
金属光の事件以来、監察官たちは、ルーカスを追い詰めようとしていた。
今回の審問は、その最終段階かもしれない。
* * *
審問は、学院の一室で行われた。
広い部屋の中央に、椅子が一つ置かれている。
その周囲を、複数の監察官が取り囲んでいた。
ルーカスは、中央の椅子に座った。
セラは、部屋の外で待っている。
監督役といえども、審問には同席できないのだ。
「では、審問を始めます」
ヴィンセントが、冷たい声で宣言した。
その隣には、見知らぬ老人が座っていた。
本部から来た高位の監察官だろう。
白髪に白髭、厳格な顔つき。
名前は、アウグスト・ヴェーバーと紹介された。
「第三王子ルーカス殿下。いくつか質問があります」
「はい」
「まず、先日の『金属光』について」
「……」
「殿下の腕が、金属のように光ったという報告があります。事実ですか」
「日差しの反射だと思います」
「日差しの反射で、あのような光沢は出ません」
アウグストが、鋭い目でルーカスを見た。
その視線は、ヴィンセントよりもさらに冷たかった。
「殿下、正直にお答えください。嘘は、状況を悪化させるだけです」
「嘘はついていません」
「では、『日差しの反射』だと断言できますか」
「……断言はできません。私は、自分の腕を見ていませんでしたから」
「見ていなかった?」
「はい。私は、訓練場を歩いていました。自分の腕が光ったかどうかは、分かりません」
ルーカスが答えた。
アウグストの目が、細くなった。
「では、光った可能性は否定しないのですね」
「可能性は、否定できません。でも、確認もできません」
「詭弁ですな」
「事実を述べているだけです」
ルーカスが、淡々と答えた。
アウグストの表情が、少し険しくなった。
「殿下、一つ提案があります」
「何でしょうか」
「今ここで、腕を見せていただけますか。金属光が再現できれば、事実が確認できます」
「……」
罠だ。
ルーカスは、直感的に分かった。
腕を見せれば、何らかの方法で、金属光を「引き出そう」とするだろう。
刺激を与えて、「自己修復」を活性化させようとするのだ。
「お断りします」
「なぜですか」
「プライバシーの侵害だと思います」
「殿下、これは公式の審問です。プライバシーは適用されません」
「しかし、身体を見せる義務はないはずです」
「義務はありませんが、拒否すれば疑惑が深まります」
アウグストが、にやりと笑った。
追い詰めてきている。
どちらを選んでも、不利になる状況だ。
そのとき、ヴィンセントが何かを取り出した。
小さな箱だった。
その箱から、微かな魔力の波動が感じられた。
「殿下、これを見ていただけますか」
「それは……」
「魔導具です。特殊な効果を持っています」
ヴィンセントが、箱を開けた。
中には、黒い石のようなものが入っていた。
その石から、強烈な魔力が放たれた。
瞬間、ルーカスの身体が反応した。
――警告:外部刺激検知。防衛モード起動準備。
脳内に、赤い文字が浮かんだ。
まずい。
この魔導具は、ルーカスの「自己修復」を刺激するものだ。
意図的に、反応を引き出そうとしている。
「やめてください!」
ルーカスが叫んだ。
しかし、ヴィンセントは止めなかった。
むしろ、魔導具をルーカスに近づけてきた。
「殿下、反応がありましたね。やはり、普通ではありませんな」
「これは、罠です……!」
「罠ではありません。検査です」
アウグストが、冷たく言った。
ルーカスの身体が、熱くなっていく。
「自己修復」が、活性化し始めている。
止めなければ。
深呼吸をして、冷静になろうとする。
しかし、魔導具の刺激が強すぎる。
抑えられない。
「殿下、腕が……」
誰かが言った。
ルーカスは、自分の腕を見た。
金属のような光沢が、走っていた。
今度は、一瞬ではない。
持続している。
「これは……禁忌の兆候です」
アウグストが、満足そうに言った。
ヴィンセントも、にやりと笑っている。
証拠を、手に入れた。
そう思っているのだろう。
しかし、ルーカスの身体は、止まらなかった。
金属光は、腕だけでなく、全身に広がり始めていた。
身体が、「防衛形態」に移行しようとしている。
――警告:システム過負荷。防衛形態移行中。
脳内の警告が、さらに激しくなった。
意識が、遠くなっていく。
このままでは、完全に暴走してしまう。
* * *
その瞬間、扉が開いた。
「殿下!」
セラだった。
規則を破って、審問室に入ってきたのだ。
彼女は、ルーカスの前に立ちはだかった。
「何をしているのですか! これは、拷問です!」
「ヴェルディ殿、出て行きなさい。ここは審問の場です」
「審問ではありません! 殿下を傷つけようとしています!」
セラが、叫んだ。
その声には、怒りと必死さが込められていた。
「セラ……さん……」
ルーカスが、かすれた声で言った。
意識が、朦朧としている。
身体が、熱い。
金属光が、全身を覆おうとしている。
「殿下、大丈夫です。私がいます」
セラが、ルーカスの手を取った。
手袋越しでも、その手が震えているのが分かった。
しかし、温かかった。
確かな温かさだった。
「殿下、私の声を聞いてください」
「……」
「ルーカス殿下。私は、ここにいます」
セラが、ルーカスの名前を呼んだ。
「殿下」ではなく、「ルーカス」と。
それは、初めてのことだった。
その声が、ルーカスの意識に響いた。
遠くなっていた意識が、少しずつ戻ってくる。
セラの声が、アンカーになっている。
現実に、引き戻してくれている。
「ルーカス殿下、大丈夫です。私は、あなたを守ります」
「セラ……さん……」
「深呼吸してください。ゆっくり、息を吸って、吐いて」
セラの言葉に従って、深呼吸をする。
ゆっくりと、息を吸う。
ゆっくりと、吐く。
身体の熱が、少しずつ引いていった。
金属光も、徐々に薄れていく。
意識が、はっきりしてきた。
「殿下、大丈夫ですか」
「はい……大丈夫です」
ルーカスが答えた。
セラが、安堵の表情を浮かべた。
「……何という」
アウグストが、呆然と呟いた。
防衛形態への移行が、止まった。
それが、信じられない様子だった。
「ヴェルディ殿、あなたは今、何をしたのですか」
「殿下を、守っただけです」
「守った……? いや、それは……」
アウグストが、言葉を失っている。
ヴィンセントも、困惑した表情を浮かべていた。
そのとき、ルーカスが口を開いた。
「すみません、少し……処理落ちしていました」
「処理落ち……?」
「はい。情報が多すぎて、頭が追いつかなくて。でも、大丈夫です。セラさんが再起動してくれましたから」
ルーカスが、淡々と言った。
その言葉に、審問室が静まり返った。
「再起動……」
「はい。人間で言うと、えっと……目を覚ました、でしょうか」
「殿下、それは……」
「あ、でも、機械じゃないですよ。僕は人間です。たぶん」
ルーカスが、天然の一言を放った。
その「たぶん」が、妙に場の空気を和ませた。
セラが、思わず吹き出した。
それを見て、アウグストの表情が崩れた。
ヴィンセントも、毒気を抜かれたような顔をしている。
「殿下、『たぶん』とは何ですか……」
「自分のことは、よく分からないので」
「そんな答えがありますか」
「事実です」
ルーカスが、真顔で答えた。
その真面目さが、逆に可笑しかった。
「……審問は、中断します」
アウグストが、ため息をついて言った。
その声には、先ほどの冷たさがなかった。
「殿下、本日は失礼しました」
「いえ、大丈夫です。処理落ちは、たまにあるので」
「処理落ちは、人間には普通ないのですが」
「そうなのですか。では、僕は少し変わっているのですね」
「……少し、どころではありませんな」
アウグストが、苦笑した。
緊迫した雰囲気が、完全に消えていた。
* * *
審問が終わり、ルーカスとセラは廊下を歩いていた。
二人とも、疲れ切っていた。
しかし、安堵感もあった。
「殿下、大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
「あのとき、本当に暴走しかけていましたね」
「はい。セラさんが止めてくれなければ、どうなっていたか分かりません」
「……」
「ありがとうございました。セラさん」
ルーカスが、頭を下げた。
セラが、少し顔を赤くした。
「私は、約束を守っただけです」
「約束……」
「殿下を守る、と。騎士の誓いを立てました」
「ああ……」
「だから、当然のことをしただけです」
セラが、きっぱりと言った。
ルーカスは、その言葉に胸が熱くなった。
「セラさん」
「はい」
「僕の名前を、呼んでくれましたね」
「え……」
「『ルーカス殿下』と。それが、僕を引き戻してくれました」
「……そう、でしたか」
「はい。セラさんの声が、アンカーになりました」
「アンカー……」
「現実に、繋ぎ止めてくれるもの、です」
ルーカスが説明した。
セラが、少し目を潤ませた。
「殿下……」
「僕は、セラさんがいなければ、人間でいられないかもしれません」
「そんなことは……」
「でも、セラさんがいてくれるから、人間でいられます。ありがとうございます」
ルーカスが、微笑んだ。
セラが、涙をこぼした。
「殿下……私も、殿下がいなければ、騎士を目指せなかったかもしれません」
「え……」
「殿下を守ることで、私は騎士としての誇りを持てました。だから、お礼を言うのは、私の方です」
「セラさん……」
二人は、お互いを見つめた。
涙を流しながら、笑い合った。
困難は、まだまだ続くだろう。
今日の審問で、ルーカスの「異常」は、はっきりと確認された。
監察官たちは、「次は正式に」と言って去っていった。
つまり、「禁忌」としての認定手続きが、本格的に始まるかもしれないのだ。
しかし、今は、それを考えるのはやめよう。
今日を乗り越えられた。
セラがいてくれた。
それだけで、十分だ。
「セラさん」
「はい」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ルーカス……殿下」
セラが、少し恥ずかしそうに言った。
ルーカスが、笑った。
「ルーカス、でいいです。殿下は、堅苦しいので」
「で、でも、それは……」
「二人のときだけで、いいので」
「……分かりました。ルーカス」
セラが、小さく頷いた。
その顔は、真っ赤だった。
「では、セラ、でいいですか」
「は、はい……」
「セラ。ありがとう」
「……どういたしまして、ルーカス」
二人は、お互いの名前を呼び合った。
それは、新しい関係の始まりを示していた。
監督役と監督される側。
騎士と守られる者。
そして、相棒。
二人の関係は、多くの呼び方ができるだろう。
しかし、最も大切なのは、信頼で結ばれているということだ。
「セラ」
「はい」
「第二部、始まるみたいですね」
「第二部……?」
「次の困難が、待っている、という意味です」
「ああ……そうですね」
「でも、大丈夫です。セラがいますから」
「……はい。私も、ルーカスがいますから」
二人は、微笑み合った。
困難は、まだまだ続く。
しかし、二人で乗り越えていける。
そう信じて、第一部は幕を閉じた。
――第1部「学院編」完
次回、第2部「実技祭・武闘会編」へ続く。




