第17話:剣術部の勧誘合戦(勘違いで強者扱い)
学院には、様々な部活動がある。
剣術部、魔法研究部、馬術部、射撃部。
新入生にとって、部活選びは大きなイベントだった。
そして今日は、部活動の勧誘日。
中庭には、各部のブースが並び、上級生たちが新入生を勧誘していた。
ルーカスとセラも、中庭を歩いていた。
「殿下、何か興味のある部活はありますか」
「いいえ。特には」
「そうですか。でも、見て回るだけでも楽しいですよ」
「そうですね」
二人で、ブースを見て回る。
剣術部のブースでは、木剣の演舞が披露されていた。
魔法研究部では、小さな魔法の実演が行われていた。
馬術部は、実際に馬を連れてきていた。
「おや、第三王子殿下ではありませんか」
声をかけられて振り返ると、剣術部のブースから上級生が近づいてきていた。
茶髪の青年で、体格が良い。
腕には、剣術部の腕章をつけている。
「はい。初めまして」
「剣術部の部長をしています、アレクサンドル・ヴォロノフです。殿下のことは、噂で聞いています」
「噂……」
「はい。実技試験で最高点を取ったとか」
「ああ、それは……」
ルーカスは、少し気まずくなった。
あの試験では、目立ちすぎてしまった。
それが、こうして噂になっているのだ。
「ぜひ、剣術部に入部していただけませんか」
「入部……」
「殿下ほどの実力があれば、すぐにレギュラーになれます。いや、部の看板になれるかもしれません」
アレクサンドルが、熱心に勧誘してくる。
その目は、真剣だった。
「あの、僕は……」
「殿下!」
横から、別の声が聞こえた。
振り返ると、魔法研究部の上級生が近づいてきていた。
「魔法研究部の副部長、エレナ・ペトロワです。殿下の魔力は、並外れていると聞いています。ぜひ、うちの部に」
「いえ、殿下は剣術が専門でしょう。魔法研究部は向いていません」
「何をおっしゃいますか。殿下の魔力は、机を動かすほどです。剣術だけに収めるのはもったいない」
二人の上級生が、ルーカスを巡って言い争いを始めた。
ルーカスは、困惑していた。
「あの、僕は特に部活に……」
「殿下!」
また、別の声が聞こえた。
今度は、馬術部だった。
「殿下の身体能力は、馬術にも向いています。ぜひ、馬術部へ」
「いやいや、殿下は射撃部がいいでしょう。集中力が求められますから」
「何を言う。殿下は体術部向きだ」
気がつくと、ルーカスの周りに、各部の上級生が集まっていた。
全員が、ルーカスを自分の部に勧誘しようとしている。
完全に取り囲まれてしまった。
「殿下、こっちです」
セラが、ルーカスの腕を引いた。
人混みをかき分けて、逃げ出そうとする。
しかし、上級生たちが追いかけてくる。
「殿下、待ってください!」
「ぜひ、入部を!」
「見学だけでも!」
騒ぎは、どんどん大きくなっていった。
* * *
何とか逃げ切り、ルーカスとセラは学院の裏庭にたどり着いた。
ここなら、人気がない。
二人とも、息を切らせていた。
「大変でしたね……」
「はい。まさか、あんなに勧誘されるとは」
「殿下が有名になりすぎているのです。実技試験の最高点、魔法の暴発、数々の噂……」
「全部、目立たないようにしていたつもりなのですが」
「逆効果だったようですね」
セラが、苦笑した。
ルーカスも、同じように苦笑した。
「どうしましょうか。部活には、入らないといけないのでしょうか」
「いいえ。部活は任意です。入らなくても問題ありません」
「では、入らないことにします」
「それが、良いと思います。部活に入ると、さらに注目されてしまいますから」
セラが頷いた。
ルーカスも、頷いた。
しかし、問題はそれだけではなかった。
勧誘合戦の騒ぎは、学院中に広まっていた。
「第三王子を各部が争奪戦」という噂が、瞬く間に広がったのだ。
「殿下、また噂になっています」
「そうですか……」
「『第三王子は、どの部に入るのか』と、皆が注目しています」
「困りましたね」
「はい。どこにも入らないと言えば、『どこも選ばなかった』と話題になりますし」
「入れば入ったで、注目されますし」
どちらを選んでも、目立ってしまう。
これは、難しい状況だった。
「セラさん、良い方法はありませんか」
「うーん……」
セラが、考え込んだ。
しばらくして、彼女は何かを思いついたようだった。
「一つ、方法があります」
「何ですか」
「全部に入りそうになる、という噂を広めるのです」
「全部に入りそうになる……?」
「はい。殿下は、どの部にも興味を持っている。全部に入りたいと言っている。そういう噂です」
「それは……」
「そうすれば、各部は『殿下は自分の部だけを選んでくれるわけではない』と諦めます」
「なるほど」
「実際には、どこにも入らないのですが、『全部に興味がある』という形にすれば、特定の部を選ばなかった理由になります」
セラの提案は、なかなか巧妙だった。
全部に興味がある、だから一つに絞れない。
それなら、どこにも入らなくても、不自然ではない。
「やってみます」
「では、明日から、各部のブースを『興味深そうに』見て回ってください」
「興味深そうに……」
「はい。でも、入部届は出さない。『まだ決められない』と言って」
「分かりました」
ルーカスが頷いた。
これで、少しは注目を分散できるかもしれない。
* * *
翌日から、作戦を実行した。
ルーカスは、各部のブースを順番に回った。
どこでも、「興味深いですね」「もっと詳しく教えてください」と言った。
そして、「まだ決められない」と言って、その場を離れた。
「殿下、本当に入部してくださるのですか」
「まだ、決めていません。どの部も魅力的なので」
「では、うちの部の体験入部はいかがですか」
「検討します」
この会話を、何度も繰り返した。
結果、噂は「第三王子は、全ての部に興味を持っている」に変わった。
「殿下、作戦は成功しているようです」
セラが、報告してくれた。
確かに、各部の勧誘は少し落ち着いていた。
「殿下は、どこか一つを選ぶわけではない」と理解したようだ。
「ありがとうございます、セラさん。良い作戦でした」
「いいえ。でも、一つ問題が」
「問題?」
「各部から、『殿下専用の特別枠を作る』という提案が来ています」
「特別枠……」
「はい。『殿下だけは、複数の部に所属できる』という特例を、学院に申請するそうです」
「……」
ルーカスは、頭を抱えた。
作戦が、別の問題を生んでしまった。
「どうしましょうか」
「断りましょう。『特別扱いは望まない』と」
「分かりました」
しかし、断っても、騒ぎは収まらなかった。
むしろ、「殿下は謙虚だ」という新しい噂が広まった。
結果、さらに人気が上がってしまった。
「殿下、何をしても目立ちますね……」
「そのようです……」
二人は、ため息をついた。
* * *
勧誘騒動は、数日間続いた。
しかし、やがて落ち着いていった。
部活の正式な申し込み期限が過ぎたからだ。
結局、ルーカスはどこの部にも入らなかった。
「まだ決められない」と言い続けた結果、期限が過ぎてしまったのだ。
各部は残念がったが、「来年もお待ちしています」と言ってくれた。
「ようやく、落ち着きましたね」
「はい。疲れました」
「お疲れ様でした」
セラが、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
ルーカスは、少し微笑んだ。
「セラさんのおかげで、乗り越えられました」
「いいえ。私は、何もしていません」
「いいえ。セラさんがいなければ、どこかの部に入ってしまっていたかもしれません」
「それは、それで良かったかもしれませんが」
「いいえ。目立つのは、避けたいので」
ルーカスが言った。
セラが、少し笑った。
「殿下は、目立たないようにするほど、目立ちますね」
「そのようです……」
「でも、それは、殿下の魅力でもあります」
「魅力……」
「はい。殿下は、何もしなくても人を惹きつけます。それは、悪いことではありません」
セラの言葉に、ルーカスは考え込んだ。
人を惹きつける。
それは、前世にはなかった特性だ。
戦闘用ロボットは、人を惹きつけたりしない。
むしろ、恐れられるだけだ。
「セラさんも、惹きつけられたのですか」
「……え?」
「僕に、惹きつけられたのですか」
ルーカスが、まっすぐに問いかけた。
セラの顔が、みるみる赤くなった。
「そ、それは……」
「違いましたか」
「い、いえ、違うわけでは……」
「では、惹きつけられたのですね」
「……はい」
セラが、小さく認めた。
その顔は、真っ赤だった。
ルーカスは、その反応を見て、胸が温かくなった。
セラが、自分に惹きつけられている。
それは、とても嬉しいことだった。
「僕も、セラさんに惹きつけられています」
「え……」
「セラさんといると、安心します。嬉しくなります。もっと一緒にいたいと思います」
「殿下……」
「それは、惹きつけられている、ということですよね」
ルーカスが、首を傾げた。
セラが、言葉を失っている。
顔は、さらに赤くなっていた。
「……殿下は、本当に……」
「本当に?」
「いえ、何でもありません」
セラが、そっぽを向いた。
耳まで赤くなっている。
ルーカスは、その反応の意味が分からなかったが、悪いことではない気がした。
二人は、お互いに惹きつけられている。
それが分かっただけでも、今日は良い日だったと思った。
「セラさん」
「な、何ですか」
「これからも、よろしくお願いします」
「……はい。こちらこそ」
セラが、小さく頷いた。
その横顔が、夕日に照らされていた。
とても、綺麗だった。




